7-156 抗議41
《……まぁいい、それで具体的にはどう扱うかを聞きたかったのだろう? 食事や衛生面、取り仕切る人間の選択などやる事は山ほどあるが、任せられる人選くらいは目星はついているのか?》
一瞬悠を鋭く睨みつけてから尋ねる雪人に樹里亜の指を信頼の証として軽く握り返しながら(樹里亜の赤面度で周りには筒抜けだった)、悠は脳裏に浮かぶ名を出した。
「公爵家の次男パトリオ、聖神教の元司教ステファー、人格者で知られるクリストファーの3人に任せる。特にパトリオとクリストファーは兵士と民衆両方に慕われているからな」
「ただ、パトリオ殿は経験が足りませんので補佐が必要ですね」
《ならばこちらの陣営から補佐する人間を選べ。内部に不安要素があるのなら監視が必要だ》
それと、と雪人は言葉を続ける。
《取り込む気が無いのなら食事や衛生面は程々に留めておけ。食材は用意すればいいが、調理はアライアットの人間に任せろ。風呂を沸かすのも……いや、風呂はそちらでは滅多に入る機会は無いのだったな。大規模な給湯場を用意して煮炊きは自分らにやらせろ。依存し出すとキリが無いし、突然余剰人口を大量に抱えて世話まで焼いていればあっという間に人的資源が枯渇するぞ。これから戦争をしようという為政者の人の使い方とは思えん》
雪人の言葉をレフィーリアは真剣に聞いて書き留めていく。それは頼る知識の無いレフィーリアにとって金言であった。
《代表者には祖国愛を煽るように言い含めておけよ。下手に居心地が良過ぎれば居着かれる。国を取り戻したあとはこれまでの様に虐げられはしないと期待させておけ。悪くてもどうせ今以上に酷くはならんだろうし、あとはアライアットの国政を担う者の問題であってこちらが責任を負うべき事柄では無かろう》
空手形であっても守られるならばそれは嘘では無いというのが雪人の持論である。当然それには頼れる実行役が不可欠なのだが、悠が居る以上成功を前提にする事に躊躇いを覚える雪人では無かった。当然、悠本人にそんな事を直接言う様な素直さは欠片も持ち合わせていないのだが。
「助言を感謝します、サナダ殿」
《このくらいの助言であればお安い御用だ。それよりも俺としては人間同士の戦争の方に興味がある。我々の世界では20年前にそういう概念は絶えてしまったからな。まぁ、人間が絶えなかっただけマシというレベルだが》
ブラックかつ冗談か本音か分かり辛い言葉にレフィーリアはどう言葉を返すべきか悩んだが、ハリハリが軽快な口調でそこに割り込んだ。
「ワタクシとしてはユウ殿が頼りにしたというその頭脳に興味がありますね」
《ふふん、どうだユウ、お前もようやく俺のありがたさが身に染みたのでは無いか?》
「ハリハリ、雪人を持ち上げるな。基本的に雪人のは智謀や神算では無く奸智や狡猾、もっと言えば嫌がらせに近い類の物だ。しかも調子に乗ると見境が無い。俺が居なかったらこいつは無茶な作戦で100回は死んでいるぞ」
《勝てば良かろうなのだよ!! 俺は天寿を全うするまで絶対に死なん!!》
椅子で踏ん反り返ってのたまう雪人を見て樹里亜と真はポツリと呟いた。
「悪人にしか見えない……」
《否定出来ません……》
「まぁまぁ、智謀だろうと奸智だろうとどちらでも構いませんよ。要は味方が死なず敵を排除出来れば良いのですから。出来れば敵兵もあまり殺さずに済ませたいですね。聖神教が無くなればそれなりに正気を取り戻す者も居るでしょうし。あまり人が減っては国を立て直すのが大変です。その辺りを加味して如何ですかね?」
ハリハリの漠然とした質問を雪人は一息で済ませた。
《俺なら悠をもう一度フォロスゼータに突撃させて聖神教の教主や幹部を虐殺させる。利点は悠以外が楽で苦労するのは悠だけな点だな。金も人も時間も要らん。やぁ、我ながら妙手だ》
「それ、作戦とは言いませんね。しかし、一番効率的である事は認めます」
「突然中枢が機能不全になれば政情の不安定化を引き起こして内乱になるぞ。馬鹿な事を言っていないで2人とも真面目に考えろ」
《ふん、ならばこちらの戦力とあちらの戦力、地形、率いる人物くらいは教えろ。現状で俺の手元にある情報では貴様を使うのが一番楽に決まっている》
「おっと、これは失礼しました」
鼻を鳴らす雪人にハリハリは自分の知る限りの情報を手短に伝えた。それを受け、雪人が思考加速に入り、数十秒で纏め上げる。
《……ミーノス軍1万5千、ノースハイア軍3万、輜重、傭兵合わせて5千で計5万か。対してアライアットは王都に3万、いや、多少は減っていると考え、加えて地形を考慮すれば……うむ、完勝出来る策が2つという所だ》
「それは?」
《一つは王都を正規兵5万で包囲し干上がらせる兵糧攻めだ。地形から察するにフォロスゼータは街への補給路を複数持たんし、攻撃せずとも囲んで待っていれば中の食料は一月ともたん。頼みの『天使』は悠が仕留めてしまえばいい。それ以外に何も出来んのならそれで飢えてお終いだ。国内の貴族は聖神教に実権を取られていて内心では面白くは無いから増援を気にする事もあるまい。楽勝だ》
フォロスゼータは背後に川を背負っているが、それを利用するには300メートルの断崖絶壁を自在に行き来出来なければならないので不可能だ。
《それに、迂闊にも過酷な労働をさせるはずの下級市民が殆ど居なくなってしまったのだ。悲惨だぞ、お偉方がこれまで他人にやらせて来た事を自分でしなければならないというのは。胸が躍るな!》
《最後の感想要りませんよ……》
敵対している者が酷い目に遭う事は雪人の喜びである。だからこそ参謀に向いているのかもしれないが。
《時間を掛けるなら辺境の貴族からコツコツ離間を仕掛けて攻め落としてもいいな。力攻めでも篭絡でもやり放題だ。なぁに、聖神教を追い出すのに協力すれば爵位と領地は安堵するとでも言えば喜んで従うだろう。その後貴族共が復権した王家やしがらみから解き放たれた市民に私刑にされてもそれは奴らの身から出た錆であってお悔やみの一つも申し上げればいい》
全く容赦の無い作戦にレフィーリアは額に汗を掻いていた。雪人の語る策はどれも実現の可能性は十分に高く、実行されればアライアットの敗北は揺ぎ無いであろうと思われたからだ。
「どちらもそれなりに時間が掛かるな。出来れば時間を掛けずに終わらせたい」
《条件を後付けするな。早く勝ちたいならそれなりに犠牲が出るぞ。人間同士の殺し合いはお前の望む所ではあるまい》
「それでも形の上では誰の目にもはっきりとした勝敗が必要だ。一度も戦わない訳にはいかん。幸い、王都に残っているのは基本的に聖神教に従っている者ばかりだ。一戦して決着するのが望ましい」
《……一日待て、明日までに作戦を練っておいてやる。戦後処理もな。そろそろ時間だろう?》
そう雪人が言った所で一瞬映像が乱れた。
「そのようだな。ではまた明日に」
《そういう訳で申し訳無いが防人教官、明日の鍛錬は午後からという事でお願いします》
《心得た。こちらも総力を挙げて取り掛かろう》
「感謝します、教官」
匠が小さく頷くと映像は途切れ、会話は終了となった。
「とりあえずレフィーリア、今雪人に聞いた事を実践してくれ。そろそろ夜の鐘の時間だ。食事の準備に掛かる頃合だろう」
「そうですね、早速実践させます。表向きはノースハイアとアライアットは料理の仕方が違うから任せるとでも言っておきましょう」
「ではこれにて解散という事で」
ハリハリの言葉に皆が頷き、会議はお開きとなったのだった。
雪人の業が一番低いのは言うまでも無いでしょうね。




