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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-170 優等生の……8

「ハッ、ハッ、ハッ!!」


全速力で走るアルトが後5秒でジェイ達に肉薄するという地点でそれは起こった。




ボゴッ!




「うわっ!?」


武器を構えるジェイ達にアルトも剣を抜き掛けたその時、アルトの右足が校庭を踏み抜いて陥没したのだ。それは足だけに留まらず、周囲の地面も巻き込んでアルトの体を飲み込んで行った。


落とし穴だと悟ったアルトは咄嗟に剣を落とし穴の壁面に突き刺そうとしたが、ジェイは想像以上に精巧に落とし穴を構築しており、内壁を抉る様に作られている落とし穴は剣を突き立てるには遠過ぎた。


ならば着地するしか無いとアルトは空中で体勢を整え、地面に危険な罠は無いと確認してから足から着地する事に成功する。


グチャッと泥を踏んだ様な感触に顔を顰めつつ、アルトは頭上の穴を振り仰ぐ。


「甘ぇなぁ、アルト。範囲を区切ったのはお前かもしれねぇが、ここで戦う事に決めたのは俺だぜ? ちょっと掻き乱されたくらいで頭に血が上ってる様じゃ、やっぱりお前を学校から出すのには賛成出来ねぇな」


「ジェイ! 魔法は使わない決まりじゃないの!?」


5メートルほどの穴から顔を覗かせるジェイにアルトは非難の声を上げたがジェイは鼻で笑った。この穴は人力で掘るには大き過ぎ、魔法を使用したのは明らかであるというのに、だ。


「ああ、『試合中』は魔法は無しだぜ? だけどよアルト、俺は一度も『試合前』に魔法を使っちゃいけないなんて言ってないし、罠を作っちゃダメだとも言ってねえ。俺がやった事がルールに触れるか、ここに居るユウ先生に聞いてやるよ」


「何の問題も無い。戦闘領域の確認を怠ったのはアルトの過失だ。そもそも、鍛練場に場所を移しても良かったのだからな。相手が用意したフィールドで是としたのはアルトの判断だ。それを今更覆すのは許さん」


「っ!」


悠はあくまで公正な立場を崩さなかった。取り決めに関してはアルトも参加しており、それを受け入れたのはアルト自身である。友人だからと気を抜いたアルトが悪いのであって、ジェイに責められる謂われは無い。


「じゃあなアルト。精々時間切れまでそこで悔しがってりゃいいさ。行くぞ」


「悪いなアルト。だけど、ジェイの本気を軽く見たお前も悪いぜ。もうちょっと人を疑うって事を覚えろよ」


「無様だな、フェルゼニアス。こういう決着は俺も不本意だが勝ちは勝ちだ」


「ごめんね、アルト君。でも、ジェイ君もそれだけ形振り構わないくらい必死なの。皆、まだアルト君とお別れしたく無いと思っているの。……それだけは分かって欲しいな……」


穴の縁から掛けられる言葉はアルトの心に突き刺さった。ジェイの本気を疑っていた訳では無かったが、まさかここまでやると思っていなかったし、それを油断と言われればその通りだと頷くしか無かった。


「く、クソッ!!」


再び距離を取る為に姿を消したジェイを追いかけようと落とし穴から脱出を試みるアルトだったが、足を上げようとしてその体がつんのめる。


「こ、これは……『蜘蛛網スパイダーネット』!?」


ご丁寧に穴の底には強力な粘着力で触れた者を絡め取る魔法が何重にも張り巡らされていてアルトの動きを縛っていた。このままではジェイの言う通り、ここで決着してしまうだろう。


どうにかして『蜘蛛網』を引き剥がそうとアルトはもがいたが、おそらくルーレイの手からなる魔法はアルトの本気を凌駕する強固さで足の裏を縫い付けていた。


時刻は無情に過ぎ、6分を経過する頃にアルトの肩が下がる。


(駄目だ、力じゃ外れない! ……こんなので僕は終わりなのか!)


あまりの悔しさにアルトの目に涙が滲んだ。やり方によっては力量に勝る相手であってもこうして足を止める事は可能なのだ。それがアルトにはドラゴンの一件をジェイに責められている様に思えた。


不意にアルトの頭上が翳る。


「戦闘能力は上がっても、内面の成長はまだまだ追い付いていないようだな。お前にはいい薬だ」


「ユウ先生……」


見上げる悠の顔は無表情でありながら、どこかいつもより険しい様にアルトには思えた。或いはそれはアルトに負い目があるからこそそう見えたのかもしれない。


「一人一人が正面切って戦うならお前の勝ちは揺るぎないが、こうして知恵を絞り力を合わせ勝利条件を限定すれば彼らはお前に届き得るのだ。正々堂々勝ちたいと思うのは別に構わんが、そう思うならば相手が何をして来ても勝って見せろ。それが出来ないのに正しい勝ち方に拘るのはお前の我儘でしか無い。……俺に憧れて命を懸けた勝負に負けたなどと言われても、俺には迷惑以外の何物でも無いぞ」


悠の影を追っている事を指摘されてアルトの体が固まった。アルトにそんなつもりは無くても、もしアルトが戦いの中で死ねば当然悠は師匠の一人として一体何を教えて来たのだと責められる事になる。責任を持つ事をいとう悠では無いが、無為に弟子を死なせる気はさらさら無いのだ。


「それに、俺は弟子に対して諦めるなどという愚かな選択肢を教えたりはせん。たとえみっともなくても這い蹲ってでも諦めるなと教えたはずだ。……これが、こんなものがお前の精一杯なのか?」


悠の失望が僅かに滲む声音にアルトの心が震えた。


自分は何を取り澄ましていたのだろう? 一人一人なら勝てる? そんな事で油断し、増長していた事が今の結果に繋がっているのに? そもそも、多対一を認めたのは自分ではないか! それがこの体たらくでは悠に憧れているなどとは口が裂けても言えるものでは無いというのに!!


アルトは自分の無意識の増長と傲慢を見透かされて心底恥じ入っていた。しかも、それを悠に見られたのだ。これ以上恥ずかしい事などアルトの中には存在しなかった。


「どうだアルト。これ以上醜態を晒す前に降参しても――」


「……穴から離れて下さい、ユウ先生」




初めて、アルトが悠の言葉を遮った。




無言で穴から離れた悠を確認し、アルトは自由に動く上半身の制服の一部を破り、中から小さな刃物を取り出し覚悟を決める。


「僕は本気でやると言った。その言葉が嘘じゃない事を見せるよ、ジェイ……」




「出て来ねぇな、アルトの奴。こりゃ本当に決まったか?」


「油断してんじゃねぇよ。あいつはそう簡単に諦めねぇぞ。しっかり見てろ」


「しかし、あの体勢になって抜け出すのは容易では無いぞ? 内側に抉れているから穴を登る事も出来んし、そもそも一度接着したら『蜘蛛網』を人力で外すのは無理だ。道具も無いアルトが上がって来るとは思えん」


「うん……魔法を使えば何とかなるかもしれないけど、使用は禁止されてるし……」


「それでもだ。絶対に最後まで気を抜くな。……アルトが、俺のダチがこんな簡単に諦めるんならあいつはとっくにドラゴンのエサになってるさ。そんな奴、引き留めるまでもねえ。アルトがアルトであるからこそ俺は……」


そろそろ残り2分、ライハン達に徐々に楽観ムードが流れる中、ただ一人ジェイだけは遠くからアルトの落ちた穴を険しい目で見つめ続けていた。


何かの拍子でタイミングが違えば出会わなかったであろう人間だ。あの日、あの時、アルトが到着するのが遅れていればジェイは殺すか殺されるかして学校を去っていただろう。


それが何の因果か出会ってしまった。そして考え方を、生き方を大きく変えられた。


不思議な事に、それが全然嫌な気分では無いのだ。容易に他人に感化される人間を見下していた自分がそれを自然な事として受け入れていた。


それが……ショックだった。許せないと言ってもいい。


ジェイの中でアルトの存在は育ち続け、今では誰よりも大きな存在と成り果てていたが、アルトの中でジェイはどれだけを占めているだろうか?


1%だろうか? 2%だろうか? 或いは、更にその下なのか? 時間が経てば顔すら思い出さなくなるのだろうか?


アルトは人間の理想像に最も近い人間だとジェイは感じていた。これほどの人物をジェイはアルト以外に知らなかった。


翻って、自分はどうか? アルトを友人と呼べるだけの何かがあるのだろうか?


少々世事に長けているなどという事は時間で追いつかれ、追い抜かれてしまう。


ジェイはアルトと対等でいる為の、確固たる何かが欲しかった。


それは何か?




……傷だ。アルトに決して消えない屈辱的な敗北を贈る事だ。




屈折した感情だと言う事は自分でも理解していた。勝ったとしても、残りの在学期間中ずっとアルトに嫌われたままかもしれない。


それでも数ある友人の一人として記憶の底に埋没してしまうよりはいい。アルトが甘さを残したまま、どこか知らない場所で無残に死んでしまうよりはずっといい。少なくとも、学校に居る間は外に居る間より安全だろう。


ジェイは、勝っても負けてもアルトの友人という立場を失う覚悟でここに立っていた。これが自分に出来るアルトへのはなむけであった。


そんな覚悟を持って臨んでいたジェイであるからこそ、その異変に最初に気付いた。


「……ん?」


悠がアルトの落ちている穴から下がった。


「お? ……まさか、上がって来るのか?」


「有り得ん。どうにかして拘束を解いたとしても、どうやって上に登る? 羽でも生えて来るのか?」


「武器を構えろ! 警戒は解くなよ!?」


「う、うん!」


5秒、10秒と経過するが変化は無く、それが20秒、25秒となるにつれて徐々に緊張感は薄れていった。


「……やっぱり出て来ないよな」


「だからもう終わりだと言っただろう? そろそろ残り1分だ、これで俺達の――」



ボッ!!




エリオスが勝ちを宣言しようとした時だった。


穴から勢いよく何かが飛び出し、落とし穴の縁に着地する。


「何!? ど、どうして!?」


「ゲッ!? い、今のは魔法じゃねぇのか!?」


「ユウ先生が何も言ってないよ!! だからあれはアルト君が自力で……アルト、君? アルト君なの?」


「……アルトだよ、あれは……」


ラナティが自分の目を疑うが、ジェイには分かった。


――金色の髪が赤髪になっていても、自分がアルトを見間違えるはずが無いのだ。


「残り一分!」


悠の宣言でアルトはその場から弾丸の様に駆けだした。裸足で、上半身はシャツ一枚の姿になって。


「ヘヘッ、ようやく面白くなって来たぜ!!! アルトーーーーーッ!!!」


「ジェーーーーーイッ!!!」


ジェイの叫びにアルトの甲高い声が応えた。

アルトの例のアレです。

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