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8-10 献策10

「それでは俺はギルド長補佐に話があるのでもう行かせて貰うぞ」


言葉を紡げないまま首を降り続けるギャランにこれ以上の言葉は無用だろうと悠は踵を返した。励めなどと言わなくてもギャランは自分で必死に鍛練をするだろうし、死なずに帰れと言うのなら生きて帰る努力をするだろう。


「バロー、俺は先に行っているぞ」


「おう、俺ももうちょっとしたら行くぜ」


ジオと鍔迫り合いをしていたバローが片手をひょいと上げて悠に手を振って声を掛けた。つまり、バローは片手で、しかも利き腕では無い方で剣を支えているのだが、対するジオは両手で必死に剣を押し込もうと踏ん張っていた。端から見ても明らかな力量差と筋力差である。


「その歳にしちゃ力はまぁまぁある方だが、鍔迫り合いでバカみてぇにただ押し込んでんじゃねーよ。そもそも押し込めねぇんだったら、ちったあ工夫しやがれ」


「うあっ!?」


バローが10センチほど剣を引くと急に抵抗を失ったジオがつんのめり、それに合わせてバローが剣を入れ替えてジオの剣を上から押さえるとジオの体が宙を舞い、一回転して地面に叩きつけられた。いつか悠が別の武器で見せた投げ技であったが、今ならバローにも剣ならば可能なのだ。


「ぐはっ!!」


「戦場で寝転がってちゃ踏まれて死ぬか刺されて死ぬだけだぞ。オラ、避けろ避けろ!」


「うわっ! わっ!? くっ!?」


大仰な動作で顔面を踏もうとするバローの足からジオは必死に転がって避け続けた。そのコミカルな絵面に周囲から笑いが漏れる。だが、笑われようがジオが辛うじて回避している事は確かである。


「あいつは人の目を惹きつけるものを持っているな。コロッサスが剣を貸す気持ちも分からんでも無いか」


《バカな子ほど可愛いって言うものね。バローと似てるのかもしれないわ》


「それは中々言い得て妙だな」


ギルドの中ではハリハリが歌を吟じており、そちらに注目が集まっている内に悠は執務室へと急いだ。すぐに中に通されると、書類に包囲されているレイシェンが苦笑を返してくる。


「こんばんは。ご覧の通り忙殺されていますよ」


「その様だ。名簿には目を通させて貰った。幾つか二重記載があったが、概ね問題無い」


「それは失礼を。隊の意思疎通に問題は?」


今回の戦争では他国の冒険者も多数参加しており、言葉の壁が存在するのだ。


「そちらも含めて概ねだ。冒険者は他国に行く事もあって片言でも多国語を解する者はそれなりに多いからな。特に隊長格の人間はランクもさることながら意思疎通に問題の無い者を選んでおいた。複雑な命令ならともかく、突撃と撤退くらいは遺漏無く行えるぞ」


「まぁ、冒険者に軍単位で複雑な命令をこなす能力がある者は殆ど居ませんからね。個人単位であれば正規軍以上に働けると自負していますが。……それに、今年は通りすがりの冒険者の方が気合を入れてくれたお陰で休みボケもしていませんし?」


悪戯っぽく笑うレイシェンに悠も素知らぬ顔で応じた。


「多分暇だったのだろうな」


「世界各国を股に掛けるⅨ(ナインス)の冒険者が暇を持て余しているとは思えませんけど?」


「そういう者も一人くらいは居るのだろうよ」


「それはそれは……そういう人がもし居るのなら、春からこのギルドも手伝って欲しいですね」


「もし見かけたら言っておこう」


あくまで素知らぬ顔の悠に軽く笑ってレイシェンはこの話題を切り上げた。


「ユウさん、その為にもなるべく冒険者を死なせない様にお願いします。Ⅳ(フォース)以上の彼らは各ギルドの要となる存在です。多数の死傷者を出してはたちまち各地のギルド経営は滞る事になってしまいます」


「分かっている。そもそも冒険者隊は今回の戦争ではあくまで脇役でしかないからな。しかし、いざ戦闘に入った時に俺は彼らに逃げてもいいとは言えん。冒険者隊があまりにやる気が無いのでは正規軍の士気にも悪影響が出てしまうからな。多少の損耗は覚悟しておいてくれ」


「はい。……言っている事が相反しているのは承知しています。ですが、一時的とはいえ、私もこのギルドを任されている身ですので、そう言わずにはいられないんです。ユウさんに任せきりにするのは気が引けるのですが……」


「人にはそれぞれの役割がある。直接戦場に出る事だけが戦う事では無いさ。……Ⅸ冒険者悠、謹んで拝命致します」


踵を揃え、悠が敬礼をすると、レイシェンも椅子から立ち上がって見様見真似の敬礼を返した。


「冒険者を頼みました。それと、これはギルドからの全権委任状です。本部承認済みですので、これが有効である限りユウさんは各ギルド長と同等の権限を持つ事になります。その自覚を持って……きゃっ!?」


そのまま机を回り込み、悠に委任状を渡そうとしたレイシェンだったが、ここ数日の睡眠不足と長時間のデスクワークが響いて足を縺れさせてしまった。だが、倒れる前に瞬間移動をしたのかと思えるほどの速度で悠が正面からそれを支えた。


「大丈夫か?」


「あ……す、すみません!!」


ほんの10センチ先にある悠の顔を意識してレイシェンの顔が朱に染まった時、ノックも無しに執務室のドアがガチャリと開いた。


「おっ待たせー!! キャシー特製愛情たっぷりの……お茶……を…………」


お盆に3人分の茶を用意して入って来たキャスリンが見ようによっては抱き合っているとも言える2人を見て一瞬言葉に詰まり、思い切り息を吸い込んで叫んだ。




「れ、レイシーとユウさんが執務室で逢引きしてるーーーーーッ!!!!!」




折悪く、ハリハリの歌が一区切りして雑談に興じていたギルド内の音が一斉に絶え、次の瞬間、冒険者が執務室に殺到した。


「ヤハハ、戦争を前にして高ぶる男と女、実に古典的で情緒溢れる光景ですねぇ」


「流石Ⅸの冒険者は手も早ぇや!!」


「どれどれ……おっ、ノースハイアのギルド長って可愛いじゃねぇか!!」


「ウチのギルドはオッサンだもんなぁ……」


「く、チクショウ!! 俺だって狙ってたのに!!」


「あ、あの、教官!! あたしも、あたしも!!」


真っ先に駆けつけたのが誰なのかはさておくとして、レイシェンは慌てて悠から離れると、騒動の発端の首を後ろから締め上げた。


「キャシー!!! あ、あんたは何て事してくれてんのよ!!!」


「ぐえぇ!! れ、れいじー、ぐるじい~~~!!! おぢゃが、お、おぢる~!!!」


「しかも何ちゃっかり3人分持って来てんのよ!? あんたそれを運んで来た建前でサボるつもりだったんでしょ!? 今日という今日は許せないわ!!!」


必死にお茶を落とすまいと奮戦するキャスリンの横を通り抜け、悠はドアの前で仁王立ちになって言った。


「……随分元気が有り余っている人間が多いな。よし、ならば今ここに居る者は突撃部隊に入って貰おうか。9割方死ぬだろうが、生きていればランクアップは間違い無いと保証してやろう。幸いギルド本部から全権委任状も手に入れた事だからな」


悠の一切冗談とも思えない口調と表情にハリハリが脱兎の如く逃げ出し、他の冒険者も慌ててその場から逃げ出して行った。


《死ぬかもしれないっていうのに案外図太いわねぇ。頼もしいと思えばいいのか、呆れたと言えばいいのか……》


「委縮して動けんよりは大分マシだろう。ハリハリは後で説教だが」


冒険者が今の状況に恐れを抱いていないのは常日頃から命の危機に晒されているからという理由もあっただろうが、何よりも彼らの平常心を保つのに貢献しているとは思ってもいない悠であった。

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