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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-116 抗議1

基本的に街の出入りは日が昇ってからしか受け付けていないが、かと言って誰も通れないかと言うとそうでもない。特別に国の許可を受けた商人や貴族、要人などは身分証を見せれば出入りする事は出来るし、それ以外では高位の冒険者も出入りする事は許されている。


この辺りの事情は冒険者ギルドと国との交渉の結果で上下があるが、ノースハイアではⅦ(セブンス)以上の冒険者であれば24時間いつでも出入り可能である。


また、この事を目安にすれば、その街と冒険者ギルドの力関係を測る基準ともなる。その基準が高ければその場所では国または街の方が権威が強く、低ければ冒険者ギルドの方が強い力を持っていると見てよいだろう。治安的には冒険者ギルドの力が強い場所の方が悪いとされているのはギルドとしては遺憾な事であろうが。


それを踏まえて考えればノースハイアのⅦは相当に高い信頼度があると見るべきだ。これが旧ドワイド領ナグーラなどになるとⅣ(フォース)まで落ちるのだから、如何に中央から離れると治安が悪化するかという指標になり得るだろう。


ともかく、その様な事情を踏まえると悠が律儀に開門の時刻を待つ必要は無く、夜勤で不遇を囲っていた門番達は後日同僚に羨ましがられるのであった。


ただ、街に入ったからと言ってすぐに王宮へ出向く様な時間では無いので、悠はその足を冒険者ギルドへと向けていた。冒険者ギルドも何かあった時の為に24時間営業であり、深夜は一部施設や機能が使えない事を除けば、安い金銭で仮眠室を使う事も出来るのだ。




「ふが? ……ふわぁぁぁぁ…………ようやく夜が明けて来たぁ……」


居眠りから覚めて目を擦るのは夜勤中の不良ギルド職員キャスリンであった。ギルド内とは言え、若い娘が涎を垂らして居眠りするなど無防備極まりないが、幸いにもまだ誰も居ないのでそれを指摘する者は居なかった。


「おはよう」


「あーい、おはよ~」


誰も?


「…………んむ?」


ぼんやりしたキャスリンの脳内で小さいレイシェンが大声で注意を促している気がした。


微睡んだままの瞳でカウンターの向こうに目を向けると、黒い双眸がキャスリンの視線と絡み合う。


悠だ。


「……」


「……」


「……」


「……」


「……幻覚?」


「生憎と幻覚でも幻影でも無いし夢でも無いな」


「……」


「……」


「……」


「いや、そろそろ再起動してくれ。いつまでも涎を垂らしたままいられても困る」


目の前の光景を脳で受け取り拒否しているキャスリンの口の端から垂れる涎を、ハンカチを取り出した悠が拭い取った。見た目に反して優しい手つきで拭き取るその感触にキャスリンは陶然とした表情で子供の様に身を任せ、


「って違う!!! 何で私はぼんやり受け入れてんの!?」


思わず自分で自分に突っ込んだ。


「あわわ、あわわわわ……!」


眠気は醒めたが、脳はまだ上手く作動していないらしいキャスリンがオロオロキョロキョロと左右に首を振っているのは恐らくいつも頼りにしているレイシェンを探す無意識の心の現れなのだろう。一瞬服を脱ぎ掛けたのは意味不明で支離滅裂だが、もしかしたら自分の部屋に居るつもりで着替えなければと思ったのかもしれない。


そういえば、と寝起きの女性を注視するのはデリカシーに欠けると言われた事を思い出した悠はキャスリンからそっと視線を外し、カウンターの奥にある様々な物品を見て時間を潰す事にした。


人事不省となって取り乱すキャスリンと、目の前に居ながらも我関せずと居座る悠は傍目には凄まじくシュールな絵面であった。そして大抵皺寄せはまともな者にやって来る。


《……ユウ、仕事中にボケてる女にまで遠慮しなくていいのよ》


「む? ……レイラの言うデリカシーの基準がいまいち分からんが……」


《あなたはあなたで筋金入りよね……》


常識的なレイラはそっと溜息を吐くのであった。




ようやく再起動したキャスリンに鍛練場の扉を開けて貰い、悠は普段より少し早い朝の鍛練で時間を潰す事にした。たとえ徹夜をしたとしても、予定が詰まっていないのなら悠が鍛練を休む事は無いのだ。


体を動かしながら、悠はレイラと子供達の今後について話し合った。


「レイラ、そろそろ何人かは自分の戦闘スタイルに合った得物に変えるべきだと思うのだが、どう見る?」


《ふうん? 例えば?》


「魔法特化のスタイルは魔力が切れた時に戦えなくなるゆえ、魔力増幅器としてロッドを持つのはあまり好ましくない。だから今の棍で戦うのはいいとして、蒼凪や智樹はもう少し特化した得物を持ってもいいと思うのだ。蒼凪の魔法は視覚を遮ったり意識を誘導したりする観点から、少し遠間から攻撃出来る武器があってもいいな。投げナイフや弓でもいいが、弾数制限の無い流星錘が向いているのではないかと考えている」


流星錘とは鎖または紐の先に重りが付いた物であり、遠心力を利用して破壊力を増す武器である。使用に力をあまり必要としないので女性でも高い攻撃力を得る事が出来るが習得にはそれなりの時間を要する難度の高めな武器だ。重りを鋭利な刃物に換える事で斬撃・刺突の属性を持たせたり、鎖や紐の部分で相手を絡めとったり捕縛したりも出来る汎用性もある。


「智樹は才能ギフトを考慮してもっと重く、長大な武器を持った方がいい。鎧と盾、それに大斧グレートアックス辺りで武装すれば人間相手に容易く抜かれる事は無いだろう。あまり大仰な装備は嫌がるかもしれんが、サイサリスとウェスティリアの攻撃にすら耐えたあの防御力は特筆すべきだ。守りの要になってくれるのではないかな」


かなり威力が減衰されていたとはいえ、『龍哭ドラゴンズシャウト』にすら耐えた智樹が重武装化すればⅦの冒険者であっても簡単には勝てないだろう。しかも、装備するのはカロン特製の龍鉄装備なのだ。ⅦどころかⅧ(エイス)であっても手こずるかもしれない。


《うん、ユウがそう考えているのならいいと思うわ。ソーナは私達に付いて来るつもりなんだし、ここらで今後を見据えた装備に変えるのはいい案ね。でも……フフフ、トモキが鎧と盾で重武装って言うと、なんだかベルトルーゼみたいね》


「実際、参考にしたのはベルトルーゼだからな。聞いた事は無いが、ベルトルーゼも何らかの身体能力向上系の才能を持っている事は疑いない。ならば、自然と選択する先も似て来るのは道理であろう」


男女差別する訳では無いが、鍛えたからと言ってもベルトルーゼの身体能力は同年代の男性を遥かに凌駕しているのは確実である。そもそも全身鎧フルプレートを纏って走り回るなど普通の人間では有り得ない。それが出来る者を悠はベルトルーゼの他にはギルザードしか知らないし、ギルザードは魔物モンスターである。比べる事自体が間違っているのだ。


「ネックは魔法に対する防御力だが、カロンやハリハリならいい案もあるだろう。俺も遠出する機会も増えるだろうし、戦力の強化はしっかりと怠りなくやっておきたいな」


《エルフの所に行く前にドラゴンと一戦交える事になりそうだしね。あんまり待たせるとアリーシアやナターリアが煩いわよ?》


「連絡用の道具はあるのだから後で連絡するさ。流石にこの時間に叩き起こすのは不謹慎だろう?」


《うんうん、多少はデリカシーっていう物を理解してくれたようでなによりよ》


と、そこで悠は背後に人が近付く気配を感じ、拳を止めて振り返った。


「おっと、流石に『戦神』の後ろは取れませんか。目隠しして誰かを当てて貰おうかと思ったのですが」


「そういう茶目っ気があるとは思わなかったな。おはよう、レイシェン」


「これでも私も年頃の娘ですから。おはようございます、ユウさん」


朝の鐘(午前6時)が鳴り響く中、そう言って薄く笑みを浮かべたのはレイシェンであった。


「珍しくこの時間の勤務でキャスリンがしっかり起きていて何事かと思いましたよ。問い詰めたらユウさんが来ていると言うので挨拶に参りました」


「それで何事かと思われる受付嬢もどうかと思うが……」


「同感ですが、あの子はあれでいて危険には敏感ですからね。邪な気で近付けばすぐ目を覚まします。ユウさんの気配が穏やかだったので寝惚けたんでしょう。一応、信頼の証と思って頂いて構いませんよ?」


「野生動物染みているな……」


「ええ、本当に。ふふふ」


それで、とレイシェンは表情と話題を切り替えた。


「不肖、私レイシェンは現在このノースハイア冒険者ギルドのギルド長代理を拝命しております。後日こちらに正式なギルド長が配属される予定らしいのですが、何分ギルド本部も人手不足らしく、人選に苦慮している所なのです。ユウさんの様な方が名乗りを上げて下されば私はこの過分なお役目から解放されるのですけれど?」


「このギルドでの俺の評価は芳しくなかろう。そんな人物よりもレイシェンのような人望と誠実さを兼ね備えた人物がギルド長で居る方が健全な組織というものだ。別にギルド長だからといって強ければいいという訳ではないのだからな」


「……面と向かって言われると照れるじゃないの……」


悠に聞こえない様に呟いたつもりのレイシェンだったが、しっかりと悠には聞き取れていた。しかし、ここで聞き返すとレイラに怒られそうな気配を感じ、悠は慎ましく口を噤んだ。


コホン、と咳払いしてレイシェンが仕切り直す。


「……まぁ、それはいいのです。ただ、それに付随して幾つかユウさんにあの後の顛末をお聞かせしておこうかと思い……」


「マーヴィンやオリビアの事であれば知っているぞ。ギルド長を罷免された上、相当酷い目に遭った様だな。まるで別人だったよ」


「2人の事をご存じなのですか!?」


驚いたレイシェンが一歩前に身を乗り出した。どうやらレイシェンも2人がこの街を出てからの事は知らなかったらしい。


「あまり外聞したくはないのでレイシェンの中だけに収めておいて欲しい。実は……」


悠はマーヴィンやオリビアがどの様な経緯を辿って今に至るのかをレイシェンに語って聞かせた。レイシェンも黙ってその話に耳を傾け、全てを聞き終えると大きく息を吐いた。


「……そうでしたか……。しかしユウさん、よく彼らの話を信じましたね? もしかしたら手の込んだ復讐の計画を立てていたのかもしれないのに」


「相手が嘘を吐いているかどうかくらい分からなければ戦場で駆け引きなど出来んよ。キャスリンでは無いが、邪な企みを持って俺に会いに来たというのならその場で引導を渡してやったさ」


「安心しました。私達を避ける様にこの街から居なくなってしまったので心配だったんです」


レイシェンが心配していたというのは何も2人の体の事だけでは無く、良からぬ事を企てたりはしていないかという事も含まれていた。一応、ギルドを預かる身としては情を排して物事を見なければならない時もあるのだ。


「という事はやはり別口……ユウさん、彼らを襲った犯人については?」


「いや、恨みを持つ者達に放火され奇襲されたとしか聞いていない。第一、既に全員捕まっているのではないか? マーヴィンが不覚を取ったオリビアの代わりに捕縛したと聞いていたが?」


「殆ど全員、というのが真相です。そして、恐らくですが……ある集団の関与があったと私達は見ているのです。唯一の例外を除いてこれまで100%依頼を達成して来た恐るべき暗殺者集団の関与が……」


それは悠とも無関係な組織では無かった。完璧に依頼をこなして来た暗殺者集団に唯一土をつけた者こそ、他ならぬ悠だったのだから。


だから、悠は自分の考えをそのまま口に出した。


「……『影刃衆』か?」


レイシェンの首が小さく縦に振られた。

ちょっと構成に手間取り一日二話とは行きませんでした。


キャスリンは相変わらず眠りこけ、レイシェンは紆余曲折の果てに出世してます。でも2人の関係は変わりません。

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