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8-7 献策7

ベルトルーゼは気持ちが落ち着くと、ジェラルドの手を離した。


「もういい、もう大丈夫だ」


「そうか?」


ベルトルーゼの頬の感触を名残惜しく思いながらもジェラルドは何も言わずに引き下がった。ベルトルーゼが落ち着いたのと同じく、ジェラルドの気持ちも落ち着いたらしい。


だが、そうなると今度はその先が訊きたくなるのは自然な事だろう。


「それで……ベルトルーゼ、私の求婚は受けて貰えるのだろうか?」


「え? …………ちょ、ちょっと待て!」


本題を思い出し、ベルトルーゼは腕を組んで考え込んだ。そして自分の答えを確かめる様に口に出して言った。


「…………正直に言って、嫌じゃない、と、思う……。もし、去年の秋にでもそう言われていれば迷いはしても結局は承諾しただろう。だけど、今は迷っている。……私は……」


「……ユウ殿の事が気になっているんだろう、ベルトルーゼ?」


言いたい事をピンポイントで言い当てられてベルトルーゼは驚いて頭を上げた。だが、別にジェラルドで無くてもそのくらいの事は大抵の者であれば察せられただろう。去年の秋と言えば悠が現れた季節であるし、常日頃からのベルトルーゼの言動にも悠の出現頻度は高いのだ。これで察する事が出来ない者が居るとすれば、それはベルトルーゼくらいのものであった。


「ジェラルドには何もかもお見通しか……だが、勘違いしないで貰いたいが、私はユウに男として情愛を感じているとは言い難いと思うのだ。確かに気になってはいるが、それはユウの超人的な強さに対してであって、自分の物にしたいとか、そういうドロドロした物では無いような……いや、しかし……うう、上手く言葉に出来ない……」


頭を抱えたベルトルーゼにジェラルドは内心でホッとしていた。確かに好意は感じているらしいが、ベルトルーゼの恋愛経験の少なさ故か、それがまだ男女の愛情にまで発展していないと感じたからだ。ならばまだ取り返しがつかない訳では無い。


ここで強引に前に出られないのがジェラルドの悪い所でもあり、良い所でもある。


「……分かったよ。今は答えを訊かないでおこう。明日からは行軍が始まるのだし、それに差し支えがあってもいけない。個人的な事情で遅延させる事が出来るほど今回の戦争は小さい話では無いからね。だから、戦争が終わって落ち着いたら答えを訊かせて貰えないだろうか? その答えを聞くまでは私も死ぬに死ねないからきっと生き残れると思うんだ」


「縁起でも無い事を言うな! また私を泣かせたいのか!? そんな悪趣味な男だとは思わなかったぞ!!」


「済まない、そういう事じゃ無くて、きっと力が湧いて来ると言いたかった訳で……」


そう言いながらもジェラルドはベルトルーゼの言葉に幸福を感じていた。自分は死んだらベルトルーゼに泣いて貰えるくらいには大切に思われているという事に、だ。


「さ、今日はもう休もう。明日も早いのだから。部屋まで送るよ」


ベルトルーゼの文句を笑顔で受け流し、隣でむくれるベルトルーゼをジェラルドは部屋まで送ったのだった。




「デカい声だったな。離れてても聞こえたぜ、あの痴話喧嘩」


城の応接室でハリハリや悠と酒を酌み交わしながら、バローが先ほどのジェラルドとベルトルーゼに言及した。ドアを閉めていなかった為に結構な範囲に響いていたらしい。


「もう10年早くやっておくべきでしたね」


「平和だよなぁ……」


戦争を控えた将軍の台詞とは思えないが、確かに悲壮感が無いのは確かだった。


「そういうバロー殿はどうなんです? 色々目移りしているようですが、意中の相手は居ないんですか?」


ハリハリの質問にバローは急に酒が苦くなったように顔を顰めた。


「シャロンが大人ならなぁ……他は可愛げの無い女ばっかりじゃねぇか」


「シャルティエル王女なんて如何です? バロー殿も今や侯爵なのですから、全く目が無い訳では無いでしょう?」


「それこそ有り得ねぇだろ。シャルティエル王女はユウにベタ惚れだしよ。顔も体も最高だが、ああいう中身が派手なのはあんまりなぁ……」


「バロー殿の理想の女性など物語の中にしか居ませんよ。もうちょっと現実を見た方がよろしいかと」


「うっせー! んな事俺だって分かってらぁ!!」


そう言い捨てバローはグッと酒を呷り、酒精と一緒に言葉を吐き出した。


「しっかしよ、前代未聞の大戦を控えて喋ってるのが色恋沙汰たぁ、聖神教も軽く見られたモンだな」


「後が無いのはあちらであって、我々ではありませんからね。ユウ殿が居る限り戦争での心配は殆どありませんし、あとは『天使アンヘル』くらいでしょう、敵の脅威と言える存在は」


「まぁ、それにしても一般の兵士にとっての脅威ってだけだしな。ユウ、俺達なら誰も死なずに行けそうなんだろ?」


黙って杯を傾けていた悠がそれを干して頷いた。


「ああ、技量として最も劣るベルトルーゼでも装備を固めれば対処出来るレベルだ。バルバドスが『天使』の中で平均的な力を持つ存在と仮定するならな。冒険者として名を馳せたバルバドスがあの程度なのなら他は推して知るべしだ。油断すればその限りでは無いが」


人間であった時の力に準拠するのであれば、バルバドスこそ『天使』の中で最強の存在となるはずである。それがあの程度の能力しか持たないのであれば、他の『天使』のレベルも透けて見えるというものだった。


「ただ、何の不安要素も無い訳では無い。バルバドスと戦った時に『竜ノ慧眼トゥルーアナライザー』で見たが、奴のカルマは何らかの理由で減り続けていた。ナナナに聞いた話では、通常の生命体が業によって肉体的な影響を受ける事は無いそうだが、逆に言えば通常では無い生命体であればその限りでは無いというのが返答だった。もし『天使』が通常の生命体から外れた存在であるならば、業が無関係とは一概には言えんそうだ」


「……つまりあれか? 悪い奴ほど強い可能性があるって事かよ?」


「あくまで可能性だが、そういう風に言えるだろう。ガルファや教主辺りであればバルバドスを上回る可能性はあろうな」


「そちらはユウ殿にお任せしますよ。我々はそれ以外を相手取りましょう」


「チッ、ガルファは俺が斬ってやりたかったんだがな」


腰の剣を叩いて悔しがるバローだったが、ロッテローゼの無念を晴らしたい気持ちはあの場に居た全員に共通するものだ。ハリハリやシュルツも同じ気持ちなのである。


「おっし、んじゃ話はこれくらいにしてよ、冒険者ギルドに行こうぜ。ビリーとミリーは先に行ってるんだろ?」


「バロー殿は寝た方がいいんじゃないですか? 総大将が出陣前夜に夜更かしして寝坊なんてシャレになりませんよ?」


ハリハリの形ばかりの忠告をバローは鼻で笑い飛ばした。


「ハッ! 一晩や二晩寝ないぐらいでボケるほどヤワじゃねぇよ!!」


「頭は年中色ボケしているがな」


「ヤッハッハッハッハッ!! 上手い事言いますねユウ殿!!」


「うるせー!! 枯れ果てた若年寄に言われたくねーよ!! オメーもいつまでも笑ってんじゃねー!!」


笑い転げるハリハリを蹴飛ばし、肩を怒らせてバローは部屋を出て行き、ハリハリも悠に肩を竦めてそれを追ったのだった。




ノースハイアの冒険者ギルドは空前の大入りで、内部は所狭しと冒険者が犇めき合っていた。勿論その原因は戦争に参加する者達が集まっているからだ。バローが冒険者ギルドに行こうと言ったのは別に河岸を変えて一杯やりたかったからでは無く、大勢での秩序立った行動を不得手とする冒険者に睨みを利かせるという意味合いである。あくまで、建前上は。


今回の戦争は遠くは小国群から参加している冒険者もおり、その話題の中心はやはり戦争と『戦塵』に関するものであった。


「今回俺達を率いるのは『戦塵』とかいう冒険者パーティーなんだろ? そいつら本当に隊を任せられるくらい強いのか?」


まだごく僅かに存在した『戦塵』を知らない冒険者の男がポツリと疑問を漏らすと、その周囲の冒険者がピタリと停止し、慌てて男を締め上げた。


「おわあ!? な、何しやがる!?」


「おい!! 誰だこんなバカ野郎を連れて来たのは!?」


「田舎者にも程があるぞ!! コイツが不用意な言動で痛い目を見るのは構わんが、俺達まで同一視されたらどうしてくれんだ!?」


「す、すいませんでしたビリーさん!! コイツは俺達でシメときますんで勘弁して下さい!!」


「あ、いや……俺は別に怒ってないけど……」


今やⅦ(セブンス)の冒険者であるビリーとミリーも『戦塵』の一員として自分達には過大な敬意に戸惑いを隠せなかった。一般的に見れば既にビリーとミリーはこの若さにしてⅦ(セブンス)を戴く名うての冒険者であり、『戦塵』に当初から参加している古株であるが、他のメンバーを知るビリー達としては大人の中で自分達兄妹は最弱であり、その金看板で威張り散らす事など思いもよらない事だ。子供達相手でも、神奈辺りと本気でやればかなりの確率で負けてしまうのだ。そういう増長とは無縁の兄妹であった。


「ただ、私達はいいけどユウ兄さんの前で下手な事は言わない方がいいわ。疑うなら一手稽古をつけてやるって言いかねないし。……戦争が始まる前に負傷兵になりたくないでしょう?」


さりとて、自分達はともかく『戦塵』が軽く見られる訳にはいかないので、ミリーが少し声のトーンを落として警告すると、悠の「稽古」の内容を知る者達は顔を青くして無言で頷いた。


だが、悠を知る全ての人間が悠に平伏している訳では無かった。


「……チッ、揃いも揃ってだらしねぇな! たとえ敵わなくてもいつか俺が勝ってやるって事くらい言える奴はいねぇのかよ!」


「ジオ!!」


端の方で話を聞いていたジオが声を上げると、ギャランが慌てて制止に入ったが、その前に冒険者達の怒りのスイッチはオンになってしまっていた。


「おい小僧、随分デケェ口叩くじゃねぇか。ブッ飛ばされてぇのか!?」


「ここはガキが来る場所じゃねえ!! 怪我しねぇ内に消えろや!!!」


「ああ? んだよ、そのガキ相手なら凄めるのか? アイツにゃ何も言えねぇクセによ!!」


「上等だ!! 世間知らずのガキは懲らしめてやるぜ!!」


「ま、待って下さい!! ジオ、何でこんな下らない事で喧嘩するんだよ!?」


一気に沸騰し始めた場にギャランが分け入ったが、ジオは周囲を見回しながら吐き捨てた。


「……気に食わねぇんだよ。俺より大人のクセに、アイツに媚びを売ってる奴らが!! どいつもこいつも強いと見ればすぐに尻尾を振りやがる!! そんなんでアイツ以上に強くなれる訳がねえ!!!」


「あん? ……もしかしてお前、『戦神』より強くなれるつもりかよ?」


「当り前だろ!!!」


即答したジオの叫びに一瞬周囲は沈黙し――大爆笑が起こった。


「ギャハハハハハハ!!! 今まで聞いた笑い話の中でもこりゃ飛び切りだぜ!!!」


「おいおい、あんまり子供をイジメちゃ……プッ、ククククククク……!」


「ひー! 腹が痛ぇ!!」


険悪に張り詰めていただけに、一度笑いに火が付くとそれは燎原の火の様にギルド内に広まって行った。ジオの決意は単なるジョークとしか思われなかったのだ。当然、ジオは面白いはずがない。


「何がおかしい!?」


「あー、ワリィワリィ。ガキの戯言を本気にした俺が悪かったよ。ククク、いいねぇ、子供ってのは夢があって」


「大人は現実に向き合わないとな。さ、飲み直そうぜ」


「おう。もしかしたら生きてる間に呑む最後の酒になるかもしれねぇからな」


「バーカ、縁起でも無い事言わないでよね」


もはやそれ以上誰もジオに取り合わず、潮が引く様に背を向ける冒険者達に激昂したジオの手が剣の柄に掛かったが、今度こそはギャランがその手を押さえた。


「ダメだよジオ!? ギルド内では私闘は厳禁だよ!!」


「放せよギャラン!! あの敗北主義者どもに痛い目を見せてやるんだ!!」


「ダメだって!! ここに居る冒険者は皆最低でもⅣ(フォース)以上なんだよ!? 別にジオの考えは否定しないけど、冒険者ならちょっとは冷静に判断するんだ!!」


「クッ! …………畜生!!」


ギャランの言う通り、戦争に参加している冒険者は全員Ⅳ以上であり、同じくⅣのジオが大言壮語を吐いたとしても笑い飛ばされるのは当然の事だった。仮に戦っても、一人倒せるかどうかだろう。


それでもギャランに諭されてジオは柄から手を離すと、出口へと踵を返した。


「どこに行くのさ?」


「散歩だよ!!!」


「やめておいた方がいいよ。ジオ、あんまり方向感覚が無いし。夜だと帰って来れなくなるかも」


「俺はそんなにガキじゃねえ!!!」


心配するギャランの言葉にも耳を貸さず、ジオはギルドから出て行ってしまった。ギャランはパーティーメンバーに言いに行こうかどうか迷ったが、結局見失う前にと急いでジオを追い掛けたのだった。

他の冒険者は現実主義で、ジオは理想主義と言った感じですか。どっちがいいとか悪いとかではありませんけどね。

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