8-8 献策8
「おい、アレ……」
「ノワール侯爵様!? となると隣に居るのは『戦神』ユウと『勇者の歌い手』ハリハリか!?」
「スッゲェ豪華な顔ぶれだな!!」
「ねぇ、ちょっとお誘いしてみなさいよ~」
「何言ってんの、ウチみたいな安い酒場に呼び込める様な人達じゃないでしょ!!」
夜も大分更けているとは言え、大量の人間が流入したノースハイアの街はまだ眠ってはいなかった。今日ばかりは通常の営業時間を過ぎても大半の店は開いており、主にミーノスの兵士達が異国の店や品々に目を奪われている。
そんな中を顔の売れているバロー達が歩いていればちょっとした騒ぎになる事くらいは想定範囲内の出来事である。そして、バロー達一行の中で人に注目されたくらいで緊張してしまう者など皆無であった。
「市民感情は悪くないようだな」
「一般の方々からしてみれば、我々は一種の偶像ですからねぇ。長年の宿敵との戦に終止符を打てるとなれば歓迎したい気持ちも分かりますよ」
「しかも勝ち戦だからな。今頃アライアットじゃこの真逆の雰囲気だろ。この一戦を落とせば終わりなんだからよ。まぁ、無くなるのは聖神教であってアライアットじゃねぇんだが……」
「おや、珍しく浮かれていませんねバロー殿? てっきり女性の嬌声に鼻の下を伸ばしているかと思ったのですが……」
ハリハリのからかいにもバローは余裕の態度を崩さず、顎髭などをさすりつつ答えた。
「私を誰だと思っているんだねハリハリ君? 仮にも全軍を預かる将軍である私がそんなだらしない事をするはずが無いじゃないか、ハッハッハッ!!」
「ラグエルに釘を刺されていたからな。評判を下げるような真似は厳に慎むようにと」
「なぁんだ。ワタクシはてっきり悪いものでも食べたのかと思いましたよ。ヤッハッハッ!」
「アッサリバラしてんじゃねーよ!!」
戦争前とは思えない砕けた雰囲気の3人を見て周囲の者達は「何と豪胆な!」とか「やぁ、思ったよりも親しみ易そうじゃないか」と好意的に受け取ってくれたのは計算では無くただの怪我の功名であろう。
「見つけたぞこの野郎!! リーンをどこへやったんだ!!!」
悠達に向かって怒号が放たれたのはそんな時であった。
「あん? あのガキ……確かジオとか言ったか?」
一直線に駆けて来る若い剣士らしき人間を目に止めたバローの言う通り、それはギルドを飛び出して来たジオであった。その後ろには必死の表情で後を追い掛けるギャランの姿も見える。
悠達の前で急停止すると、ジオは勢いのままに吠えたてた。
「やいやいやい!!! いつもいつもどこかに行っちまいやがって!!! 今日は逃がさねぇぞ!!!」
しかし当の悠はジオを無視し、追い掛けて来たギャランの方に声を掛けた。
「久しいなギャラン。どうだ、あれからしっかり研鑽を積んでいるか?」
「お、お久しぶりですユウ様!! 勿論お教え頂いた事を欠かさず鍛練しています!!」
「丁度お前を探そうと思っていたのだ。名簿に名前があったからな。少し落ち着ける場所で話を――」
「無視してんじゃねーーーよ!!! こっちを見ろコラァ!!!」
怒り心頭のジオが悠の肩を掴んだ事で、ようやく悠はジオの方へ視線をやった。
「……なんだ、剣士見習いか。俺は今ギャランと話をしているのが見えんのか?」
「誰が剣士見習いだ!!! 俺が!! 先に!! 声を!! 掛けただろうが!!!」
「別に貴様と話す事など俺には何も無いが……いや、一言だけあった。作戦行動中は勝手に動くなよ。お前のせいで軍の行動に支障が出ては敵わん」
「んな事お前に指図される謂れはねえ!!!」
悠の言葉には何でも反発するジオだったが、それは全くの見当違いであった。
「あるに決まってるだろうが、ユウは冒険者隊の総隊長だぞ。今は大目に見てやるが、明日以降軍でそんな口を聞いてみろ、その場でお前首だからな、ジオ」
「なっ!? こ、コイツが隊長!? 冗談だろ!!!」
バローの指摘にこの世の終わりのような表情を浮かべるジオだったが、先ほど自分がギルドで揉めていた時の会話を思い出せば自然と理解出来るはずである。冒険者達は「明日俺達を率いる『戦塵』」と言っていたはずだ。そして『戦塵』のリーダーは悠なのだから、当然冒険者を統べるのは悠という事になる。
「何で知らないの……普通分かるでしょ……」
「だ、だってよ、バローさ……の、ノワール侯爵が居るんだから、俺達の隊長は当然ノワール侯爵じゃ……」
呆れを滲ませるギャランにジオはしどろもどろになりながら言い訳をしたが、バローは肩を竦めた。
「今はバローでいいぜ。それと、俺はノースハイアとミーノスの正規軍を率いなくちゃいけねぇんだ。広い意味で言えば冒険者隊も俺の管轄下だが、とても正規軍と同じ動きは出来ねぇだろうが。基本的に冒険者隊はユウに一任だ。冒険者なら命が掛かってる戦争の上司くらい調べとけ、大バカ野郎」
「うぐっ」
ぐうの音も出ない正論で叱られて、ジオはその場で俯いてしまった。どう考えてもちゃんと調べなかった自分が悪いのであり、それは悠憎しと言えども責める事は出来ないジオの過失であった。
「帰りたくなったのなら帰っていいぞ。そんなザマでは初陣で死ぬのがオチだ」
「う、うっせえ!! 俺は、俺はこの戦争で一人前になってリーンを……」
「自分が誰の下で戦うのかも知らずに一人前? 笑わせてくれる。お前など半人前ですらない。10分の1人前と言った所だ。それを心に留めて精々周りに迷惑を掛けん事だな。お前に足を引っ張られて死ぬ友軍が憐れだ」
「俺は足手まといにはならねえ!!! 俺だってⅣ(フォース)の冒険者なんだ!!!」
「ならば口では無く行動で示すのだな。敵は未熟を理由に躊躇ってはくれん。行くぞ」
「は、はい、ユウ様」
隣のギャランを促し歩き出す悠の背を憎々し気に見つけ、同道していると思われない様にジオは距離を取ってその後ろに付いて歩き出した。
それを見たハリハリがやれやれと肩を竦める。
「屈折してますねぇ……でも、あの子の性格は些か不味いですよ。本当に初陣で死にかねません」
「剣を抜かなかっただけ少しはマシになった方だろ。それに、アイツは冒険者隊だ。なら後はユウに任せるさ。ユウならどうにかするだろ」
何でも無い風に口にするバローを見てハリハリがニヤリと笑みを浮かべた。
「ヤハハ、何だかんだ言って、バロー殿が一番ユウ殿を信頼していますね」
「ばっ!? き、気色悪い事言うな!! 俺達も行くぞ!!」
「待って下さいよ、バロー殿~」
ハリハリを置いて早足で歩き去るバローの背を追ってハリハリも冒険者ギルドへの道のりを急いだのだった。
場所を冒険者ギルドに移し、テーブルを一つ空けて貰って悠はギャランに武器を出す様に指示した。ギャランは体に仕込んだ武器も全てひっくり返し、テーブルの上に並べて行く。
「スゲェな、投擲武器の見本市みてぇだ」
バローが言う通り、テーブルの上には多種多様な投擲武器が並べられていた。悠が譲った投げナイフはもちろん、手製の投げ矢、片方に刃が付いた半円状の飛刀、4本の刃が飛び出した手裏剣状のもの、煙幕を張る為の煙玉や刺激物を内包する目潰し、果ては撒菱の様なものまで用意されている。
後は必殺を期す場合に使う毒などだ。
ギャランのパーティーでの役割は主に撹乱と牽制である。接敵する前に敵の力を削ぎ、パーティーメンバーが戦い易くするのだ。ギャランの腕前であればよほど素早い相手で無い限り的を外す事は無いだろう。
悠はそれらを手に取り検分してからテーブルの上に戻した。
「どれも良く使い込まれている。相手によって使う武器を変えているのか」
「はい。外皮が硬い相手は刃を通さないので目潰しや毒が無いと手伝えませんから。それに、いつも回収出来る訳では無いのでかなり数を用意していないといざという時に危ないんです」
「良い物は使いたいが金が掛かるのが悩む所だな。やはり持って来て良かった、ちょっと付いて来い」
そう言うと悠は席を立ち、ギャランを鍛練場へと誘った。
「え?」
「どの程度の腕前になったか見せてくれ。鍛練は怠っていないのだろう?」
「あ……はい!!」
悠に直接鍛練の成果を見て貰えるのだと分かるとギャランは大急ぎでテーブルの上の武器を仕舞い、その背中を追い掛けたのだった。
ギャラン強化フラグ。ジオは……コロッサスの剣があるので……。




