7-146 抗議31
「……で、結局何が言いたいのかと言えば、発見出来なかった報告だけか?」
「……申し訳御座いません」
アライアット軍を掌握するデミトリー・ノルツァー公爵は不機嫌に切り捨てるガルファに感情を消し去った声で答えた。従来の身分制度であれば一教徒のガルファが公爵であるデミトリーにこの様なぞんざいな口を聞くなど許される事では無いが、今のアライアットは聖神教内での序列が王権にすら優越する国と成り果てているのだ。教主シルヴェスタの代理としてこの場を任されているガルファに対して激発すれば、たとえ貴族筆頭のデミトリーであってもただでは済まない。それが分かっているからこそデミトリーは一切の感情を押し殺してガルファに頭を垂れているのだった。その精神力は流石貴族筆頭であり続けているだけの事はある。
「私は謝罪が聞きたくて貴公をこの場に呼びつけた訳では無い。具体的にどうするつもりなのかを尋ねる為に呼んだのだ。国内の勝手な往来を許し、王都の至近になってようやく敵の存在に気付くなど言語道断。教主様も酷く憤慨されていますが、それについての回答は?」
「現在、動員出来る兵士は全て街道の監視に当たっております。発見次第軍は王都より出陣しノースハイア王女を騙る一行を取り押さえる手筈となっており、今しばらくお待ち頂ければ成果をご報告出来るかと……」
「そう言って夜中から朝になっても見つからない訳か? ……まぁいい、だが、こちらに入っている情報では些か看過出来ぬ問題も報告されている。奴らが最初の侵入路に選んだのは旧ダーリングベル領という見方が有力だ。確かそこにはデミトリー殿のご子息が居たはずだが?」
ガルファの言葉にデミトリーはそっちが本命だろうにと内心で舌打ちした。聖神教はあの手この手で貴族の力を削ぐ事に傾注しており、これもまたその一環であろうとデミトリーは予定していた口上を淡々と述べた。
「確かにかの領地には我が息子を送っておりますが、それはあやつを危険視した為です。パトリオは事ある毎に兄であるイスカリオを敵視しており、このまま王都に置いておけば良からぬ考えを持つかもしれぬゆえ、最も王都から離れたダーリングベル領へ追いやったのです。遠く離れた地で職務に精励し頭を冷やせばという親心でもありますが、私がそれを許したのは聖神教の司教殿が側仕えとしてパトリオと共にあるからでした。まさか聖神教の司教ともあろう方が王国を裏切るはずがありません。正気であれば必ずやパトリオを掣肘するはずです」
その答えに今度はガルファが内心で苦虫を噛み潰した。パトリオだけがダーリングベル領に行っていたのならその罪をノルツァー公爵家に置き換える事も出来るが、聖神教の司教まで派遣されていて国境通過を黙認したというのであれば聖神教としても声高にノルツァーの罪を問う訳には行かないのである。
「……最もな意見だ。しかし、司教ステファーが無事であるという保証も無い。排除され、パトリオ殿が勝手に動いているという可能性もある」
「あくまで「可能性」の話でしょう。全てはかの一行を発見するまで真相は不明です。また、もしパトリオが侵入者に加担しているというのであればもはや国賊、討ち取るのに何の躊躇いもありません」
あっさりとパトリオを見捨てるという判断を下したデミトリーにガルファはこれ以上の追及は不可能と判断した。この分では捕らえても助命を嘆願してくる事も無いだろう。聖神教も関わっている以上、迂闊な行動に出れば共倒れになりかねない。
「よろしい、ではそれを証明して貰おうか。本日中に侵入者を見つけ出し、王都まで連行せよ。詮議はそれからとする」
「では私はこれにて失礼――」
「ご報告申し上げます!!!」
デミトリーが部屋を辞そうとしたその時、ドアの外から調子を外した声が掛けられた。
「騒々しいぞ、侵入者が見つかったのか? とにかく入れ」
「はっ! し、失礼します」
入室を促され、王都の守備兵と思しき兵士はその場で両膝をついた。
「それで何があった?」
「は……その、し、侵入者を発見致しましたが……」
「報告は簡潔に要点を伝えよ。貴様の逡巡に付き合っているほど私は暇ではない。いつ、どこで、誰を見つけたと言うのか?」
歯切れの悪い兵士の報告に苛立ったガルファはその先を急かした。
しかしその内容はガルファやデミトリーにも驚きを隠し切れないものであった。
「ここ、です」
「……何?」
「この王都のすぐ外にてです! ミーノス・ノースハイア連名の抗議の使者を名乗る一団が王都の外にて聖神教教主様、もしくはその代わりに話を聞ける聖神教徒のどなたかとの面談を希望しております! ノースハイア王国第一王女シャルティエル・ミーニッツ・ノースハイア様、同じく第二王女サリエル・ミーニッツ・ノースハイア様、ミーノス王国宰相補佐官ヤールセン・リオレーズ様、ノースハイア王国侯爵ベロウ・ノワール様、それと……クリストファー・アインベルク子爵とパトリオ・ノルツァー様、聖神教司教ステファー様らが同行しております!」
百戦錬磨のガルファとデミトリーの両名があまりに急な展開に言葉を失った。
悠達が如何にして王都に突如として現れる事が出来たのかと言えば、答えは簡単で悠が街道によらず『竜騎士』となって手薄になっていた王都近くに着陸し、『虚数拠点』を展開して一行を出発させ、そのまま一気に王都に迫ったのである。途中で多少の兵士に発見されたが、そこはノルツァー家と聖神教の権力で押し通し、兵士に構わずフォロスゼータまで辿り着いたのであった。
そして、辿り着いてしまえばそれ以上動かないバロー達に強引に手を出せる者は今の所存在しなかった。そこで強引に街の中にまで押し入ろうとすればやはりバローの言は口実と見なされたかもしれないが、バローは用向きを伝えると正門の正面で待ちの姿勢に入ったのである。
そんなバローは現在白銀に輝く華麗な金属鎧を身に纏い、視界を阻害しないオープンフェイスの兜でその頭部を飾っていた。馬上で堂々とフォロスゼータと相対する姿はまさに若き精悍な将軍というに相応しく、その隣で同じく赤い鎧に身を包む悠との対比が見る者に畏敬の念を呼び起こしていた。
「流石はカロン殿、素晴らしい出来栄えですね。バロー殿もどこから見てもノースハイアの偉い将軍様にしか見えませんよ」
「ちょっと気張り過ぎじゃねぇか? 鏡を見て悶絶し掛けたぜ、俺は」
「いいから胸を張っていろ。ここがお前の一世一代の見せ場だ、後世に恥を残すなよ」
ハリハリの言葉にバローは遠巻きにする兵士達に聞こえない様に軽口を叩いた。カロンが実用性は勿論、今回の趣旨に合わせて意匠にも全力を注いだ鎧にバローは最初かなり戸惑いを覚えたのだが、悠の言う通りここが舞台の正念場であり、それが万人に伝わるのであれば役者染みた真似も受け入れなければならないだろうと覚悟を決めてこの場に立っているのだった。
アライアットの兵が表面上大人しくしているのにはもう一つ、建前以外の本音も存在した。それはやはり悠の存在である。
「お、おい、あれって……」
「ま、まさか……あんなのただの噂じゃ無かったのか!?」
「ま、間違い無い、俺はこの目で見たんだ!! あ、あれは、カンザキだ!!!」
小雪と樹里亜救出の際に遠目にでも悠を確認した者や、ノワール領侵攻に参加した兵士にとって『猛き戦場の風』、『竜騎士』カンザキの名は絶対恐怖の代名詞であった。生き地獄を味わっている者は今も決して少なく無く、聖神教もその存在には否定的な立場を取って火消しに奔走していたのだが、遂にその姿を最後の砦とも言える王都フォロスゼータでまで見るに至り、悠を知る兵士達は恐慌状態の半歩手前といった有り様に陥っていた。
「ユウ、やっぱりお前は普段通りのままで良かったんじゃねぇか?」
バローの言葉に悠は首を振って否定した。
「ここまで来れば隠す必要はあるまい。それに、最初から変身しておいた方が冒険者の悠と同一視しにくかろう。『竜騎士』カンザキがミーノス・ノースハイア両国と歩みを共にしているという事を知らしめられればそれでいい」
「つまり、俺達が言っている事が冗談じゃねぇぞって事が伝わりゃいいってんだな?」
「そういう事だ。その為の俺であり、サリエルやヤールセンなのだからな」
サリエル達が抗議の実効性を証明する為の存在であるとすれば、悠はそれを武力で証明する為の存在である。単にサリエルやヤールセンだけがこの場に来ようと暴力によって隠蔽されてしまえばそれまでであるが、悠が居る事でその安全が守られる。逆に悠だけがやって来ても所詮は国に属さない一個人に過ぎず、国と国との交渉にはなり得ない。戦後のアライアット存続を望むのであれば、一旦アライアットには国家間の戦争で全面的に屈服して貰わねば都合が悪いのだった。そして戦後処理を上手く使う事でアライアットの人心を安んじ懐柔するのだ。
「でもよ、呼んで来いとは言ったものの、本当にお偉いさんが出て来ると思うか?」
「出て来る可能性は低いでしょう。ついでに言えば教主が出て来る可能性はほぼ0と言っていいと思います。が、今はそれで構いません。ここは王都です、拡声の魔道具で大声で通告するだけでも聞こえないはずは無いんですから」
バロー達にとって必要なのはミーノスとノースハイアが連名で聖神教に対し通告したという事実であり、実際に聖神教の教主や幹部と交渉する事では無いのだ。そういう意味では目的は既に8割方達成されていると言ってもいい。
「……ですが、どうやら出て来たようですよ?」
「みてぇだな。さて、どんな役職の奴が出て来るのか……」
雑談で時間を潰している内に、どうやらアライアット側にも動きがあったらしく、正門付近が俄かに騒がしくなり始めた。どうやら誰かが正門に現れたようだ。
やがて兵士を掻き分ける様にして一人の人物が単身バロー達に向かって歩み寄って来たが、その人物を見てパトリオとステファーの顔が曇った。
「不味い、一番交渉に向いていない人物が出て来たぞ……」
「よりによってあの人を……皆さん、油断しないで下さい」
「揃いも揃って渋い顔だが、誰だ?」
バローがこちらに歩み寄って来る赤と黒という不吉な配色の法衣を身に纏った偉丈夫に視線を固定したまま尋ねると、苦い声でパトリオが答えた。
「聖神教異端審問部長官・バルバドス大司教……お前達には『狂笑の修道僧』バルバドスと言った方が通じるのでは無いか?」
「バルバドス!? 最後の五強か!!」
バローの言葉にパトリオは額に汗を浮かべながら頷いた。
心温まらない会話をする人達。一々色々考えながら喋らないといけないのって面倒ですね。
そして五強の最後の一人、バルバドスです。どんな人かは次回をお楽しみに。
本日はもう1話更新したいですね。




