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8-6 献策6

ガチャ。


ドアの前に移動したハリハリがドアノブを引くと、そこには新しい兜を被ったベルトルーゼが黙然と立っていた。


「ご本人が居るなら話は早いですよね。さぁどうぞジェラルド殿?」


「あ…………」


先ほどの熱情はどこへやら、滝の様な冷や汗を流し始めたジェラルドに対し、ベルトルーゼは少なくとも表面上は冷静だった。


「……どうしたジェラルド、私に何か言いたい事があるのではないか?」


「何故ここに……ま、待ってくれベルトルーゼ! い、いや、ベルトルーゼ様!! ぐあっ!?」


「上司と部下の関係に逃げるな。捻り潰すぞ」


敬称に戻ろうとしたジェラルドの腕が悠に握り締められてギリギリと音を発し、悠はそのままジェラルドをベルトルーゼの前に引きずり出した。


「べ、ベルトルーゼ……」


「……」


赤くなっていた顔を青くして正面に立つジェラルドに対しベルトルーゼは何も言わずにただ待っており、それがジェラルドには責められているように感じられた。


ベルトルーゼの想いを尊重する為に何も言わずにここまで生きてきたジェラルドであったが、いつしかそれは逃げになっていたのかもしれない。何も言わなければ進展はしなくてもずっとベルトルーゼの隣に居られるのだ。たとえ誰か他の男の物になったとしても、だ。その居心地の良さに甘えていた事は否定出来ない事実であった。


だがそれでもジェラルドには容易にベルトルーゼに想いを伝える事が出来ない感情も存在していた。確かにジェラルドにとってはベルトルーゼの傷など考慮に値しないが、事件の詳細を知るジェラルドには負い目があったのだ。誰もベルトルーゼを求めない中、自分が想いを伝えても、それは事情を知る故にベルトルーゼの弱みに付け込む行為では無いのかという事だ。ましてや同情や憐みでベルトルーゼを求めているのだとベルトルーゼに誤解されるのはジェラルドには耐えられなかった。


「あ……っと、その……だね……」


複雑な感情が入り交じり、ジェラルドから言葉を奪っていたが、もう既に自分の感情はベルトルーゼに聞かれているのだと覚悟を決め、震える手でベルトルーゼの両肩を掴んだ。


「べ、ベルトルーゼ……今更、その、こんな事を言われても君は困るのかもしれないが……」


「……うん、何をだ?」


視界の端でベルトルーゼに見えない様にハリハリが自分の体を抱き締めるジェスチャーをして「ガッと行けガッと!!」とジェラルドをけしかけたが、無音で近付いた悠に無音のまま締め落とされて大人しくなった。


その悠の瞳が静かに自分を後押ししてくれている様な気がして、ジェラルドは想いを切り出した。


「私は、ベルトルーゼ・ファーラムを、愛している。それは家族的な意味合いじゃない、一人の女性としてだ。……君はもうとっくに私より強くなってしまったけれど、幼い日あの頃から今に至るまで、君を守り続けたいという誓いに嘘は無い。ベルトルーゼ…………結婚、してくれないか?」


「……」


口から心臓が飛び出しそうなほど緊張しつつもジェラルドは何とか噛まずに言ってのけた。後はまな板の上の鯉の様な心境でベルトルーゼの返答を待った。


ジェラルドにとっては数時間にも思える時間の後、ベルトルーゼが口を開いた。


「……知らなかったよ。ジェラルドが私の事をそんな風に思っていたなんて……。ジェラルドは私の事を精々出来の悪い妹くらいに思っているのだとばかり考えていた」


「そ、そんな事は無い!! 私はずっとベルトルーゼの事が――」




「だったらなぜもっと早く言わない!?」




肩に置かれた手を振り払ってベルトルーゼが叫んだ。


「私だって木石では無いのだぞ!? 一番近くに居続けてくれている男が自分の事をどう思っているのかと考える事もあった!!! もしかして私の事を好いているのだろうかとな!!! だが、お前は一度も何も言わなかったでは無いか!!! 私があまり頭が良くないのは知っているだろう!? そんな態度を取り続けられたら、女として見ていないのだと考えるのはおかしいのか!? 私だけが悪いのか!?」


「だ、だからそれは誤解なんだベルトルーゼ!! 同情や憐憫で君を求めているなどとは思われたくは無かっただけなんだよ!! 心の機微と言うものがあるだろう!?」


「そんな機微が私に分かるか!! 何の為に付いている口だ!?」


「何でもかんでも口に出せばいいというものでも無いだろう!?」


「ずっと一緒に居たのだから何も言わなくても全てを察しろと!? それは随分と傲慢な事だな!!」


「全てとは言っていないだろう!? 君が鈍過ぎるんだよ!!」


「お前が言葉にしなさ過ぎるんだ!!」


「分からず屋!!」


「かっこつけ!!」


……何故か段々と喧嘩に移行し始めた2人をよそに、悠はレイラと話していた。


「さて、帰るか」


《そうね。2人ともいい歳なんだから、後はどうとでもなるでしょ》


《……焚きつけるだけ焚きつけて帰るのは惨いのでは無いか?》


「スフィーロ、俺達は戦争に行くのだ。戦場に後悔を持ち込む余地など無い。それが将となれば尚更な。一度くらいは遠慮無く本音で語り合わねば相手に真意は伝わらんよ。うちにもそういういじけた輩が居たものだ」


人相の悪い悪友を思い浮かべながらの悠の独白であった。


「……う~ん……はっ!? え、エースは?」


そこで悠に落とされていたハリハリが目を覚ました。どうやら臨死体験をしていたらしく、亡きエースロットの幻影でも見たらしい。


「エースロットはお前の心の中で生きている、とでも言えばいいか? 俺達は邪魔だ、帰るぞ」


「ひ、酷いですよユウ殿~! いつの間にか喧嘩になっちゃってるし、いい場面を見逃してしまったではありませんか!!」


《人の事ばかり首を突っ込んでるけど、ハリハリはどうなのよ? あなた、アリーシアの事が――》


「あ、締め落とされた後遺症でしょうか、ワタクシなんだか目まいが……という訳で失礼します!」


とても目まいを感じている者とは思えない速度でハリハリはドアの隙間から逃げ去って行った。


「エルフィンシードにはあいつも連れて行こう。いい加減、過去を清算すべきだな」


《賛成》


《異議無し》


ハリハリの公開処刑のカウントダウンが密かに開始されたのだった。




言い争いに夢中になって悠達が出て行った事にも気付かず、ベルトルーゼとジェラルドの口論は続いていたが、不意にベルトルーゼが蓄積されたダメージによって立ちくらみを起こした事で中断された。


「大体お前は昔から……うっ……」


「ベルトルーゼ!?」


よろめくベルトルーゼをジェラルドが支え、2人の視線が至近距離で絡み合った。口でどう言おうともジェラルドはベルトルーゼが弱っていれば手が出てしまうのだと改めて認識し、口論を続ける気が失せてしまった。


「……済まない、ベルトルーゼ。もう言い訳はしない。ちゃんと言葉にしなかった私が悪かったんだ。どうか許してくれ」


「……ふん、私はそんな事をいつまでも根に持つほど偏狭な女では無い。ちゃんと謝ればすぐに許したのだ。それをお前はグダグダと……」


ブツブツと文句を垂れながらもベルトルーゼはジェラルドを突き放しはしなかった。そもそもジェラルドを本気で嫌った事などベルトルーゼには無いのだ。そうでなければこんなに長い間側に置いたりはしないのだから。


「大体な、言うのが遅いのだ!! 謝罪の事では無いぞ? 一体私が幾つになったと思っている!? 27だぞ27!! お陰で立派に行き遅れてしまったでは無いか!!! お前が傷など気にしないと言うのならな……」


ベルトルーゼはジェラルドから体を離し、兜を外してジェラルドを睨んだ。


「どうだ、今また私の傷を見ても心は変わらないか!?」


そう叫ぶベルトルーゼには悪いと思ったが、ジェラルドには傷など目に入っていなかった。ジェラルドが目を奪われていたのは、幼い頃の面影を残したベルトルーゼの涙に滲む瞳であった。


そんなベルトルーゼの涙を止めたくて、ジェラルドはかつてそうしたようにベルトルーゼの頬に手を当て、親指で涙を拭い取った。


「んっ……」


「やはり私は君の泣き顔を見るのが苦手だ。顔の傷なんかよりずっと心が痛むよ。泣かないでくれベルトルーゼ。私が泣きたくなる」


「ジェラルド……」


そう言ってベルトルーゼの涙を拭うジェラルドは痛みを堪える様に顔を顰めていた。悠の言う通り、何と不甲斐無い事か。まず自分はベルトルーゼの兜を脱がせる事から始めなくてはならなかったのだ。でなければ、流れる涙を拭う事も出来ないでは無いか。


ベルトルーゼの涙が止まるまで、ジェラルドはずっとそうやって優しく手を当て続けた。まるで、子供の頃に戻ったかのように、いつまでも。

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