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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-111 求めるべき強さ1

悠は数分と掛からずに屋敷に辿り着くと、意識の無いアルトに驚く子供達に次々と指示を飛ばした。


「智樹、恵、アルトが重傷だ。今すぐ手術に掛かるので用意を頼む。ソフィアローゼの時と同じでいい。それとカロンに手術道具が出来ているかの確認も」


「「はい!!」」


「シャロンに手術が終わるまで部屋から出ない様に伝えてくれ。他の者は自由にしていていい。悪いが質問は無しだ、急げ!」


悠が急いでいる時は本当に急いでいる時だと理解している子供達の動きは早かった。すぐに玄関の扉を開け、手分けして準備を進めていく中、悠も以前手術室として用いた部屋にアルトを運び込んだ。


《……ユウ、誰も居ない内に言っておくけど、相当不味いわよ。下等とはいえ腐ってもドラゴンの攻撃で致命傷を受けてしまったアルトは肉の体だけじゃない、精神体メンタル星幽体アストラルにまで深く傷を負っているわ。多分……後遺症が出ると思う》


「アルトにリュウの加護は無かったからな……」


ドラゴンの攻撃は単なる物理的攻撃とは少々異なっている。この世界では解明されてはいないだろうが、ドラゴンは物質体マテリアル、精神体、星幽体の三位一体を制御する高位存在であり、その攻撃には単なる物理現象としての破壊力に加え、精神や魂を傷付ける効果が備わっているのだ。悠達『竜騎士』や『竜器使い』は自分の竜の加護によってそれらの攻撃を相殺・軽減しているのである。


だが、アルトは優秀と言えど普通の人間だ。相手が下級のドラゴンだった為に即死は免れたが、その爪痕は深くアルトの存在自体を傷付けていた。


《それを差し引いても肉体のダメージだけでも深刻よ。失血はほぼ致死量、各部裂傷と右手の複雑骨折、腰部を中心とした組織破壊――これは応急処置をしたからまだいいとしても、耐久力を遥かに超える体の酷使で所々の靭帯や腱が断裂してるし、亀裂骨折は数知れず。鍛えていても子供の体じゃ『勇気ヴァロー』の過剰な出力に耐えられないのよ。だからって、使うなと言って聞く子じゃないし……。アルトは誰かを助ける為ならまた絶対に無茶をするわ。元来そういう気質を持った子だったけれど、決定的にそうさせてしまったのは……》


「分かっている。……いや、分かっていたつもりだった。だからこそ再三俺のようにはなるなと言い聞かせて来たつもりだったが……」


《再三言い聞かせて来たという事は何度言っても貴様に対する憧憬を捨てられなかったという事だろう。それを今まで放置したのは我らであり、怠慢の誹りは免れん》


「その通りだ。ならば道は2つに一つ」


そう、2つに一つだ。中途半端ではいつかまた、今と同じ状況を引き起こすだろう。悠は注射器を取り出し、アルトの腕に薬液を注入しながら言葉を続けた。


「一つはアルトをこれまで以上に鍛え上げる事だ。体も、そして心も、有り方すらも。アルトという存在そのものを強化するしか現状を脱却する方法は無い。でなければ……」


悠は一瞬言葉を切ってから、はっきりと口にした。


「きっぱりと諦めさせる事だ。剣も体術も魔法も、およそ戦闘と呼べる行為からアルトを完全に切り離す事だ。……別に、切った張ったばかりが人間の人生では無かろう。アルトほど勤勉であれば国の能吏として多くの人間に愛されるだろう。次期公爵としてはその方が幸せに生きられるやも――」


不自然に悠が言葉を途中で止めた。まだこの部屋には悠と意識の無いアルトしか居ないが、悠の言葉を止めたのはその意識の無いアルトであった。


アルトの殆ど力の入っていない左手が悠の手を掴んでいた。意識の無いまま、悠の言葉に否を唱えていた。




「……嫌、だ…………僕は……剣を、捨てない……捨てたく、な…………」




アルトの瞳から涙が一筋流れて枕を濡らし、悠の指が残滓を拭い取った。


「…………業が深いな、俺は……」


もし悠に治癒能力が無ければアルトは強制的にでも剣の道を諦めざるを得なかっただろう。だが現実として悠にはアルトを回復させる手立てがあるのだ。


最善を尽くさない訳にはいかなかった。


「……レイラ、アルトの容態が安定したらミーノスとフェルゼンへ行く。アルトは未成年だ、両親の許可なく俺が勝手をする訳にはいかん」


《……分かったわ、今はアルトの回復に努めましょう。やるのならば私達も覚悟を決めないとね……》


悠とレイラは対龍戦闘のスペシャリストであり、その膨大な経験の中にアルトを強化する腹案があった。


だが、悠やレイラすら躊躇する案が楽な方法であるはずがない。過酷で残酷で凄惨で成算も確かではない、下手をすればアルトの人生を大きく捻じ曲げてしまうかもしれないほどの大事である。とても友人であるローランに一言も無く行う事は出来ない事だ。


「明日からはノースハイアに行かねばならない。出来れば朝までに結論が出るといいが……」


レイラに経過観察を任せ、悠は椅子に腰掛けるとそのままミレニアへと『心通話テレパシー』を繋いだのだった。




「まさか、こんな事になろうとは……」


「ユウさん!! アルトは、アルトは大丈夫なのですか!?」


「既に状態は安定していて命に別状は無い。無いが、今後同じ事が起こらないとは保証出来ない。アルトは誰かの為であればまた同じ事を繰り返すだろう。そうなれば、今度こそ命を落とすかもしれん」


夕刻、知らせを受けたミレニアは自ら馬車で、ローランは迎えに来た悠と共に悠の屋敷を訪れていた。真っ青な顔で横たわるアルトを見たミレニアは思わずへたり込みそうになったが、その体をローランが支えていた。


だが、ローランにしても、ミレニアが居なければみっともなく取り乱さないと言える自信は全く無かった。夫として、父としての矜持がローランの膝を折らなかっただけだ。しかしそれも限界に近かった。


ミレニアの質問に対し、悠は偽りや希望的観測を交える事無く淡々と事実を語った。大事なのは、今アルトが大怪我を負った事では無く、今後もアルトの性格と立場からこのような事態が起こり得る可能性が非常に高いという事であった。


「アルトは同世代の中では飛び抜けた存在であろう。恐らく、この家の子らを抜かせば世界中を見渡してもアルトに勝る強さを持った人間の子供はおらん。だが、それはあくまで人間の子供としての話だ。ドラゴンの様な脅威に耐え得るものでは無い。今回、命があった事だけでも奇跡に近い事だ」


悠の言葉にローランの首が力無く折れた。


「……ユウ、ミレニア、私は一体どんな顔をするべきなんだろう……? 貴族として、私はアルトがやった事は尊いと思う。そして親としては友人を救った事を誇らしく思う。だが、だが、家族としては怒鳴り散らしたいほどに悲しいんだ!! ……私は酷い父親だ。アルトが善良である事がこんなにも苦しいとは。もっと利己的であってくれればと、半ば本気で考えてしまっている!! 相反する自分の立場に心が引き裂かれてしまいそうだ……!」


「あなた……」


その言葉通りに、ローランは張り裂けそうな胸を強く手で押さえていた。どれだけ公の場で恐ろしい目に遭っても涼しい顔でやり過ごすほどの度胸を持っているはずのミーノスの宰相が、まるで庶民の小男の様に震えている。鍛えに鍛えた頭脳は空転し、なんら明確な答えを返してくれなかった。


「俺が話したいのは起こってしまった過去の事では無い。これから訪れる未来の事だ。その為に治療を完了する前に2人に来て貰ったのだ」


2人の動揺に引きずられる事の無い悠の感情を抑えた言葉に、ローランとミレニアは少しだけ冷静さを取り戻して尋ねた。


「未来?」


「それは一体どういう事でしょうか?」


「道は2つ。アルトを更に強くするか、剣を捨てさせるかだ。本人の意志は……わざわざ言うまでも無かろう」


「……そう、だね……」


こんな風になってまで戦い抜いたアルトである。今更剣を捨てるなどとは言わないだろうという事くらいはローランとミレニアにも分かる事であった。しかし、親のエゴを承知で言わせて貰えば、後者の提案に魅力を感じなかったとは断じて言えなかった。


剣を捨てる。そしてローランの側付きとして貴族の世界に戻る。そこは言葉で干戈を交える事はあっても直接的な暴力とは縁が薄い世界である。


「だが俺はアルトの意志を知ってしまっている以上、2人に提案しなければならない。即ち、アルトの強化を許可してくれるかどうかをな」


弱っていても一国の宰相であるローランは悠の言葉を聞き違える事は無かった。悠は「鍛練」と言わず「強化」と言ったのだ。それはどこか恐ろしい響きを伴っているようにローランには感じられたのだった。


思わずゴクリと唾を飲み込み、ローランは声が震えない様に細心の注意を払って口を開いた。


「何を……するつもりなんだい?」


悠は、言った。




「アルトに、竜を「混ぜる」」




痛いほどの沈黙が部屋を支配した。

悠の発言の真相は次回に。

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