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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-144 抗議29

ほうほうの体でメルクカッツェの兵が逃げ去る中、シャルティエルが満面の笑みで悠を迎えた。


「お疲れ様です、ユウ様。……うふふ、これでシャルティはユウ様のものですわ!」


「はいどうぞ!」とばかりに両手を広げて悠を待つシャルティエルからバローに視線を移すと、バローはサッと目を逸らした。


「……シャルティ、バローに何を吹き込まれた?」


「え? 上手く演技が出来たらユウ様が可愛がって下さると……」


単なる巧言令色の提案ではゾアントに撥ね除けられる可能性を考慮していたバローは事前にシャルティエルに頃合いを図って出て来るように要請しており、その際に悠を口実に用いたのだった。


「おい、糞髭……」


揺らめく殺気を立ち上らせながら、シュルツが背中の剣に手を掛けると、バローは慌てて手を振った。


「ま、待てよ! 俺は「もしかしたら」可愛がってくれる「かも」って言ったんだぜ!? 絶対そうなるって確約した訳じゃねぇよ!!」


「いやぁ……それはちょっとシャルティ殿が可哀想ですね。勘違いさせた挙げ句、せっかく頑張ったのに何も無しというのは……バロー殿の折檻は別に行うとしても、ちょっとくらいはご褒美があってもいいのでは無いですか?」


「折檻されるのは確定なのかよ!」


ハリハリの言葉に肩を落とすバローは自業自得としても、そう言われて悠も不安そうな瞳で見上げてくるシャルティエルを見て小さく息を吐いた。


「……シャルティ、俺にして欲しい事があるか?」


「ありますあります!!! いーーー……っぱいありますわ!!!」


一般人とは思えない反応速度でシャルティエルはまくし立てた。


「……その中から男女の一線を越えず、シャルティの立場を揺るがさないものであれば何でも一つ願いを聞こう。考えておいてくれ」


「む、難しいですわね……」


9割方、男女の一線を越える行為しか考えていなかったシャルティエルは頭を悩ませたが、悠としてもこれが譲歩出来る最大限である。


「さて、それはともかくとして、そろそろ出発しませんか? あれだけ脅せば大丈夫だとは思いますが、また相手をするのも面倒ですからね」


「そうだな……パトリオ、ステファーの具合はどうだ?」


悠は護衛の馬車まで行くと中に居るパトリオに声を掛けた。


「……一体どんな治療を施したのだ? 私が見た時は明らかにもっと深手を負っていたはずなのに……」


呆然と呟くパトリオの膝にはステファーが頭を預けていたが、少し青い顔をしている以外は特に問題は無さそうであった。法衣の切れ目から覗く肌にも傷一つ見当たらないのだから、パトリオが驚くのも無理は無い。


「少し血が足りんか……蒼凪、ステファーが起きたら薬を飲ませてやってくれ。『中位ミドル』でいい。それと、着替えがあれば着せてやってくれ」


「『下位マイナー』でも十分だと思いますが?」


「念の為だ。協力してくれている以上は誠意は尽くしたい」


「分かりました」


「悠先生、空いている馬にはあたしが乗ってもいいですか?」


頷く蒼凪の隣でウズウズと体を動かす神奈はずっと馬車で動けず鬱憤が溜まっていたのだろう。兵を退けたばかりなので悠も今ならいいだろうと頷いた。


「分かった、だがはぐれんように気を付けろよ?」


「はい!!」


嬉しそうに返事をする神奈から悠は御者席の2人に向き直った。


「亡くなった子供達の万分の一にも満たんが、報いはくれてやった。……だが、思ったより気は晴れんだろう?」


「「……」」


樹里亜と小雪は複雑な表情で沈黙したまま悠の言葉に頷いた。直接的な仇の一人であるゾアントがどれだけ酷い目に遭っても2人の気分は重苦しく沈むだけだったのだ。


「欠損を別の欠損で埋め合わせる事は出来んのだ。人間の心は計算で成り立っているのでは無いからな……。復讐が愚かな事だとは言わん。それが立ち上がる力になる事もある。だが、それだけで留まっているのは誰にとっても不幸な事だ。樹里亜、小雪、復讐の先を見ろ。恨みを恨みだけで終わらせるな。その想いを昇華させた先にこそ欠落を贖う術があるぞ」


経験者の様に語る悠に樹里亜は悠もまた復讐に生きた事があるのだと悟り、問い掛けた。


「……悠先生、最初に仇のドラゴンを殺した時、どう思いましたか?」


「何も無かった」


即答であった。それは当時の悠にとっても意外な事であった。


「俺が初めて龍を殺したのがいつの事だったか……確か、10歳は越えていたと思う。大した相手では無かったが、殺した事に対して驚くほど感慨が無かったのを覚えている。もう少し何がしかの感動があるのでは無いかと思っていたよ。……手に残ったのは命を奪った感触と返り血だけだ。何も無い。少なくとも、未来に繋がる何かは得られなかった」


そこで悠は過去の追憶から思考を戻した。


「その事が分かるまで俺は随分遠回りをしたが、俺は器用では無かったからな……お前達ならもっと早く見つけられるのでは無いかと思う。俺に言えるのはそれだけだ」


答えを急かす事も無く、悠は馬へと戻った。


「それでは出発するか。今日の間にフォロスゼータに近付き、明日には王都まで行くとしよう」


「昼日中の王都近辺はかなり危険だと予想されますが?」


「ゾアントの一件が知られればどの道警戒は厳重だろう。これだけ王都に近ければ明日の早朝には王都に伝わるに違いない。もしかすると万単位の兵が出迎えるかもしれんが、些末な事だ」


「些末な事では……いえ、今更ですな。私はユウ殿を信じて付いて行きます」


視界を埋め尽くす兵士の群れを想像し訂正しようとしたクリストファーであったが、良く考えるまでも無く万の兵士より眼前に居る悠一人の方が恐ろしいと思い至って自らの発言の方を訂正し直した。万の兵でも逃げる事は出来るかもしれないが、悠相手ではそれすら叶わないだろう。


「じゃあ、今日の夜からは計画通りにするか? ユウには悪いがよ」


「それが良かろう。クリス、今日の夕暮れには遮蔽物が多い場所に着く様に道のりを調整してくれ」


「心得ました。道案内はお任せ下さい」


「……少し、いいだろうか?」


恭しく頭を下げるクリストファーの横から神妙な顔をしてパトリオが前に進み出た。


「どうしたパトリオ? ……ああ、ステファーの事は悪かった。突然殺しに掛かるとは思わなくてな」


「いや……あれが私の短慮な行動が引き起こした事態だという事は認識している。だから、その……だな……」


応じたバローの前でパトリオは葛藤と逡巡を繰り返したが、意を決して声を張り上げた。


「か、感謝する!! そして済まなかった!!」


羞恥に顔を赤らめながら、半ばヤケクソではあったが、パトリオは悠達に頭を下げて礼を述べた。


「だ、だが勘違いするなよ!! 別にお前達に気を許した訳では無いのだからな!! 私はあくまでステファーを治療してくれた事に礼を言っているのであって、祖国を蔑ろにするつもりは毛頭無いのだぞ!?」


「…………ふーん、なまじ次期当主じゃ無かったのが良かったのかもな……。まだ可愛げがあるじゃねぇか。いや、愛の力は偉大っつーかなんつーか……」


ニヤニヤと独り言を呟くバローがパトリオが何かを言う前にその肩を強く叩いた。


「痛っ!? な、何をする!?」


「いやいや、最低限の協力で済ませるつもりだったが、本格的にお前さんに手を貸してやるのも面白いかもしれねぇなと思ったのさ」


「一人でもマシな貴族は確保しておきたいですからね。ユウ殿、まだ『竜ノ慧眼トゥルーアナライザー』は使えますか?」


「ああ」


ハリハリの言わんとする事に思い至り、悠はパトリオを見た。


ゆらゆらと揺れる赤いオーラの横に記される数値は-962であり、マイナスとは言え先ほどの兵士達よりよほど高い数値であった。


「パトリオ、人を殺した経験はあるか? もしくは戦場に出た事は?」


「ど、どちらも無いが……なんだ、私が戦闘経験が無い事を当て擦っているのか?」


「ふむ……」


そこで悠は他の者達に視線を移した。具体的にはバロー、ハリハリ、シュルツらだ。


「……バローが-10009、ハリハリが-1555、シュルツが29」


「うわ、バロー殿……」


「し、仕方ねぇだろ、俺はほんの一年ほど前まではまだ心を入れ替えて無かったんだ、むしろ大分改善されてるはずだぜ!! そ、それにハリハリ、お前も結構なマイナスじゃねぇか!!」


「ヤハハ、ワタクシも昔のツケでしょう。むしろ解せないのは……」


バローとハリハリが視線をシュルツに向けると、シュルツは鼻で笑った。


「フン、何を見ている悪人共」


「く、クソムカつく……納得行かねぇぞ!!」


「むむむ……良く考えればシュルツ殿は山籠もりしていたのですから、そもそもあまり上下していなかったのかもしれません。ユウ殿と行動をともにするようになってからは比較的常識を身に着けましたからね」


「おい、それはどういう意味だ。拙者が非常識とでも言いたいのか?」


シュルツが剣に手を掛けてハリハリを威嚇した時、悠が平坦に告げた。


「下がった。シュルツ28」


シュルツが無言で剣から手を放す。


「この中では……樹里亜が一番高く3811だ。結界使いとして皆を守っていたからかもしれん」


「いやぁ…師匠陣よりよほど高いですね。己の不徳を恥じるばかりです」


「さっきから一体何の話をしているのだ? その数値はなんだ?」


「いや、気にするな。大体の事は分かった。行くぞ」


「あっ、お、おい!!」


パトリオの質問に答えず悠は馬を歩かせ始め、他の者達もそれに従い動き始めたが、バローが先を行く悠の隣に馬を並べて尋ねた。


「おいユウ、お前はどうなんだよ。あのゾアントがマイナス10万弱ってんならお前はプラス10万くらいあんのか? それとももっと上か?」


「そんな事を聞いてどうする?」


「や、単なる興味っつーか……」


バローの質問に悠は首を振った。


「さぁな。自分のカルマなど計った事は無い。己の行いは己自身が良く知っている」


「見てねぇのかよ!?」


「そもそも自分の業は見えんよ。ナナやナナナに聞けば教えてくれるのかもしれんが、そんな物の上下を気にして行動を変えるつもりは無い。俺は俺の心に従い生きるだけだ」


『竜ノ慧眼』は悠自身を対象とはしていない。それに悠は言葉通り業が上がるか下がるかで行動するかどうかを決めている訳では無かった。倒すべきは倒し、守るべきは守る。その責任は自分が負う。それが真に自由に生きるという事であると信じていたからだ。


「バロー、昔がどうあれ、今のお前の生き方に恥じる所が無いのであれば気にする必要は無い。人間に出来るのは精一杯生きて死ぬ事だけだ。結果が分かるのは死んでからでいい」


「達観してんな、相変わらず……」


バローには過去に対する負い目がある。それは記憶と、そして今も消えぬ業としてバローの中に刻まれているのであった。


だが今は人に恥じない生き方をしている自負がバローにもあるのだ。ならばあとはそれを全うするだけだ。


沈黙したバローをよそに、悠はこの世界で出会った中で最も善良であった一人の人物を思い出していた。


「ギャランの奴はどうしているかな……」


一部の者達のカルマが明かされた今回。まだ業の上下には色々と理由がありますが、そこは想像してお楽しみ下さい。気になる人物としてはやはり悠、ギャラン、アルト、そしてラグエル辺りですかね。

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