7-168 優等生の……6
突然の闖入者に教師達もアルトも呆気に取られ、その場で固まっている内に啖呵を切った当の生徒はズンズンと職員室に入り込み、オランジェを押しのけてアルトの正面に立った。
「ボーッとしてんじゃねぇよ。ツラ貸せって言ってんだろ?」
「えーと……付いて行けばいいの、ジェイ?」
不良用語のニュアンスが掴めないアルトがそう返答すると、ジェイは舌打ちしつつ頷いた。
「チッ、気合が萎えるぜ……。ただ付いて来いって言ってるんじゃねぇぞ。アルト、お前に魔法無しの戦闘勝負を申し込む。こっちが勝ったらお前、学校に残れ。学生に負ける程度じゃまた大怪我する羽目になる。ダチとしてそんなのは認められねえ」
「ジェイ……本気?」
「俺がこんな場所で意味も無い冗談を言うと思うのか?」
困惑するアルトにジェイはこれ以上無いくらい真剣な目をして言い放ち、その段になってようやく硬直から解き放たれたオランジェが止めに入った。
「や、やめないか!! アルト君は病み上がりなんだよ!? それに、今日を最後に学校を去ってしまうんだ、こんな喧嘩みたいな真似をせず笑顔で――」
「最後だからですよ、オランジェ先生。悪いけど先生は引っ込んでいて下さい。これは生徒間の問題であって、教師が出る幕じゃ無いんでね。先生だって本当の所はアルトを引き止めたいんだろ? いい機会じゃん」
「しかし、こんな本人の意思を無視して事を進めるのは……」
他の教師もこれ以上校内で暴力沙汰は御免とばかりにオランジェに追従したが、ただ一人、それを遮る者が居た。
「待て。本人の意思と言うのなら、やるにしろやらないにしろアルトが決めるべきだ。外野が口を挟む事でもあるまい」
「ユウ殿!?」
「へっ、流石Ⅸ(ナインス)の冒険者、話が分かるぜ」
「……どうしてもやるの、ジェイ?」
僅かに悲しみを滲ませるアルトが再度尋ねたが、ジェイの返答は変わらなかった。
「くどいぜ。笑ってあばよって別れるんじゃ味気ねぇだろ? まぁ、やるからには勝つけどな」
ジェイの意志が固いと見て取ったアルトは一つ深呼吸をし、ようやく決断した。
「分かった、やろう」
「そうこなくちゃな!」
アルトの承諾を聞いて、ジェイはようやく笑顔を見せた。
「つー訳でオランジェ先生、ちょっとアルトと校庭を借りるぜ」
「ま、待ちなさい!! 私はまだ許可した訳ではありませんよ!!」
「教師の許可が要るというなら俺が許可する。臨時とは言え、俺もここの教師を務めた身だ。だが、やり過ぎん様に審判もさせて貰うぞ」
「ユウ殿!!」
事態に肯定的な悠にオランジェが力量差も鑑みずに胸倉を掴んだが、悠は表情を変えずにオランジェに語り掛けた。
「笑い合う事だけが理解を深める方法では無い。時には衝突し、それを乗り越える事で育まれる友情もあろう。オランジェ殿の生徒を労わる気持ちは分かるが、アルト本人が受けたのだ。この上でそれを否定するならば本人の意思を無視しているのはオランジェ殿という事になる。教師が自分の言を翻すのは教育上よろしく無いと俺は思うが?」
「っ!」
自分の言った言葉でやり返されてはオランジェにも反論の言葉は出て来ず、悠の胸倉を掴んだ手が力無く垂れ下がる。
「それと……」
解放された悠は今度はジェイに視点を合わせた。
「挑発的な言動はアルトに受諾させる為だろうが、ここは学校だ。教師への配慮を欠いた言動は看過出来ん。勝とうが負けようがそれ相応の罰は覚悟しておくのだな」
「……すいません……」
意図を見透かされ、強大なプレッシャーに晒されたジェイは冷や汗を流しながら何とかそれだけを口にした。
「アルト、準備はいいか?」
「はい、大丈夫です」
「ならば行くぞ。あまり待たせるのも可哀想だ」
その言葉に今度こそジェイの顔が引き攣ったが、それ以上悠は追求せず、アルトとジェイを引き連れて校庭へと向かったのだった。
「あ、来た来た。これで第一関門はクリアだな」
「アルトならきっと来ると思ったにゃ~」
「あまり人を待たせるな」
「あれ? ライハン、ルーレイ、それに……エリオス先輩?」
校庭でアルト達を待っていたのは見知った顔であった。目を丸くするアルトを見て、ジェイはしてやったりといった顔で口を開いた。
「俺は一度も一人でやるなんて言ってねえぜ? 前にも言ったが、俺が100回やってもアルトには勝てねえ。このくらいのハンデがあって丁度いいと思うんだがな? それとも、戦う前に降参するか?」
「……いや、いいよ。その代わり、僕も手加減しないから。……でも、どうしてエリオス先輩まで?」
「そこの下級生にどうしても協力してくれと泣きつかれたからだ。でなければ多対一などという不名誉な戦闘に加担するものか!」
「いや、泣いてたのはアンタだろ……」
「俺は泣いてなどいない!!」
前に会った時とは随分と印象が違うが、エリオスにもエリオスなりの理由があるのだろうとアルトは察し、今度はルーレイに目を向けた。
「ルーレイもそっち側なの? 確か、魔法は無しだよね?」
「俺ちゃんは見学だよ~。アルトが負けたらここに残るし、アルトが勝ったら一緒に帰るよん」
「つまり、3対1っていう事――」
「ちょっと待ったーーーーーッ!!!」
アルトがジェイに確認を取ろうとした瞬間、遠くから大声でそれに割り込んで来る者が居た。
「エクレアさん? それに、エルメリアさんにラナティさんも?」
全力でその場にやって来たエクレアはすぐさまジェイに怒鳴りつけた。
「ちょっとねぇ!! 何であんた達女子に一言も言わないのよ!!」
「そうですわ!! こんな事を勝手にして、どういうつもりですの!?」
「ひ、酷いよ! 私達だって仲間じゃない!!」
「うるせー奴らが来やがったな……」
うんざりした顔でジェイは手を振り、エクレア達に言い放った。
「あのな、今から俺達は喧嘩すんの! お前ら、そんなヒラヒラした服着て戦うのか? 見物人に下着を見せびらかす気かよ?」
「なっ!?」
思わずエクレアは後退り、エルメリアはスカートを押さえ、ラナティはその場で赤面した。
「今日は格闘の授業もねぇし、着替える事も出来ねぇだろ。野郎共の妄想材料になりたくねぇんなら帰った帰った」
「き、汚いわよ!! あんた、予めこうなる事を見越して私達に教えなかったわね!?」
「さぁな、たまたまだろ」
ジェイの言葉は半分だけ真実である。アルトが今日ここに来たのは偶然だったが、もし格闘の授業がある日に来てもジェイはエクレア達の服を隠してでも参加させないつもりであった。どうせアルトは女子に本気は出せないし、もし出せても後味の悪いものになるだろう。それに、この私闘は教師に目を付けられる可能性があり、仲間であるからこそ女子は巻き込みたく無かったのであった。女子からは大きなお世話と言われるだろうが、こう見えてジェイは娼館の跡取りという立場なので中々フェミニストなのだ。
「わ、私はやる!! 私の武器は弓だから動かなくても戦えるもん!!」
「あのなぁ……いや……」
少し腰が引けつつも頑として言い放つラナティにジェイは面倒臭げに説得の言葉を言おうとし、途中で思い直した。
「……分かった、ラナティは入れよ。だけどラナティには3つ条件を飲んで貰う。一つは地面に円を描いて、その中から出ない事。矢は5本まで。アルトに触れられたら敗北扱い。それが嫌なら抜けて貰うぜ?」
ジェイの出した条件をラナティは急いで吟味したが、妥当な提案であると判断し頷いた。一カ所から動けないというのは痛いがそれにより激しい動きをせずに済むし、悠長に矢を打ち続ける事も出来ないだろうから5本でも十分と言えば十分だ。そしてアルト相手に接近戦を挑んではラナティに勝ち目は無いのだから触れられたら敗北扱いというのも現実的な提案だろう。
「……うん、それでいいよ」
「って訳でアルト、こっちは4人だ。それでもお前なら余裕だろ? なんてったってドラゴンを相手にするくらいだからな」
「余裕かどうかは分からないけど、僕もそれでいいよ」
アルトの言葉にジェイは笑みを深くした。
次回、交戦規程の確認とバトル。




