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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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閑話 この子にしてこの親あり3

「ふぁ~……うぅん、今日もお仕事頑張るかぁ……」


キキは眠気の残滓を振り払うかのように一つ伸びをして気合を入れ直した。今日は週末できっと多くの客が来店するだろう。給仕頭として皆を采配しなければならないキキとしては腕の見せ所なのだ。


「私もそろそろ結婚考えないとなぁ……ペイルさんの求婚、受けちゃおっかな~」


最近のもっぱらの悩みは馴染みの冒険者であるペイルが遂にプロポーズをして来た事だ。ペイルは自分より4つ年上の26歳で、最近Ⅳ(フォース)にランクアップしたギルドの若手有望株の一人であり、引退までにはⅥ(シックスス)まで上がるのも夢では無い。15の頃からこの店で給仕などをやっている自分にとっては恐らくこれ以上の良縁は有り得ないと思われた。


一応、それとなく結婚を匂わせて来た以前は「最低でもⅣくらいの冒険者でないとね~」と言ってかわしたのだが、合同訓練とやらを経たペイルはメキメキと実力を伸ばし、本当にⅣになって満を持して求婚してきたのだ。


冒険者は危険な仕事だが、Ⅳにまで上がればその後は食いっぱぐれる事もあまり無いし、それどころかたまに贅沢をする事も出来るだろう。少し鼻が低いがペイルの容姿も十人並以上には整っていて文句はない。ないのだが、どうにもキキには自分が無難な選択をしているように感じるのであった。


「それなりの容姿、それなりのお金、それなりの幸せ、ねぇ……何て言うか、決め手に欠けるのよね。何か一つでも私の心を虜にするような魅力に欠けてると言うか……贅沢かなぁ……」


「キキ、いい所に来たね! ちょっとおいで!」


やはり断ろうかと考えていたキキに女将であるアリアンロッドから声が掛けられた。


「はーい、女将さん、どうしたんで――」


声の聞こえた部屋のドアを開けた瞬間、キキの意識はその目に飛び込んで来た一人の「少女」に全て持って行かれてしまった。




「あっ……」




透き通る様な白い肌、長い睫毛と潤んだ碧眼、そこに形の良い鼻梁と少しだけ開かれた薄い唇が品よく配置され、何とも言えない神秘性を醸し出している。輝く金髪はその嫋やかな輪郭を飾る額縁だった。胸は薄いが、それが逆に神秘性を深めるのに一役買っていて必要以上に性を感じさせないのも芸術的である。これはまるで噂に聞く妖精のようだとキキは思った。


こんな常人離れした同性が居るのかと、キキはただ感動に打ち震え、自然と涙が溢れて来た。


「……ふっ、ふぐっ、うぐっ……」


「……あのね、何で泣いてんの? 今日は忙しそうだから助っ人を2人呼んで来てあげたのよ? キキは給仕頭なんだから、開店までに少しはこの子達が働けるようにしておいて。時間が無いんだから早くね!」


「お、お、おかみさぁ~ん!!! 何ですこの子!? こんな綺麗な子が存在していいんですか!?」


「してるんだからしてるんでしょ。紹介するわ、アルテナとルレインよ。で、こっちの泣いてる変なのが一応給仕頭のキキね。仕事は出来る子だから、時間までにちゃんと教わりなさい。じゃ、アタシゃ忙しいから後は3人でヨロシク」


「あ、アルテナ、です。その、よ、宜しくお願いします……」


「ルレインだわよ!! 今日はお客様にハチャメチャご奉仕しちゃうんだからね!!」


消え入るような挨拶と過剰に元気な挨拶に、キキは初めてアルテナの隣にもう一人居る事に気が付いた。容姿は……まぁ、可愛いとは思う。こちらは癖の強い、くしゃりとした金髪で愛嬌のある笑顔を浮かべ、良く分からないポーズを決めていた。


「あ……ご、ごめんなさいね、取り乱しちゃって! 私はキキよ。……えっと、アルテナさん?」


「な、何でしょうか?」


「あなた、何処の家の子なの? 少なくとも私はミーノスであなたみたいな綺麗な女の子見た事も聞いた事も無いんだけど……」


こんな美少女が居れば噂にならないはずがない。それどころか、貴族同士で争奪戦が起きていても不思議では無かった。どんな掃き溜めに居ても輝かずにはいられない、最高峰の原石だ。


「そ、それは……」


アルテナが返答に窮していると部屋を出て行ったはずのアリアンロッドが突然戻って来た。


「あ、それとその子達の素性は秘密ね。そういう条件で手伝って貰ってるんだから。じゃ!」


言うだけ言って嵐の様に去っていくアリアンロッドであった。


「……何か事情があるみたいね……まぁ、その容姿じゃ仕方ない、か」


「はい、色々事情が……」


キキの考える事情とアルテナの考える事情は全く異なるが、事情があるのは間違いでは無い。


言うまでも無い事だが、アルテナはアルト、ルレインはルーレイが女装した姿である。何故こんな事になったのかと言えば、全てはアリアンロッドの仕業であった。アリアンロッド曰く、「男がどんな事を考えて女を見ているのかを客観的に知る為にはこれ以外ない」そうだ。一度は承諾してしまった以上はこれも修行と割り切るしかなかったが、どう考えてもアリアンロッドの趣味が9割ほどを占めているとしか思えなかった。なお、ルーレイはその場のノリで女装を承諾した。


アリアンロッドは可愛いものに目が無いのだ。特に可愛い子に化粧をし、着せ替えするのは大好物なのである。幼い頃、ジェイも同じように女物の服を着せられたりしていたのは墓まで持って行く黒歴史である。


(これも修行……ユウ先生、僕に力を貸して下さい!!)


多分それは悠でも守備範囲外の願いだった。




「女将さんの趣味にも困ったモンだな」


「ま、あのお人好しにゃいい薬だよ。悪意が無いと断れないんじゃいいように利用されるだけだしな。これに懲りて少しは警戒心とか猜疑心ってのを持って欲しいね、俺は」


ライハンとジェイは酒場のテーブルの一角に陣取り、遅めの夕食を楽しんでいた。弱いとはいえアルコールまであるのは少々眉を顰める部分であろうが、店で働いている人間も常連の人間も特に注意する事は無かった。そういう真面目な人間はこんな下町の酒場には殆ど居ないし、ジェイやライハンはこの下町で育った人間なので顔が知られているからだ。


「それにしても、ここもお行儀よくなったモンだな。ちょっと前までは刃傷沙汰なんて日常茶飯事で用心棒の奴らも忙しかったのに、今じゃ一緒に酒なんて酌み交わしてやがる」


「それもこれも国の上が変わったからなんだろ? 俺にはよくわかんねぇけど」


「その国の上を変えたのが『戦塵』、もっと言えば『戦神』だ。アルトが憧れる気持ちも分かるけどな。一番近くでその活躍を見て来たんだしよ」


そう言ってジェイはコップの中身を呷った。その口調は100%の肯定ではない成分が含まれていて、幼馴染のライハンであれば十分に察する事の出来る範囲であった。


「ジェイはそれが悪いと思ってるのか?」


「いい、悪いっていう範疇じゃねぇよ。英雄に憧れるのは男なら大なり小なりあるもんだろ。……でもな、ありゃあ異常だ。目標にするべき人間じゃねえ。腕っぷしもさることながら、普通人間なら誰にでもある弱い部分ってのがあの人には見当たらねえ。まるで、長い時間を掛けて、本当に気の遠くなる様な長い時間を掛けて人間的な弱点を一つ一つ虱潰しに消していったみてぇだよ。お袋の言葉じゃねぇけど、同じ人間とは俺には思えねぇんだよな……」


「えらく嫌ったモンだな」


「好き嫌いでもねぇんだよ。別にあの人はあのままでいいだろうさ。だがよ、アルトは良くも悪くも底抜けの善人だ。人を疑ってかかるって事を知らねえ。……影響がデカ過ぎるんだよ。俺はアルトがあんな風になる事が幸せだとは思えねぇし、ダチが人間離れしてくのを指を咥えて見てるのも面白くねぇのさ。アルトはからかわれてちょっと取り乱すくらいが丁度いいし面白れえ。それが何でも出来るアイツの可愛げって奴だろ?」


いつになく素直に心中を語るジェイに、ライハンはもう一歩踏み込んでみた。


「……ジェイがそこまで他人に入れ込むのは珍しいよな。やっぱりアルトは特別か?」


「妬いてんのか?」


「ば、バカ野郎!! 男同士で気色悪い事言うなよ!!」


「悪ぃ。つってもライハン、お前だってアルトからは影響を受けてると思うがな? 前より俺に遠慮なく喋るようになった」


「んな事ねぇよ!!」


即答で否定はしたが、それは他ならぬライハン自身も感じている事であった。どうしても恩があるジェイ親子には一歩引いていたライハンだったが、アルトが混ざる様になってからはもっと自然にジェイと話せるようになった気がしていたのだ。


「そうだな……最初はマジで興味本位だった。貴族なんぞ、メルクーリオほどじゃないにしても、俺もクソの別名だと思ってたからな。ちょっとからかってやればボロを出して俺達を見下して来ると思ったよ。俺の家がこんな商売してるって言った時も、それ以外の時もな。そんときゃ思いっきり蔑んでやろうと思ってたが……アイツ、本物の善人だったからな。縁を切るにゃ勿体ねぇと思えるくらいに」


ジェイがどんな表情でその言葉を紡いでいるのかは、コップの陰になってライハンには窺い知れない。だが、次に言葉を放った時にはいつもの不敵な表情であった。


「タダのクラスメイトでいるよりはダチの方がいいと思う程度には特別だぜ?」


「……まるで告白だな。気に入らねぇ人間は誰であろうと噛み付いてた昔のお前じゃ考えられねぇ」


「ハッ!! 確かに、俺が女だったら惚れてたかもな!! 男で良かったぜ、七面倒な男と女の事情に振り回される事もねーしな!!」


これ以上楽しい事は無いとでも言いたげに笑うジェイにライハンもつられて笑ってしまった。男同士は楽でいいという意見にはライハンも同意だったのだ。


「何よ、楽しそうじゃないのさ」


そこに新たな料理と酒を持って給仕の娘が割り込んだ。


「ようミラ。今夜は空いてんの?」


「生憎と女の子の日よ、残念でした」


「ちぇ、マジで残念だよ」


ライハンとそんな軽口を叩き合うのは給仕2年のミラだ。4つほど年上だが、何を隠そうライハンの初めての相手でもあり、憎からず思っている相手でもあった。


「ライハンと若は恋愛話? いいわねー、私もそういう青春みたいな事したかったわ~」


「ちげーよ。それと若って呼ぶな、そんな役職はねーって言ってんだろ」


「はいはい、ジェイ。ところでキキ姉さん見なかった? そろそろ忙しくなってくるから采配を頼みたいんだけど……」


「ああ、キキならそろそろ来るはずだぜ。新人を2人連れてな」


「そうなの? 私全然聞いてないよ?」


「今日決まったんだよ。しかもその2人も今日だけの助っ人だしな」


「ふーん。……あ、噂をすればキキ姉さ――」




…………。




酒場の音が絶えた。いや、正確に言えば殆どの人間が発する音が絶えていた。楽器を奏でていた吟遊詩人はその指が止まり、酒を注いでいた者はコップから溢れてテーブルに広がって行ってもその事実に気付かなかった。給仕は給仕を忘れ、客は手を上げたまま、何を注文しようとしていたのかを忘れていた。冗談抜きに呼吸まで忘れている者も居る始末である。それだけ、その場に現れた少女には場を支配する力があった。


「……んんっ。アルテナ、ルレイン、教えた通りにお客さんから注文を聞いて来るのよ。人数の多い所には割り振らないから出来るわよね?」


「はい、大丈夫です」


「まかせてちょ!!」


咳払いして場を区切ったキキの言葉にようやく酒場の金縛りが解けた。それと同時に後ろに体重を掛け過ぎてひっくり返る客や躓いて転がる給仕が何人か居たが、些細な事であろう。


「そうね……まずは若、ジェイとライハンの所で練習よ。はい行ってらっしゃい。笑顔を忘れずにね!!」


アルトは、もとい、アルテナとルレインは注文を取る為の板を持ってジェイとライハンのテーブルまで移動し、アルテナが最上級の営業スマイルで話し掛けた。


「お客様、ご注文の追加は御座いませんか?」


「……」


「……」


「あの、お客様?」


「……」


「……」


「なーにぼんやりしてんのさっ!!」


「ギャッ!?」


ルレインの目潰しがライハンの目にヒットし、ライハンが悲鳴を上げて転がり回った。


「ジェイ!! 何か反応してよ!!」


皆の目がライハンに向いている内に素早くアルテナがジェイに耳打ちすると、ジェイも金縛りから解放されたようだ。


「お、おう。……えー…………悪ぃ、ウチのメニューなのに記憶が飛んだ」


「しっかりしてよ……」


「う、うるせぇ、化粧までしやがって……不覚にもときめ――違う、断じて違うぞ! マジしっかりしろ俺!」


顔なじみかつ事情を知っていて、尚且つ予想を立てていたジェイですら今のアルテナを前にしては平静ではいられなかった。ただ、これだけは言える。コイツは生まれて来る性別を間違えた、と。


「そ、それで、ご注文は?」


「あー、いや、今ミラが持って来てくれたから別にいいや。ってミラ!! 酒零れてんぞ!!」


「へっ!? あっ、ごっ、ごめんなさい!!」


アルテナに見惚れていたミラの持つ酒瓶は知らぬ間に傾いていて、床でのたうつライハンに注がれていた。


「あっ、私がお拭きします!」


あまりにも哀れなライハンにアルテナが駆け寄り、装着していたエプロンからハンカチを取り出すとライハンの側に跪いた。


「大丈夫ですか、お客様?」


「あ……」


ライハンの肩を掴み、動きを止めたライハンとアルテナが至近距離で向かい合うと、ライハンの心の許容量は一瞬で溢れ、奇声を発しながら立ち上がった。


「うわあああああああああああああッ!!!」


そして奇声を発したまま店の外へ駆け出していく。……事情を知っていて尚且つ見惚れてしまったという事実は、若く、そして真っ当な性的嗜好を持つライハンの精神の均衡を著しく欠いたようだ。


「ま……気持ちは分かるぜ。夜風で頭が冷えたら帰って来るだろ。ふん、アルテナにルレインか。お前も随分と可愛いじゃん、ルレイン」


「当然よっ、でも褒めたって夜のお相手はしないんだからねっ!」


「頼まねぇよ!!」


「それで、注文……」


「アルテナ、俺の方を見るな。とにかく飲み物をくれ、今と同じ奴でいい」


至近距離で見るには破壊力があり過ぎるアルテナから目を逸らしたまま、ジェイはミラの持つ瓶を指差して注文した。お客さんの方を見ないで接客とは礼儀に欠けるのではないかとアルテナは思ったが、それも客の要望であれば叶えるべきだと思い直し、注文に書き留めてキキの下に帰って行った。


「はぁ……何て綺麗な子……若の知り合い?」


「若って言うなって。まぁ、知り合いだよ。お袋が2人ほど手を貸してくれる友達を連れて来いって言うから連れて来たんだが……知ってたつもりだが女は怖ぇな。化粧一つ、着てるモン一つで別人に化けやがる」


「あれは特別よ! 女が皆あんな風になれるはず無いでしょ!! ……はぁ、私もあんな風に生まれたかった……」


「それはそれで気苦労が絶えないと思うぞ。……今日は荒れそうだな……」


その予想は外れる事の無い予言のようであった。

私としては極め過ぎているアルテナよりもネジが飛んでるルレインがいいと思うんですが、如何なものか……。

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