7-153 抗議38
アライアット軍を退け、後方に控えていたバロー達と合流した悠は最後となる輸送の準備に掛かった。
「ユウ様、お疲れ様ですわ」
「市民の方の避難は終わりました。後は兵士の方々と私達だけです」
「アライアットの兵士がこっちに来た時は流石に肝が冷えたけど……杞憂だったみたいだな」
サリエルらは馬も馬車も歩けない市民らの輸送に引き渡し、最後まで戦場に残っていたのだ。王族が真っ先に逃げる訳にはいかないというのがサリエルの言い分であるが、生の兵士の殺気を受けその顔色は青ざめていた。ヤールセンも似たような有り様だが、シャルティエルだけは平気な顔で悠の前で微笑んでいた。
「怖くないのか、シャルティ?」
「全然怖くはないとは言えませんけれど、私はユウ様を信じていますもの。たとえ万の兵に囲まれても耐えられますわ」
「わ、私だって平気です!!」
「慕われてるなぁ……ちなみに俺は平気じゃないよ」
シャルティエルに対抗するサリエルと正直に答えるヤールセンの背後からバローが馬を進めてやって来た。
「おーい、そろそろ中に入ってくれ。向こうの避難民はクリスとレフィーに任せっきりなんだ。パトリオにも手伝わさなけりゃ手が足りねえ」
避難民への対応はクリストファーが指揮を、レフィーリアが物資等の調達を担っているが、はっきり言ってソリューシャで受け入れるには限界があった。前回の投降兵を受け入れた時とは規模が異なり、一つの街で賄い切れる人の数では無いのだ。少なく見積もっても2万を超える人間がフォロスゼータを捨ててソリューシャの外に滞在しており、衣食住に人手と、何もかもが足りていないのである。
「予定よりずっと多かったからな……ミーノス、ノースハイア両国からも支援を受ける必要がある。悪いが3人にはまだ働いて貰うぞ」
「ユウ様の要請であれば何なりと」
「お父様への報告もありますので構いません。それが王女たる私達の務めです」
「物資に関してはミーノスの方が手に入りやすいと思うよ。ただ、アライアットとの戦争も控えているし、場合によってはもっと気候の温暖な小国群で買い付ける方が安くつくかもしれない。一度ギルドから本部に確認を取って貰ってはどうかな? 戦争が終われば元に戻るんなら2週間分ほどの物資があれば持ちこたえられるはずだし」
戦争による食料等の物資の高騰を鑑みて補足するヤールセンは近辺諸国の最新情報に触れている立場の為に信頼性の高い情報であった。
「ローランに全てを頼む訳にはいかんからな。ただ、衣服はノースハイアの物でなければ寒さを凌ぐ事は出来んだろう。小国群やミーノス製では気候に合わん。そちらはサリエルとシャルティに任せる」
「服飾の業界には割と顔が利きますからお任せ下さい」
昔取った杵柄と言おうか、シャルティエルは放蕩していた頃に築いた人脈があり、かなりの影響力を持っていた。せっかく作ったドレスが逃亡用のロープに化けたと知れば職人は嘆くだろうが、大口の注文に否とは言わないだろう。
「サリエルはお父様にそれらの資金を出してくれるように頼んでくれないかしら? 私が言ってもまた浪費するんじゃ無いかって疑われそうですし……」
「……分かりました。保護した皆さんの為ですから……」
嘆息するサリエルが請け負い、屋敷の敷地に全員が移動した所で悠は屋敷を収納し、背後のフォロスゼータを振り返った。
醜悪な街だった。人を選別し区分し差別する事が当然で、不必要なまでに巨大で華美な大聖堂とそこを根城に支配の手を伸ばし搾取する聖職者やそれに諂う貴族が我が世の春を謳歌するためだけの都であった。
止まない雨は無く明けない夜が無いのならばその逆もまた然りだ。終わらない春は無く、身を焦がす暑い夏は必ずやって来るのである。それに聖神教が耐えられなくても悠の知った事では無かった。
背中から翼を生やし、大きく羽ばたくと、悠はフォロスゼータをその目に焼き付けて飛び去ったのだった。
悠達が持ち帰った情報を得たミーノス・ノースハイア連合の決定は早かった。ミーノスでは大々的に騎士団1万5千の派兵が発表され、それ以外にも傭兵隊として冒険者と義勇兵の混成隊が2千、輜重隊2千が正規軍とは別に編成された。ミーノス軍は明くる日にはミーノスを出立し、ノースハイアに駐留後、6日後の期限を目処にフォロスゼータへ至る遠征に出る事となり、その軍の先頭を行くのは正騎士団長ベルトルーゼ・ファーラム伯爵の雄々しい全身鎧……では無かった。
「……なんで私がここに……」
「ハッハッハ、騎士団で一番強いのが先生なのですから、先生が一番前なのは当然です!」
「……申し訳無い、文句があるなら私に勝ってから言えと言われては我が団に団長を倒せる者が居ないのです……。途中ユウ殿と顔を合わせる機会もありましょう。それまでは辛抱して下さい」
さて、誰が先頭を進んでいるのかと言えば、ご存知の通りずっと騎士団の指南役を務めていたリーンである。悠が多忙になり迎えに行けない間、リーンも生真面目に騎士団を鍛え続けていたのだが、そのお陰で騎士団は以前より精悍さを増し、戦力としても大きく増強されていた。……と言っても最も成長したのはベルトルーゼなのでやはりリーン以外誰も敵わないのだが。
リーンは今完全に顔を覆えるタイプの兜で素顔を隠していた。こんな所に居ると知り合いには知られたくなかったし、下手をすれば冒険者に戻っても誰も敬遠してパーティーを組んでくれないかもしれないと思ったからだ。ベルトルーゼには是非このまま留まってくれと再三に渡り要請されているのだが、単なる団員ならともかく、それを率いる立場で残ってくれと言われてもリーンとしては頷く事は出来なかった。騎士団は実力主義であり、弱い者が下の立場に甘んじている事は許されないのである。
街中を人々の歓声を受けて進みながら、リーンはなるべく毅然とした風を装って馬を進めていたが、それを遠くから見ていた冒険者が居た。
「ふーん、どんな大女かと思ったけど普通だな。後ろに居るベルトルーゼ様の方がよっぽど騎士団長らしいぜ。あの鎧何キロあるんだよ」
「でも、そのベルトルーゼ様が敵わないんだから、凄い達人なんだと思うよ」
「へっ、顔を隠してるのは不細工だからに違いないぜ。天は二物を与えずってな」
「そういう陰口は良く無いよ」
傭兵隊として参加しているジオとギャランである。結局彼らも戦争に参加する事に決めたのだ。他のパーティーメンバーも同じく参加しているが、傭兵隊は正規兵ほど整然と並んで進んでいる訳では無いので人波に流されてしまったらしい。
「ジオー!! 怪我しないで帰って来てねーーー!!!」
遠くからジオに呼びかけて来るのはその身を案じたサティである。ジオはそれに手を上げて応えたが、戦場に行くからには必ず手柄を立ててやると息巻いていた。その腰にはコロッサスが所有していたカロンの剣が光を浴びて鈍く鞘を輝かせている。
きっとこれは俺の代わりに敵の首を取って来いという事だろうと解釈したジオがそう口にすると、コロッサスは割と手加減抜きの拳骨をその頭に見舞って怒鳴った。
「それは俺の冒険者時代の宝物だから死なずに持って帰って来いって事に決まってるだろうが!! 誰も斬らなくていい!! むしろ斬るな!! ヘタクソが使うと剣が痛む!!!」
頭を抑えて蹲るジオを捨て置き、コロッサスは表情を改めてギャランに語り掛けた。
「ギャラン、くれぐれもこのバカから目を離すなよ。断言するが、こいつは真っ先に死ぬタイプだ。本当は許可なんか出したくないが、腐ってもⅣ(フォース)だからな。お前は慎重に物事を運ぶ性格だから、コイツと一緒に居るのがちょうどいい。どうしてもジオが言う事を聞かないなら構う事は無い、コイツの足をブチ抜け、俺が許すから。死ぬより傷病兵として送り返される方がマシだ」
「は、はぁ……」
コロッサスの物言いはかなり酷いが、逆に言えばそれだけジオの将来性を買っているという事の表れでもあった。そうでなければ新しい剣を手に入れたからと言って大切なカロンの剣をジオに貸したりなどしないだろう。
ギャランにも人並みに功名心はあるが、それはただ一人の人物に捧げられている物である。
(でも俺もユウ様に見て欲しい。あなたに出会って俺はこんなに戦える様になりましたって……)
見た事も無い大軍の中に自分が居るという事実に、ギャランも胸を高鳴らせていた。
若者は想像で戦場に夢を見て、そして現実の戦場で何を見るのでしょうか。




