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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-124 抗議9

夕食の支度は恵に任せ、悠はアルトの部屋に戻っていた。


「本当は風呂に入れてやりたい所だが、素直に言う事を聞くとは思えんしな」


《まるっきり別人ね。アルトだったらこんな大口開けて寝たりしないもの》


レイラの言う通り、普段は寝姿すら乱れの無いアルトとは思えないくらいに今のアルトは奔放であった。毛布は蹴飛ばしているし、口の端からは涎まで垂らしている。そもそも悠と大立ち回りをして地面を転がったりしていたので所々土埃に汚れてしまっていた。


悠は持って来た洗面器にタオルを浸して固く絞ると、アルトの手足や顔を丁寧に拭き清めていった。


「クァァ……」


眠っていても気持ちがいいのか、アルトの口から獣の声が漏れる。寝姿がだらしないとはいえ、今のアルトは傾国の美少女と化しているのだ。もし悠以外の者が世話をしていたら邪念を振り払うのに多大な労力を費やさねばならなかっただろう。悠にしてもこれだけ容姿が整った異性は志津香くらいしか心当たりがないほどであったが、外見の美醜で心を乱される男では無く、考えるのはもっと実際的な事だ。


「それにしても、ここまでリュウの属性を引き出せるとは思わなかった。腕を竜と化すなど、蓬莱での戦時にも聞いた試しがない」


《寝ている内に診察しておきましょう。起きるとまた暴れるかもしれないわ》


体を拭き終わった悠はレイラの進言に従ってアルトの内部を走査していく。特に竜の力を移植した右腕は念入りに調べた。


《……体は人間だけど、精神が混ざり合って曖昧になってるわね。今は右腕も人間の物に戻っているけど、また竜気プラーナが高まれば竜化すると思うわ。ただ、竜の意識がアルトを圧倒しているお陰で腰を中心に刻まれていた精神と魂の傷は塞がり始めてるし、今は治療効果を優先すべきね。でも……うん、完全に女性体になっちゃってる。単に胸が膨らんだだけじゃなくて、生殖器も骨格も内臓も全部女性の物よ。妊娠も出産も出来るわ》


「最悪、性別が戻らなくても、精神だけはアルトの物に戻してやらねばならん。女でも剣に生きる事は出来るが、アルトの意識が戻らないのはアルトの意に反する」


《起きて性別が変わってたら卒倒するわよ。ローランやミレニアもね》


信じて送り出した凛々しい息子が野性的な美少女になってしまっていたら、流石にローランも笑って済ませる事は出来ないだろう。


「このままフォロスゼータに行くのは厳しいな。3日後、アルトの意識を覚醒させるまではバローの領地に留まる事にするか」


《その間に『影刃衆』も襲って来てくれたら後顧の憂いが無いんだけど……》


「襲って来るとしたら深夜だろうが、葵の結界や索敵も働いているし、ここには侵入出来ん。それが分かれば後々別の機会を狙うはずだ」


末端の人員を何人か捕らえた所で『影刃衆』は消えて無くなったりはしないだろう。やるならば徹底的に叩き潰さねば意味が無いのだ。


結局起きなかったアルトを着替えさせ、毛布を掛け直していると、部屋のドアがノックされた。


「悠さん、食事の用意が出来ましたよ」


「ああ、今行く」


最後にアルトを一瞥し、悠は広間へと戻って行った。




恵の手料理にサリエル以下全員が舌鼓を連打した夕食が終わり、明日の詳細について話し合っていると、葵が警告を発した。


《我がマスター、現在屋敷から150メートルの地点に人間の反応有り。数は4。黒ずくめの装束を身に纏い、顔を隠しています。一般的な旅人の服装とは思えません》


「来たか」


「ではアオイ殿、手筈通り結界の強度を下げて下さい」


《畏まりました》


ハリハリの要請に従って葵が結界の出力を絞り、強度を落とした。


何故こんな事をするのかと言えば、ハリハリの進言に基づく作戦である。




「絶対不落の要塞では侵入する事は出来ませんが、それではいつまで経っても道中で追いかけっこをしなくてはなりませんからね。それに、もし来たとしても初日はまずは偵察でしょう。精々4、5人でこの屋敷を探りに来る程度だと思います。ですから、ここは一般人には無理でも、『影刃衆』クラスの者であれば侵入出来るんだと思わせておく方が後々選択肢を増やせます」




という事で、屋敷の防衛能力を謀る策を実行に移したのだ。勿論、それで凶行に及ぶのなら殲滅するが、ここまで悠に掴ませない様に監視を続けていた『影刃衆』がそこまで杜撰な手を打って来るとはあまり思えない。明かりも点いているとなれば、調べるのは精々屋敷の大きさや外から推察出来る間取り程度であろう。


「では俺はアルトの所に戻る。ハリハリ、葵、後の事は頼んだぞ」


「ええ、お休みなさい。頑張って気付かないフリを続けますよ」


《お休みなさいませ》


悠が部屋の外に消えると、ハリハリは他の者達に呼び掛けた。


「さて、シャロン殿にはより広域を探って頂けますか? 偵察の他に後詰の部隊が絶対に来ないとも言えませんし」


「畏まりましたわ」


「シュルツ殿は申し訳ないですが、姫君方の守りをお願いします。ワタクシは子供達の部屋の前を守りますので」


「心得た」


「樹里亜殿はシャロン殿とここに残って状況を確認して下さい。何かあればアオイ殿を通して指示を。ギルザード殿は2人の守りという事で」


「はい!」「任されたぞ」


「ヤールセン殿の警備はビリー殿とミリー殿にお願いします」


「了解です!」「分かりました」


「では一時解散という事で。相手が何もせずに帰ったら持ち場を離れて結構です。明日は明日でお仕事があるのですからね」


パンと柏手を打ち、ハリハリ達もそれぞれの持ち場へと移動して行った。




「一体奴らは何者なのだ? こんな規模の魔道具は聞いた事が無いぞ?」


「現にこうして存在しているのだ、言っても詮無い事だろう。流石はⅨ(ナインス)の冒険者という事だろうな。……とにかく、まずはこの屋敷を調べるぞ」


「「「応」」」


夜陰に紛れて影が蠢く。上から下まで黒づくめの装束で闇に溶け込んでいるのは葵の報告にあった『影刃衆』の面々であった。4人一組の偵察隊として屋敷に近付いた『影刃衆』達は正面から屋敷をその目で捉える。


「……まだ明かりが点いているな。あまり近寄らん方がいいだろう」


「とりあえず、ここに一人を残して周囲を探る。この屋敷の正確な大きさと出入り口の有無を確認するぞ」


隊長格の男を残し、他の3人は屋敷を遠巻きにして周囲へ散って行った。


彼らが戻って来たのは15分ほど経過してからであった。


「どうだった?」


「屋敷の背後には裏口が一つある。そこからの侵入も可能だろう。だが、一つ問題があるな」


「どうした、罠の類でも仕掛けてあったか?」


隊長格の男の質問に部下は首を振った。


「いや、見て貰えば早い」


そう言って部下の男が地面から石を拾い、屋敷に向かって低く投げ付けると、それは後5メートルという所でキンと弾き飛ばされてしまった。


「結界か!?」


「その様だ。この屋敷を完全に包む込む形で結界が発生している。……つくづく規格外の魔道具という他無い」


「これが『戦塵』の拠点という事で間違い無いな。結界をどうにか出来ねば侵入すら出来ん」


隊長格の男が眉を顰めた。闇夜に紛れての奇襲こそが『影刃衆』の真骨頂であり、見通しが利く日中に馬車を襲撃する様な事は可能な限り慎みたかった。


「……強度はどうだ? 破れないほどか?」


「いや、精々二流の魔法使い程度だな。この程度なら結界破りの魔法で対処出来る。……寝静まったら乗り込むか?」


部下の言葉に隊長格の男が今度は首を振った。


「駄目だ。前回の五強のオリビアは不意を突いて何とか潰せたが、『戦塵』はあの時とは数も質も違う。しかも前回ですら血気に逸った馬鹿共が捕らえられ、『影刃衆』の名が露見してしまった。あんな事を続けていては我らの名が地に落ちるぞ」


「しかし、オリビアを倒した事で我らの名が上がった事も確かだ。それを考えれば、差し引きしても釣りが来るほどの戦果では無いか?」


「ユウはそのオリビアを苦も無く退け、ミロ様とも分けたほどの手練れだぞ? 相棒のバローにしても当時のキリギス様と分けているのだ。目的を果たせればまだいいが、少人数で返り討ちに遭ったなど、『影刃衆』の看板に傷が付くどころでは無い、笑いものの代名詞になりたくなければここは退くべきだ」


隊長格の男はこの場を任されるだけあって慎重であった。彼はキリギスほどでは無いが古参の一人であり、長く『影刃衆』の一員として働いて来た実績があるのだ。対して彼の部下達はまだ若く、その分血気に逸るのが悩みの種であった。


「此度は必勝かつ完勝を期さねばならん。押し入る時はキリギス様を頭とした『影刃衆』総員で行うのだ。その為に今得た情報を持ち帰るぞ」


「……分かった」


獲物の大きさに一瞬迷いながらも、部下の男達は頷き返した。そして次の瞬間には撤退に移ったのであった。

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