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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-145 抗議30

キキンッ!!


宙を走る銀光がその途中で小さな火花を発し、急激に角度を変えて折れ曲がり、鈍い音を立てて標的に吸い込まれた。


「……ふぅ」


投擲の残心を終えたギャランが一息吐き、標的に歩み寄ってその成果を確認する。


「よし」


ギャランの放った投げナイフは標的の前にある障害を回避し、見事に標的の心臓に当たる部位を貫いていた。ギャランはその刺さり具合を見てから投げナイフを引き抜き、再び元の場所に戻ろうとした所で声を掛けられた。


「相変わらず精が出るな」


「ギルド長……おはようございます」


「ああ、おはようさん。……こうして朝から自主練する冒険者が増えたのは喜ばしい限りだが、その中でもお前の真面目さには頭が下がるよ」


ミーノスの冒険者ギルドに所属する冒険者は合同訓練以降、早朝は依頼をこなす前にこうして鍛錬場で自らを鍛える者が急増していた。悠の施した訓練は冒険者の心理に大きな影響を残し、向上心を持って自己研鑽に励む冒険者達はメキメキと実力を伸ばし、ギルドの注目株として頭角を表していたのだ。その中でもギャランは悠に認められた金の卵と目されていた。


「まだまだです。オレを導いて下さったユウ様の顔に泥を塗らない為にも、オレはもっと頑張らないと……」


「そのナイフを見れば悠だって何も言わずに頷いてくれるさ」


ギャランの手の中にある投げナイフを見てコロッサスが断言したように、ギャランの投げナイフは既に傷が無い場所を探すのが困難なほどに傷だらけであった。跳弾の練習は集中力を総動員してなるべく密度を上げ少ない数に抑えているが、それでもギャランの練習量は半端な数では無く、それも朝夕毎日行っているので自然と消耗してしまうのだ。


もう既に実戦で使うには厳しいほどだが、それでもギャランは練習には必ずこの投げナイフを選択し、自分で刃を研磨しては使い続けていた。


「そんなお前に朗報だぞ。昨日報告された依頼の達成で、ギャランのⅤ(フィフス)昇格が決まった。帰る時にはカウンターで冒険者証を書き換えるのを忘れずにな」


「え!? あ、ありがとうございます!! ありがとうございます!!!」


感激して何度も頭を下げるギャランだったが、コロッサスは軽く手を振って答えた。


「別に俺が推薦した訳じゃないさ。全てはお前が仲間と積み重ねた成果なんだから、胸を張って受け取れ。ユウもお前が頑張っているのを聞けばきっと喜ぶぞ。……まぁ、顔には出さんだろうけどな」


コロッサスの冗談にギャランも笑って応えた。およそこの国に居る者で悠の笑顔などを見た事がある人間は誰一人居ないのだ。


「今ユウ様はアライアットの王都を目指しているんですよね?」


「ああ、フェルゼニアス宰相からの布告通り、抗議の使者の護衛としてな。敵地にパーティー一つで要人護衛任務なんて本来は無謀の極みだが……俺はアライアットに同情するよ。ユウ相手に馬鹿な真似でもすれば、帰って来た時にはアライアットなんて国、無くなってるかもしれんぞ?」


「それが冗談じゃない所がユウ様の凄い所ですよ……」


ミーノスの冒険者で悠の力を知らない人間は誰も居ない。もしミーノスとアライアットが戦争する事になっても、今回ばかりは誰もアライアットに与する者は居ないだろう。それはノースハイアや小国群の冒険者にしても同じ事である。いくら報酬を積まれても、それが命の値段と釣り合う事など無いのだから。


「冒険者ギルドが積極的に戦争に関わる事は無いが、国からは一応打診はあるぞ。戦う為というよりも数合わせの為だろうが、Ⅳ(フォース)以上の冒険者で希望する者は一時的に国軍の扱いで戦争に参加する事が出来る。つまり、お前も参加する事は可能って訳だ」


「戦争、ですか……」


その話はギャランにとって既知の情報であるが、日に日に心の中に溜まり続ける思いがあるのを否定出来なかった。戦争に参加して人殺しがしたい訳では無いが、もしかしたら自分達を率いるのは悠なのでは無いかという考えが頭を離れなかったのだ。


悠の麾下に加わり、祖国を守る戦いに力を尽くす。その想像はまだ若いギャランを奮い立たせずにはいられなかったのである。


「無理にとは言わんよ。冒険者は依頼をこなすのが本分だからな。ユウにいい所を見せたいなんていう功名心で参加するなら俺としては諫めたいが?」


「うっ……す、すいません……」


図星を突かれ、ギャランは恥じ入ったが、コロッサスは少し苦みの混じった笑みで答えた。


「いや、気持ちは分からんでもない。だが、今回戦争になればアイツの担当する場所は間違い無く最大の激戦区になるはずだ。普通の隊を任せてもユウの足手まといになっちまう。おそらく冒険者を率いるのはうちの騎士団の誰かだろう。何でも、ユウの秘蔵っ子が騎士団に入り浸って一から鍛え直してるって話だったが……」


「ユウ様の秘蔵っ子ですか?」


そういう噂はギャランも確かに聞いた事があった。やたらと槍の扱いの達者な女性が指南役として招かれ、騎士団長であるベルトルーゼすらその人間の前では膝を折ると専らの評判なのだ。全身鎧フルプレートを身に纏い、縦横無尽に怪力を振るうベルトルーゼすら屈服させると言うのだから、ギャランは何となくはちきれんばかりの筋肉を搭載した大男の様な女性なのかと思っていたが、ユウの秘蔵っ子と言うのなら案外自分とそんなに歳は変わらないのかもしれない。


「アイツの手下ならきっと筋肉の塊みたいな女に違いないぜ。そんでもって可愛げもありゃしないに違いない」


「あ、ジオ……」


「よう、お前も朝練か、ジオ?」


「ウス、ギルド長」


そう言って鍛練場に現れたのはギャランの仲間であるジオであった。若干髪と身長が伸び、体つきも逞しくなったが、相変わらず悠に対しては隔意があるらしい。


「お前も中々強情だな。ユウに面と向かって食ってかかる奴なんてミーノスじゃもうお前くらいなモンだ」


「アイツはいつか必ず俺がぶっ飛ばしてやるんです。そんでもって謝らせてやるんだ!! 「子供扱いしてすいませんでした」って!!」


「その理由が既にガキなんだが……ま、そのクソ度胸だけは買ってやるよ。稽古つけてやるから掛かってきな」


「ありがとうございます!」


コロッサスの気紛れに感謝し、ジオは鍛練場の模擬剣を引き抜いた。それに合わせてコロッサスも模擬剣を手に取る。


「行きます! うおおっ!!」


年齢に見合わぬ剣速で薙ぎ払いの一撃が繰り出されるが、コロッサスはミリ単位の精密さでそれを回避しつつギャランと会話を続けた。


「軍の編成もそろそろ大詰めだ。行くにしろ行かないにしろ、早く決めておいた方がいい。パーティーとしての仕事にも関わる事だからな。当初の予定通りだとすれば、今頃ユウの奴、フォロスゼータに着いているかもしれん。もしかしたら本当にアライアット軍相手に一戦交えてるかもな」


「ユウ様ならきっと切り抜けて依頼を果たして来ます」


「俺もそう思う。……こら、当たらないからって大振りするな。攻撃に集中し過ぎて脇が甘々だぞ」


「ぐえっ!?」


会話をしながらもジオの相手を忘れず、大振りの一撃を流したコロッサスの柄尻がジオの脇に軽く突き込まれた。


「お前もⅣ(フォース)になったんだから、もう少し冷静さを身に着けろよ。他のメンバーに頼ってランクを上げたなんて言われたく無いだろ?」


「くっ!」


コロッサスに指摘され、ジオは脇を締め直し、再びコロッサスに斬り掛かった。口では厳しい事を言ったが、ジオの剣の上達具合は中々のものなのだ。この歳ですでにⅣになっている事と言い、将来的にはミーノスのギルドでもトップクラスに立てるかもしれない逸材である。しかし、生来の性格が性格なので常に誰かが戒める必要があるのが玉に傷であったが。


「さて、ユウの奴、上手くやってるかな?」




コロッサスがそう呟いた時から時刻は数時間遡る深夜、悠は葵の声で目を覚ました。


《我がマスター、何者かが接近して来ます。数は5人。全員統一された武装をしております》


呼び掛けの時点で覚醒していた悠は葵の報告が終わる前に既にベッドから起き上がっていた。


「ご苦労。もう少し後になるかと思ったが、中々敵も動きが早い。葵、俺は今から夜陰に紛れる。起床した者達への状況説明は任せた」


《了解しました》


《人数からして斥候かしら? 武装していても戦う為だとは思えないけど……》


服を替えつつ、レイラの発言に悠も一部に修正を加えて肯定を返した。


「おそらくな。もっと言えば斥候というよりは捜索隊と言った方がいいかもしれん。葵の結界は不可視化も可能だが、人海戦術で捜索されれば発見されるかもしれん」


「ユウ、起きているか?」


緊急時の為ノック無しにギルザードが悠の部屋のドアを開けながら問い質す。


「ああ、起きている。今から俺は外に出るが、明日の朝には適当な地点で屋敷を出すつもりだ。葵に伝言は頼んである」


「そう、か。うむ、それならいいんだ。今の私は鎧が無いからな。戦力としては大した役に立てない」


一瞬、悠の裸体に視線を誘導されたギルザードだったが、何とか動揺を押し込めてそう返した。今のギルザードの力は純粋なデュラハン(首無し騎士)としての力しか無く、『真式魔法鎧エンハンスメントアーマー』が直るまでは戦力外なのだ。


その間にも悠は黒い衣服に身を包み、手早く準備を終わらせた。


「ではな」


「言う必要は無いと思うが、気を付けてな」


ギルザードの言葉に顎から覆面を引き上げ頷いた悠はそのまま外へと駆け出して行った。




「まだ誰からも合図が無いが……本当に報告にあった集団は居るのか?」


屋敷近くまで来ていた兵士が疑問を投げ掛けたが、それに対する答えは不機嫌な声であった。


「知るかよ。こちとらせっかく一日の勤めが終わってさあメシだって時に招集が掛かったんだ。眠いわ腹減るわでそれどころじゃねぇっての」


「冗談や酔狂で1000人規模の捜索隊なんて組むかよ。今この地域には軍の兵士が溢れ返ってるぜ。闇夜で同士討ちなんてシャレになんねえ。とにかく明かりだけは絶やすなよ?」


「はぁ……誰でもいいからサッサと見つけて帰りたいぜ。隣国のお姫様が少数のお供しか付けずにこんな敵地の奥深くに侵入出来るなんて有り得ねぇと思うんだがなぁ……」


「……ここだけの話だが、姫かどうかはともかく、とんでもない美人だってのは確からしいぞ? もし見つけたら……」


その兵士の言葉に他の兵士達の目にギラリと欲望の色が宿った。


「ほう……まぁ、こんな場所に居る様な女だ、ちょいと身体検査くらいはしてやんなきゃなぁ……」


「いやいや、女は何を隠してるか分からねえ、ちゃーんと体の隅々まで検査してやんなきゃダメだろ?」


「お前のじゃ奥まで届かねぇよ!」


「ダハハハハ、違いない!!」


「ば、バカ野郎!! 俺だって本気を出せばだな……」


森の中で下品な話題で盛り上がる兵士達の頭上で声によらない会話が流れた。


(質の悪い兵士ね……魔法的な捜索手段すら持ってないみたいだし、こっちが知りたい事を勝手に喋ってくれるし……)


(しかし、やはり捜索隊で当たりだな。それに動員されている数からして本気で探していると見ていい。捜索手段としての魔法は持っていなくても、通信手段としての魔法は持っているのかもしれん。今日の夕暮れには既に王都に伝わっていたのだろう)


兵士達をやり過ごして会話を繰り広げているのは当然悠とレイラである。近付いて来る兵士を察して木の上に登りその会話を窺っていたのだが、あの程度であれば普通に木の陰に隠れるだけでもやり過ごせたかもしれない。


(1000人規模という事は、5で割れば200の隊がこの地域に居るという事だな)


(ご苦労な事ね。どうする?)


(相手がこちらの進路を予測して人海戦術に出ているというのなら、思惑を外してやればいい。この地域に居なければ発見はされん道理だ)


そう言って悠は木の上を伝って王都の方向に向かい始めた。野生の獣さながらの動きをしつつも殆ど音がしないのは体術のレベルが桁外れである事の証拠である。


結局多数の兵士達を動員しつつも朝になるまで発見の報がもたらされる事は無かったのである。

ギャランも順調にランクを伸ばしています。ついでにジオも。


そろそろ聖神教も悠達に気付きましたが、ちょっと対応が遅かったですね。

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