7-113 求めるべき強さ3
微グロ注意。
ローランが悠の前に移動し、その肩に手を置いた。
「……ユウ、頭を上げてくれ。そもそも君に頼んだのは私なんだ。君に罪があるというのなら、父親である私にはもっと大きな罪があるのだから」
「その通りです。むしろそれは私達が背負わなければならない責任で、ユウさんが悪いのではありません」
「ローラン、ミレニア……」
2人の目は葛藤を乗り越え、悟りを開いたかのように穏やかであった。
「私達は、アルトが鍛練をしたいと言った時に止めなかった。アルトの覚悟を前にしてもどこか子供の一時の熱病の様なものだと思っていたのかもしれない。だからこんなにも動揺してしまっていたんだ。口先だけだったのは、むしろ私達だったんだ。……ユウ、君には何の責任も無いよ。よくぞアルトをここまでの男に育ててくれた。親として礼を言わせてくれ。……ありがとう」
「私もユウさんを見て頭が冷えました……。どうしてそこまで強くならなくてはならないのかだなんて、そんな事はアルトが決める事で私達が口を出す余地などどこにもありませんのに。そもそも、今回の件だってユウさんがアルトを厳しく鍛えて下さらなかったらそれだけでアルトは死んでいたでしょう。ありがとうございます、ユウさん」
今度はフェルゼニアス夫妻が共に深々と頭を下げる番であった。アルトがこうしてトラブルに巻き込まれたのは不運であったが、たとえ悠が鍛えていなくても、『黒狼』の時の様に危機が訪れる可能性はいつだって存在したのだから。それを辛うじて撥ね退ける事が出来たのは間違い無く悠の鍛練の結果であると、聡明な2人は思い至ったのであった。
頭を上げたローランは悠にはっきりと宣言した。
「ユウ、私達はアルトの決定を尊重する。その結果、たとえアルトがどうなろうとも、私達がアルトの面倒を見るさ。体が弱ってしまうのなら、今度は私が一緒に鍛えたっていい。歩けないのなら、私達が支えてあげればいいだけなんだ。だって、私達はアルトの親なんだから……」
「ええ、それが親の責任というものです。それはたとえ相手がユウさんであってもお譲り出来ませんわ」
もはや2人に迷いは無かった。
「……そうか……。分かった、ならば後は任せて貰おう」
悠達が頷き合ったその時、か細い声が部屋に流れた。
「ありがとう、父様、母様……」
我が子の声を聞き違える親などおらず、すぐに2人はアルトのベッドへ駆けつけた。
「アルト、起きたのか!?」
「大丈夫? 私の事が分かる!?」
「実は、少し前から。母様、大丈夫です、ちゃんと……分かりますよ」
弱々しくも微笑むアルトが唯一動かせる左手を震わせながらも持ち上げた。
「ごめんなさい……僕は、親不孝者、です。……父様と、母様に、こんなに心配を、掛けてまで……僕は、強くなりたい。僕の選択は……許さなくて、いいです……。だけど……2人を、家族を、守る事だけは……許して、下さいます、か?」
震えるアルトの手をローランとミレニアがそれぞれ包み込んだ。返す言葉は無い。言葉など返せない。2人共、この期に及んで家族を守りたいと懇願するアルトの前で泣き崩れていた。
「アルト、あまり2人を困らせてやるな。家族が家族を守るのに、何の許可が要るものか」
「ユウ、先生……」
だから代わりに悠が話した。
「アルト、話を聞いていたのなら理解しているな? もう聞くまでも無いだろうが、お前の口から答えを聞かせてくれ」
その言葉に、アルトは深呼吸し、答えた。
「……僕に、竜の力を貸して、下さい……。どんなに辛くても、苦しくても、恐ろしくても、耐えてみせます……。そして、いつか……僕、も…………ユウ、先生……みたい、に……………………」
最後まで言い切る前に、アルトは気を失い言葉が途切れた。よほどの苦痛を堪えて話していたのだろう、アルトの全身は汗でびっしょりと濡れているようであった。
悠はタオルを手に取ると、汗に濡れるアルトの額を拭きながら呟いた。
「俺の様になどならんでいいと言っているだろうが。……お前なら、俺などよりもっとずっといい大人になるさ……」
そんな悠は無表情であっても、どこかアルトを慈しんでいるように見えたのだった。
ローランとミレニアをそれぞれ送り届けた後、悠は早速準備に掛かった。今度は智樹と恵にシュルツとハリハリも加えての状況説明であった。
「我々にも声を掛けるとは、何かの手伝いでしょうか?」
「ああ、シュルツとハリハリには俺が見れない間のアルトの監視を頼みたいのだ」
「監視とは穏やかならざる表現ですが?」
眉を顰めるハリハリに悠は説明を始めた。
「アルトの治療に関してはソフィアローゼほど時間は掛からんが、問題はむしろ手術後にある。もしアルトが苦痛に耐えられないか、竜の力が定着しないならば……シュルツ、お前がアルトの右手を斬り落としてくれ。ハリハリにはその止血を頼みたい」
「悠さん!?」
「そんな!!」
「…………拙者に、アルトを斬れと仰いますか?」
「そうだ。腕なら治せるが、精神が崩壊しては治せる保証は無い。だから一番腕の立つシュルツに任せたいのだ。当然、俺が居る時であれば俺がやるがな」
悠に絶対的な忠誠心を持っているシュルツであってもアルトを傷付ける事には即座に返答出来なかった。だが、険しい顔をしながらもハリハリが理解を示した。
「……アルト殿の為であれば致し方ありませんね……。分かりました、その時はお任せ下さい。全力で治療に当たります。シュルツ殿も覚悟を決めて下さい」
「……承知致しました」
アルトの為と言われれば、気が乗らなくても頷くしかないシュルツであった。こうして見てみれば、シュルツも随分と人間臭くなったものである。
「長くても5日ほどであろう。それを乗り越えれば落ち着くはずだ」
そう締め括り、悠は部屋から自分以外を出して手術の用意に入ったのだった。
「右手を最後に回すとして、まずはそれ以外の治療からだな」
《外傷なら『再生』と投薬でどうにかなりそうね。ソフィアみたいに内臓が駄目になっている訳じゃ無いから》
実際に、投薬によってアルトの傷は徐々に塞がりつつあった。頬や足の傷は既に薄れ始めている。
「腱再生以外は薬の効果に任せよう。では始めるぞ」
悠はレイラのナビゲートに従い、アルトの切れた腱を繋いでいった。最後の『勇気』の威力は凄まじく、右手の複雑骨折は間違い無くこの反作用であろう。
《痛みを力に変えるなんて、いかにもアルトらしい才能よね》
「『高位治癒薬』でも癒えないほどの傷を生むのも頷ける。アルトにはもう少し『才能』を上手く活用する術を身に付けさせねばならんな。……では、右手に取り掛かるぞ」
悠はカロンに打って貰ったメスを手に取り、その刃を確かめた。薄く鋭いそれは触れるだけで空気すら断ち切ってしまいそうな輝きを放っている。
「流石はカロン。『鋼神』とはよく言ったものだ」
そのまま悠はアルトの右手にメスを走らせる。すると、まるでジッパーを引いたかの如くアルトの腕の内部が露出し、血が飛び散った。
手早く鉗子(鋏に似た手術道具で血管を挟んで一時的に止血したり、傷口を開いて固定したりする道具)で切断した血管及び傷口を固定した。
《イメージだけで作って貰ったけど、本当にカロンはいい腕をしてるわね》
「こっちはカリスに作って貰った物だ。こういう新機軸の道具はカリスの方が得意らしい」
挟んでも切れない鋏などという道具はカロンにはかなり意味不明だったようだが、カリスにはピンと来たらしい。その出来栄えにはカロンもしきりに感心を露わにしていたものだ。
アルトの右手の骨はレイラが診察した通りバラバラに破損し、血の海さながらの状態になっていた。あまり想像しにくいが、骨の内部には多量の血液が作られており、内部は決して白い訳ではないのだ。それが砕かれれば血の海になるのも道理である。
悠は手早くアルトの腕の中の骨片を回収し銀盆の上に乗せていった。あまり腕に長い間血を通さないと壊死を起こしてしまうのでその作業速度は素早い。
すっかりと骨の取り除かれたアルトの腕の中の血を吸い取り、悠はレイラの『分体』を埋め込んでそのまま『再生』を施した。
赤い靄がアルトの腕の内部に蟠り、まるで血煙のように蠢く。それは普段の『再生』とは違い、数分間続いた。アルトの骨とレイラの『分体』を混ぜ合わせるのにそれだけの時間を要したのだ。
赤い靄が消えた時、アルトの腕の骨は完全な状態を取り戻していたが、その骨に絡まる様に赤い文様が刻み込まれていた。
《……ふぅ、お終い。私と『分体』の連結も断ち切られたわ。後はアルト次第ね》
「全てはアルトが目覚めた後だな。意識が無い今は大丈夫だが、一度目覚めれば苦痛が始まるだろう。そして一度始まってしまえば後戻りは出来ん」
鉗子を抜きながら傷口を塞ぐ為にもう一度『再生』を施し、悠は全ての処置を終えたのだった。




