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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-118 抗議3

執務室で朝食をご馳走になった後、悠は正装に着替えて城へと向かった。今日はノースハイア、ミーノスの両国でアライアットに向けて、というより聖神教に向けて非難声明が為される日であり、一般人にもミーノスとノースハイアが正式に国交を持つと伝えられる日である。この、どちらが上か下かという理屈を抜きにした平等な国交などという物は従来のアーヴェルカインでは考えられない事で、間違い無く歴史に残る一日として末永く記録されていくはずである。……世界が滅亡しなければ、であるが。


そうなると、当然ながらノースハイアの代表と共に注目されるミーノス代表には凄まじい好奇の視線が集中する事になる訳で……


「うぐ……腹イテェ……。ついこの間まで家で本読んでた俺が何でこんな所に居るんだろ……」


割と図太いと自認するヤールセンも朝から城に漂う緊張感に腹痛を覚えているのであった。


今、控え室にはヤールセンの他に誰も居なかった。それも多数の他国人を晒さない事で国民感情を刺激しない為に取られた措置である……というのは建前で、万一襲撃でもあった場合、人数が少ない方が守り易いからという、ヤールセンからしたら到底嬉しくない理由からだった。


「ああ、突然吹雪にでもなって式典が中断されねぇかなぁ……」


式典が中断された所でヤールセンがフォロスゼータに行かなければならない事に変わりはないのだが、元引きこもりにとっては多数の人間に見られるというだけで刹那的に逃避したくなるようである。


「今日は快晴だ。吹雪どころか風すら吹いておらんよ」


独り言に言葉を返されて驚くヤールセンが振り返ると、そこにはいつの間にか悠の姿があった。


「うおっ!? の、ノックくらいしろよユウさん!!」


「勿論したが、返答が無かったのでな。もう少し落ち着いたらどうだ、ヤールセン?」


「ユウさんは落ち着いてるなぁ……」


「別に民衆の前に立ったからと言って死ぬ訳では無いさ」


「生きるか死ぬかだけで物事を考えたくないなぁ……」


それ以前に悠は多くの人間の前に立つ事に慣れているので不公平かもしれない。


「いい加減覚悟を決めるのだな。一度上がった舞台を降りるのは自由だが、また生きているか死んでいるか分からん生き方をしたい訳では無いのだろう?」


「……そう言われると弱いな……」


ヤールセンもまだ状況に体が追いついていないだけで頭では理解しているのだ。自分がこの目まぐるしい日々に大きな充足を感じている事を。ずっと無駄と諦めていた世界が今急速に変わろうとしている事に、実際はこの上なく高揚している事を。


自分で頬を張り、立ち上がった時にはヤールセンは既に能吏の仮面を被っていた。


「……はぁ……俺にどこまでの事が出来るかは分からないが、歴史書に「ミーノスのヤールセンは終始子供の様に震えていました」なんて書かれる訳にゃ行かないからな。精々やせ我慢させて貰おうか」


「ルーファウスやローランも今頃は布告の準備に忙しい事だろう。俺やお前も自分の出来る事をやらなければな」


「ああ、ありがとよ、ユウさん。それと、道中はよろしく頼むよ」


ヤールセンが気を取り直した所で、控え室のドアがノックされた。


「ヤールセン様並びにユウ様、式典が始まりますのでご用意をお願いします」


「はい、今参ります」


ノースハイアの官吏に促され、悠とヤールセンは王宮前の広場へと移動して行ったのだった。




王宮前の広場は黒山の人だかりとなってざわめきと共に国からの布告を今か今かと待ち構えていた。恐らくミーノスの王宮前も同じ様な状況であろう。民衆には重大発表としか伝えられていない為、中には不安そうな表情で周囲の者と意見を戦わせている者も居た。


そんなざわめきもラグエルやサリエル、そして最近になって国政に関わり始めたシャルティエルらが登壇すると、しんと静まり返った。


それを確認し、ラグエルが拡声の魔道具を通して民衆に語り始めた。


「皆の者、よく集まってくれた。まずは礼を述べておこう」


全員の注目を集めた所でラグエルは本題を切り出した。


「本日は我が国にとってのみならず、人類にとって大きな転換点となるであろう。我が国に限らぬ理由を既に知っている者もあろうから、勿体ぶらずに紹介しよう。ミーノス王国宰相補佐官にして外交官、ヤールセン・リオレーズ殿」


ラグエルの紹介に合わせ、背後に控えていたヤールセンが前に進み出た。ラグエルはヤールセンに魔道具を渡し、挨拶を促す。


ヤールセンも既に覚悟を決めた表情で口を開いた。


「ノースハイアの皆様方、お初にお目に掛かります。私が今ラグエル陛下よりご紹介に預かりましたヤールセンです。本日は陛下の格別のご配慮でこの場に立たせて頂けた事に最大限の感謝を示したいと思います。さて、何故私の如き他国人がこの場に立つ事を許されているのかは、改めて陛下の口よりお言葉を賜りたいと思います」


流暢なノースハイアの言葉で滔々と挨拶を述べたヤールセンは大きな反発を招く事も無く挨拶を終えた事に内心で大きく溜め息を吐きながらラグエルに場所を譲った。


そんなヤールセンの内心などお見通しとばかりにラグエルはニヤリと笑い、再び語り始めた。


「この通り、ヤールセン殿はこの若さにして勤勉で実直な性格をされておってな、良くノースハイアという国を学んでおる。今後も見かけたら温かく迎えて貰えると余としても嬉しく思うぞ」


さり気なく人格的ハードルを吊り上げるラグエルにヤールセンの仮面に罅が入り掛けたが、何とか微笑みを作って耐え忍んだ。


「外交官と余は述べたが、本日、ノースハイア王国は隣国であるミーノス王国との正式な国交の樹立を宣言する。具体的にはミーノス・ノースハイア間の関税の緩和、関所の簡略化、人材交流の活性化を目標としておる。既に戦による国土拡張は排しておるが、今後は富裕なミーノスとの交流を盛んにする事で更なる国民生活の向上を余は目指したい。また、ミーノスで行われた教育改革とも呼べる学校、つまり、貴族のみならず庶民でも向上心のある者は学問や武術、技術を学べる場所を設けようと思う。これまで、庶民というだけで能ある者達が隠れてしまっていたのは余の不明であり、誠に遺憾な事だ。民衆よ、もしも今心に燻らせている想いがあるのなら、立ち上がるは今ぞ!」


ラグエルの言葉が浸透するにつれて、最初は小さかったざわめきが次第に拡大し、それはやがて大きなどよめきへと変化していった。


「静粛に!!!」


最大限に拡張されたラグエルの声に民衆の声が止む。


「急な話で信じられぬ者も居よう。しかし、これは事実である。余は民衆に嘘は吐かぬ。もし金銭による理由で諦めている者がおるのならそれも心配いらぬ。学校は国の管轄とし、ミーノス王国より支援を受け、原則として無料で教育を受けられる物とする。無論、住む場所も食もこちらで用意しよう。金が無いというだけで未来への選択肢を奪われていた者達に、余は機会を与えよう!! それを生かすも殺すも己自身の選択である。だが、もし叶うならば、この機会を生かし、自分自身の力で輝かしい将来を掴み取って欲しい。そしてその輝かしい将来がノースハイアの将来と重なるならば、余としてはこれ以上望む物は無い。……この国をより良くせんとする者の助力を余は切に願うものである!!」


ルーファウスの誠実さ、ローランの計算された理論、そのどちらとも異なる力でラグエルの言葉は民衆を雷の如き衝撃をもって打ち据えた。それはまだ若い2人には無い、まさに王の威厳と言うに相応しいものであった。


護衛の兵士がミルマイズの合図の下、一斉に石突きて地面を打った。それが数度続くと、民衆の中でも敏い者達が自らの足で地面を叩く。やがてそれは周囲に伝播し、地鳴りとなってノースハイアを揺るがした。




ダン!! ダン!! ダン!! ダン!!




足を踏み鳴らし、拳を突き上げ、民衆は叫ぶ。我らが王、英明なるラグエルの名を称呼し、広場は興奮の渦に包まれた。


戦争が終わった事は喜ばしい事であったが、目標を見失った民衆は平和の中にもどこか閉塞感を感じていたのだ。ラグエルの宣言はそんな閉塞感を粉々に吹き飛ばし、明るい未来へと導くものであった。


興奮が熱狂を呼び、感極まって失神する者まで現れ始める中、ラグエルは静粛を促す様にサッと手を挙げた。


ラグエルの一挙手一投足に釘付けになっていた民衆は熱狂を内に秘めたまま、更なるラグエルの言葉を待った。


「……静聴に感謝する。余はすぐにでもこれらの政策を実施したいと考えておるが、後一つだけ、それを阻もうとする者達が存在する。それが除かれぬ限り、皆が安心して暮らせる世は訪れぬ」


国の事情に詳しい者達の頭にアライアットという単語が浮かび上がったが、ラグエルはそこに詳しい説明を付け加えた。


「先日、ドワイド伯が俄かに乱心し、ノワール領に攻め込むという痛ましい事件が起こった。幸いにして勇猛なるノワール伯、今ではノワール侯によって反乱は未然に防がれたが、ドワイド伯はよりによって隣国のアライアットと結び、我らが国土を脅かさんと謀りおった。愛すべき民を蹂躙せんとした彼らを余は到底許す事は出来ぬ!」


ラグエルの怒りに唱和する声があちらこちらで上がったが、ラグエルは少し表情を崩して安心するように促した。


「既にドワイド伯の一族の責任ある者達は粛正され、アライアット軍は蹴散らされた。だが、我らの真の敵はアライアットでは無かったのだ。アライアットでは既に王家は力を失い傀儡と化し、今や国政は一つの宗教によって不当に壟断されておる。これこそ、我がノースハイアのみならず、人類全体の敵であると余は断定した。すなわち、聖神教こそが全ての元凶であったのだ!!」


一宗教が国を乗っ取っていると言い張るラグエルに民衆は再びどよめいたが、ラグエルは一段と声を張り上げて主張を繰り返した。


「無論これは一宗教を貶める趣旨の発言では無い。さきの反乱においてドワイド伯を悪しき薬で籠絡した宣教師は多くの者に目撃されておるし、投降したアライアット兵から証言を得る事も容易であった。また、この様な事例はノースハイアだけで無く、隣国のミーノスでも既に確認されている事だ。では彼らの目的は何か? それはノースハイアとミーノスの貴族を操り、相争わせて国力を疲弊させる事に他ならないのだ!! 徒に戦火を拡大し民を損なうこれらの所業は侵略よりも質の悪い、人類全体に対する罪悪であろう!!」


手振りを交えて怒りを露わにするラグエルに感応し、民衆の間に納得の色が広がって行った。


「ゆえに余は聖神教に対して抗議の使者を送る事を決定した。各国に対する離間と不和を振り撒いた責任を問う為の使者だ。もはや戦火を交える事は余の望む所ではないゆえ、一度だけは穏便に促そう。教主以下主だった幹部を追放し、国政に介入する事をやめてアライアット王家の権威を回復する事を誓うならば過去は水に流し、アライアットとも改めて国交を持とうではないか、とな。別に難しい事を余は言ってはおらんはずだ。それは皆にも理解して貰えると思っている」


神権国家の概念があればラグエルの言い分に疑念を抱く者が居たかもしれないし、事実後ろで話を聞いていた悠には思い当たったが、アーヴェルカインにはまだその様な概念は無く、国は王を戴くのが当然と考える者達が圧倒的であった為にこの論はすぐに受け入れられた。それどころか、ラグエルの対応に手緩さを感じている者さえ存在していた。


「だが万が一、聖神教がこの要求を蹴るという暴挙に出るのであれば、ノースハイアはミーノスと共にアライアットでは無く聖神教に対して宣戦を布告するものとする!!! 人類の敵を一戦して共に討ち、今度こそ人間同士で殺し合うなどという愚挙からの脱却を目指すのだ!!! この事はミーノス王国国王であるルーファウス陛下からも既に同意を頂戴しておる!!!」


二国間連合。それは前代未聞の構想であった。勿論それに類する一時的な同盟が存在しなかった訳では無いが、過去のそれらは早い段階でどちらかが一方的に破棄して消滅してしまう事が前提とすら考えられており、後はいつ裏切るかというタイミングだけであった。


だが、ラグエルは先に国交の樹立を宣言し、これからも長くミーノスと付き合っていく事を前提にしており、その通りであれば裏切りなどは有り得ないし、ミーノスにしても将兵をアライアットに送る以上、地理に詳しいノースハイアの協力は必須であるので裏切る事は出来ない。つまりこれは裏切る事を前提としない、未曾有の規模の真の大同盟であった。


異なる旗を仰ぐ兵が共に同じ敵に当たるという想像が現実味を帯びるに従い、先ほどよりも更に強い熱狂が民衆に蓄積されて行くが、ラグエルの合図で前に出た3名の登場で弾ける前にひとまず抑えられた。


「抗議の使者は本人たっての希望を汲み、余の娘であり第一秘書官であるサリエル並びに第二秘書官であるシャルティエルを遣わす。そしてミーノスからは此度の同盟成就に活躍してくれた勇気ある外交官、ヤールセン殿が共に現地へと赴く事になる。しかし、言うまでも無い事であるが、アライアットの首都フォロスゼータまでの道のりは敵地ゆえに死出の旅と言っても過言では無い。また、余は徒に兵力をもって恫喝するを良しとせぬ。随行に兵を連れて行く事は許さん」


熱狂が渦巻いていたせいで、その発言に対する困惑もこれまでで一番大きな物となった。たった3人で兵も連れずに敵国の首都に至るなど荒唐無稽を通り越して不可能である。王は自分の娘と他国の外交官を死なせるつもりなのかと憤る民衆にラグエルは再び声を大にして言い放った。


「だが、代わりに世界一の護衛を共に遣わそう!! Ⅸ(ナインス)の冒険者『戦神』ユウと『戦塵』である!!」


ラグエルが背後に手を掲げると、これまでずっと背後に控えていた悠がスッと前に進み出た。


「お初にお目に掛かる。自分は冒険者の悠だ。此度の任務では必ずやお三方共に無傷でこの国に返す事を誓約申し上げる」


溢れ出る威厳から一般市民でも悠がただ者では無いと察せられたが、幾ら強くても所詮は少数であり、未だ民衆の不安を払拭するには至らなかった。冒険者と違い、まだ一般市民は悠の力を知らないのだから、これは無理からぬ事であろう。


「が、若僧一人出て来た所で何ほどのものかと思う方々もおられよう。ゆえにラグエル王、槍を一本所望致します」


「良かろう。ミルマイズ、槍を」


「はっ」


ラグエルの許可を受けてミルマイズが悠に槍を手渡すと悠もそれを手に頷いた。


「少々離れて頂けますか?」


悠の要請にラグエルは登壇していた者達を促して後ろに下がり、槍を持った悠は民衆の前でそれを頭上に掲げ、徐々に回転を加えていくと轟々と唸りを上げる槍はやがて視認出来なくなり、周囲に渦を巻いて尚速度を上げていく。


手にした槍が消え去る程の回転を維持しているだけでも十分な絶技であったが、ラグエルが手を上げると護衛の兵達は背中に背負っていた弓を取り、悠に向かって引き絞り始めた。


最初は余興の様な物かと思っていた民衆も兵士達の顔が緊張に引き攣っており、日光を鈍く照り返しているやじりに殺気が漲っている事を感じ取ると、気の弱い女性などは小さく悲鳴を漏らしてしまった。


それを契機とした訳では無いだろうが、ラグエルの手が号令と共に下ろされる。


「放て!!!」


一瞬の躊躇いも無く、数十に及ぶ鏃が悠を目指して放たれた。これはどう見ても回避不可能と見た民衆は思わず目を覆い掛けたが、現実として現れたのは全く予想だにしない、非現実的な光景であった。




キキキキキキキキキキキキキキキキキキンッ!!!




連続する金属音と共に悠に殺到していた矢が残らず弾け飛ぶ様に、人々はただあんぐりと口を開けて見守る事しか出来なかった。悠は槍を回転させたまま、右に左にと高速で面を入れ替え、迫る矢を残らず弾き飛ばしたのだ。それはまるで巨大な盾を持った戦士のようであった。


最後の一矢を弾いた悠は大きく飛び上がり、空中で仰け反ると手にした槍を自分の真上に思い切り放り投げた。


空と地を繋ぐように一直線を引いた槍が砂粒ほどの大きさにしか見えなくなり、一体どれだけの飛距離を出したのか民衆には見当も付かなかったが、重力がある以上、たとえどれだけ高く投げてもいつかは落ちて来るのは当然である。やがて槍は勢いを失い、重い穂先を下にして今度は悠を貫かんと矢にも劣らぬ速度で迫る。


この頃には人々もまさか自分の投げた槍に刺される様な間抜けな真似を悠がするとは思わず、一体悠が何をするのかという方向に期待を込めて見守っていた。


着地し、右手を上に掲げた悠の口がポツリと一言呟く。


「『火竜クリムゾンスピア』」


最前列付近に居た者達はそのあまりの光景に度肝を抜かれてひっくり返った。一瞬悠の手が光ったかと思うと、赤く太い光線が空間を貫き、真っすぐに落ちて来る槍を消し飛ばしたからだ。『火竜ノ槍』に撃たれた槍は灰も残さず蒸発し、後には悠だけが残された。


痛いほどの静寂が広場を支配する中、悠は再び魔道具で民衆に呼び掛けた。


「ほんの余技ではありますが、多少は自分の力量も分かって頂けたかと思います。そして『戦塵』の仲間達もまた一騎当千の強者揃い。たとえ聖神教が千、二千、いや、万と兵を差し向けて来たとしても無事逃げる事は容易であります。ラグエル陛下からはくれぐれもこちらからは手を出さぬよう申しつかっておりますが、万一使者の方々に弓引く様であれば、その報いを存分に刻み込んだ上で無事に帰還せしめましょう。どうか自分を信じて頂きたい」


締めに礼をする悠の背後から拍手の音が広場に響いた。手を叩いているのはシャルティエルであり、そこに苦笑しながらもラグエル、サリエルが続くと、周囲の兵士、官吏、そして民衆へと拍手の輪は広がって行き、最後には万雷の拍手となって降り注いだ。


礼をした悠が下がると、ラグエルが再び前に出る。その背後ではヤールセンが小声で悠に話し掛けていた。


「随分派手な真似をしなさるね。ユウさんはそういうのは嫌いなのかと思ってたが」


「この絵を描いたのはラグエルだ。民衆には多少大げさで分かり易い方が良いのだと言ってな。俺はこういう見世物の様な真似は好かんよ。だが、己の好みよりも今は民衆の安心を買いたいというから従ったまでだ」


《戦争を前にして兵士をしばき倒す訳には行かないからね。全く、本当はノースハイアではあんまり目立たない様にしたかったのに……》


「……やー、ユウさんには無理じゃねぇかな……」


既に冒険者ギルドの一件は耳ざとい者の間では有名であり、遠からず悠の名はノースハイア中に知れ渡った事であろうから、ヤールセンの意見は穿っていると言えた。


そんな背後の事情には構わずラグエルは熱狂冷めやらぬ中で熱弁を振るっている。


「ユウが申した通り、余は彼に戦いを求めてはおらぬ。たとえ単騎で一軍に匹敵しようとも、まず言葉による対話を求めるのが人としての誠意であるからだ。相手が人道を無視しているからと言って、我らまで畜生の如き真似をする事は人間の尊厳を地に貶める行為である。あくまで彼の力は護身に使われる物であり、相手の暴発を抑える抑止力として用いるべき物だ。であるから、もし聖神教が使者を傷付けんとするならば、その時にこそ存分に力を発揮して貰い、悠々と帰国の途について貰おう。そして我が娘達とヤールセン殿がユウの行動の正当性を証明してくれるであろう。戦になるもならぬも全ては聖神教次第であるが、皆にはたとえどちらに転んでも何の心配も無いと分かって貰えたのでは無いかと思う。さぁ、拳を突き上げ、声を張り上げよ!! 長く久からん平和の時がすくそこまで迫っているのだから!! ノースハイア万歳!! ミーノス万歳!!」


二国を並べて賛美し拳を突き上げるラグエルに民衆は完全に同調し、高らかに拳を突き上げて唱和した。


「「「ノースハイア万歳!!! ミーノス万歳!!!」」」


それらの快哉の中にはラグエル、サリエル、シャルティエル、悠、そして少数ながらヤールセンを讃える声も混じっていた。


「ハハ、流石、王としての年季が違うね。昔っからノースハイアとミーノスが仲良くしてたみたいな気分だよ」


「なに、ミーノスだって引けは取らんさ。それに、今日この場面があるのはヤールセンの手柄もあるのだ。素直に喜んでもいいのではないかな?」


「ああ……何て言うか、感無量だよ……」


体の熱が命ずるままに、ヤールセンも拳を突き上げた。それを目ざとく見つけた民衆が更に大きな声で応えてくれると、ヤールセンの涙腺がふと緩んだ。


「……なっさけねぇの、大の大人が人前でよ……」


だが、それは不思議と悪い気分では無かった。少なくとも、部屋で本を読んでいるだけではこれほどの感動は得られなかったであろう。そして、自分を舞台に引き上げてくれたローランに、そして応えてくれたノースハイアの民衆に、ヤールセンは深々と頭を下げたのだった。

長めの一話になりました。さらりと随行員にシャルティエルが混ざっていますが……。

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