表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
716/1111

8-9 献策9

鍛練場は現在冒険者の居住スペースとして供出されている為に出入りは自由であった。そしてその全てが居住スペースという訳でも無く、全体の3分の1ほどは解放されていて本来の用途として用いる事が出来た。


悠とギャランは的に使う藁人形の前までやってくると、早速ギャランは投擲の準備に入った。


「それでは行きます !」


ギャランは両手に武器を持つと、それを交互に投げ放ち始めた。投擲を終えた手は素早く次の武器を手に取り、途切れる事無く的に突き立っていく。


右胸、中央、左胸、喉、腹と突き立った武器が十字を示し、三日月型の飛刀が弧を描いて藁人形の左右から首を挟み込んだ。ぐらりと傾いた顔の両目に投げダートが、口に手裏剣が連続して突き刺さると、取れかけていた首はその威力に耐えかねて遂にもぎ取られ胴を離れた。


それでもギャランの手は止まらず、満を持して放たれるのは悠から譲られた投げナイフだ。金属音を上げ地面や壁を跳ねた刃は宙にある首を意志があるかのように翻弄し、最後に投じられた刃が顔の中心に突き刺さると、背後の壁に跳ねた首は再び胴体の上にポスンと収まった……と思ったが、刺さった武器の重さでバランスを崩し前に転がった。


「あっ……すいません、失敗してしまいました……」


そんなギャランの謝罪を周囲で聞いていた冒険者達は心の中で一斉に「どこが失敗だ!!」と突っ込んでいた。多少身長が伸び肉が付いたとは言えギャランは男性としては小柄で、外見上からはこれほどの技量を備えているようにはとてもでは無いが見えなかったからだ。ギャランを知らない冒険者はまだ彼が成人したての15歳であると聞けば更に度肝を抜かれた事だろう。


「武器は命を刈り取るものだ、この程度は失敗に数えなくてもいい。だが、最後に首を固定したかったのなら、予め刃の有る武器を上から差しておく方が良かろう。この様にな」


ギャランから手裏剣を受け取った悠が碌に標的も見ずに上空に投げた手裏剣はそのまま高く舞い上がり、やがて重力に引かれて藁人形の首の切断面に突き立った。そのまま地面に落ちていた石を幾つか拾い、転がっている首に当てて宙に浮かせ、更にもう一石投じて位置を調節すると、藁人形の首がけん玉のように手裏剣の上に突き立って固定された。


「なるほど! こうすれば良かったのですね!」


「発想は色々練っておいた方がいいぞ。目標を持って鍛練する事は上達を助けてくれる。もっとも、この程度はもう一度やればすぐに成功させられるだろうがな」


ギャランと悠以外の誰もかれもが「出来ねぇよ!!」という突っ込みを飲み込むのに必死であった。それを当然の様に語る悠はそんな気配など気にもしないし、ギャランは少しでも悠の教えを覚えておこうと周囲を気にしている余裕など無かったのである。


「パーティーを組んだ事はお前にとって良い方向に作用したようだな」


「はい。今までみたいにこそこそ標的を狙うのと、皆で戦うのは全然勝手が違いましたから。最初は一杯迷惑もかけましたけど、最近ようやく少しは役に立てるようになれたと思います」


最初に上手く立ち回れなかったのは確かだが、最近のギャランについては謙虚過ぎるというのが彼のパーティーメンバーの意見だろう。ギャランは今示した通り1センチ単位の精密さで投擲を行う事が出来るのだ。それはつまり、目を狙うのも武器を持つ手を狙うのも思いのままという事であり、ギャランによって弱体化された魔物モンスターを他のメンバーは難なく仕留める事が可能なのだ。むしろ腕が鈍るからほどほどにしておいてくれと頼まれるほどにギャランの投擲術は進化していた。


それを存分に見届け、更に慢心も無いギャランを認めた悠は鞄から2つの品を取り出した。


「ユウ様、それは?」


「お前に持って来た物だ。少々使い方が特殊でな、今使い方を――」


「そんな!? う、受け取れません!!」


説明に移ろうとする悠を遮りギャランは申し出を固辞したが、それに対し悠は首を振った。


「ギャラン、お前の戦力が向上するのは戦場を共にする他の冒険者やお前の仲間の為にもなる事だ。それでも断るか?」


「うっ……」


自分個人の為では無く他人の為に受け取れと言われてはギャランには断るのは難しかった。それでも自立した所を悠に見せたいギャランは必死に食い下がった。


「で、ではせめて代金をお支払いします! これでも俺も冒険者の端くれですから!!」


Ⅴ(フィフス)の冒険者であるギャランの稼ぎは今ではちょっとしたものだ。貯えがあるのに無闇に好意に縋るのはギャランの精神衛生上好ましい事では無かった。


それを踏まえて悠はギャランの耳元に顔を寄せ、値段を提示した。


「金を払うと言うなら先に言っておくが高いぞ。金貨100枚だ」


「ひゃ!? と、とてもそんな持ち合わせは……」


「分かっている、金はいつか貯まったらでいい。お前ならその内ランクも上がって貯められる額だ」


そう言って悠は鞄から取り出した品物の片方をギャランに手渡した。受け取ったギャランは金貨100枚にもなる品とは一体どれほどの物だろうかと思い渡された投げナイフを見た瞬間、背中にゾクリと冷気が走る。


薄く紅色を帯びたその投げナイフの輝きは安物では決して有り得ない気品に満ち、指を乗せただけで皮膚を裂いてしまいそうな鋭利さを感じさせたのだった。ギャランには分からなかったが、それはサイサリスの鱗から作った龍鉄製の投げナイフであり、10本組の内の一本すら金貨100枚では買えない品だとは思いも寄らない事だろう。


だが、悠の台詞にはまだ先があった。


「そっちはついでだ。硬い金属音で出来ているから跳弾でも傷は付かんから便利だがな。本命はこっちだ」


悠の手にある品はギャランには小盾スモールシールド付きの小手ガントレットに見えた。悠の小手は左手用だが、こちらは右手に着けるようだ。


「あまり見慣れませんが、これは防具ですよね?」


「半分はな」


見たままの印象を口に出したギャランだったが、誰が見ても防具以外の何物でも無いので、まさか悠の返答が条件付きの否であるとは考えてもいなかった。


「え? その……これで殴ったりは出来なくは無いと思いますが……」


「投擲術使いに近接格闘術など勧めんよ。よく見ろ、この盾の裏にはフックが付いているだろう? まずは小手を着け、中指をここに通して固定する。すると盾を固定している機構が外れ……」


悠は体を半身にして振り被ると腕を振り、中指のフックから手を放した。


「うわっ!?」


するとどうだろう、小手と一体化しているかに見えた盾は回転しながら刃を生やし、一直線にフリスビーの様に射出されたではないか。更に驚くべき事にそのまま盾は藁人形の胴を分断するとその場に転がらずに一直線に悠の手元へと戻って来た。


「ど、どうなっているんですか!?」


「名前は無いが、盾刃シールドエッジとでも言おうか。この盾の中にはワイヤー……金属で出来た糸の巻き取り機構が付いていてな? 一定距離を進むと自動的に手元に帰って来る様になっているのだ。これならいくら投げても使い減りはしないし、刃は速度が落ちると勝手に収納される。ただ、手加減は出来んから、本気で殺し合う時以外は別の得物を使う事を勧めよう。勿論普通に盾としても扱えるから邪魔にはならんと思う。また使いたいと思えばフックに中指をかけろ」


この武器を考え出したのは例によってカリスである。悠の小手を改良していた時に別に作った副産物だが、これは地球の子供達と話していて知ったヨーヨーの原理を利用していた。たわいもない玩具の話すら世界を跨ぐとアイデアの材料になるらしく、それをこうして武器の一機構まで昇華させたカリスの発想力はやはり特筆するべきものであり、近接格闘術に秀でる悠がこれを自分以外の誰に使わせれば最も上手く使えるかと考えた時、それはギャラン以外有り得なかったのだ。


「着けてみれば分かると思うがそれほど重くは無いはずだ。試してみろ」


「分かりました。……あ……本当に軽い……」


見た目に反して普通の小手と同じくらいの重さしか無くてギャランはホッと胸を撫で下ろした。あまり筋力がある方では無いギャランは重い防具は装備出来ないし、投擲の際にその重さが邪魔になってしまうからだ。硬度が高い金属を薄くする事で軽量化はされているが、そもそも刃の重さでは無く遠心力で切断する武器なので重さはあまり必要無いのだった。


悠の説明通りギャランは小手を装備してベルトを固定すると、しっくりと自分の腕に馴染む盾刃がまるで以前から自分の武器であったかのように感じられた。


これならいけるとギャランは盾の裏のフックに指を掛け、悠がやった様に腕の振りが最も大きくなる地点でリリースすると、同じ様に盾は射出され藁人形の腹部を割くとギャランの手元に戻った。


「っと! ……凄いです……俺の筋力がまだ足りないせいで引っ張られる感じが多少ありますけど、ちゃんと狙った所に当たります!」


「それはまだ試作だったが、使えない事も無さそうだな」


「はい! ……でも、ユウ様……」


「何だ?」


周囲で見慣れない武器に驚いている冒険者を警戒してギャランは悠に頭を低くして貰い、その耳元に囁いた。


「これだけの品が本当に金貨100枚ですか? なんだかもっと高くてもおかしくない気がするんですけれど……」


ギャランもこれまで様々な武器を使って来たが、これほどの手応えのある武器はお目に掛かった事が無かった。その経験がこれがその辺の店で買える品とは格が違うと警鐘を鳴らしている気がしたのだ。


「先ほども言ったが、試作ゆえ値段などあって無い様な物だからな。俺を疑うか?」


「と、と、とんでもありません!! ユウ様を疑うなんて事は絶対にありません!!!」


「ならば妙な遠慮などせずに活用してくれ。今後の為に改良点を見つけたら教えてくれればいい」


「畏まりました。……俺、ユウ様から受けたご恩は絶対に忘れません。今回も必ず手柄を……」


感動に震えるギャランの肩に悠はそっと手を乗せた。


「ギャラン、俺はお前達を束ねる立場として逃げてもいいとは言えん。だが、無謀と勇気を履き違える様な真似はするな。……戦え、されど生き残れ。いいな?」


矛盾に近い悠の言葉であったが、ギャランはこれが命令では無く悠の願いなのだと悟っていた。功名心に逸って命を散らす事は何よりも悠を落胆させるだろう。


悠に出会うまで、誰も自分の命などに気を払う事は無かった。いつ死んでも、きっと誰一人ギャランの為に一粒の涙も流す事は無かっただろう。醜い子供の亡骸を処分させられる役目に当たった者は悪態の一つも吐いたかもしれない。


それが変わった。一変したと言ってもいい。


今のギャランには共に命を預け合う仲間がいる。気のいい彼らはギャランが死んだらきっと悲しんでくれるだろう。そして、悠も。


ギャランは返事をしようとしたが、口から漏れたのは嗚咽だった。温かい様な、締め付けられる様な感情がギャランから言葉を奪っていた。だから、何度も何度も首を振る事で悠の言葉に応えたのだった。

盾刃シールドエッジは元々悠の小手に装備するつもりだったんですが、イメージが『火竜クリムゾン円刃チャクラム』に被るのでギャランに装備させる事にしました。投擲武器というより特殊武器に当たるカテゴリーだとは思いますが、投げて使うのは間違い無いのでそういう事に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ