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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-120 抗議5

王宮から街の外へと通じる門までの道は使者の一行を一目見ようとする市民で隙間無く埋め尽くされていた。高貴かつ美しい容姿を持つシャルティエルとサリエルは王女という生まれも相まって一種の偶像アイドルであり、特に男性からの歓呼の声は熱を帯びている。2人の乗る馬車はまだ長距離の旅程で使用する馬車では無く、幌も取り外した、外からでも2人の姿を確認する事の出来るタイプの馬車だ。まずは民衆に出立を知らしめ、これを乗り換えるのは門を出てからとなる。


そしてヤールセンは友好の証としてラグエルから下賜された立派な馬に跨っており、悠はその馬の手綱を引いて歩いていた。立場上、悠がこの場で馬に乗る事は許されないのだ。


そんな悠とヤールセンにも女性からの黄色い声援が送られており、ヤールセンは馬上で手を振りつつ、こんな風に人に見られるのは初めてだなと半ば他人事の様に考えて気恥ずかしさを誤魔化していた。


「ユウさーーーーーん!!! ほらレイシーも手を振りなよ!!!」


「ちょ、ちょっと! 一応私には立場っていうものがあるんだから!!」


この街でのごく僅かな知り合いであるキャスリンとレイシェンも見送りに駆けつけてくれたらしく、キャスリンは大声を張り上げて両手をブンブンと振り乱し、その隣ではレイシェンがごく常識的に悠に向かって手を振っていたので、悠も小さく手を上げてそれに応えた。


その間も悠の感覚はこちらに向けられる敵意や悪意、更には強い殺意が無いかを探っていた。護衛任務は街中に居る今から既に始まっているのだ。


(レイシェン達が捜索してくれたお陰か、今の所王都に『影刃衆』の気配は無いみたいね)


(流石にそこまで無能では無かろう。どこかで見張りくらいは立てているかもしれんが、この状況で暗殺が成功すると考える程度なら警戒は必要無い。街から出れば人も少なくなり気配の察知も容易になる。そこまでは現状維持だな)


警戒は続けつつも現状をそう分析し、悠達は街の外へと向かって行った。




さて、『影刃衆』は如何なる顛末を迎えていたのだろうか。ここで少し時間を遡って見てみたい。


悠達に退けられ、ディオスの計略から除外された『影刃衆』の長であるミロは厳しい鍛練の日々を送っていた。今一度基本に立ち返り、打倒悠を目指して己の刃を研ぎ澄ます事でミロの一日は終始していたのである。


だが、ミロ一人であればそれも良かったのだが、ミロは『影刃衆』という組織の長であり、進展の無い日々は部下の焦燥を徐々に強めて行った。


結局『影刃衆』は介入する隙を見い出せずにミーノスは改まり、日を追うごとに盤石となっていく様を見せつけられるに至ってとうとうキリギスはミロを問い詰めた。


「ミロ様!!! これ以上手をこまねいて見ているだけでは『影刃衆』の名折れです!!! どうか我らに抹殺の下知を!!!」


キリギス以下、跪いて頭を垂れる『影刃衆』にミロは何の感情も篭らない視線を向けると、ポツリと呟いた。


「……無能が……」


「み、ミロ様?」


心底蔑んだ視線と口調で吐き捨てるミロに狼狽えるキリギスであったが、ミロは何も言わずに自分の荷物を担ぎ上げると、キリギスらに背を向けた。


「ミロ様、どちらへ!?」


「もはや貴様らは我には不要だ。勝手にしろ」


にべもなく告げ、何の未練もなく古巣を捨て去るミロにキリギスは必死の形相で取り縋った。


「お、お待ち下さいミロ様!! ミロ様あっての『影刃衆』、我らはどこまでもミロ様に――」


「勘違いするなよ、キリギス。何故我が『影刃衆』を作ったのか、貴様は全く理解しておらんようだな……」


蔑みに落胆を加えるミロに、キリギスは自分なりの答えを口に出した。


「か、『影刃衆』こそは世界一の暗殺集団です!! ミロ様はそれを目指して我らを鍛えて下さったのではないのですか!?」


まだ子供の頃に親を失い、死を待つばかりであったキリギスを拾ってここまで鍛え上げてくれたのは他ならぬミロ本人であった。キリギスはその事に深く感謝し、これまで組織を強大にする事に腐心して来たのだ。右腕として自分を側に置いてくれたのはミロもそれを認めてくれていたからだとキリギスは信じていた。


だが、それは大いなる勘違いであった。


「我はそんなものに価値を見出してはおらぬ。世界一の暗殺者など、我一人居れば事足りるわ。そんな下らぬ事の為に我は貴様らを拾い育てたのではない」


完全に自らの理想を否定するミロにキリギスの顔面は蒼白になった。大きな衝撃に言葉を失うキリギスに、ミロは更に残酷な真実を告げた。


「我が貴様らを鍛えたのは、全て我を鍛えんが為よ。……我に敵対しえる手練れは殆ど居らぬ。たまに見つけても殺してしまえばそれまでだ。だから我は自ら我に敵対し得る者共を作り上げようとした。それこそが『影刃衆』創設の真の目的だ」


冷淡に告げるミロにキリギス以下、『影刃衆』は誰一人声を上げる事は出来なかった。ミロの駒である事には何の異論もないが、ミロを敵と見なす様な教育は受けていなかったのだから。


「だが、所詮才無き者共にいくら仕込んでも無駄であった。誰一人、そう、キリギス、貴様を含めて誰一人我に敵対し得る者は現れなかった……。全くの時間の無駄であった。失望だ。石くれはどれだけ磨いても石くれでしかなく、宝石にはならぬという事が分かったのが唯一の収穫か……」


呆然とするキリギスらを振り返る事も無く、ミロは最後の言葉を放った。


「……ここまで言われても誰一人我に歯向かおうとする者が居らぬ。そして貴様らが全員で掛かって来ても我に敵対し得ぬ。だからこそ不要、だからこそ失敗。……だが、我は遂に手に入れた。生涯を賭しても勝ち得ぬかもしれぬ敵を得た。ユウ……奴こそは人類の頂にある者よ。奴が殺せるならば、我はその後に首を掻き切っても悔いは無い。この充足感はもはや言葉には出来ぬ。言葉などでは到底語り尽くせぬ。……キリギス、『影刃衆』は貴様にくれてやる。精々凡庸な一生を過ごすがいい」


はっきりとした決別の言葉を口にし、ミロは去って行った。


「……我らは、一体何なのだ……」


ミロを失ったキリギスは自問自答を繰り返した。この期に及んでもキリギスにはミロへの恨みなどは一切湧いては来なかった。湧いて来たのは自分達への不甲斐無さと、『影刃衆』崩壊の切っ掛けを作った2人の男に対する激しい嫉妬と怨嗟であった。


「奴らが、奴らさえ居なければ……!!」


地面を殴り付けるキリギスの拳から血が舞い散り、点々と赤い花を周囲に咲かせていく。


両拳を真っ赤に染めて、キリギスは必死に思考を巡らせた。『影刃衆』の長はミロでなくてはならない。そうで無くては拾ってくれたミロに申し訳が立たない。そうだ、きっとこれはミロが自分達に与えた試練なのだ、そうに違いないとキリギスは自分に言い聞かせた。ならばやるべき事は決まっている。


必要である事を示さねばならない。


失敗では無いと示さねばならない。


キリギスの目にどす黒い炎が宿った。


ユウ、そしてバロー。それだけではない、世界に名だたる強者達。


倒すのだ。殺すのだ。みなごろしにするのだ。『影刃衆』の名を今以上に恐怖の代名詞として輝かせるのだ。


その時こそミロはこの場に帰って来るはずだ。自分達の労を労い、誇りに思ってくれるはずだ。


小物などには用は無い。標的は大きくなければならない。ミロの耳に入るほどの大物で無ければならない。


世界の中心はどこか?


ミーノスではない。この世界にはミーノスよりも広大で強大な国がある。


そう、ノースハイアだ!!


跪いていたキリギスは己の衝動の命ずるままに力強く立ち上がった。


「……この拠点を破棄し、ノースハイアに拠点を移す。そして、彼の国で再び『影刃衆』の名を轟かせるのだ!!! そうして初めて我らが真の主、ミロ様は我らの元にお戻り下さるだろう!!! ミロ様、ご照覧下され!!! 俺が、このキリギスが、『影刃衆』を前以上に強大な暗殺者集団としてご覧に入れましょうぞ!!!」


こうして主の手綱を離れた『影刃衆』はノースハイアへと解き放たれたのであった。

本日2話目。ミロとキリギスの認識の差が浮き彫りになり、ミロは『影刃衆』を去りました。キリギスにとって『影刃衆』は己の誇りでしたが、ミロにとってはあっても無くても構わないという程度の物でしか有りませんでした。

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