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閑話2 西城 朱理の華麗なる一幕2

「皆様、お待たせ致しました。西城 朱理でございます」


「朱理、どこに頭を下げているの?何か居るの?」


「いえ、なんでもございません。志津香様はそのままで結構です」


「?変な朱理ね?」


送別会の前日、二人は皇居の厨房にやって来ていた。こんな場所に足を運んだ理由はただ一つ。明日の送別会に志津香の手料理を混ぜて、悠に食べて貰う為だ。


男を魅了する良い手段であるにも関わらず、朱理はその案に最初は消極的であった。その理由は・・・志津香が刃物や火を扱うのを危険視した為である。志津香はとにかく不器用だ。言い間違いや思い違い程度なら朱理がフォロー出来るが、怪我や火傷はあまりして欲しく無い(治せないのでは無い。痛い思いをするからだ)。


それでも踏み切ったのは、志津香が旅立つ悠にどうしても何かをしてあげたいという熱意と、それにかこつけて今度こそ告白を、という実利に朱理が頷いたからであった。


「さて、志津香様。料理と一口に言いましても様々な物がございます。何かご希望の料理はございますか?」


朱理は一通りの料理もこなせる。プロの作るような物はさすがに厳しいが、一般的な主婦のレベルとして見れば、最高クラスと言っても過言では無かった。


「すいません、私、お料理の事は何も知りませんの。こういう時・・・男性をもて成すような場合に相応しい料理は何かありますか?」


「フフフ、ございます、ございますよ志津香様!これで落ちない男性は居ないという、料理界屈指の逸品が・・・ね」


「す、凄いですわ!その料理を教えて下さい、朱理!!」


朱理の笑顔に腐った物が混じっている事に志津香は気付かない。


「では・・・お脱ぎ下さい」


「え?」


「ですから、服をお脱ぎ下さい」


「え?え?まず着替えますの?もうエプロンはしていますけれど?」


「全裸になる必要があるんです、この料理は」


「朱理が何を言っているのか私、全然分かりませんわ・・・」


ギラギラと目を光らせて迫りくる朱理はそろそろ憲兵に通報した方が良いレベルだった。


「つまり、こんな感じです」


朱理は厨房にある連絡用のホワイトボードにさらさらと絵を描き始めた。やたらと上手い裸の志津香を皿にして、要所要所に食材が乗っている、非常に扇情的かつ背徳的な絵が描き上げられていく。おまけに、絵の中の志津香は誘う様な笑みを浮かべていて、フキダシに「私をた・べ・て」と書いてある芸の細かさだ。


「これが男性必殺の料理『女体盛り』です。人肌に温められた食材と未知への探求心を合わせ持ったその味わいは正に桃源郷!当然、料理が食べ尽くされた後は・・・フヒ、食~べられちゃいますよ~」


「送別会は悠様だけしか居ないのでは無いんですのよ!!!馬鹿なの、お馬鹿さんなの朱理は!?」


朱理ゲスの両肩を掴んで志津香はガクガクと激しく揺すった。


「おっと、私とした事がウッカリしておりました。まぁ、でも減るもんじゃ無いですから・・・」


「減りますわよ!?私の尊厳や周囲の評判がっ!!」


「仕方ありませんね、ではこれは保留にしておきますか」


「ちょ、消して下さい!料理人達がこんなの見たら卒倒してしまいます!!」


「ああ、それはまずいですね。残念です」


次の日に厨房に来てこれを見た料理人達は、おそらく壮絶な争奪戦を繰り広げる事だろう。そして憲兵にでも見つかれば間違い無く不敬罪で牢獄行きである。


「では・・・男性が女性に作って欲しい料理ナンバー1、肉じゃがにしましょう」


「今度はまともですわね・・・」


女体盛りの絵を消して、朱理は新たに肉じゃがの手順を書き始めた。そんなに手の込んだ料理では無いので、それはすぐに終わったが、朱理の手は止まらずにまた余白に志津香を描き始める。裸エプロン(今付けているエプロンを再現する芸の細かさ)だ。今度はフキダシには「お風呂にします?肉じゃがにします?それとも私を肉じゃがのように・・・食べちゃいます?」と書かれている。酷い。


「こんな感じですね。ではやってみましょうか?」


「その前になんでそんな絵を描くんですの!?そして何故朱理はそんなに私の絵が上手いんですの!?」


「もう、志津香様、真面目に料理して下さい。ぷんぷん」


「それはこっちのセリフですわっ!!」


「まずはジャガイモの芽をこう包丁の角で・・・」


「何事も無かった様に料理を始めないでぇ!」


終始こんな調子で中々前に進まないのであった。







「・・・思った以上に、志津香様は駄目な子でした・・・」


「言わないで下さいまし・・・」


結局、肉じゃがは作る事が出来なかった。ジャガイモの芽を取ろうとした志津香は包丁の角をジャガイモに深く差し込み過ぎてへし折ったり、皮をピーラーで剥いていたら、いつの間にかジャガイモ本体が無くなったり(全部スライスしてしまった)、それならばとニンジンはピーラーを使わずに包丁で剥こうとしたら、手が滑って何故か隣の朱理を刺殺しかけたりと散々だった。火を使う所までにも達していない。


「では初心者のイロハとして、まずは卵料理にしましょう。料理に慣れるのにこれ以上の素材はありません。茹でる、焼く、炒めると、その形は千変万化。卵料理を極める事は即ち料理を極める事と言って過言はありません」


「まぁ!なんだか凄そうですわ!」


「ではまず絵を・・・」


「それはいりませんから実践で教えて下さい!」


「ふう・・・我儘ですね、志津香様は」


「何故私が悪いみたいな流れなんでしょうか・・・」


それでもここまでかなり時間が掛かってしまっていたので、朱理も絵を描くのは諦めた。まだストックが98ほどあったのだが、これから披露する機会もあるだろうと思いながら。


「今回はプレーンオムレツを作りたいと思います。まずは卵を割って頂けますか、志津香様?」


「それくらいなら私にも出来ますわ」


そう言って志津香は調理台の角に卵をぶつけ・・・粉々になった。


「・・・」


「・・・」


何も言わずにぶちまけられた卵を処理する朱理と志津香。




「そ、それくらいなら私も出来無くは無いですわ!」


何事も無かったかのように再び卵を割り始める志津香だったが、語彙が微妙に変化していた。そして今度はもう少し力加減に気を付けたおかげか、ちゃんとぶちまけずに卵を割る事が出来たのだった。


「ホラ!見て見て朱理!ちゃんと割れましたわ!!」


「・・・凄いですね~志津香様~。ぱちぱちぱち~」


「ぼ、棒読みは止めて下さい・・・」


少し頭の冷えた志津香はその調子で3個の卵をボウルに割り入れた。


「それで、これからどうするんですの?」


「味付けは塩と胡椒のみで行います。卵本来の味を殺さないように。卵自体はかき混ぜ過ぎないように気を付けて下さい。ふんわり出来ませんから」


本当は味付けは卵の凝固温度が変わるので最後にした方がいいのだが、これまでの経験から難しい作り方は伝わらないと見て、朱理は教えるのを省いた。まずは慣れさせる事だと思ったのだ。


「塩と胡椒は・・・はい、そのくらいで結構です。かき混ぜる時は黄身を切る様に・・・そうそう、その様に混ぜます」


ここまでは順調に来ている。志津香も料理に没頭して返事もせずに卵を真剣に見つめていた。


「はい、卵白が少し引っかかる程度でいいです。次はフライパンを熱して、油を入れます。その油はすぐに捨てて、今度はバターを入れて下さい」


志津香は機械的に朱理のいう事を口の中でぶつぶつと反復しながら作業をこなしていく。さすがにそうそう失敗はしないものだ。・・・と思っていた。


志津香がフライパンを火に掛けようとする際に、集中するあまり、調理台に置いてあった小麦粉の袋を引っかけて床にぶちまけてしまうまでは。


「あっ!・・・うっ、ゴホッゴホッ・・・く、志津香様っ!」


ぶちまけた本人である志津香はフライパンしか見えておらずガス台にフライパンを乗せて火を掛けようとしていた。小麦粉が充満する中で。


最大級の危険を感じた朱理は全力で志津香に駆け寄り・・・火を付ける方が速いと察して、自分と志津香を物理防壁で咄嗟に包み込んだ。


「サーバインッ!!」


《承知!》


そして次の瞬間、


ズドムッ!!!!!


鈍い衝撃音が厨房に響き渡った。







「な、な、何が・・・起こったんですの?」


「志津香様・・・これが粉塵爆発・・・です」


粉塵爆発とは、一定条件下で空気と微細な粉塵が混じり合った所に火気が入ると爆発的な燃焼を伴い、周囲を巻き込む災害である。可燃物で無くても発生する為、粉塵が舞っている場所では火気厳禁なのだ。


「ちゅ、厨房が・・・半分になってしまいました・・・」


「ゴホ・・・まさか、厨房内で全力で物理防壁を張る破目になるとは思いませんでしたよ、私も」


《汝ら・・・龍以外の事であまり我を使うな・・・》


爆発が治まった厨房は酷い有様であった。特にガス台付近は吹き飛んでしまって何も無くなってしまっている。


その後は関係者各位に謝り倒して夜は更けていった・・・







「おにぎりです」


「え、おにぎりですか?」


「はい、おにぎりです」


「さすがにおにぎりは簡単過ぎるんじゃないかと・・・」


「何か仰いましたか、志津香様?」


「いえ・・・何も言ってません・・・」


目の据わった朱理を見て、志津香は口を噤んだ。あの事故の後では尚更強くは出れなかったのだ。


「志津香様のご心配も分かります。しかし、おにぎりには一つ、大きな利点があるのですよ」


「え?え?そ、それは一体・・・」


「それはおにぎりが主食だという事です」


「ど、どういう事なの、朱理!」


「おかずは手をつけて貰えるか分かりませんが、主食は必ず手を付けて貰えるのですよ!」


「な、なるほど!」


あっさり流される志津香である。


「それは神崎先輩も手を付けるという事です。そしておにぎりから感じる滋味、ふと薫る志津香様の香り。視線の先には微笑む志津香様!嗚呼、君を食べてしまいたい!!、となる事は相違ありません」


相違あるに決まっているし、そもそもおにぎりにそんなに匂いは付かない。しかし志津香をけしかけるのに難しい理屈は要らないのだ。そう、それはまるでおにぎりの様に簡単な事なのだ・・・


「朱理、早く練習しましょう!私、やりますわ!」


そう言って腕まくりする志津香と共に、最後の砦、おにぎり作りは幕を開けたのだ。







最後の砦は落城寸前だった。中に居る司令官以下の幹部達はいつ白旗を上げようかと相談しているに違いない。


「まさか・・・ここまでとは・・・」


「大分コツが分かって来ましたわ」


今二人の前にある大皿には大量のおにぎりの様なものが・・・いや、もういっそ米で作る新しいアートの世界が広がっていた。


見る人が見れば、これは邪教集団が悪魔召喚に用いる呪具であると主張するかもしれないし、またある者はこれは大戦の悲惨さを訴えた名作(迷作?)だと涙するかもしれない。


朱理が最新作を見た感想は潰れた馬糞だったが。


「おいしくな~れ、おいしくな~れ」


そう言って握る志津香のおにぎりはどうあがいても美味しそうでは無かった。しかし、一生懸命ではあったのだ。


その志津香を見て、朱理はこれ以上の忠告を諦めた。これで志津香が勇気を持てるのならそれでいいし、あとは悠に犠牲になって貰おうと。志津香に残された時間は少ない。もし明日、志津香が踏み込めない様なら・・・朱理も非情な決断をせねばなるまい。


それでも朱理は信じていた。自分の友人にして主は、最後には必ず勇気を振り絞って一歩を踏み出すであろう事を。


「今度は上手く出来ましたわ!もっと早くやってみれば良かったですわね」


それは朱理には屠殺された豚の頭にしか見えなかったが、きっと上手く出来たのだ。屠殺された豚の頭が。


(神崎先輩、お願いしますよ。志津香様に一歩を踏み出す勇気をあげて下さい。それ以上は望みませんから・・・)


誰よりも志津香の為に、祈らずにはいられない朱理であった。

ふと、おにぎり姫という単語が頭に浮かびました。姫ちゃうのに。

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