7-115 求めるべき強さ5
アルトの処置が終わった悠はノースハイアに歩を進めていた。飛んでいけばすぐに辿り着けるのだが、アライアットで何が起こるか分からない以上、竜気は可能な限り節約し回復に努めるべきだからだ。
既に時刻は夜の零時を回っており、周囲に旅人や商人の姿は見当たらなかった。
《アルトは大丈夫かしらねぇ……》
「下手な大人より性根の据わったアルトの事だ、強くありたいという想いがあればそうそう音は上げまい。親和性も悪くないのではないか?」
《そうねぇ……感触は悪くないとは思うけど、どうしても運に左右される所はあるから……。一番心配なのは『勇気』が変な風に作用しないかって事よね》
悠だけでなくレイラも随分とアルトを気に掛けているのは、やはり自分の一部を使っている事にも由来しているのかもしれなかった。
「一度その手の情報に詳しい人間に話を聞いてみたいな。冒険者の元締めであるオルネッタであれば誰か紹介してくれるかもしれん」
話しながら、悠は投げナイフを持つ手を閃かせた。暗闇を銀光が貫き、悲鳴と共に何かが地面に墜落する。
悠がその場に辿り着くと、地面で痙攣する大きな黒い鳥が蠢いていた。
翼長で1メートルはありそうなその鳥はれっきとした魔物であり、サイレントクロウと呼ばれている。名前の所以は闇夜を音も無く飛び回り、その鋭い嘴を急所に突き立てる静音性能からであり、皮鎧程度であれば貫通してしまう厄介な魔物なのである。
だがその嘴は武器の素材として高い人気を誇り、艶やかで柔らかな消音効果のある羽毛も装飾品の材料として重宝されていた。
手早く嘴を切り落として血を水で洗い、、特に使い易い部位の羽を毟って鞄にしまうと悠は地面を二度蹴って穴を作り、死骸を穴に埋めた。すっかり魔物の処理も手慣れた物で、サイレントクロウを倒してからまだ3分と経過していない。
こうした街道にまで現れる魔物の処理も冒険者の重要な仕事であり収入源である。
「ぼちぼちと魔物も姿を現すようになったな。そろそろ春も近いか」
《ヤールセンやサリエルは『虚数拠点』に仕舞って移動した方が良さそうね》
《しかし、アライアットとの交渉の場では出て来ない訳には行くまい? 貴様は人間如きどれだけ居ようとも歯牙にもかけんだろうが、非戦闘員を連れての戦闘は些か面倒だぞ?》
スフィーロの懸念通り、自分の身も碌に守れないヤールセンとサリエルは戦闘上の大きな弱点であった。いくら悠が守ると言っても相手の切る札次第では手を焼く可能性は有り得る事だ。
「ハリハリが居れば心強いが、あいつにはアルトを看て貰わなくてはならん。だから、今回は多少危険を伴うがヒストリアと樹里亜を連れて行く。あの2人の防衛能力なら時間を稼ぐ事は容易だ」
《ジュリアを? 戦闘が起こる可能性のある場所に子供を連れて行くのはあまり賛成出来ないわよ?》
レイラの詰問に悠も深く頷いた。
「それは勿論だが、樹里亜は俺が居ない間の戦闘・頭脳担当でもある。国同士の交渉というものを見せておくのは悪い結果にはならんはずだ。それに、未成年を理由にするならサリエルも連れていけん道理になるぞ?」
《それは、そうなんだけど……》
「アルトの事があってナーバスになる気持ちは分かるがな。何か想定外の事があれば直ちに脱出するさ。普通の人間であるヤールセンやサリエルの安全が第一だからな」
悠に説得され、レイラも納得したようであった。
《……過保護なだけじゃ駄目、ね。分かったわ、ジュリアも連れて行きましょう。……でも、そうなると一つ問題があると思うんだけど?》
「問題?」
《ソーナよソーナ。ヒストリアはともかく、危険を伴う任務にジュリアだけ連れて行くんじゃソーナがやっかむわよ?》
「む……」
レイラの指摘は悠の想定していない方向からの指摘であった。こういう情緒面では悠よりもレイラの方が気を回せるのである。
「……しかし、別に戦いに行く訳では無いのだから今回は適応外だと思うのだが? アライアットの潜入の時にも他の者は連れて行ったのだし、同じケースだと俺は考えているが?」
《ならそれをちゃんとソーナにも言ってあげるべきね。言葉にしなくても伝わる事はあるでしょうけど、だからと言って言葉にする労力を惜しむのは気遣いに欠ける事よ、ユウ》
レイラの言葉は全く正論で、悠に反論の余地は無かった。悠が想定する危険な任務とは、例えば『殺戮獣』クラスとの戦闘が想定される任務であるが、それが他の者達の共通認識である訳では無いのだ。
「そうか……では、望むのなら蒼凪もメンバーに加えよう。戦闘が主では無いのなら連れて行けぬ道理も無いな」
《ソーナの魔法もどちらかと言えば防御的な魔法だから相性は悪くないわよ。ユウと約束してからあの子が前にも増して頑張っているのはユウも知っているでしょ?》
「ああ、知っている。そろそろ人前に出てみてもいい頃合いか」
《キョウスケやカンナは流石に能力が攻撃に偏り過ぎてて連れては行けないけどね。それ以上に、性格的にも》
レイラも甘いようで線引きはしっかりしているのだった。樹里亜や蒼凪が行くとなれば神奈も当然付いて来たがるだろうが、猪突猛進で熱くなりやすい神奈を交渉の場に連れて行くのは水に油というよりは火に油を注ぐようなものであろう。つまり大惨事である。
《我の事も忘れて貰っては困るぞ。そろそろ一度実戦を経験しておきたい》
《下手にあなたまで使うとその場で全面戦争が始まっちゃうわよ。出来ればドラゴンズクレイドルで温存しておきたいんだけど? 戦闘が主じゃないって言ったでしょ?》
《件の『天使』とやらがドラゴン以上の脅威で無いとは言い切れまい? なに、いざとなったらという事で構わんから一考してくれ》
「相手次第でな。俺達の標的はあくまで聖神教であって、フォロスゼータを更地にする事では無いのだから」
《それで構わんさ。ククク、腕が鳴るな!》
悠の言質を得てスフィーロが愉快そうに笑い声を上げた。サイサリスが加入して戦う覚悟を固めたスフィーロはあれ以来ずっとレイラの指導の下に鍛練を続けており、ようやくそれが形になって来ていたのだ。スフィーロにも戦闘衝動というべき感情があり、久しく開放していなかったそれを試してみたくてたまらないのであった。
その後も野営中に襲われていた冒険者を助けたりしながら、悠は夜が明ける前にノースハイアの街に辿り着いたのだった。
少し短いので今日中にもう一話くらい更新したいです。




