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8-3 献策3

質量の塊となって突撃して来るベルトルーゼに対し、悠は以前との違いを体感する為に真っ向から立ち向かった。


左手の小手ガントレットを操作し盾を展開した悠は轟と唸りを上げる穂先を盾で受け止める。




ゴギャアアアアアンッ!!!!!




その場で止めるつもりだった悠の足が防御姿勢のまま横に滑る。インパクトの瞬間、激しい火花を散らせたベルトルーゼの長槍ロングスピアの重厚な刃が一発で歪むほどの強烈な一撃であった。


「むっ、流石はユウ、防具越しであろうとも殺すつもりで叩いたのだがな!! お前なら受け切ると思っていたぞ!!」


「この小手が無ければ受けようとは思わんよ。小手先の技に頼るよりはいい攻撃だ」


ギリギリという金属が軋る音を立てながら力比べをする2人の周囲では撒き散らされた轟音にやられて倒れるギャラリーが続出していた。これはもっと離れなければ危ないと感じた者達が耳を押さえて蹲る者達を引きずって包囲の輪を広げていく。


「まだまだだ!! うおおおおおっ!!!」


力比べではまだ敵わないと察し、ベルトルーゼはその場で360度回転し、逆側から斬撃を仕掛けて来た。ベルトルーゼの力で振るえば、それは既に奥義のレベルである。


高速で迫る横薙ぎを今度は悠はしゃがんで回避したが、ベルトルーゼは穂先の重さと遠心力を駆使し、ジャイアントスイングの様にその場で回転して上に下にと執拗に悠を追い掛けた。


「ハハハハハ!! 『螺旋陣』だ!!」


まるで小型の竜巻の様に速度を速めるベルトルーゼはよほど三半規管も強いのか、ふらつく様子も無かった。しかしいくら速くてもシュルツの『双車輪』ほどの速度は無く、そうであるならば悠ならば対処のしようはあるのだった。


何度目かになる穂先を回避しざま、悠は通り過ぎていく槍の柄に手を伸ばし、指を引っかけてその勢いに乗り、驚くベルトルーゼを尻目に宙を舞うと、羽毛の様な柔らかさで地面に着地した。


「多少は使える様になったな。惜しむらくはタイミングが一定過ぎる事か」


「ちぃっ!! まさか回転中の槍を掴むとは!!」


ベルトルーゼの槍でも届かない間合いで睨み合う両者にギャラリーの興奮も最高潮に達していた。


「す、スゲェ!!! これがミーノスの騎士団長か!?」


「へへ、だから言っただろ!! ベルトルーゼ隊長を女と思って舐めてると痛い目に遭うってよ!!」


「普通の奴なら最初の一撃で盾ごと真っ二つだぜ? 流石Ⅸ(ナインス)ともなるといい防具を持ってるな!!」


「使いこなしてこそだろ? 俺達が持ってても遥か彼方までブッ飛ばされて挽肉にされちまうよ!!」


相手の国の言葉が分かる者同士が互いに贔屓にする者を褒め称え、拙いながらも論評を加えるが、最も今の2人の力量を理解しているのはやはり対戦中の2人であった。


(ここまで鍛えてまだ多少感心させる程度とは!! やはりこの男、感動的なまでに、強い!!!)


(リーンに鍛えられてようやく力の使い方を知ったか。だが、攻めるだけでは成長したとは認められんぞ)


あえて広げた間合いを今度は悠が詰め始めた。ベルトルーゼの直進的なそれとは違い、左右に揺らめく様な、緩急を付けた玄妙な動きにベルトルーゼの槍が迷いに揺れる。


「今度はこちらから攻めさせて貰おう」


「望む所だ!!!」


悠の動きでは無く、自分の槍の間合いのみに神経を注ぎ、ベルトルーゼは踏み込んで来た悠に鋭く横薙ぎを放った。面の広い攻撃であれば、たとえ左右に揺れていても捕らえられると踏んでの事だ。


だが、槍が到達する寸前に悠の姿はその場から掻き消えた。殆ど溜めも無く跳躍した悠の蹴りにベルトルーゼが気付いたのは、避けるならば上か下のどちらかだと予測していたからだが、予測していて尚且つベルトルーゼは盾を割り込ませるのが精一杯であった。




ガギィィンッ!!!!!




「ぐわっ!?」


ベルトルーゼの体が蹴られた右から左方向へと吹き飛ぶが、体勢を崩す前にベルトルーゼは槍を地面に突き刺し己の体をその場に縫い止めた。もし止めなかったら十数メートルは飛ばされ、地面に叩き付けられていただろう。


「器用になったな。腕くらいは圧し折ってやろうかと思って蹴ったのだが」


「お、おのれっ!! ぐ……腕が痺れる……!」


ベルトルーゼの盾は今の悠の一撃でひしゃげ、運動エネルギーを支えた槍も微妙に曲がってしまっていた。常人なら骨折どころか胴体にまでめり込みそうな悠の蹴りであったが、それでもベルトルーゼはその一撃に耐えてみせたのだ。しかし、ここまで装備が破壊されてはこれ以上続ける事は難しいだろう。


「その槍では戦えまい、今日はここまでにしておくか?」


「馬鹿な事を!! 槍が無ければ後は殴り合いに決まっている!!」


盾と槍から手を放したベルトルーゼは拳を固めると気力十分とばかりに悠に肉薄して来た。


「良かろう、次の一撃を耐えられたら同道を認めよう」


「その言葉を忘れるな!! 何より、私の拳で掴んでみせるわ!!」


リーンに仕込んだ様に、ベルトルーゼもまた武器が無い状態での戦闘術をリーンに仕込まれているらしく、繰り出す拳は当たれば悠でもただでは済まなかっただろう。だが、徒手空拳での戦いで悠が手加減していてもベルトルーゼに後れを取る事は有り得なかった。


首ごともぎ取りそうな右フックをミリ単位のダッキングで避けた悠がベルトルーゼの鎧の中心に手を添え、放った。


「グハッ!!!」


一瞬、悠が何をしているのか分からなかったベルトルーゼの鎧がべこりと悠の手を中心にして凹み、ベルトルーゼが宙を舞った。


「おわああああああっ!?」


「ひえええええええっ!!!」


ベルトルーゼの後方に居たギャラリーを掠める様にしてベルトルーゼは後方に吹き飛び、そのまま城壁にめり込んだ。少なく見積もっても20メートルは飛んだベルトルーゼの姿は土煙で見えない。


痛いほどの静寂が辺りを包み、どう考えても重傷必至の荒技に呆気に取られた兵士達がもうもうと立ち上る土煙に目を奪われていた。


悠が行ったのは発勁である。簡単に言えば、零距離で密着した状態から筋肉を急加速させて突き飛ばしたとでも言えばそれに近いかもしれないが、鋼鉄製の鎧が凹むほどの威力を出せる人間はザラには居ない。それでも、殺す事が目的では無いので悠としては手加減しているのである。そもそも重大なダメージを与える為であればダイダラスに用いた様に浸透勁を使うか、発勁であっても捻りを加えて貫通力を向上させている所だ。そこまでやったならばベルトルーゼの体は城壁を貫通していただろう。


結果を確認する為に悠は恐れおののくギャラリーを捨て置き、壁に埋まったベルトルーゼの元に歩み寄っていった。


「……う……む、む、む!」


半分ほどまで近付いた時、壁の中のベルトルーゼが唸り声を上げた。それで周囲のギャラリーも生きているのだとホッとしたような、理不尽なような、複雑な思いを抱いたが、



「ぬああああああああああッ!!!」



バゴッという音と共にベルトルーゼが自分の動きを妨げる城壁を気合一閃吹き飛ばして脱出したのを見た時には腰を抜かした。


「ギャアアアアアアアア!!!」


「に、人間じゃねええええええッ!!!」


「く……クハハハハ!!! ど、どうだ、ユウ、わ、私は、まだ……げ、元気だぞ!!!」


「咄嗟に後ろに跳んだお陰で意識は飛んでおらんようだな。無事かどうかはさておくが」


虚勢を張るベルトルーゼだったが、頑丈な城壁に叩き付けられては流石に無事とはいかなかったようだ。鎧はあちこちで凹み、部分的には体が露出している場所すら見受けられた。足元も口調もダメージの為定まっておらず、常人なら3回死んでもお釣りが来るほどの痛めつけられようである。


それでも立てたのは、悠の指摘通り僅かに体重を抜いて発勁の威力を受け流したからである。反射的にそのレベルの防御反応を取れるのであれば、ギリギリ及第点と言うのが悠の下した評価であった。


「立てたのなら約束は守らねばならんな。今日はこれにて終わりだ」


「……は、初めて、私を認めた、な……ユウ……。ま、まだまだ……へ、平気だが……今日は……このくらい……に…………」


最後まで言い切る前にベルトルーゼの膝が折れ、そのまま前のめりに地面に突っ伏した。その拍子に痛んでいた鎧が割れ、耳障りな音を立てて周囲に散らばった。


「武器や防具の性能が追いつかんか。やはり用意して来て良かったな」


《それより運んで治療しましょ。ベルトルーゼなら一晩寝たら元気になっていそうな気がするけど、明日に差し支えないようにって釘を刺されてる事だしね》


「そうだな。散らかしてしまって申し訳無い事だが、必要な犠牲と割り切って貰おうか」


所々抉れた地面や穴の空き掛けた城壁をそう割り切り、悠は突っ伏しているベルトルーゼを担ぐとその場を後にした。


……これ以後、2人の手合わせを見ていた者からベルトルーゼは二つ名に『不死身イモータル』と称されるようになったのだった。

怪獣大決戦。ベルトルーゼのタフさが際立ちました。

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