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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-125 抗議10

一旦『影刃衆』が退いた事は悠も察してはいたが、だからと言って眠る事は無く、アルトの眠る部屋の中でドアの前に椅子を置き、静かに目を閉じて警戒を続けていた。この場合の警戒とは何も『影刃衆』に対してのみでは無く、アルトが脱走したりしない様にという意味合いが強い。


実際、丑三つ時を回る頃、アルトは一度目を覚ました。


覚醒し、ぼんやりとした目をしたアルトはふと手を伸ばし、目当ての物が見つからないと分かると、のそりとベッドから起き上がって四足歩行で悠の足元にやって来た。


「……アウ……」


悠の匂いを確かめたアルトは裾を噛み、悠を引っ張ろうとする。


「……レイラ、これは何の意思表示だと思う?」


《さぁ? 同族の子供なんて遥か昔に見た以来で私には分からないわ》


《常識的に考えて、これは一緒に寝てくれという意思表示だろう。ドラゴンの子は生まれて間もない間だけは非常に親に甘えたがる。起きて、近くにユウが居なかった事で不安を感じているのだ》


この件に関してはスフィーロがこの場では一番詳しいようなので、恐らくはそういう事なのだろうと悠も頷いた。


「襲って来たり暴れたりせんのは有り難いが、親と思われている事がいい事なのか悪い事なのか……」


哲学的命題に突き当たった学者のような表情でアルトを見つめていた悠だったが、いつまでもアルトに獣の様な真似をさせてはおけないので、椅子から立ち上がるとアルトをそっと抱き上げた。アルトもそれが嬉しかったのか、盛んに悠の首筋に顔を擦り付け、頬に舌を伸ばす。


《……今アルトが目覚めたら失神するかも……》


「どうせ覚えてはいまい。今だけの事だ、好きにさせるさ」


上官や同僚、戦友として人に頼られる経験は豊富にあったが、赤子をあやした経験の無い悠は自分自身の色褪せた記憶を引っ張り出し、見様見真似でアルトを抱き上げたまま軽く揺さぶった。確か、母が妹の香織をあやす時にこうしていたはずだ。


《フフ、急にでっかい子供が出来ちゃったわね》


「俺はまだ結婚すらしておらんのだが……」


多少なりともこの世界に来てから子供と触れ合う機会があったのが幸いしたと言えるだろう。ミレニアの出産に立ち合った経験も無駄では無かったのかもしれず、人生何が役に立つのか分からないものである。


《でも、この懐きようだと旅の間が心配よねぇ……また起きてユウが居ないとなったら暴れるだろうし……。トモキは優しいからこの状態のアルトには強く出れないでしょう?》


「しかしそれ以外となるとな……スフィーロ、サイサリスは子守りは無理か?」


《馬鹿を言うな! サイサリスはあの通り身持ちの固い雌なのだぞ!! 子守りの経験などあるか!!》


別にサイサリスの男性経験を聞いた訳では無いのだが、憤慨するスフィーロの気持ちも分からないでは無いので悠は謝罪した。


「済まん、そういうつもりでは無かったのだ」


《いや……我も少々熱くなった。だが、既にユウを親と認識している以上、サイサリスに親近感を抱く可能性は低いぞ。竜気プラーナの質が違い過ぎるのでな》


だが、とスフィーロは言葉を続けた。


《まだ産まれたばかりの幼竜と過程すれば、1日の大半は寝ているだろう。体も本調子ではないなら尚更だ。朝、出かける前に疲れ果てるまで遊んでやっておけばしばらくは目を覚まさんよ》


ドラゴンは育つにつれて睡眠を必要としない体に変化していく種族であり、レイラくらいになればほぼ睡眠を必要としなくなっているのである。寝る子は育つを地で行く種族なのだった。


「俺がやった事だ、そのくらいは責任を持たねばならんな」


アルトが望んだ事とはいえ、今のアルトに責任を問うのはどう考えても酷であろう。


《留守番の大人でアルトを抑えられるのはサイサリス、ギルザード、ヒストリアくらいだけど……見事に子守りには向いてないわ。恵じゃ危ないし、シャロンは箱入りだし……結局、ユウがやるしか無いわね》


「いいさ、アルトは俺の弟子だ。たとえどんな風になろうともな」


悠の手がアルトの髪を梳くと、アルトは眠ったままクルクルと喉を鳴らした。


束の間の父親気分を期せずして味わいながら、悠は日が昇るまでアルトをあやし続けたのだった。




「アウッ!!」


飛びかかって来たアルトを捕まえると、悠はコロンとアルトを地面に転がした。しかしアルトも嬉しそうに転がって回転しながら体勢を整え、再び悠に飛びかかって来る。


スフィーロの言った通り、朝の5時頃になるとアルトはパッチリと目を覚まし、悠の袖を口で引っ張って盛んに外で遊びたがったのだ。今度は前もって話を聞いていた悠はアルトを抱き上げ、外へと連れて行ったのだった。


《すっかりパパになっちゃったわねぇ》


と、レイラが独り言を呟くと、それに反応したのはアルトであった。


「ア…………パ……パ……?」


《喋った!? ユウ、この子天才よ!!》


《落ち着けレイラ、ドラゴンは高等生物だ。産まれてすぐに動けるようになるし、一週間もしない内に言葉も覚える。こんな事も忘れたのか?》


やや呆れ気味のスフィーロの言葉にもレイラは耳を貸さなかった。


《2日目に喋ったならやっぱり天才じゃない!! これは明日までに英才教育を施すべきね!!》


「俺は子供はのびのびと育ててやりたいな。天才などで無くていいから、元気に真っ直ぐ育ってくれればそれ以上は望まんよ」


《もう、覇気が足りないわよ! 男親は呑気なんだから!》


普段は冷静なはずのレイラがこうもハイテンションなのは、やはり自分の子供の様なものと認識してしまっているからだろう。


「パ、パ、パパ!!」


キャッキャッと悠の腕の中で足を振りながら、実にアルトは幸せそうであった。


そういう訳で、悠はスフィーロに尋ねながらアルトと遊んでやっているのである。


ドラゴンにとって親と戯れる時間はただの遊びでは無い。子供は全力で親を相手として狩りを、戦い方を覚え、心身を鍛えるのだ。


「しかしスフィーロ、お前はよく子育てについて知っているな? サイサリスとの子が出来た時の為か?」


アルトの突進をヒョイとかわしながらスフィーロに尋ねると、スフィーロは大いに慌てふためいた。


《ば、ば、馬鹿者!! わ、我はそんな不埒な事を考えていた訳では無い!! あくまで我は広範な知識を求める質ゆえに知っていただけで――》


《慌てると余計怪しいわよ。いいじゃない、こうしてちゃんと役に立ってるんだから。サイサリスだって初めての子育てになるんだから、スフィーロが協力してくれれば喜ぶと思うわよ?》


《……そう、だろうか? 雌との子供の事ばかり考えるイヤらしい雄だとは思われんか?》


どうやらドラゴンの男親はあまり子育てに関与するのは軟弱と思われる風潮らしい。だが、レイラはかなり人間の主義に染まっているせいか、その不安を一蹴した。


《子供を愛してくれる夫をイヤらしいなんて言うなら、私が説教してあげるわよ。大体ね、ドラゴンの雄は自意識過剰よ。向こうでも、私より弱いクセに繁殖だけはしたがるバカばかりだったわ。どうせ龍王とかいうのもその手合いに違いないわね。二度と再生すら出来ないように消滅させてやろうかしら?》


ガドラスが聞いたら大いにショックを受けただろうが、スフィーロは勇気付けられたようだった。


《フ……龍王を盛りの付いた小僧呼ばわりか。確かに彼の方は美しい雌には目がなかったな。反面、子育てには興味が無く、ウェスティリア殿も随分寂しい思いをしたようだ》


《それなら、あなたはあなたのやり方でサイサリスとその子供を愛してあげて。それはきっと伝わるから》


《分かった。……その、今の話はサイサリスには言わないでくれ。体が元に戻ったら、自分の口から言ってやりたいのだ》


《そうね、それは男の甲斐性ってものよ》


そんな話をしている間にもアルトは果敢に、というよりは嬉々として悠に突撃を繰り返していた。しかもほんの少しずつではあったが、動きが鋭くなっていくようだ。


《そんな所で良かろう。あとはひたすら逃げ回るといい。だが子供が増長するから決して捕まるなよ?》


ドラゴンの教育に負けてやるという概念は無い。自然界では敗北=死であるからだ。だから、ドラゴンは徹底して遊びの最後では子供を屈服させるのである。これも厳しい自然界を生き抜く知恵であった。


悠がアルトから距離を取ると、アルトは小首を傾げながらその距離を詰めた。しかし、その詰めようとした分だけ悠は更に速く距離を取ると、アルトはむくれて遮二無二距離を詰めようと全力で走り出した。


「ガウウッ!!」


「おっと」


普通の人間であれば恐怖を感じるほどのアルトの突進を悠は月面宙返りで回避し、背後を取ってチョンと押すと、勢い余ってアルトがゴロゴロと前方に転がった。


「身体能力は抜きん出ているが、それを使う頭が無いのでは宝の持ち腐れだな」


《だからこの期間に親は必死に子供を躾けるのだ。言葉で言って聞かせるより、実際に体で覚えた方が早いからな》


完全に頭に血が上ったアルトと悠の鬼ごっこはそれから30分も続いたが、やがてアルトは息を乱し、壁にへばり付いていた悠を捕え損なって激突すると、ズルズルと崩れ落ちた。


「……ウゥゥ……パパ……ヒグッ……」


顔を押さえてその場で丸くなったアルトはどうやら泣き出してしまったようだ。


《……これって、親の精神力を鍛える訓練だったかしら?》


「と言っても、いつも俺がやっている事と大して変わらんぞ? 今の状態のアルトだからと言って加減するのは他の者に対して公平では無いと思うが」


《そうよねぇ……とにかく治療して上がりましょう。そろそろご飯の時間だし、今日こそはまずアルトをお風呂に入れないと》


悠は丸まったアルトの傷を確かめようと肩に手を掛けたが、アルトは嫌がって肩を振り、振り向いてはくれなかった。よほど一度も触れられなかったのが腹に据えかねたらしい。前に回り込もうとしてもその分回転して意地でも正面を許さず、その背中は煤けていて哀愁を誘っていた。


「スフィーロ、嫌われたのだが?」


《我に言うな!! 治療したければ強引にでもすれば良かろう!!》


知識だけで経験の無いスフィーロがとうとう匙を投げたので、ここからは手探りという事になりそうだ。


「ふむ……」


ならばと悠はアルトの後ろの地面に寝転がり、持久戦の構えに入った。こちらから歩み寄っても受け入れられないのなら、向こうの気持ちが落ち着くのを待つ一手である。既に大人気ないほどに力の差は示したのだから、これ以上強引な手に出ると本格的に嫌われるのでは無いかと考えたのだ。バロー辺りが拗ねていたら後頭部に蹴りの一つも入れて転がす所だが、今の幼児以下のアルトにそれをしてもただの幼児虐待にしかならないだろう。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……ゥゥ……」


ずっと後ろに悠の気配を感じているアルトが段々落ち着かない様子になり、チラチラと背後を窺い始めた。どうしよう、そろそろ意地を張るのをやめたいけど、何となく気持ちが割り切れなくて素直になれないという心境である。


そのまま数分が過ぎ、もう涙の気配も遠のいてオロオロするアルトは切っ掛けを探しているようだったが、俄かに悠は立ち上がり、再び背後からアルトに近付いた。そしてそのまま背後からアルトを優しく抱き締めた。


抱きすくめられたアルトは顔の前に来た悠の手を甘噛みする。怒っているんだぞというアピールであり、仲直りの握手のようでもあった。


「そう怒るな。どれ、傷を見せてみろ」


そのまま肩に手を回してアルトを回転させると、今度はアルトも逆らわなかった。


「唇を切っているな。『簡易治癒ライトヒール』」


壁にぶつかった時に切れた唇に軽く触れ、悠が『簡易治癒』でアルトの傷を治療すると、アルトは完全に機嫌を直して悠の指を舐めた。


「いい子だ。それでは風呂に行くぞ」


「アウッ!」


アルトが悠の首に手を回して来たので、悠はそのままアルトを抱き上げた。傍から見ればどう見ても恋人同士のじゃれ合いにしか見えないが、実際は子供とのじゃれ合いである。


そのまま脱衣場に行き、悠は葵に自分達が上がるまで誰も風呂に入らない様に言付けた。


「本当は女子の誰かに任せたい所だが、風呂場を壊されても困るからな」


《いいじゃない。外身はともかく、中身はまだ赤ちゃんみたいなものなんだし、父親が風呂に入れてもおかしくないわよ》


だがアルトの成長の早さは精神にも及んでいるらしく、悠が手を上げる様に促すと、ちゃんと素直に両手をバンザイする。知能で言えば3歳児並という所かもしれない。


悠は袖を掴むと、そのまま上に引っ張ってアルトの服を脱がした。服の中にも土が入っていた為にパラパラと砂粒が脱衣場に散らばって行く。


そこから現れるのはまだ成長し切っていない少女の瑞々しい肢体であった。アルトもこの家での食事事情が良かったせいで同年代の者としては成長が早かったが、この状態のアルトもそれを引き継いでいるようで、身体年齢は15前後と言っていいだろう。


とはいえ、悠にとっては単に体に傷が無いか確認する程度の意味合いしか無い。小さなアザ以外の傷らしい傷が無い事を確認すると、悠も服を脱ぎ、そのまま浴場へと向かったのだった。


尚、風呂での一幕は割愛させて貰う。


――アルトが色々と興味津々であったという事だけだ。


服を着せ、厨房へとアルトと共にやって来た悠はそこで食事の準備をする恵を見つけた。


「おはよう、恵」


「おはようございます。……あ……アルト君……えと、アルトちゃん、なのかな? おはよう」


「ガゥゥゥ……」


恵が挨拶しても、アルトは悠の背後に隠れて低く唸り声を上げるだけであった。やはりそう簡単に人には慣れないらしい。


「あはは、嫌われちゃってるかな?」


「いや、単に俺以外の者とどう接したら分からないだけで……いや、待てよ……」


恵と話している内に、悠はふと思い当たる事があった。それは恵の『家事ハウスキーパー』の才能ギフトに由来する一種の思い付きである。


「恵、何か食べる物をアルトにやってくれないか? 恵が直接アルトに食わせてやって欲しいんだ」


「え? ええ、別に構いませんけど……」


何か簡単に作れる物と考え、恵は朝食用の現地産の燻製肉ベーコンを取り出すと、ある程度の厚さで等間隔に切り、鉄鍋で軽く火を通して行った。


肉の焼ける匂いに恵を警戒していたアルトが鼻を鳴らし、涎を垂らして鍋を食い入る様に見つめ始める。


「はい、出来た」


両面を焼いたベーコンを皿に積み上げ、恵はフォークで一枚突き刺して息を吹き掛けて冷ますと、アルトの正面までやって来た。


「アルトちゃん、あーん」


「あ、アーウ?」


燻製肉が食べたくて食べたくて仕方が無いアルトは警戒するのも忘れてあんぐりと口を開け、恵の差し出した燻製肉を受け入れた。


嬉しそうに頬張るアルトを見たレイラが悠に問い掛ける。


《驚いた……アルトがユウ以外の言う事を聞くなんて。そんなにお腹が減っていたのかしら?》


「違うな。レイラ、恵の才能は知っているだろう? 風呂に入りながら考えていたのだが、育児とはそもそも親の日常ではないか。ならば、恵の『家事』が育児に関しても効果を発揮するのでは無いかと思ったのだよ」


《あっ、なるほど!!》


悠の考えは間違ってはいなかった。『家事』の適応範囲には育児、教育も含まれており、アルトは恵から「この人からはご飯を貰っても大丈夫」と信頼感を勝ち得ていたのだった。異種族に試した者など居るはずも無いので賭けの要素もあったが、万一悠が居ない間にアルトが目覚めても、恵の言う事にならば従いそうである。


「これなら俺が留守にしていても何とかなりそうだな。恵、俺が居ない間にアルトが目を覚ましたら相手をしてやってくれるか?」


「はい、お任せ下さい。明が今より小さい頃は私が面倒を見ていましたし、暴れたりしなければ大丈夫です」


頼りになる母親的存在が登場した事で、ようやく悠は慣れない父親役の荷を半分下ろす事が出来たのであった。

最後の恵のくだりに持って行くまでに時間を食ってしまいました。『家事』がマジ最強の才能である気がして来ました。結構な拡大解釈が許される才能なので、ある意味『勇気』より使い勝手がいいですね。

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