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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-162 抗議47

ミーノス軍がノースハイアに到着したのは次の日の夕方の事であった。ノースハイアでもその事は既に布告されており住民にも大きな混乱は無いが、やはり自分達の街の中に他国の軍隊が入るという事は一定の緊張感をもたらしていた。


大通りを進むミーノス軍は城の前にある広場までやって来て、ノースハイアの首脳陣がそれを出迎えた時にちょっとした事件が起こった。


「ありゃ? 先頭に居るのは誰だ? ベルトルーゼじゃねぇぞ?」


小柄な兜を被った騎士の姿にバローが首を捻った時、その騎士はある一点に視線を定めると馬から飛び降り、全力でその地点に向けて駆け出した。


その行動にミルマイズをはじめとした親衛隊に緊張が走ったが、バローの隣に控えていた悠が前に進み出て親衛隊を制すると、小柄な騎士はそのまま悠の胸に飛び込んだ。


「……リーン、何故お前が?」


「な、何故じゃないですよ!!!」


叫びながら兜を外し、それを横に放り投げて涙目のリーンは悠の胸板を叩きながら切々と訴えた。


「ずっと待ってたんですよ!? それなのにユウ先生は全然迎えに来てくれないし、戦争は始まっちゃうし、ベルトルーゼさんは一番強いのは私だからって言って話を聞いてくれないし、ジェラルドさんは微妙に頼りにならないし!!」


微妙に頼りにならないと評されたジェラルドが背後で胸を押さえていたが、リーンは堰が切れたように感情をぶつけ続けた。


やがて言葉が出尽くすと、再び悠の胸に頭を預け、小さな肩を震わせたまま沈黙した。


《ユウ、私達が悪いわ。謝りましょう。ごめんなさい、リーン》


「済まなかった。戦争になればお役御免になると勝手に判断してしまっていた。もう十分だ」


いくら年齢に見合わない力量を備えていると言っても、その肩書きを外せばリーンもまだ少女と言って差し支えない年齢なのだ。一人神輿に担ぎ上げられる状況は非常に心細いものであっただろう。


悠はリーンの肩に手を添え、もう片方の手を背中に回し、落ち着きを取り戻すように叩いた。どこかから若い男女の悲鳴が上がった気がしたが、悠は構わず近付いて来たベルトルーゼに宣言した。


「騎士団長殿、急で申し訳無いがリーンは返して頂く。異論はありませんな?」


「あ、ああ、無い、全然無い、ぞ」


異論は許さんと雄弁に語る悠の視線に、空気を読めないベルトルーゼも危険を感じ取ったのか、舌をもつれさせながら頷いた。


「ノワール侯、教え子の気分が優れぬようなので退出のご許可を賜れますか?」


「許可する。……ちゃんと慰めてやれよ」


台詞の後半を悠だけに聞こえる声で伝え、悠は一礼してリーンを伴いその場を後にした。


そして行き場を失った緊張感を振り払うかのように、ラグエルがベルトルーゼに語り掛けた。


「遠路はるばる大儀であった。余はラグエル・ミーニッツ・ノースハイアである」


国王直々の名乗りを受け、ベルトルーゼも気を取り直して下馬し、膝と両拳を地面に付けて頭を垂れた。背後でジェラルドもそれに続く。


「ミーノス王国『鋼鉄アイアン薔薇ローズ』騎士団団長、ベルトルーゼ・ファーラム伯爵、只今到着仕りました! お見苦しいおもての為、兜を取らぬままの礼をお許し下さい!」


ベルトルーゼの言わんとする所を悟り、ラグエルは鷹揚に頷いた。


「構わぬ。全身鎧に身を包んでいて尚且つその軽妙な身のこなし、音に聞こえたミーノス騎士団長そのもの。楽にするがよい」


「はっ!」


ベルトルーゼとて生粋の貴族である。国の顔となる場面で不作法を犯す事も無く立ち上がった。


今この場にはミーノス軍の他にノースハイアの市民や兵士達も集結していた。つまり、この出迎え自体が式典なのである。


ラグエルは拡声の魔道具を通して全ての者に呼び掛けた。


「……余が生きている間にこうしてミーノスの軍をこの街に迎え入れる日が来るとは正直思わなかった。もしそんな日が来るとすれば、それはノースハイアの滅亡の時であろうとも思っておった。だが現実に今こうして余はミーノス軍と相対しておる。それも恐るべき敵としてでは無く、頼もしい味方としてだ。これは戦に勝って蹂躙する事よりも大きな意義を持つ事だ。我らは称え合い、友人となる事が出来るのだ。それは素晴らしい事だと余は信じる」


ラグエルは一言一句がその場に浸透するのを待って言葉を続けた。


「……以前の余は他国は力で奪い取る物であると思っておった。事実、ノースハイアは余が幼少の頃とは比べ物にならないくらいにその版図を広げ、民の暮らしは豊かになった。だが、余は先だけを見て忘れていた。新たに取り込んだ領地には他国の民だった者もいよう。彼らは余の所業をどう思っただろうか? 別に治める国などに拘らぬのなら良いが、親を、子を、友を殺された者達にとって、余は1000回殺しても飽き足らぬ存在であろう。だが、こんな余にも愛する家族は居る。余は他人の家族には頓着しなかったが、自分の家族が失われる可能性を諭されて初めて底知れぬ恐怖を味わった。余の受けた恨みはノースハイア全てに伝播し、民の家族すら恨みの対象と化すだろう。力のみで国を陥れる事は未来へ取り返しの付かない負の遺産を残すという事に、余はようやく思い至った。……ノースハイアは今後、領土拡張の為だけの戦は一切行わぬ。隣人と手を携え、優しい光の差す未来を目指すものである!」


威厳と慈しみを併せ持ったラグエルの言葉に歓声が上がり、しばし待ってからラグエルは手を上げてそれを制した。


「……遥か先に人類最後の敵対者が存在する。余はそれはアライアット王国であると思っておったが、実際は違った。アライアットは今、聖神教という組織に国を侵されておる。聖神教はノースハイア、ミーノス両国の貴族を篭絡し、国内を混沌に貶めんとした。ミーノスの民を、そして我がノースハイアの民を貶めんとした!! 断固として許し難い所業である!!」


殺気すら篭るラグエルの怒りに満ちた弁舌に、民衆はその怒りを共有して頷いた。


「……が、人間誰しも間違いはある。余が誤ったように、聖神教にも更生の機会を与えぬのはあまりに狭量。そこで余は一度だけ彼らに使者を送る事にした。余の娘、シャルティエルとサリエル、そしてミーノスの宰相補佐官ヤールセン殿を見送った記憶は皆の記憶にも新しいであろう。だが結果はどうか!? 面談を求めた使者を聖神教は即座に殺害しようと目論みおった!! 仮にも神のしもべを公称する聖職者が対話を求める使者を殺そうとしたのだ!! この鬼畜の所業をどうして許せようか!?」


ラグエルの怒りに感化された民衆は拳を突き上げて叫んだ。否、否、否と。


「うむ、余も同じ思いである。聖神教が除かれぬ限り、人類に真の平和は訪れぬ。であるからこそ、余は聖神教を討つ事を決意した。ミーノスのルーファウス王も賛同して下さった。最後の禍根を断ち、然る後に余は正気を取り戻したアライアットとも和平を結ぶ。有史以来一度として無かった、国と国が手を携える時代がやって来るのだ。他国を敵国と見なさなくてもよい時代だ!! これを平和と呼ばずに何と呼ぼうか!?」


平和。その価値を知る者は心が震えた。いつどこから攻められるか分からない日々に怯える必要が無くなるのだ。他国は敵では無く、風俗の異なる隣人になる。武器と武器を打ち合わせるのでは無く、言葉で語り合う事が出来る様になるのだ。


「明朝、ベロウ・ノワール連合軍総司令官を筆頭に最後の遠征に赴く。副将を務められるベルトルーゼ・ファーラム伯爵と我らが大将ベロウ・ノワール侯爵の両名にはなむけとして拍手を送って欲しい。彼らが再び無事にこの地を踏む事が出来る様に。平和万歳!!」


ラグエルが率先して手を打ち鳴らすと、10万を超える拍手と歓声が轟音となってノースハイアの街に響き渡った。それに応えるようにバローは剣を、ベルトルーゼは槍をそれぞれ天に向かって掲げ、音に紛れてバローは隣のベルトルーゼに怒鳴った。


「おい!! 形の上じゃ一応俺が大将なんだから勝手に突っ走んなよ!!!」


「私を従えたいのならそれに相応しい力量を示してみろ!!! 後ろでぼんやりしている様な男には私は従わんぞ!!!」


「俺の活躍を見ればそんな減らず口も引っ込むぜ!!! 惚れんなよベルトルーゼ!!!」


「ぬかせ!!!」


天に掲げられたバローの剣とベルトルーゼの槍が打ち合わされ、高らかな響きとなってノースハイアの夜空に轟いた。




傭兵隊の一角の他愛の無い出来事。


「放せよギャラン!!! リーンが、リーンが!!!」


「勝手に持ち場を離れちゃ駄目だよ!!! それに、ユウ様が一緒なら大丈夫だって!!!」


「あいつと一緒に居るから許せねぇんだよッ!!! リーンにベタベタ触って鼻の下を伸ばしやがって!!! ぜってーブッ飛ばす!!!!!」


「ユウ様がそんな事で表情を変えるはず無いよ!!!」


「そんな事だと!? ギャランお前リーンの可愛さを馬鹿にしてんのか!?」


「ああ、もう面倒臭い奴だなぁ!!!」




バローの背後のある姫の憂鬱。


「ああ、早く終わらないかしら!! 私、ユウ様の事が気になって気になって……。も、もしや今頃あの娘と……!」


(……どうか拍手が鳴り止むまでにお姉様の独り言が止まりますように……)


正気を保ってる人間よりも場の勢いに乗れる人間の方が悩みは少ないのかもしれない。

そろそろ長かった七章も締めです。リーンもようやく重責から解放されました。良かったね。

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