7-133 抗議18
その日の夜。広間に集まった面々を見て、バローがポツリと呟いた。
「……殆ど全員ボロボロじゃねぇか……」
「そういうバロー殿も頬を腫らして中々男前になってますよ? シュルツ殿の機嫌が悪いのと関係あるんですか? 教えて下さいよ~」
「そう思うんならデカい声で聞くんじゃねえ!!」
「……フン!」
「ギルザードさん、何をやったら龍鉄の鎧がそんなにベコベコになるんです?」
「……うん、まぁ、特訓だ」
「ごめんなさい、それをやったのは私です……」
「ヒストリアとサイサリスはどうした?」
「サイサリスさんは竜気の枯渇でしばらく目を覚まさないって。ヒストリアさんも疲労困憊でもう寝てます」
「明らかに『影刃衆』が襲って来た日より消耗してるじゃねぇか。鍛練にのめり込み過ぎるのはユウの悪影響じゃねぇのか?」
「感化されている事は否めませんねぇ、ヤハハ」
そう言うハリハリも額に大きなガーゼを貼っており、人の事は言えないのであった。
「で、それなりの成果は出たのかよ?」
「ワタクシは上々の結果が得られましたよ」
「拙者の事は知っての通りだ」」
「私も……まだ実戦投入は厳しいですが……」
「寝ちゃってる2人に関しては分かりませんが、実りの多い1日になったのなら何よりです。……ですが、問題はユウ殿ですけど……手間取っているんですかね?」
ハリハリの台詞で他の者達も思案顔で黙り込んだ。悠は結局朝事情を説明して部屋に籠もって以降、一度も皆の前に姿を現す事は無かったのだ。アルトの件がそれだけ難航していると見るべきだろう。
そろそろ時間は真夜中に差し掛かろうとする頃になってようやく悠は広間に姿を現した。
「よう、目処は付いたのか?」
「ああ、スフィーロがもう少し回復するのを待って施術に移ろうと思う」
バローの呼び掛けに答える悠からは2日間徹夜しているという疲労は感じられず、所作にだらしない所も見受けられなかった。最終決戦において3日3晩戦い抜いた悠がこの程度の疲労で無様を晒す事は無い。
「まだこれからって事かよ」
バローがグラスに酒を注ぎ悠に手渡すと、悠も一息に干した。
「そうだな、明日の朝には終わるだろう」
サラリと徹夜発言をする悠にバローが肩を竦める。
「明日は出発だろ? 御者は代わってやるからちょっと寝とけばどうだ?」
「有り難い申し出だが、領主に自分の街で従者の真似事はさせられんよ。別に動き回っている訳では無いなら気にするな」
「でも、目処が付いたという事は、上手く行っても今のアルト殿とはしばらく会えなくなるんですね。……そう思うと少し寂しいですが……いや、失礼、ただの感傷です」
感情のままに発言した事をハリハリは謝罪したが、それはその場に居る者達の総意でもあった。悪人に対して容赦するようなヤワな者達では居ないが、まだ善悪定かならない子供に冷淡になれるほど心を擦り減らしてはいないのだ。
それが出来るのは悠だけだ。
「どちらにせよ、明日の朝にはアルトは本来の人格で目を覚ます。この3日間の事はなるべく言わんでやってくれ」
「それは勿論です。自分が女の子になっていたなんて、思春期の男の子には耐え難いでしょうから」
アルトがいくら女顔であっても、その精神は健全な男子である。特にこの3日間の出来事は知ってしまえば軽く精神崩壊を起こしかねないほど厳しい黒歴史になるに違いない。
「それだけでも無いが……お前達ももう休んだらいい。今日は色々忙しかったのだろう? それとギルザードはカロンに鎧を直して貰えよ」
「だな。んじゃ俺は寝るぜ」
「ワタクシはギルザード殿と一緒にカロン殿の所に行きましょうか。魔法機関も損傷しているようですし」
「済まないな」
「申し訳ありません、ハリハリ様」
悠の合図でそれぞれが動き始めたが、ビリーとミリーだけがその場に留まり悠の前にやって来た。
「ユウの兄貴、お忙しい所を申し訳ないんですが、ちょっとお願いがあるんですが……」
「改まってどうした?」
「あの……私達もフォロスゼータへ連れて行って貰えないでしょうか?」
その申し出に悠は小さく眉を顰めた。
「お前達は今回の件には関わりたくないのだと思っていたが?」
「……別に急に里心が付いた訳じゃ無いんです。ただ、一応、自分達が生まれた場所や……その……両親を一度見ておくべきなんじゃないかなと……」
「……」
それはビリーとミリーが2人で話し合って決めた事であった。既に2人とも自分がアライアット王家の人間である事は受け入れているし戻るつもりも無いが、それでも一度は見ておくべきではないかと思ったのだ。
その願いに対し、悠は静かに首を振った。
「済まん、今回は遠慮してくれ。お前達の意志を蔑ろにするつもりは無いのだが、2人はそれぞれが両親の面影を強く残しているらしいのでな。サリエル達を連れて行く手前、妙な勘ぐりをされる事は避けたいのだ」
ビリーとミリーは初見の人間に見間違われるほど王と王妃の面影があり、そんな人間が他国の重要人物と一緒に非難しに来たりするのは非常に意味深長かつ危険である。下手をすれば、どこかから似た容姿を持つ人間を王家の落胤と言い張り、国を乗っ取る口実にするのでは無いかと疑われる可能性もあるのだ。戦争になるにしても、その発端はあくまで聖神教の暴走で無くては叩き潰す口実は得られない。
ビリーとミリーにその気があれば他のシナリオとしてならば考えられなくは無い。例えばビリーとミリーの身分を明かし、国の現状を改革する為に他国に身を寄せ、その力を借りてアライアットに宣戦布告するという案だ。
しかし、その気が無いのなら現状で2人を晒すのは効果的とは言えず、むしろ害になり得る。王と王妃に人質の価値が出て来るからだ。
悠がそれらの事を語ると、ビリーとミリーは納得して引き下がった。
「分かりました、では、ユウさんが構わないと判断したら、その時はお願いします」
「分かった。おそらくそう遠い日の事では無いと思うので今しばらくは辛抱してくれ」
そう言って悠は2人と別れ、アルトの眠る部屋に戻った。
《皆も色々考えてるのね》
「昨日今日思い付いた訳ではあるまい。強くなる事も自らのルーツと向き合う事もどちらもな」
悠は戦争が終わって墓参りに帰った実家の事を思い出していた。壊滅した街、焼け落ちた生家、花の咲かない銀木犀の木……全てはあの場所で始まったのだ。あの場所が神崎 悠のルーツであり、そして今もまだ終わらずにそれは続いているのだった。
悠はふと思い付いて鞄を漁り、その中から目当ての物を取り出した。それは火に煽られて焦げてしまった、古ぼけたヘアバンドだ。――妹、香織の遺品である。
「結局、香織の手掛かりは見つからずじまいだったな……。生きてはいまいが、せめて遺体の一部でも見付けて弔ってやりたかったが……」
《『強制解読』も本人が覚えていないような記憶を掘り起こすのは難しいわね。記憶の断片だけ見つかってもどうなったのかが分からないとあんまり意味も無いし》
「来た事は分かっているのだから、それだけでは不足だな」
ナナナの証言により、香織がこの世界にやって来た事は分かっているのだから、その足跡を辿れない現状では後回しにするしかない。悠は何となく手の中のヘアバンドを横で眠るアルトの頭に当ててみた。
「……赤い髪に赤いヘアバンドでは映えんか」
「ふに……」
アルトが目を覚ます前に悠はヘアバンドを鞄に仕舞った。珍しく感傷染みた真似をした事を恥じる様に目を閉じ、思考を今の問題に切り替える。
悠にやらなければいけない事は多い。まずはアライアット、その次はドラゴンズクレイドル、そしてエルフ、ドワーフ、獣人、魔族と回らなければならない場所は数多く、その元凶たる人物も捕らえなければならない。時間が限られている以上、個人的な目的は後回しにするしか無いのだ。
《……ユウ、そろそろ大丈夫だ。始めるぞ》
「了解した。レイラ、精神接続を」
そこで竜気の回復に努めていたスフィーロから返事があったので、悠は早速『潜行』に入る事にした。
アルトの頭に手を触れ、レイラが『潜行』を発動する。
《ユウ、スフィーロ後はお願い。……精神接続。『潜行』開始》
そして徐々に悠とスフィーロの意識は曖昧になり、徐々に現実世界から遊離して行ったのだった。
ちょっと隔日更新になってますがリアルの事情です。スランプとか上等な物ではありません。
特訓の成果は後々に。




