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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-160 抗議45

仮住居を用意し、食事の準備が整った頃には既にすっかり日は暮れていた。


「クリス、どんな具合だ?」


「これはユウ殿。食事が施されたお陰で一応落ち着きは取り戻しました。……下級市民の者達は普段から食うに困る生活を送っておりましたので、その一点だけでも多大な感謝の念を抱いております」


テントの中に様子を見に来た悠に頭を下げつつ、クリストファーは自分の横に悠を誘った。


「概ね好意的に受け止められているという事か?」


「左様です。まだ先が見えぬ状況に不安を感じている者は多数おりますが、混乱を来すほどではございません。……何かご懸念でも?」


悠が用も無くブラついているとは思わなかったクリストファーは少し周囲を気にしつつ尋ねた。


「大丈夫だ、今この場から半径20メートルに人はいない。そこでクリストファーに頼んでおきたいのだが、少々警戒して欲しい事がある」


「……もしそれが避難民の中に間者が居るのでは無いかというご懸念でしたら、私が連れて来た兵の中からなるべく目立たぬ容姿の者達を少しずつ混ぜてありますが?」


「既に手配済みだったか?」


「ええ、聖神教はそういう事には長けた連中です。私もただ指を咥えて奴らの下で働かされていた訳では御座いません」


聖神教に散々煮え湯を飲まされ続けて来たクリストファーは土壇場にあっても細心であった。事前に兵装を解かせた自らの部下を悠が避難民を連れて来る時に合わせて数名ずつ混ぜたのだ。彼らの任務は避難民の動向を探り、扇動的な言動を行う者や怪しい行動を取る者が居ないかの監視である。


「それに加え、ステファー殿にも密かに避難民の面通しを協力して貰っています。特に問題があると判断すれば秘密裏に拘束する手筈です」


「そこまで整っているのであれば俺が差し出がましい事を言う必要は無いな。もし戦闘で手に余ると判断したら報告してくれ。こちらで手を打つ」


「畏まりました」


丁寧に頭を下げ、クリストファーは顔を上げると悠と共にテントの外に出た。


「……恥ずかしながら、年甲斐も無く胸を高鳴らせております。私が愛し、そして憎んだ祖国が今まさに生まれ変わろうとしている事に……。もう何も成すべき事も無く死んでいくのだと思っていた私の人生にまだこんな山場があったとは。つくづく何が起こるか分からぬものですな……」


クリストファーの目にはアライアットの歴史が走馬灯の様に駆け巡っている風に見え、悠は沈黙を守った。本来であればクリストファーほど賢明で穏和な人物であれば今の歳になるまでにもう2つほど爵位を上げていたかもしれない。そうでなくても主家であるダーリングベル家を能く支え、妻帯して穏やかに一生を終えていたのかもしれないのだ。その幾つもの「かもしれない」は夢のままに終わったが、今起こっている事は紛れも無い現実であった。


「ユウ殿、よくぞあの時に我らの前に立ち塞がって下さった。お陰で我々はそれ以上の罪を重ねずに済みました。ロッテローゼ様も本当は誰かに止めて欲しかったのです。しかし、そのお心に負った傷のあまりの深さにノースハイアを憎まずにはいられなかった。ガルファに縋らざるを得なかったのです。この頼りにならぬ年寄りには出来なかった事をあなたは果たして下さった。そればかりか、ソフィアローゼ様のお命までもお救い頂けました。後は、聖神教が打ち払われる日がくれば、私はいつ死んでも悔いは御座いません」


悠を振り返ったクリストファーの目の端にはキラリと光る粒が見えたが、言葉通り後悔しているようには見えなかった。


「……この世界の年寄りは感動屋な上、すぐに死のうとして始末に困る。アライアットから聖神教が除かれても、いや、除かれた後にこそクリスには働いて貰わねばならん。まだまだパトリオの様な未熟者に後事を任せて隠居など出来んぞ? 隠居したければ戦後必死に後継を育てるのだな」


「これは手厳しい。まだまだ老骨に鞭を打って働けと申されますか? 自他共に厳しいユウ殿らしい仰りようですな」


そう言いながらもクリストファーの顔は笑っていた。悠の言葉がそのままの悪口で無い事はソフィアローゼの件で十分に思い知ったのだから。


「ご安心下さい、まだまだ死ねませんよ。せめてソフィアローゼ様のお子をこの手に抱き上げるまでは死にません」


「ソフィアは病弱に見えて案外気が強い。クリスが世話を焼かんと婚期を逃すかもしれんぞ」


「その言葉を聞いたら烈火の如く怒り狂うでしょうな。お願いですからご本人には言わないで下さい」


その光景を想像して割と切実に、しかしやはり笑顔でクリストファーは悠に願ったのだった。




悠の夜はまだまだ終わらない。夜半を過ぎ、人気も絶えたノースハイアに悠は空から降下し、指定された城の部屋に窓から侵入した。


「来たか」


「おう、お疲れさん」


その部屋の内部で悠を待っていたのは国王であるラグエル、その親衛隊長であるミルマイズ、そして連合軍総司令官に抜擢されたバローであった。


「軍の準備はどうだ?」


「既に知らされていた事だ。手抜かりは無い」


「俺も最初はちょっと舐めてる奴も居やがったが、不満のある奴は掛かって来いって言って全員ぶっ飛ばしたら静かになったぜ。突然偉くなった成り上がりの貴族なんぞ頼りにならねえと思ったんだろ。今は概ね掌握したよ」


「それと同時に聖神教の息の掛かっていると思われる者や貴族の捕縛に着手しました。まだ聖神教から指示が出る前だったと見えて、8割方は終了しており、残りも明日中には完了します」


「それなら結構だ」


ノースハイアは正規兵3万を遠征に当て、それ以外は王都の防備と聖神教に取り込まれた貴族や商人の捕縛に当たっていた。遠征に出て王都が手薄になった時に一斉に蜂起されては面倒な事になるからだ。まずは後顧の憂いを無くす事から戦争は始まっているのである。


「で、明後日の夜にはミーノスの軍も到着する訳だが、ベルトルーゼのヤツ、ちゃんと迷わず来れるよな? 間違って自分達だけでアライアットに突進したりしねぇか?」


「……どんな将軍だそれは……」


バローの半分冗談の台詞にラグエルが顔を顰めたが、冗談の成分が「半分」である所が洒落になっていない気はした。


「ベルトルーゼに細かい事を言っても無駄だろうが、補佐のジェラルド殿は理知的な人格者だ。軍の運用に誤りはあるまい」


色々出来る悠であったが、その目が千里眼という訳では無いのでリーンが先頭に立っている事はまだ知らないのであった。


「明日の昼には作戦案を蓬莱から伝えて貰う手筈になっている。全てその通りにとはいかんだろうが、かなり効果の見込める作戦を立てて来るはずだ」


それを示す様に悠は雪人の立てた2つの作戦を語ってみせると、ラグエルは納得の顔になった。


「理に適っておる。余も時間が湯水の様に使えるなら兵糧攻めをするであろう。そもそもこの季節のアライアットに大きな備蓄があるとは思えんし、下級市民が離脱しても彼らはまともな食など口にしていまい。下級市民が居ない事など聖神教の者達は重要視しておらんだろうが、すぐにその効果は表れるだろう。国など、民が居なければただの空虚な箱に過ぎん。全ての作業に兵士を使っていれば、あっという間に疲弊して用を成さなくなるであろうな」


為政者としてラグエルは事態を冷静に分析していた。今から食料を集めるには時間が足りないし、それは民に関しても同じ事が言える。戦争で民など何の役にも立たないと思われるかもしれないが、籠城するとなれば食を提供する人間が必要であり、その他様々な雑用をこなす人間が必須である。それらを全て兵士で賄えば人数が多ければ多いほどその疲弊速度は増し、軍としての能力を失っていくのだ。


「ふん、流石にいい将を持っておるわ。良かろう、作戦案は明日の昼まで待つ」


「でもよ、あんまり高度な策は俺じゃ実行出来ねぇぞ? 連合軍総司令官なんて大層な肩書きを持っちゃいるが、俺の指揮の経験なんて1000がいいとこだ。5万にもなる、しかも他国人が混じった軍なんて突撃と撤退の指示が精々だ」


「こういう時こそ人は使いようだ。お前は象徴であればいい、その策を実行出来る副官が居ればな」


「……パストールじゃ荷が重い。もっと広い視野で物事を見渡せる人間じゃねぇと……。となると、アイツだな」


一人の人物を脳内に見い出したバローは悠に告げた。


「ユウ、マーヴィンを連れて行く。馬丁の仕事は切り上げてすぐ王都に連れて来てくれ。仕事ぶりはこの前で良く分かった。本当はもう少しやって貰おうかと思ったが、ミーノスの軍が来る前にマーヴィンには情報を頭に詰め込んで貰う」


「良かろう、今晩中に支度を整えさせる」


悠はそれだけの情報を伝えると再び窓へと向かった。


「帰る前に冒険者ギルドに寄って行く。ではな」


現れた時と同じ唐突さで悠はノースハイアの闇に身を投げた。




「レイシ~、眠いぃ~」


「文句言わないの。戦争が終わったら滞った依頼をすぐに消化しなくちゃいけないんだがら。そうなったら夜寝てる暇なんて無いわよ?」


「やだーーー!! もう、なんでそろそろ忙しくなりそうな時期になった途端に戦争なのよぅ!!」


「人が動き出す時期が同じだからでしょ。文句を言わないで戦争に参加する冒険者のリストを纏めなさい。一人じゃ終わらないって言うから私も手伝ってるんでしょ」


キャスリンやレイシェンもまた夜遅くまでカウンターで作業に追われていた。戦争参加者は多数に上り、その報酬の配分の為に必要なリスト作りも一苦労で、一律に支払われる報酬とランクや手柄に合わせて支払われる報酬が違う為にこうした名簿は必須なのである。また、個々人の戦闘スタイルで作戦に使われる場所が異なる為、その仕分けもしなくてはならないのだ。


ちなみにミーノスの冒険者ギルドのリスト作成はサロメが超人的な効率の良さで既に終えており、コロッサスは作業に邪魔だからという理由で追い出され、戦争に行く冒険者の世話を焼いたりしていたのだった。


「はぁ……こうやっていつの間にか掛け替えの無い若さを失っていくのね……ギルド職員なんてなるものじゃないわ」


「嫌な事言わないでよ……ただでさえ私達はユウさんと親しいって噂が立って以来、声を掛けて来る男の人が居なくなっちゃったんだから……」


キャスリンとレイシェンは悠を止めた一件以来一目置かれる様になっており、彼女らにちょっかいを出した冒険者は悠に半殺しにされるという噂がまことしやかに囁かれているのであった。最初にちょっかいを出して来た冒険者を撃退した事はあったが、それは噂が出回る前で順序が逆なのだが、そういう細かい部分は伝わらないのが噂という物である。


「あーあ、いっそ2人纏めてユウさんが貰ってくれないかなー。Ⅸ(ナインス)の冒険者だし、受付嬢の役得なんて有望な冒険者と縁を見つけやすいって事なんだから責任持って欲しいよねぇ」


「それは男としての誠実さに欠けるのではないか?」


「甲斐性ですよ甲斐性。私はレイシーとだったら上手くやれそうだし、ちゃんと愛してくれれば構いませんけどねぇ」


「私は嫌ね。キャシーって家事しなさそうだし。家でまであんたの面倒見るのは御免だわ」


「あっ、レイシー酷い!! ねぇ、ユウさんからも言ってやって下さ――」


リストから目を離し、カウンターの前で腕を組んでいた悠を掴んだ体勢でキャスリンは硬直し、レイシェンはペンを途中で止めてカタカタと震える口調で言葉を絞り出した。


「…………い、い、いつから、そちらに?」


「「いっそ2人纏めて……」というくだりからだが、社会制度が許しても生憎俺は多数の女性を平等に愛せるほど器用では無くてな。申し出は有り難いが、辞退させてくれ」


「うあ~~~~~ん!!! なし崩し的に振られたあ~~~~~っ!!!」


「そういう問題じゃ無いわよ……!」


深夜テンションで感情の揺り幅が大きくなっていたキャスリンは泣き出し、レイシェンはリストに顔を突っ伏して恥じ入るのであった。

前半:シリアス


中盤:シリアス


後半:コメディー


短い玉の輿の夢でした。

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