1-60 そして、出発3
《まず、神崎竜将・・・いえ、悠さんにお渡しする物は拠点と出来る安全な建物です。しかし安全と言っても誰も最初は頼る事の出来る人間は居ないと思いますので、レイラさんの能力と合成して『虚数拠点』として形成します。レイラさんの意思で収容、現界が可能な建物ですので、持ち運ぶ事も出来ます。ただ、収容している時に悠さんやレイラさんに何かあったら安全は保障出来なくなりますので、出来ればどこか安全な場所で現界させておく事をお勧めします》
《分かったわ、それはどこに?》
《他にも渡す物がありますので、纏めてお渡しします。次は最初は味方の居ない世界での戦いになると思いますので、『豊穣』の能力をお渡しします。これはレイラさんの能力を使う時に消費する竜気を半分にして、回復力を倍にする能力です。それでも厳しいかもしれませんが・・・なんとか上手くやってくれる事を祈ります》
「単純計算でも倍以上戦えるな、ありがたい」
竜気の回復は一日約10%なので、単純に倍が二つで4倍とはならないのだ。
《さすが天界の神様の能力ね。こんなのが龍にあったらと思うとゾッとするわ》
《強い者ほど効果の高い能力ですから。これが人間に授けられてもあまり意味がありません。100メートル全力で走れる人が200メートル全力で走れる様になったからといって、数で囲まれてはお終いですからね》
《そうね、力の基本値が大きくないとあまり意味は無いわね》
《それと、『豊穣』には副作用があります。致死ダメージを与える攻撃をしても、相手を殺せません。どうしても殺さなければならない時は『豊穣』の効果を遮断して下さい》
無条件に消費半減とはいかないらしいが、要は使い方次第であろう。元々無くても戦い抜いてきた悠である。そのようなスキル頼りの戦い方をするつもりは無かった。
「ああ、了解だ。これで最後か?」
《いえ、最後にもう一つ。『神仏ノ目』を託します。これは相手の業を感知する事が出来ます。最初は業の低い者は赤く、業の高い者は青く見えると思います。繰り返し使用する事で、対象の他の能力の確認や罪業の確認、業の数値化も可能になりますが・・・それにはかなりの回数と時間がかかるでしょう。一朝一夕とは行きませんが、育てれば便利だとは思いますので活用してみて下さい》
「分かった、しばらくはこれを使う事も多そうだ。感謝する」
《多少ですが竜気も消耗しますので気を付けて下さいね?》
「あの・・・直接戦う為の能力は無いのですか?先ほどからの能力は確かに便利ですけど、補助的な物ばかりの気がしますが・・・」
真がこれまでの能力を脳裏に浮かべながら口を挟んだ。確かに直接的に攻撃力を底上げする様な能力は無い。
しかしそれに異を唱えたのは、他ならぬ悠だった。
「真、俺はその様な能力ならいらん。身の丈に合わない物など逆に戦場で自分を追い込む事になるかもしれん。そんな甘えがあっては遅れを取る。むしろ拠点だけでも十分なくらいだ」
悠の危惧している事は、例えば斬れぬ物の無い剣を借りたとして、奪われた時にはそれは自分を殺す刃になりかねない事であった。自らの信頼する磨き上げた力こそが最後に残る刃となるという信念だ。
「それに、俺はこの世界でそんなに温い戦いをしてきたつもりは無い。違うか、真?」
「・・・いえ、確かに。自分が甘かった様です。差し出がましい口を聞いて失礼しました」
真はこれまでの戦いと訓練の日々を思い出して訂正した。その通りだ、自分達竜騎士は借り物の力で戦わなければいけないほど生きる事に鈍感であった事は無いのだ。
「では、そろそろか?」
悠はもう既に準備は整っていた。後は世界を渡るだけだ。
《その前に、竜騎士の皆様のお力を貸して貰えますか?》
その言葉にこの場の竜騎士――匠、真、朱理の三人がナナに目を向けた。
「何だろうか?」
匠がその代表としてナナへと尋ねた。
《竜騎士の皆様のお力を悠さんに注いで竜気を回復させたいと思うのですが、よろしいですか?》
「そんな事が可能なのか?」
《はい、私がバイパスになって悠さんに注ぐ事が出来ます。レイラさんの竜気は未だ完全回復はしていない様ですから》
「俺は構わんが、他の二人はどうだ?」
「俺も構いません」
「私も低位活動モードに落ちない程度なら結構です」
「私もやります!!!」
その時、背後からもう一人の竜騎士の声が掛かった。
そこに居たのは、
「お、お前が何故ここに居る――亜梨紗!!」
広場に向けて走り寄ってくるのは、現在自宅で謹慎中であるはずの千葉 亜梨紗だった。
「兄上、今はそんな事を話している時間はありません。私も竜騎士の端くれです。ですから、私も手伝います!」
「む、ん~~~~~~~~・・・く、くそ、仕方無い。だが後で説教だぞ、亜梨紗!!」
「はい!兄上!!」
嬉しそうに説教を受ける事を承諾した亜梨紗は早速とばかりに悠へと歩み寄った。
「よくここが分かったな、亜梨紗?」
「実は・・・朝から悠さんを探していたんですけど、どこにもいらっしゃらないので、兄上の後をつけました。きっと最後に悠さんと別れを惜しむはずだと思って」
「真、貴様たるんどるぞ。後で俺が説教してやる」
「そ、そんな・・・」
とんだしっぺ返しを受けた真であったが、和んでばかりは居られない。
《では揃ったようですので、皆様、手を繋いで頂けますか?円陣になる様にお願いします》
そう言ってナナがまず悠の右手を取った。そして亜梨紗がもう片方は渡してなるものかと悠の左手を握り締める。ナナの手は冷たく柔らかく、亜梨紗の手は熱く、少し固かった。
そのまま他の竜騎士も手を繋ぎ、悠、亜梨紗、真、匠、朱理、そしてナナの6人で円陣を組む。
その様子を雪人と咲、志津香とナナナが目を離さずに見守っている。
《皆様、竜気を高めて下さい。私が循環させて悠さんに流し込みますので》
他の4人はその言葉に頷いて、それぞれ竜気を高めだした。
一番大きいのは匠で、真と朱理が同じくらい。一番小さいのが亜梨紗だった。ナナは竜気とは違う気配の力でそれを掬い上げると、少しずつ悠へと水を注ぐ様に流し込み始めた。
《凄いわ・・・こんなに急速に回復していく感覚は初めてね》
「ああ、俺にすら今、力が注がれているのが分かるほどだ」
レイラの竜気の許容量は他の4人を相当量引き離しているが、さすがに4体の竜の力を合わせれば、不足分の回復は叶いそうだった。
それから数分でレイラの竜気は完全に回復した。
《これでよし。では最後に能力をお渡しします。レイラさんの媒体を掲げて貰えますか?》
「こうか?」
そう言って悠がペンダントをナナに向かってかざすと、ナナは両手を前に突き出して再び力を放ち始めた。
その力の流れはレイラのペンダントへと伸びて行き、少しずつ、レイラのペンダントの形状が変化してきていた。ある程度流れるとその光は小さな宝石状になってペンダントを三角形で囲む様に結晶化していき、ナナから最後の力の流れが注がれる頃には中心の赤い宝石を三つの小さな宝石が囲むデザインに変わっていた。
《ふう・・・これで譲渡は完了です。早速試してみては如何ですか?》
「ああ、レイラ『神仏ノ目』を起動」
《りょうか・・・あら・・・これは・・・》
「どうした、レイラ?」
《名前が変わっているわ。『竜ノ瞳』っていう名前になってるの》
《譲渡の際に、レイラさんに最適化された結果かもしれません。でも、基本能力は変わらないはずです。成長したらどうなるかは分かりませんが》
そこはかとなく不安があるが、元々そんなに頼り切りにするつもりも無いので、悠は構わずにレイラにもう一度促した。
「ではレイラ、『竜ノ瞳』起動」
《了解、『竜ノ瞳』起動》
その瞬間、周りに居る者達から揺らめく炎の様な物が立ち昇った。それは皆多少の色の違いはあれど、青く揺らめいている。
「うむ、確かに業が見えるようだ。ナナ殿とナナナ殿は何も見えんが・・・」
《私達を測るにはまだ能力のレベルが足りませんね。成長したらそれも可能になるかと思います》
「そうか。・・・では、もういいな?」
《はい、ではお送りします》
ナナは三度力を集中させ始めると、悠の体を光の粒が覆い始めていった。それを見て、周囲にいる者達が悠に一言ずつ声を掛けていく。
「くれぐれもくだらん死に方をするなよ、悠。そんな事になったら自伝でも書いて貴様の悪口をこれでもかと書き残してやるからな」
「神崎さん、娘を、娘達をどうかよろしくお願いします!!」
「悠さん、帰り道は俺が必ず探してみせますから!」
「お気を付けて、神崎先輩。・・・志津香様を悲しませになりませんよう」
「悠、存分にやって来い。骨は拾ってやる」
「悠さん、次に帰って来た時には、必ず私が勝ちます!だから、帰ってきて下さい、ね・・・」
「悠様・・・必ずお帰りになると信じています。・・・だからさよならでは無く、いってらっしゃいませ・・・」
皆思い思いの言葉を悠に捧げていった。それらを黙って聞いていた悠は光に包まれ始める中、一人一人に目を合わせ、強く頷いた。そして光が最大になる時、敬礼をして皆に宣言したのだった。
「俺は成すべき事を成して、必ずここに帰ろう。それまで皆・・・達者でな」
そうして神崎 悠は陰謀渦巻く世界へと旅立っていったのだった。
一章本編完成です。
二章からについては活動報告に詳しく書いておきました。
後日談と人物紹介、用語解説をいれたら始めます。