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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-110 野外実習10

アラマンダーの牙に捕えられたのはアルトの最後の策であった。ここまで深手を負って発動している『勇気ヴァロー』でも出力が足りないのであればもっと深手を負うしかないが、自分でこれ以上の深手を作ってはもう動く事も出来ない。ならば死ぬ覚悟でアラマンダーの牙を利用するしかなかったのだ。


問題は幾つもあった。というより、問題だらけであった。もしアラマンダーが一撃でアルトを殺すつもりなら噛まれた瞬間にアルトの上半身と下半身は分断されていただろうし、その巨体を生かして体当たりしてくれば全身打撲で即死である。また、自分がその傷に耐えられる保証も無かった。そして、最大の問題として命がけの『勇気』が通じない可能性すらあったのだ。


この作戦にアルトが生還出来るかどうかは含まれていない。命を度外視していて尚且つ非常に分の悪い賭けであった。恐らく、10回に一回成功すれば良い方であろう。


だが、アルトは賭けに勝った。全ての確率を超えてアラマンダー打倒を成し遂げる事が出来たのは、アルトが最後まで諦めなかったからだ。


しかし、その成果は己自身と引き換えであった。


ピクリともしないアルトとアラマンダーだけの戦場跡に、不意に空から群青色の塊が降り立つ。




「……信じられんな。まさか下等とは言えドラゴンが人族の子供などに不覚を取るとは……」




6メートルはあろうかという、鱗に覆われた巨体、背中にある雄々しい翼、そして何物であろうとも穿つであろう爪牙。降り立った者もまたアラマンダーと同じドラゴンであった。


「これではこのグリネッラも叱責は免れんか。仕方が無い、こやつらの首を持って一度ドラゴンズクレイドルに詫びを――」


グリネッラがそう呟いてアルトに爪を振り被った瞬間であった。




「――動くな。その子は貴様が戯れに触れて良いほど安い存在では無い」




今の今まで存在しなかったはずの巨大な殺意が背後に湧き上がり、グリネッラの手を止めた。これまで一度たりとも味わった事の無いほどの壮絶な死の予感にグリネッラは振り返る事も出来ずにその場に金縛りにされていた。


「な、何者だ……!」


「ウェスティリアから聞いていよう、『竜騎士』の名を。……今の俺は全くもって寛容とは程遠い気分でな。これ以上問答する気はない。邪魔をすれば後悔する間も与えず、殺す」


脳から爪先まで響く殺意にグリネッラは初対面でありながら、その言葉が真実であると悟った。その様な一山幾らという死に様などが誇り高きドラゴンの死に方で良いはずが無い。……結局の所、恐怖によってグリネッラは従わざるを得なかったのだ。


まるで自分の存在など無いかのように、無造作にその『竜騎士』は自分の真横に歩み寄り、地面に膝を付いた。目の醒める様な赤い鎧に身を包んだ『竜騎士』神崎 悠の姿をグリネッラはその瞳に焼き付ける。


「『再生リジェネレーション』」


動かずに横目で様子を窺っていたグリネッラが思わず瞠目させられた。下半身が千切れ掛け、腹から腸をこぼしていた人族の子供が赤い靄に包まれたかと思うと、瞬く間に元の状態を取り戻したのだ。それはドラゴンをも遥かに凌ぐ超回復能力であった。


《早くアルトを連れ帰らなければいけないわ。とにかく血が足りないの。屋敷に戻って補液と増血をしないと。治療ももっと精密にやり直さないと駄目だし、体中ガタガタよ!》


「手持ちの薬は道中で使ってしまったからな……。ここでアルトが奮闘してくれなければ、俺が居ても何人か死んだかもしれん。すぐに帰るぞ」


《グリネッラはそこに転がっている馬鹿よりは多少頭が回るドラゴンだ。脅せば従うだろう》


その声にグリネッラは思わず声を上げた。


「そ、その声はスフィーロ!? 貴様、死んだのでは無かったのか!?」


《生憎と生き恥を晒しているぞ、グリネッラ。ドラゴンズクレイドルに伝えるがいい。スフィーロはもはやドラゴンが一族にあらず、とな》


――スフィーロの声に反応した訳では無いだろうが、不意に悠に向けて血濡れたあぎとが放たれた。


「シャアアアア!!!!!」


それはアルトの隣で絶息していたと思われたアラマンダーであった。脳を貫かれ、それでもまだ死の淵のギリギリの所でアラマンダーは生きていたのだ。最後の力を振り絞っての一撃はグリネッラの意表すら突いていたが、肝心の悠の意表を突きはしなかった。




バチュッ!!!




明らかにアラマンダーよりもずっと後に放たれたはずの悠の裏拳の影すらグリネッラには視覚も知覚も叶わなかった。結果として理解出来たのは、爆散したアラマンダーの頭部と地面に転がったアルトの剣、振り抜かれた悠の拳だけだ。


「動くなとは貴様だけに言った言葉では無いぞ。今の俺は寛容には程遠いと言ったであろうが、馬鹿め」


ベチャベチャと降り注ぐ血と肉片と脳漿にグリネッラは心底震え上がった。たとえ死に掛けていようともドラゴンがただの人間に小突かれたくらいでこれ程までに粉々に砕かれるはずがないのだ。それに、この場を支配する恐ろしいほどの竜気プラーナの質といい、これは絶対に人間などという卑小な存在では有り得ない。


悠はアルトの剣を拾い上げ、それを腰の鞘に納めると、意識の無いアルトを抱き起こした。刹那、その瞳の奥に何かしらの感情が動いた事を隠す様に目を閉じる。しかし、それは瞬き一つの間で元の無感情に塗り潰されていた。


「……アルトは善良過ぎた。子供としてでは無く、人として。これは、俺の罪だ」


グリネッラにはその言葉が何を意味しているのか分からなかったし、理解出来る者達はその言葉に返事を返さなかった。


悠はそのままアルトを丁寧に抱き上げると踵を返し、グリネッラに向かって背中越しに声を掛けた。


「スフィーロの事に加えて伝えろ。次に人族の領域で貴様らの同胞を見つければ交渉の余地無く即座に殺す。俺に二言が無い事はそこの死骸を見れば伝わるだろう、目障りだから持って帰れよ。それと次は近い内に俺がそこに出向くから、龍王などとうそぶく屑に首を洗って待っていろと言っておけ」


偵察や交渉どころの話では無い。それは解釈や誤解など一切入り込む余地の無い宣戦布告であった。


「おい、動かなくても返事くらいは出来るだろうが。ドラゴンの聴力で聞こえんなどと世迷い言を言うつもりでは無かろうな?」


殺意が自分に収束しつつある事に慌てたグリネッラは反射的に頷くしかなかった。


「わ、分かった、伝える! 必ず伝える!!」


「遅くとも一月経つまでには約定を果たすぞ。あまり、人間を舐めるなよ。……行け」


急速に薄れた殺気に体の自由を取り戻したグリネッラはすぐに飛び上がり、足でアラマンダーの死骸を掴むとほうほうの体で逃げ出した。反抗心など一片すら存在しない、心をへし折られての敗走であった。


森の木々に翼を引っ掛けながらも必死に舞い上がるグリネッラを確認していた悠の下に遅れてシュルツとハリハリが駆け付けた。


「師よ、遅れて申し訳ありません!」


「アルト殿は無事ですか!?」


2人共常にない様子で取り乱しているのは、それだけこの2人にとってもアルトはかけがえのない存在であるという証しであろう。


「正直、あまり悠長に話している余裕はない。俺は今すぐ屋敷に戻って治療に専念するゆえ、この場は任せるぞ」


「……了解しました。アルト殿を頼みます」


「アルト……気を強く持てよ……」


アルトは心配する師らに見送られ、悠は翼をはためかせると持てる限りの速度を振り絞って屋敷へと急いだのだった。


「……はぁ……油断などしていないつもりでしたが、つくづく不測の事態とは起こるものですね……」


「仕方無いとは言いたくはないが、やるせないな……。神ならぬ人の身で出来る限り備えていたつもりではあったが、あくまでつもりでしか無かったか……」


普段は愚痴など吐かないハリハリやシュルツにとっても今回の出来事は痛恨事であった。全てに目を届かせようとして、よりによって愛弟子であるアルトを死の淵に追い込んでしまったのだ。ハリハリにとってもシュルツにとっても、それは到底許せる事では無かった。


「偶然こうなったのでしょうが、どうにも腹の虫が収まりません。ワタクシ達も鍛え直さねばなりませんね」


「全くだ。ドラゴン共め……次に会った時は有無を言わさずそっ首叩き落してくれる」


ハリハリが指輪を撫で、シュルツが拳を握り締めた。弟子の次は師たる自分達が出なければならないと、2人共に自然と覚悟を決めていたのだ。


「学校関係者には面識のあるワタクシが説明しておきますので、シュルツ殿は今からミーノスへ走って貰えませんか? ……ローラン殿に、伝えない訳には行かないでしょう。多忙な中、心労を重ねてしまって申し訳ないですが……」


「叱責は甘んじて受けよう。そうされるだけの権利はあるはずだ。あの方は、アルトの父親なのだからな……」


どこか哀切な口調で語ったシュルツはそのまま木々の間へと駆けて行った。父親という単語で自分の父を思い出したのかもしれない。


「……さて、ワタクシもあの子達の前で上手く笑わないといけませんね。これはこれで子供達を騙しているようで気が引けますが……仕方ありません」


どれだけ気が乗らなくても、ハリハリもまた己の義務から逃れる事は出来なかった。弟子であるアルトが己のやるべき事を果たしたのに、師である自分が逃げる訳にはいかないのだ。


「ユウ殿、くれぐれもアルト殿をお願いしますよ……」


木漏れ日の下から、もう一度ハリハリはアルトの回復を静かに祈った。

悠、ハリハリ、シュルツにとって苦い経験になりました。


その分、報復は過激になりそうです。

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