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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-142 抗議27

「……ん……?」


翌朝、パトリオは武器と武器がぶつかり合う音で目を覚ました。一瞬、自分がどこに居るのか理解が追いつかなかったが、そこが悠の屋敷であると思い出し、音源を求めて起き上がると窓から外を眺めた。


そこではまだ幼いと称すべき子供達が武器を手に鍛練に励んでいたが、多少剣を嗜んでいるパトリオの目から見てもそれは堂に入っており、生半可な兵士では瞬く間に一本取られるだろうと思えるほどの技の冴えであった。


しかし、もっと目を引くのはその鍛練の相手を務める悠の尋常ならざる体術である。子供達は4人がかりで悠に打ち掛かって行くのだが、その武器を掠める事すらなく余裕で回避し、隙のある場所を指で突いて反撃まで行っているのだ。その力量差は筆舌に尽くし難いとしか言いようが無い。


「多人数の戦闘では相手はおろか味方の位置や武器の動きにまで気を払わねばならん。空間を把握し、自分の陣地を掌握するのだ。攻める事、守る事は表裏一体、ただ一ヵ所の動きに囚われるな」


およそ子供に対するレベルの鍛練とは思い難い悠の指摘であったが、当の子供達が理解している事を表す様に微妙に距離を調整し、センチ単位で味方との武器の衝突を回避しているのだから笑えない。


「この屋敷は魔窟か……?」


「パトリオ様、起きておいでですか?」


その時、呆然と呟くパトリオの部屋のドアがステファーによって控えめにノックされ、パトリオは気を取り直して入室を許可した。


「あ、ああ、起きている。入っていいぞ」


「失礼します。……ああ、もうご覧になっていたのですね」


窓辺のパトリオが何を見ているのかを察し、ステファーが眉を寄せた。


「幼子の動きとはとても思えん。普通に戦っても我が国の最精鋭並みかそれ以上だ。そしてそれを意にも介さぬあのユウとかいう冒険者の動きはもはや人間業では無い。あれで魔法でも使えたら……」


「……パトリオ様、彼の冒険者は魔法も比類ないそうです。そして体術においては500からの冒険者とただ一人で向かい合い、その全てを下したと。勿論魔法抜きで、です。あまりに馬鹿馬鹿しい報告で一顧だにされませんでしたが、どうやら全部本当らしいですね……」


「あんな人間がフォロスゼータに侵入したら、冗談抜きで国が落ちるぞ……」


朝からショッキングな現実と向かい合ってパトリオはその場に中腰になって溜息を吐いた。


「パトリオ様、気をお確かに」


「……ステファー、私はアライアットになど愛国心を持ってはおらん。所詮私はノルツァー家では兄上の代替品としか見なされていないのだからな。しかも殆ど出番の無い、粗悪な代替品だ。……だが、私とて心を持たぬ人形では無い。蔑ろにされ、いつかどこかの貴族令嬢と政略結婚の駒にされるのがオチだと分かっているのに何もせぬのは我慢ならぬ!」


パトリオの目に火を灯したのは若さであるか野望であるかは不明瞭であったが、それでも力である事は間違い無かった。


「どうせここまで追い込まれたのであれば、やれる所まではやってみよう。パトリオ・ノルツァーが歴史の屑と消え行く運命さだめにあるのか、それとも燦然と輝く余地があるのかを……あやつらに賭けてみようと思う。途中で死ぬなら私もそれまでの男だったという事だが……ステファー、私に付いて来てくれるか?」


パトリオの目はその覚悟とは裏腹にどこか恐れている風であった。そもそも聖神教と切り離されたステファーには何の力も無いのに、こうして尋ねている事自体がおかしいのだ。その恐れを乗り越える為にステファーを欲しているのだと気付くには、パトリオには経験が不足していた。


「勿論お供させて頂きますわ。どうかお側において下さい」


「済まん、苦労を掛けるな……」


「あ……パトリオ様……」


「ステファー……」


立ち上がったパトリオとステファーの距離が縮まり、両者の顔が徐々に接近してステファーが目を閉じ――




「おはようだコノヤロウ!!!」




「ひゃあああああっ!!!」


「ぐはっ!?」


突然ドゴンという音と共に入室して来たバローの大声に驚いたステファーが跳び上がり、パトリオの鼻面に頭突きを見舞う羽目になった。


「ん? おいおいおい、まさか朝から人ん家で盛ってたんじゃ無いだろうな? そんな不届き者は天が許してもこのバロー様が許さんぜ?」


「ち、違いますわ!! 突然入って来たからびっくりしただけです!!」


「ま、ガキ共に見せられねぇ事じゃなけりゃいいがよ。そろそろ朝飯だから起きて来いよな。今日からはお前さん達にも働いて貰うつもりなんだ。それとも、まだ決心がつかねぇか?」


腕を組み、片眉だけを吊り上げてバローが問い掛けた。


「……私達に出来る限りは協力しますわ。途中の貴族の口利きくらいであれば可能ですけど、私達より上の人間が出て来た時はそれ以上の事は出来ませんわよ?」


バローの言葉にステファーは動悸を抑えてきっぱりとそう口にした。


「上等だ。出来もしない事は望まねえ。協力してくれるんならこっちもそれなりの誠意で応える事を約束するぜ。もっとも、敵の貴族の口約束なんかじゃ信じるに値しねぇかもしれんが、そこは道中の俺達の態度で示すとしようか」


とても信頼を得たいと思っている人間の表情とは思えないニヤケ顔でそれだけ言うと、バローは踵を返し、チラリとベッドの方を気の毒そうに見てから部屋を出て行った。


「……これで宜しいのですよね、パトリオ様。……パトリオ様?」


呼び掛けに応えないパトリオを不審に思ってステファーがベッドを振り返ると、そこには鼻血を出して気絶するパトリオの情けない姿があった。


「ぱ、パトリオ様!? ああ、も、申し訳御座いません!!」


結局、ステファー達が広間に姿を現すのにそれから15分ほどの時間を擁したのであった。




「この先がイレルファン領です。当主のベネット殿は日和見主義者ですから、強く出れば逆らわないでしょう」


ダーリングベルと領地を接している事もあり、クリストファーの読みは的確であった。領地の巡回をする兵から報告を受けてもノルツァーの名が出ると、ベネットは関わり合いになるのは御免とばかりにあっさりと悠達の領地通過を黙認したのである。王都に早馬すら出さなかった事で後ほど手酷く追求を受ける事になるのだが、それは余談である。


ともかくもその日の内にイレルファン領を抜けた悠達は更に先の領地であるメルクカッツェ領の山地に到達したのであった。




ちょっとした騒動が起こったのはその晩の事である。


「拍子抜けするほどあっさり通れたな。頑張れば明日の夜までには王都まで行けるんじゃねぇか?」


「いえ、王都近辺を任されているだけあって、メルクカッツェ家の当主ゾアント殿は中々に面倒な人物でして……非常に残忍かつ好戦的な人間なのです。最近で有名な話としましては、ノースハイアのアグニエル王子の軍勢を退け、多数の『異邦人マレビト』の首を落としてノースハイアの侵攻の意志を挫いたのは自分であると……」


クリストファーの台詞に反応したのはバローでも悠でも無かった。


「……ど、どうしたの樹里亜? 小雪ちゃんも顔が真っ青よ?」


「「……」」


血の気が引いた顔で小刻みに震える樹里亜と小雪の事情に最初に思い至ったのは、やはり悠であった。


「……バロー、最初にお前を連れて行った戦場を覚えているな?」


「あん? ……あ……」


そう言われてバローもすぐに2人の事情に思い至ったらしく、それ以上は口に出さなかった。アグニエルの侵攻を退けた戦いとは、悠が樹里亜と小雪を保護したあの戦いに他ならないと気付いたからだ。2人にとってそこは多くの仲間を失った死地であった。


「すいません、ちょっと席を外します……」


「ご、ごめんなさい、私も……」


止める暇も無く、2人は足早に部屋を出て行ってしまった。


「……どうやら私が配慮に欠く事を言ってしまったようです。申し訳ありません」


「いや……クリスのせいじゃねぇよ。しかしマズったな。そういう相手が居るって気付いて然るべきだったのに……」


迂闊にもそれに思い至らなかった自分に苛立ち、バローはガリガリと頭を掻いた。バローにとっては単に拉致されて連れて行かれたという場所でしか無いが、あの2人にとっては最大のトラウマなのだ。


「ユウ先生! あたし樹里亜の所に行ってきます!!」


「今は行くな。少し2人にさせておいてやれ」


「で、でも!!」


「あの2人にしか分からん事もある。当事者で無い人間の言葉では慰めにはなっても乗り越える事は出来ん」


即座に駆け出そうとした神奈を悠は厳しく制止した。優しい言葉を掛けるのは容易だが、傷は隠すだけでは治らないのだ。


「クリスの話でここの領主がどんな人間かは察しがついた。後は任せるが、そのゾアントとやらは俺に譲れ。俺も最後に一枚噛んだだけとはいえ当事者なのでな」


それだけを言い捨て、悠も席を立ち、部屋を辞した。


「……おっかねえ……明日は血を見るな……」


悠の殺気に気付いたバローが額の汗を拭い、その横では神奈が痛みを堪える様な顔で呟いた。


「う~……やっぱり行っちゃダメかな? 誰かに側に居て欲しい時ってやっぱりあるじゃん?」


「大丈夫よ神奈。悠さんが言ってたでしょ、当事者だって」


「え? ……あ、そっか! だから悠先生は……」


悠が途中で席を外した理由に思い至り、ようやく神奈は表情の硬さが和らいだのだった。




樹里亜と小雪は玄関から出て、その場にある石段に腰掛けていた。何となく、温かい部屋では無く外の冷気を感じたかったからだ。


「……小雪ちゃん、皆の事、まだ覚えてる?」


「忘れるはず、ありません。直人さんには何度も治療して貰ったし、他の皆にも一杯助けて貰いました」


「結界使いの私達だけが残ったって言うのも皮肉よね。あの頃の私達は自分の身すら守れなかったのに」


何度考えただろう。もしあの時に今くらいの力があれば、と。今なら戦況をひっくり返す事が出来るとは言わないが、せめて死ぬ人数をもっと減らせたはずだという思いはずっと2人を捕らえ続けていた。


「「……」」


だがそれは生産的では無い、後ろ向きな考えであると分かっている2人はそれ以上の言葉を続ける事は無かった。続けない事が2人の鍛練の成果であった。




「俺の場所も空けてくれんかな?」




どれくらい沈黙していたかは定かでは無かったが、背後から掛けられた声に樹里亜と小雪は軽く跳び上がった。


「悠先生!?」


「び、びっくりした……気配を消さないで下さい」


「済まん。だが、俺もあの戦場の生き残りだ、混ぜてくれてもいいのではないか?」


そう言って悠は返事を待たずに2人の間に腰を下ろし、部屋で付けて来たマントで2人を包むと、フェルゼニアスの家紋が刺繍されたそのマントは高い防寒性を発揮し、いつの間にか冷え切っていた2人の体にじんわりとした暖かさが伝わって来た。


悠はそれ以上何も言わず空を見上げていた。樹里亜と小雪もつられて空を見上げれば、そこには満天の星空が広がっていた。


しばらく星を眺め続けていた樹里亜がふと口を開いた。


「……私達の世界では、昔は死んだら人間は星になるんだって言われてたんです。それを聞いた時、私は夜空を見るのが怖くて……でも、もしかしたらお父さんの星があるかななんて思ったりして……。なんだか今急にその話を思い出しました……」


「私も聞いた事あります。でも、なんで星なのかなって思いました。一杯あるからかなって……」


2人の言葉を聞いて悠も口を開いた。


「居なくなっても、会えなくなっても、きっとどこかで見守ってくれていると信じたかったのでは無いか? こうして夜空を見上げれば、それだけで会えなくなった者に会う事が出来るとすれば、それは幸せな事ではないだろうか。……人は死んでもそれで終わりという訳では無い。誰かがその者の事を覚えていれば、その存在が消えて無くなってしまう訳では無かろう」


悠の言葉は2人の心に染み入った。


そうだ、自分達は忘れてはいないのだ。苦楽を共にした仲間の事を。あの必死で知恵を絞り、生き抜いて来た日々の事を。


樹里亜と小雪は悠の目に映る星に、数え切れないほどの死の気配を垣間見た気がした。それはきっと自分達の十倍や百倍どころでは無いはずだ。


それでも前に進み続ける悠の姿が何よりも雄弁に2人の行く先を照らしてくれている様な気がして、樹里亜と小雪はそっと悠の肩に頭を預け、3人は飽きるまで星を眺め続けたのだった。

次回、予想していると思いますがグロ予告です。

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