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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-143 抗議28

翌朝は早々に出発し、ハリハリが悠に代わって御者席に収まっていた。


背後の護衛の馬車では幾分か緊張した面持ちで樹里亜と小雪が座っている。小雪が加わっているのは本人の要望であり、悠もそれを受け入れたのだった。


メルクカッツェ領の主街地は山地を下るとすぐに見える場所にあり、ここに到るまで兵士と出くわさなかったのは幸運であったかもしれないが、流石に街に近付くと兵士の注目を浴びないという訳にはいかなかった。


街の外を見張っていた兵士が悠達に気付き、その背後にノースハイア王家の紋章を発見し追っ手が掛かるまでに擁した時間は短く、およそ10分後には悠達はメルクカッツェの兵士に取り囲まれていた。


「そこで止まれ!! 抵抗するなら容赦はせんぞ!!」


兵士の高圧的な警告に、バローとパトリオが前に進み出る。


「待て、私はノルツァー公爵家のパトリオ・ノルツァーだ! こちらはミーノスとノースハイアより来られた使者である! すぐにこの包囲を解け、無礼であろうが!」


「な、なんと!?」


やはり公爵家の名を出された兵士は戸惑い、道を譲りかけたが、兵士が発したよりも更に高圧的で野太い怒号がその行動を遮った。


「狼狽えるな馬鹿共が!! ノルツァー公爵本人ならいざ知らず、次期当主でも無い者の保証などで我が領地を通す謂われなど無いわ!!」


そう言って兵士達を左右に押しやって進み出た人物こそ、メルクカッツェ家当主、ゾアント・メルクカッツェ本人であった。


筋骨隆々とした立派な体躯はマットな質感の赤い鎧で覆われ、3メートルを超える長大な斧槍ハルバードを肩に担いで馬上から睥睨する様は歴戦の猛将と呼ぶに相応しい、堂々たる威容である。


「……聞き捨てならんな。私を侮辱するのか、ゾアント殿」


「本当の事を言ったまでよ。親の七光りで偉そうにしている様な輩を見ると虫唾が走る! 名を成さしめるに親に頼る軟弱者を通すほどメルクカッツェの名は安くないわ!! 名を上げたければ戦場に出れば良いのだ!! おまけに他国の人間を唯々諾々と通すとは、ノルツァー家の気骨も知れたものよな!!」


「おのれ、言わせておけばっ!!」


激昂したパトリオが腰の剣を引き抜く途中でゾアントの斧槍が唸りを上げて横に振られた。


「危ない!!」


パトリオの後ろに控えていたステファーが咄嗟に馬上のパトリオに自分の馬で体当たりを決行し、すんでの所でパトリオの体は斧槍の旋回範囲から外れ、縦に構えていた剣を叩き折られるだけで事なきを得たが、体当たりを決行したステファーは二の腕を切り裂かれて馬上で意識を失った。


「チッ、女の分際で邪魔をしよって……」


「ステファー!? き、き、貴様、殺してやる!!!」


「フン、売国奴が。その折れた剣で誰を斬ろうと言うのだ? すぐにその女諸共王都に首を送ってくれるわ!!」


その時、折れた剣の柄を震えるほどに握り締めるパトリオの手が横から遮られた。


「お待ち下さい、パトリオ殿。ここまで同行して頂いた義理が我らには御座います。ここは我らにお任せあれ。……ユウ、ステファーは?」


「大丈夫だ。パトリオ殿、ステファーを後ろの馬車に」


バローに注目が集まっている間にステファーの治療を終えた悠が促すと、ようやくパトリオも強張った手から力を抜いた。


「……済まぬ、後は頼んだ」


法衣を赤く染めたステファーを下馬して悠から受け取ったパトリオはその体をしっかりと抱き締め、後ろに下がった。


「なんだ貴様らは。大人しく自分の番が来るのを待っておれば多少長生き出来たものを」


「ゾアント殿、あなたの武名は遠くノースハイアまで鳴り響いております。そのアグニエル王子すら退けた武名に挑む名誉を与えては頂けませんか?」


「ほう……このワシに何を望むと?」


最近では一番の功名を挙げられたゾアントはバローの言葉を聞いてみる気になったようだ。


「一つ賭けをして頂きたく存じます。実はここに居りますユウが以前からゾアント殿の噂を聞き、是非一度手合わせをと熱望しておりまして……このまま乱戦となりそれが叶わぬのは余りに無念、せめて敵わないと分かっていても一騎打ちの機会を頂けないかと申しておりまして……万一、いえ、億に一つも勝機は無いとわかってはおりますが、ゾアント殿に参ったと言わせる事が叶いましたら我らをお通し願えませんでしょうか? 勿論、ゾアント殿が勝った時は我らの事はいかように処理して頂いても結構です」


「ふむ……」


ゾアントが対戦を熱望するという悠に視線を移そうとした時、唐突に王家の馬車のドアが開かれた。


「ちょっと、先ほどから進んでいませんわよ! ……あら、そちらの随分とご立派な方はどなた?」


前を開いたコートを身に着け、優雅な仕草で髪を掻き上げるシャルティエルの美貌は血に逸る兵士達の欲望を刺激するのに十分な魅力を持ち、ゾアントも開いた胸元に思わず唾を飲み下す。


「シャルティエル様、パトリオ殿が交渉出来ず、残念ながら我々の命運もここまでのようです。この上はユウとの一騎打ちを提案し、せめて本懐を遂げさせてやろうかと……」


「ふぅん……お兄様を退けたほどのお方ならその手に抱かれるのも一興かと思いましたけど、この様子だと受け入れては貰えそうにはありませんわね。ノワール侯、私、数に頼る軟弱な殿方に抱かれる気はありませんの。一山幾らの兵士に慰み者にされるくらいなら毒を呷りますわ。ほんの少しだけ食い止めなさい」


「畏まりま――」


「待て!!!」


バローの返事を遮り、ゾアントが声を張り上げた。


「……ノースハイア王家に傾国ありとは聞いていたが、よもやこれほどまでとは思わなかったぞ。良かろう! 一騎打ちを受けてやる!!」


「おお!! 忝ない!!」


「そう……ならば私も特等席で見せて頂こうかしら? あなたが勝ったら私を好きにして構いませんわよ、ゾアント様?」


流し目で胸の下で腕を組むシャルティエルの色香に近くに居た兵士達の腰が引けた。


「その言葉を忘れないでいて貰おう。兵士ども、場所を空けよ!!」


ゾアントの号令で兵士達は名残惜しそうにしながらも包囲の輪を広げたのを見て、バローは再び口を開いた。


「では今一度確認します。これより一騎打ちを行い、こちらはユウがゾアント殿に参ったと言わせれば勝ち、そちらは……ユウも念願叶って決闘が実現したのですから、命を取られても文句は言わないでしょう。ゾアント殿がユウを倒せば勝ちという事で。戦士の流儀に従い、魔法は無しにしましょう。悠長に唱えている暇など無いでしょうから。それで宜しいでしょうか?」


「構わん!! それよりも早く始めよ!!」


対戦相手である悠では無く、獣欲の籠もった視線の先でシャルティエルが小さく手を振っているのを見てゾアントは俄然やる気を出して斧槍を頭上で振り回して応えた。


だが、ゾアントは大きな勘違いをしていた。シャルティエルが手を振っていたのは別にゾアントを応援していた訳では無かったのだ。それはもっと普遍的なジェスチャーとしての意味が込められていたのだ。


すなわち、別れの挨拶である。


「では私はこれで。……ふぅ、猫を被るのも楽じゃ無いぜ」


後半のバローの台詞は小声での独り言であったので、悠以外の耳には届かなかった。


事ここに至り、ようやくゾアントは悠を見た。


「貴様も念願叶ってワシの手で果てる事が出来るとは幸運な男だ。ホレ、武器も持たず馬にも乗らずでは格好がつくまい。早く準備をせんか!! ワシは早く帰ってあの姫をベッドで可愛がってやらねばならんのだからな!! グフフ……」


バローに全ての交渉を任せていた悠が、ようやく口を開いた。


「……貴様の行き先がベッドである事は確かだが、下種にくれてやるほどシャルティは安くない。一生動けぬ体でオーク(豚鬼)のメスにでも添い寝して貰え」


突然の悠の悪罵に一瞬虚を突かれたゾアントであったが、その内容が脳に浸透するにつれて、己の纏う鎧よりも顔を赤くして怒鳴り付けた。


「こ、この無礼者が!!! すぐにその頭をかち割ってくれるわ!!!」


合図も無しにゾアントは悠に向けて馬を走らせた。その質量だけで並の人間であれば震え上がっただろうが、悠は感情を宿さない瞳で冷静にタイミングを計り、唸りを上げて薙ぎ払われた斧槍を宙に舞って回避し、空中でゾアントと交錯した。


「(おのれ、無駄な真似……な、何だ?)」


馬ごと振り返ったゾアントは悪態を吐こうとして、己の口から声が出ない事に気付き、咄嗟に痛みを発する喉を押さえた。だが、その隙に着地から即座に追撃に移っていた悠の飛び蹴りが目前に迫っており、慌てて斧槍を盾に蹴りを受け止めたが、その勢いに押されて馬から落ちてしまった。


「(ぐあっ!! な、何故だ、何故ワシの声が!?)」


「どうして自分の声が出ないのか不思議か?」


ゾアントを馬から蹴り落とした悠がゾアントにだけ聞こえる声量で話し掛けた。


「別に大した事はしていない。先ほどの交錯で貴様の喉は潰させて貰った。……これでどれだけ痛めつけられても参ったとは言えまい。つまりは……どれだけ俺が優位に見えようとも、俺としては手を止める理由にはならんという事だ」


悠の言葉にゾアントは目を見開き、急いで斧槍を構え直したが、その重厚な斧槍の柄が今の蹴り一発でひしゃげているのを見て顔を青くした。


「それと、貴様の鎧の色は不快だ。壊すぞ」


一気に距離を詰めた悠の速度に反応すら出来ないゾアントの鎧に悠は次々に拳を放った。しかし、見えなくてもただの拳で鎧を傷付けられるはずもないと安堵した。


「(馬鹿め!! い、いくら早かろうと素手で鎧が壊せるか!!!)」


「仕上げだ」


ゾアントの内心になど一切構わず、悠の拳が最後に胸の中央を叩く。すると……




バキャッ!!!!!




ゾアントの鎧が弾け飛んだ。


「(おわああああっ!? そ、そんなバカな!?)」


「安物だな。……さて、これで貴様の身を守る防具は無くなった。今こそ『異邦人マレビト』の子供達の痛みを知れ」


有り得ない出来事に完全に混乱しているゾアントの足に悠の鉄骨でも圧し折りそうな蹴りが叩き込まれると、ゾアントの太い膝の半ばまでめり込み、その衝撃が隣の右足まで巻き込んで歩行不能に陥れた。


「うげぇ……喉を潰してから足を潰して逃げられねぇようにしてやがる……」


「流石師は人間の追い込み方というものを心得ていらっしゃる。拙者も見習わなければ」


兵士達よりは近くでそれを見ていたバローがあらぬ方向を向いた足を押さえて転げ回るゾアントを見て目を逸らし、シュルツは真剣な表情でそれを見守っていた。


そんな会話を交わしている間にも悠の過剰とも言える攻撃……というよりは制裁・拷問へとすり替わった作業は続いていた。


足を潰した次は転がるゾアントを背後から踏んで固定すると、右手を掴み、そのまま左手の方向に力任せに圧し折る。それが終われば次は左手を右手の方へ。この時点でゾアントの意識はほぼ飛び掛けていた。


「ここまでされてまだ参ったと言わないとは恐れ入る。ではもう少し続けるしか無いか」


兵士達にも聞こえる様に声量を上げた悠は固定する足を肩甲骨の下辺りに移し、爪先に力を込めた。


ビクビクと跳ねるゾアントの体の内部から肋骨が順に砕けるペキペキという音が鳴り、肺を傷付けたのか血泡が口から漏れ出した。


「ふむ……これでも駄目ならもう片方も折るしかないか……」


逆側に足をずらし、同じ作業を繰り返すと遂に耐えかねた兵士達がその場で反吐をぶちまけた。


「ひ、ひええええ……」


幾人かの兵士はその場にへたり込み、股間を濡らしている。人間がテキパキと破壊されていく作業は悠に感情が感じられないせいか、まるで屠殺される家畜のように見え、それが更なる恐怖を引き起こしていた。


そこまでやられてもゾアントは死ぬ事は無い。それは当然悠の『豊穣ハーヴェスト』の効果だ。『豊穣』が効いている間は悠がゾアントの体を踏み抜こうとしても、その途中で安全装置が働き、ゾアントを死なせないのである。……だが、死なない事が救いなのかどうかは、もうゾアント本人にすら分からないだろう。


生命維持に関わる場所以外を破壊した悠は足でゾアントを転がし、仰向けにした。その顔からはおよそ人間が顔から分泌するあらゆる体液に塗れており、とても描写に耐える有り様では無かった。


「どうだレイラ、壊れたか?」


《そうねぇ……後は歯の一本でも折れば狂っちゃう所ね。だからここまでにしましょう、ユウ》


「そうか。こいつにはこれから先もずっと苦しんで貰わねばならんからな。これでいいだろう」


レイラに精神状態を確認させた悠は完全に心が折れている兵士達へと近付いて行った。何人かの兵士は必死で逃げようと足に力を込めたのだが悠の殺気が辺り一帯を包み込み、竦んでしまって逃げ出す事は出来なかった。


絶望的な表情でへたり込む兵士達の前で悠が口を開く。


「手合わせの結果、残念ながらゾアント殿は降参をしなかった。俺としてはやれるだけの事をやるしか無かったのだが、誰かゾアント殿の代わりに俺と手合わせしてくれんか? そうしなければ俺達はここを通れないのだ。……出来れば『異邦人』の子供をより多く殺した人間と手合わせしたいのだが?」


ゾアントの惨状を見て手を上げる事が出来る者など居るはずも無く、一斉に目を逸らした兵士達であったが、悠には答えを聞く必要すら無かった。


「……レイラ、『竜ノ慧眼トゥルーアナライザー』を」


《了解、『竜ノ慧眼』!!》


ざっと200人ほどは居る兵士達を見回すと、呆れるほどに眼前が赤く染まり、そのカルマを数値として悠に伝えて来た。


「-3012、-5489、-6603……ごく僅かな例外を抜けばほぼ数千単位のマイナスか」


《あっちで転がってるゾアントなんて-94989よ。やっぱり殺した方がいいんじゃないの?》


「下手に殺すと面倒だ。おい、この中で誰が一番『異邦人』を殺している?」


近場で一番業の低い兵士の頭を鷲掴みにして悠が尋ねると、その男は即座に一人を指差した。


「ぶぶぶ部隊長のカルロだ!!! ま、前に酒場で自慢してたんだ、「あのクソガキ共のお陰で俺も今日から部隊長だ」って!!! き、斬り落とした首に小便掛けたりして……」


「な、何を言いやがる!? お、俺はそんな事なんて……」


言い訳を聞くよりも悠は業を見ていた。カルロと呼ばれた男の数値は-34408で、確かに周囲の者から頭一つ飛び抜けた数値であった。


「なぁ、し、信じないよな? 俺はこの中じゃ殺しは嫌いは方なんだよ! 『異邦人』だって殺さずに逃がしてやったり――」


カルロの数値が-34409に減った。見ている途中で減ったのは初めて見たので悠はカルロの言い訳を聞き流しながらその理由を考えたが、恐らくそれは嘘を吐いたからではないかという結論に至った。悪徳が業を減少させるのなら、嘘は最も身近な悪徳であった。であるならば、『竜ノ慧眼』の意外な使い道を発見出来たと言えた。


「立て。次はお前だ」


「い、嫌だ!!! こ、この俺がこんな所で……! 聖神様、助けてくだ」


標的にされたカルロは震える足に全力で力を込め、這って逃げよう後ろを向いた瞬間、後頭部に爆発する様な衝撃を受けて雪の残る地面を抉りながら吹き飛んだ。悠の回し蹴りである。


「そんな神が居るか。降参しないなら次は……」


「ま、参りました!!! た、た、助けて下さい!!!」


「この領地は通って構いません!!!」


「降参!!! 降参!!! 降参!!!」


悠の言葉に反応した兵士の全面降伏を訴える声は大合唱となって周囲に響き渡った。


悠はしばらくそれを無感動に眺めていたが、やがて口を開いた。


「……そこまで言うのであれば通らせて頂こう。ゾアント殿もカルロ殿も死んではおらん。殺し合いでは無いのでな。2人は街まで運んで差し上げてくれ」


あくまで決闘に則ったという体を保つ悠に兵士達も必死に頷いた。ここで余計な突っ込みを入れて決闘が再開でもされれば目も当てられない事になるからだ。壊れた人形の様なゾアントや、下顎が地面で擦れて骨が露出しているカルロの様になりたい兵士は一人も居なかった。


「しかし残念だ。アライアットがノースハイアやミーノスと戦争になれば、次は手加減して差し上げる事が出来ない。そうならない事を祈るばかりだな」


踵を返して捨て台詞を残す悠の背後で兵士達はそうなる前にアライアットを抜け出そうと心に決めたのであった。


結構長くなりました。シャルティの演技が一番の肝でしたが、やはり男は悲しい生き物ですね。

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