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1-54 出発前日2

「そうだ、悠、こいつを持って行け」


雪人が道すがら悠に手渡したのは、簡易的な身分証明だ。


「今の貴様はいい年をして職無しの一般人だ。これで大体の施設は使える。それが無いと皇居などには入れて貰えんぞ」


「ふむ、貰っておいてやろう。問題があったら貴様に丸投げしてやる」


「フハハハハハ、残念だったな! それは防人竜将の名義で申請しておいた! 防人教官に迷惑を掛ける気かな?」


「貴様ら、俺を巻き込むんじゃあ無い」


特に問題が起こらないと確信しているからこその雪人の悪ふざけだが、悠の言動を読んでこのような手を打つ辺りが無駄にスペックが高い。


「国が誇る高級軍人が皇居の近くでアホな事をせんで下さい。もう着きますよ」


真が門番にこのような遣り取りを聞かれるのはまずいと注意を促した。


「では参ろう。時刻も丁度いい所だ」


そうして四人は受付を済ませて皇居内へと入って行った。







「では皆様、杯は行き渡りましたわね。では、悠様の旅の無事を祈って・・・乾杯!」


「「「乾杯!」」」


ゲストを持て成すための来賓室に乾杯の声が唱和した。それぞれが思い思いに酒を呷り、一息付いたのを見計らって、志津香が料理を勧め出す。


「今日は存分に飲食されて下さい。おかわりも用意しておりますので」


「それはありがたい。何しろ悠は良く食べますからな」


「それは貴様もだろう、雪人」


「俺はいい酒があればその限りでは無いのさ」


「ほどほどにしておいて下さいよ、真田先輩。明日見送りに来れなくなりますよ?」


その真の心配に対して雪人は軽く言い返した。


「そんなヘマはせん。それに、俺は明日は行かんぞ。軍本部を空には出来んからな」


「えっ!? いいんですか、真田先輩?」


「子供じゃあるまいし、一々悠を送るのに行ってられるか。大人は働くものだ」


「雪人が大人だと言う理論には大きな穴があるが、別に見送りは要らんぞ?」


「そういう訳には参りません!!」


言ってから、ハッとした顔で口を押さえる志津香だったが、場に沈黙が下りる前に朱理がフォローした。


「生死を共にした同士が旅立つのに、見送らないほど私達は冷血では無いつもりですよ。真田先輩は・・・まぁ、照れていらっしゃるのでしょう」


「おい、西城。何故俺が悠なんかに照れなければならんのだ」


「あら、失言でしたね。お忙しい真田先輩には是非軍本部に詰めていて頂きましょう」


「・・・気に食わんが、まぁいい。どうせすぐ連絡出来るのだ。今生の別れでは無いのだからな」


旅立ち際に臭いセリフでも思わず言ってしまいそうで行きたく無かった雪人である。それに、無事ならすぐに連絡出来る様になるのだ。


そう思って雪人は食卓に向き直り、料理を口に詰め込み始めた。が、食卓の隅の方に、豪華な料理群とは一線を画すシロモノがこっそり置いてあった。


それを見つけた雪人は、こっそりと朱理を手招きし、皆の輪を抜け出して尋ねた。


「なぁ、西城。俺の目が確かならば、食卓に一つ、前衛芸術が置いてあるぞ。あれはなんだ? 悠に呪いでもかけるつもりか?」


「・・・あれは、陛下がお作りになったおにぎりです。おにぎりです・・・。おに、ぎり? ・・・です・・・」


「おにぎり・・・鬼斬りの間違いでは無いのか・・・。鬼の角みたいなのが飛び出ているぞ・・・」


「あれは中の具です。陛下は壊滅的に料理がお下手・・・もとい、お得意ではありません・・・。私も一生懸命お教えしたのですが。オムレツを作る途中、皇居の厨房が半壊した時点で志津香様に火を使わせるのは諦めました・・・」


「何故オムレツであの広い厨房が半壊するのだ・・・」


「いいですか、決してあのおにぎりの様なものと言えなくは無い物には手を付けないで下さい。あれは神崎先輩の為に、志津香様が丹精込めてお作りになった何かです」


「込め過ぎてはみ出しているがな・・・明日、悠は旅立てるのだろうな・・・?」


「・・・竜騎士ですから、最悪、胃を再生すれば・・・」


酷い会話だが、一度でもその物体を見た人間は恐らく同じような感想を抱くはずだ。その物体の周囲だけ、何故か空間が歪んでいる様に見える。多分、それ自体が歪んでいるから視界が引っ張られるのだろう。


「あれ、これ何ですかね?」


その時、間の悪い男が件のおにぎりに目をつけてしまった。勿論真だ。


「あ、何か怪物の首を模したおにぎり? かなぁ? 西城も悪趣味な事おぶっ!!」


品評していた真の背後から雪人が忍び寄って口を塞ぐと、間髪入れずに朱理が真の鳩尾にボディーブローを叩き込んで失神させた。


《な、何をする貴様ら! マコト、マコト!》


「黙ってガドラス、貴方は何も見なかった。いいわね?」


「むしろ俺達は真の為にやったのだ。こいつは空気が読めん。千葉家の血かもしれん。宿業だな」


千葉家に失礼な事を言いながら、雪人は真をソファーに寝かせた。


《・・・諦めろガドラス。ここでは我らの常識は通じん。我らは何も見ていない。それで良いのだ》


諦めも物分かりもいいサーバインであった。


《人間は分からん・・・》


ガドラスも諦めて溜息をついた。







「ゆ、悠様、お食べになっていますか?」


「これは志津香様。ええ、美味しく頂いております」


「それは良かった・・・で、ですね・・・あの、わ、私が盛り付けしてみましたので、こ、こ、こちらもどうぞっ!!」


雪人と朱理が真を矯正している間に、志津香は勇気を振り絞って悠に自ら盛りつけた皿を持って来ていた。


お世辞にも盛り付けが上手いとは言えず、いや、むしろあの上手そうな料理がどうして戦場で戦いながら作ったような有様になるのか知りたいが、問題はそんな所には無い。そう、問題は皿の中央に例のブツが鎮座している事だ。


「・・・」


その皿の惨状は悠をして沈黙させた。遠くでそれを見た雪人と朱理の言を捉えるとこうなる。


「おい、西城! あれはまるで・・・」


「どうみても、血塗れの鬼の首とその臓物が散らばっている様子を再現したとしか思えませんね・・・」


「どうしてここにある物だけを使ってアレが出来上がるのだ・・・ワザとか?」


「志津香様に限ってその様な事はありません! ありませんが・・・ああ、おいたわしい・・・」


「困る悠など俺でも殆ど見た事は無いな・・・流石は志津香様」


との評である。一周回って芸術的であると言えなくも無い・・・いや、無いか。


それでも悠は2秒ほどで立ち直り、志津香に礼を述べた。


「ありがとうございます、志津香様。頂きます」


「はい! ・・・あの、そのおにぎりは私が作ったのです。お口に合えば良いのですが・・・」


言われて初めて真ん中の鬼がおにぎりと分かった悠だった。きっとおにぎりと鬼斬りをかけてらっしゃるんだろうと思いながら。


「それはそれは、自分などが頂くには恐れ多いですな」


「いいえ! 悠様に食べて頂きたくて作りましたからっ!!」


逃げ場は無いらしい。視線を感じて後ろを見ると、遠くでソファーに倒れ伏す真、こちらに手を合わせる朱理と成仏を願う雪人、更に視線を逸らすと、目を閉じて何も見ていないとアピールする匠に皿を見てビクッとなっているナナナが見えた。頼りにはならない。


「・・・では、頂きます」


「はい、どうぞ!!」


悠は意を決しておにぎり? に被りついた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・凄く塩辛い。喉が水を渇望している。


「ど、どうでしょうか、悠様・・・?」


不安そうにこちらを見つめる志津香に「凄く塩辛いです」とはさすがに悠も言わなかった。


「そうですな・・・ほんの『少し』だけ塩が効いていますが、肉体労働をする軍人には向いているかもしれません。とても美味しいです」


この後の展開を完全に予測しながらも悠は言い切った。男にはやらなければならない時があるのだ。


レイラも悠が本当の事を言わなかった事に安堵して聞こえない様に溜息をついた。そして悠の覚悟を見届けてあげなければ、と思った。


「まあ! 本当ですか!! うふ、実は『ちょっと』自信が無かったのです。『ほんの少し』形も崩れてしまいましたし・・・ささ、沢山ありますから、『全部』食べてくださいね!!!」


遠くで雪人が「やはりこうなったか」と天を仰いでいるが、ここに居る神様は匠の隣で悠の覚悟に軽く手を叩いて祝福しているだけだった。


「・・・ええ、頂きます」


まずは大量の水を用意した悠だった。

塩辛いおにぎりは最初の一口以降は拷問です。

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