7-169 優等生の……7
「参加する者が決まったならどういうルールで戦うのか明確にしろ。やり過ぎは認めんぞ」
審判である悠がジェイに促すと、ジェイは待ってましたと言わんばかりに口を開いた。
「アルト、この上更にハンデをくれって言ったら怒るか?」
「怒りはしないけど、認めるかどうかは別だよ?」
悠が沈黙しているので、アルトは自分でジェイに答えた。あくまで悠は審判の立場に徹するつもりであり、内容を吟味はするが主導するつもりは無いのだ。
「じゃあ言うだけ言わせて貰うぜ。まず、時間制限が欲しい。10分経って俺達の方でまだやられてない奴が居たらこっちの勝ちにしてくれ。どうだ?」
アルトはこの条件に穴が無いか、必死に頭を働かせた。交渉においてジェイの能力はアルトを凌駕しており、本気で勝ちに来ると言うのならどんな罠があるのか知れた物ではないからだ。
「……10分経ったら僕の負けなのは構わないけど、範囲はこの校庭の中に限らせて貰うよ。始まった瞬間、全員が散り散りに逃げられちゃ困るから」
その言葉にジェイの表情がほんの僅かに曇った様にアルトには見えた。実際、そんな事をされれば10分などあっという間だろう。
「……ふん、ちょっとは人を疑うって事を覚えたらしいな。いいぜ、俺もそんな間抜けな勝負は御免だ」
アルトの条件を加え、ジェイがルールを確認する。
「ルールを確認するぜ。制限時間は10分でそれを過ぎて生き残ってるか、アルトに一撃入れたら俺達の勝ち。アルトが全員に一撃を入れて全滅させたらアルトの勝ちだ。試合中の魔法の使用は無しで、俺達が勝ったらアルトは学校に残る、アルトが勝ったら学校から出て行く。それでいいか?」
「問題無いよ」
「よし、じゃあ5分後に始めようぜ。柔軟する時間は必要だろうし、こっちは急に加わったラナティと作戦会議もしておきたいしな。武器はこっちで借りてある。一応確認しておくか?」
「うん、そうするよ」
模擬剣であっても何か細工くらいはしてあるかもしれないので、アルトは確認する事にした。
「じゃあユウ先生は時間を計ってくれますか?」
「よかろう。カウントを開始する」
悠がカウントを始めるとジェイは武器の入った箱を指差した。
「あの箱に入ってるやつだ。じゃあ、5分後にな」
アルトが頷くと、ジェイはすぐに他の者達が待つ場所に戻った。
「ラナティ以外は準備出来てるよな?」
「おう、いつでもいいぜ」
「俺もだ。……勝ち逃げなどさせてたまるか」
「私はどうすればいいの、ジェイ君?」
「他の奴には言ってあるから問題無いが、ラナティにはだな……」
そう言ってジェイはラナティの役割を即興で考え、語り始めた。
アルトが箱の中を覗くと中には何本か形やサイズの異なる剣が入っていた。試しに手前の剣を握ってみたが妙に重く、迂闊に選んでいれば不利な得物で戦う羽目になっただろう。他の物もよくよく観察してみれば柄に油が塗ってあって滑りやすくなっている物や刀身が外れ掛けているなどの仕掛けが施されていてアルトは怒るよりも呆れてしまった。
「騙されやすいから注意しろっていうジェイなりの警告なんだろうな」
だがアルトはそれを単純な悪意とは捉えなかった。もし本気でアルトに不利な得物を選ばせようとするなら、ジェイであればもっと分かりにくい仕掛けを施すと思ったからだ。これ見よがしに分かりやすい仕掛けなど使うまい。そういう意味で、これは露悪的な忠告なのだろうとアルトは考えたのだった。
その証拠にしばらく箱を漁っていると、アルトが良く使うサイズの仕掛けの施されていない剣が見つかった。アルトは慎重にその剣を吟味し、振り心地や強度も確認すると腰に納める。
「さて……」
残り少ない時間でアルトはジェイ達がどんな戦術で来るのか予想を立ててみた。
一番現実的なのは時間一杯まで逃げ切る事だろう。それは時間制限を求めた時に予測は出来た。だからこそアルトも範囲を区切る事で鬼ごっこにならないようにしたのだ。
実際の所、1対1ならばアルトは数分も掛からずに全員に一撃を加える事が出来る。それは自惚れでは無く、冷静に相手との実力差を鑑みての結論だ。
そしてアルトがこの場で最も警戒しているのは急遽参戦したラナティである。
(接近すればともかく、遠間でラナティさんを野放しにするのは危険過ぎる。彼女がどんなに謙遜しても、あの弓の腕前は高位の冒険者クラスだ。5本しか無いのが救いだけど、ラナティさんも倒さないといけないんならどうにかして矢を消耗させるか接近するかしないと……)
アルトの勝利条件は全員に一撃を加える事のみであり、ならば誰から倒すのかと考えればラナティからしか有り得ない。
アルトはまずラナティから倒そうと心に決め、悠の下に戻ろうとした時、自分が既にジェイの術中にある事を悟らざるを得なかった。
「あっ!」
悠が開始までのカウントダウンを刻む中、ジェイ達はアルトが武器の選択に時間を掛けている間に校庭の端の方まで移動していたのである。試合や手合わせならばまず正対して始めるはずだという常識がアルトの中にあったが、悠がカウントダウンを行っているという事は時間になればそのまま始めて問題ないと判断しているという事だ。遥か遠くでジェイが小馬鹿にした様に肩を竦めているのが見えた。
剣に沢山の細工がしてあった本当の理由はアルトに警戒させる事で時間稼ぎする事であった。アルトはまんまとその策に落ち、残り少ない時間を思索に当ててしまってジェイ達を確認しなかったのは油断というしか無いだろう。
範囲を校庭に絞ったのはアルトであり、それについて深く考えなかったのはアルト自身だ。この学校の校庭は生徒数に比例して広く、今から全力で走っても数十秒はロスする事は確実だった。
「5、4、――」
「くっ!!」
それでもアルトは少しでもロスを減らす為、その場から全力で駆け出した。いつの間にか校庭の外にはギャラリーが大勢集まっており、アルトへの声援やジェイへの罵倒が飛び交い始めていた。
「アルト君、頑張ってーーー!!! でも学校は止めないでーーーー!!!」
「卑怯だぞジェイ!!! だけどアルトを引き止める為なら許す!!!」
それはエクレアや噂を聞きつけて急いでやって来たメルクーリオらだ。その他にもこれまでアルトが関わって来た生徒やクラスメイトが大挙して押し寄せ、アルトとジェイに声援を送っていた。
その声を受けてアルトは、走る。
「ククク、ようやく気付きやがったな甘ちゃんめ」
「……おい、勝つ為とはいえ、人の評判も少しは気にしろ!! 俺がどんな思いで今の立場を築いたと思っているんだ!!」
「諦めた方がいいすよ、先輩。ジェイの悪どさはこんなモンじゃないっすから」
「うう……勝っても負けても白い目で見られちゃうよ……」
「俺はやる以上は絶対に勝つつもりでやるぜ。アルトや外野が何を言おうが知った事かよ。それに、多分審判のユウ先生は完全に俺の考えなんか見越してたぞ。それでもアルトに忠告の一つも言わねぇんだから、あの人はあの人で筋金入りに公平だよ」
アルトに校庭だけと言われてジェイが顔色をほんの僅かに曇らせた事すら演技であったが(もし言わなければ全員散り散りに逃げる予定だったが)、校庭のみでやるならばそうなってもいい様にしっかりと準備はしてあるのだ。
それは手にした得物にしてもそうである。普段と違い、ジェイとライハンが握るのは長めの槍であり、この中で一番接近戦に強いエリオスのサポートに回る腹積もりであった。異なる3種の間合いで防戦に回られては如何に実力差のあるアルトと言えどそう簡単に崩す事は出来ないだろう。
「ま、それ以前にここに辿り着けるかな、アルト」
余裕の態度でジェイがニヤリと口元を歪めるのを見て、仲間であるはずのラナティはまるで物語の悪者みたい、という至極真っ当な感想を抱いたのだった。
アルトの性格だとジェイの勉強以外の部分での奸智では及ばないようです。




