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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-101 野外実習1

ここから七章終盤です。

ローランと酔い潰れたルーファウスをミーノスに返し、その帰り道にこっそりとノースハイアに向かっていたヤールセンの元にローランからの依頼としてやって来た悠は護衛の冒険者や兵士に恐縮されながらヤールセンにローランから預かった書類の束を手渡した。


「これが事前の対談で決まった内容と明日の会談での質疑応答の予測表だ。ある程度はヤールセンの裁量で決めても構わんと伝言を預かっている」


「ハハハ……勉強した甲斐があるなぁ……」


ヤールセンが少し痩せたように見えるのは気のせいではないだろう。この所連日連夜、ノースハイアの風習や文化、政治、そしてラグエル王の人となりなどを頭に詰め込んでいたのだから。その量は常人ならば見ただけで音を上げる膨大さであったが、幸か不幸か読んで覚えられるものならヤールセンは殆ど忘れる事はなかった。腐っても元神童というものの名残だったのかもしれない。


翌日、この質疑応答表のお陰で大過なくノースハイア首脳部との交渉を済ませる事が出来たヤールセンはようやく肩の荷を少しだけ下ろす事が出来たのだった。


が、この時のヤールセンの対応はノースハイアの上層部から大きな支持を集め、以後外交官としてもノースハイアとミーノスを行ったり来たりせねばならない事になり、結果的に仕事が増えるとはヤールセンも予測してはいなかったのだった。


ちなみにローランはしっかり予測していたのである。





「今頃はヤールセン君が上手くやってくれたかな。そろそろ連絡があってもいいと思うんだけど……」


王宮で昼食を済ませたローランは政務をこなしながらヤールセンの報告を待っていた。ノースハイアの冒険者ギルドで水晶球を使い連絡をして来る手はずになっているのだ。


しかし、当然であるが建て前として国とは不干渉の立場である冒険者ギルドでおいそれと国家間の会談内容を漏らす訳にはいかない。ミーノスの冒険者ギルドであればコロッサスが融通を利かせて聞かないフリをしてくれるだろうが、ノースハイアの冒険者ギルドにそこまでの信頼感を持つ事はローランには出来ない。


それから小一時間ほどして、ローランの下に新たに設置した通信士(『伝心の水晶球』を使い各地と連絡を取る役職で現在は魔力が多い者が他の業務と兼任している)が部屋のドアをノックして来た。


「宰相閣下、ノースハイアのヤールセン秘書官殿より連絡が入りました!」


「今行く!」


水晶球での会話は魔力に依存しており長時間の会話は出来ない為、ローランは手を止めてすぐに水晶球の下へ向かった。


通信室に入るなり、ローランはヤールセンに向けて本題を切り出した。


「いつに決まった?」


《5日後にノースハイアまで寄越して下さい。目的地には8日後までに》


「了解した」


色々と単語を省いた会話であるが、詳しく解説すると以下の様な内容になる。


ローランのいつとはアライアットへの抗議の使者はいつ派遣するのかという意味であり、ヤールセンの寄越してくれとは護衛の悠の事である。5日後にノースハイアで合流し、更にその3日後までにアライアットに至るという意味であった。


「ご苦労だった。そちらの首尾はどうだい?」


《上々と言って良いかと。今もこの通信はご厚意でノースハイアの王宮の物を使わせて頂いております。今後は簡易的、もしくは緊急の連絡はこちらを用いる事で交渉が纏まりました》


「ほぅ……それはそれは、ラグエル陛下とノースハイアの方々のご厚意にはくれぐれも感謝の意をお伝えしてくれるかな」


《畏まりました》


ヤールセンはノースハイアと良好な関係を構築する事に成功したようだ。これでヤールセンの評判もかなり上がる事であろう。


ちょっとからかってやりたい悪戯心がローランの中に湧き上がって来たが、流石に他の者が見ている前でざっくばらんなやり取りは出来ないので自重した。


その後、幾つかのやり取りを行ったあと、ローランはヤールセンを労い通信を終えた。


「ふぅ……」


これで遂に動き出したのだと思うとローランの胸に迫るものがあった。最早後戻りは出来ないのだ。ミーノス、ノースハイア、そしてアライアットを巻き込んだこの流れを望んだ方向に持って行くのが自分の仕事だと思うと、ローランは身が引き締まる思いであった。


(それにしても……3日後からは学校の野外実習の監督、それが終わったらヤールセン君とサリエル王女をアライアットまで護衛、更には聖神教と直接対決、その合間にパトリシア王妃から情報も入手して、屋敷の新しい子達も鍛練するんだっけ? 私も忙しさでは他に譲らないつもりだったけど、ユウに比べたら随分マシだよねぇ)


普通はどれか一つだけでも常人であれば手に余る仕事であるのに、ユウはその全てに関わっているのだ。よく体力気力が持つものだと感心してしまうが、ローランも他人から見ればよくあの量の政務を取り仕切れるものだと思われているとは考えないのであった。人は他人の事は良く見えるらしい。


(それでもやっとここまで来たんだ。ユウ、もう一踏ん張りしてくれよ)


差し当たってローランは自分が出来る事をする為に思考を切り替えた。


抗議の使者を送ると決定したのなら国民に何故そうなったのか、どの様な大義名分を持ってそれを行ったのかを伝えなければならない。そして禍根を残さない為に真の悪はアライアットという国ではなく聖神教であると明言しなければならないのだ。アライアットを戦後立ち直らせるには敵を明確にし、全ての罪は聖神教の断罪によって雪がれなければ意味がない。そうしてこそ、アライアットの民衆は本当の意味で自分達の国を取り戻す事になる。もっとも、その聖神教ですら踊らされているに過ぎないのだろうが、人を支配し蔑んで楽しく踊っているのであれば、それはもう立派な加害者だ。


悠は国が何故幾つも存在するのかを語っていた。異なる風土、異なる価値観を持つ人間社会には幾つもの国が必要なのだ。そして国を治める者はそれを深く理解した上で愛していなければならないと。その理屈から言えば、アライアットにはアライアットの王が必要だ。


(国境を接していないミーノスはアライアットの土地を得る事にあまり旨味はないし、ラグエル王も今更アライアットの地を欲しないだろう。後はバーナード王が賢明な人物である事を願おうか……)


通信室を辞したローランは早速民衆に発表する内容の再チェックに取り掛かった。事後承諾的に動いているのだから急がなければならない。


「ルーファウスには悪いけど二日酔いだとか言ってられないな。何とか夕刻までには顔色を戻して貰って……いや、いっそ今日は発表事案がある事を知らしめるだけにして、残りは軍に戦闘準備の触れを……」


ブツブツと呟き考えを纏めながら、ローランは足早に歩み去っていった。




「はい、では3日後に迫った野外実習について進めて行きますよ。まずは各班に分かれて下さいね」


オランジェが号令を掛けるまでもなく、既に分かれていた生徒達は自分の近くに居る仲間達と話始めた。


「アルトも変な事考えるよな。わざわざアブネー外に行って野宿だなんてよ。アレか、この機に乗じて聞き分けの無い奴を闇に紛れてシメて――」


「お黙りなさい庶民。あなたの様な不良とアルト様を一緒にしないで頂きたいですわ。アルト様にはアルト様なりのお考えがあるのです。席次圏外は引っ込んでいてはいかが?」


「あん? 言ってくれんじゃねぇかよオジョーサマ? 色ボケして思考停止してやがるオジョーサマには冗談かどうかの区別もつかねぇのか? そんなんじゃいくら優秀でも将来誰も付いて来ねぇぜ?」


「何ですって!?」


「何だってんだよ!」


アルトの周囲には当然いつものメンバーが揃っている。そして、こうしてジェイとエルメリアが口論をするのも段々日常の一部になり始めていた。


「相変わらず仲悪いわねぇ……ま、だんまりを決め込まれるよりは随分マシかな?」


「ジェイも普段はもうちょっと冷静なのに、どうしてエルメリア相手だとガキになるかね?」


「あはは……」


「アルト~、俺ちゃんちょっと野宿って不安なんだけどぉ~、テント張ったらアルトの隣で寝ていいかにゃ? いいよね? よねよね??」


「……皆、もっとちゃんとしようよ……」


マイペースな各人を見てアルトは盛大に溜息を漏らした。アルト達の班はアルトを含めた7名だけである。他の班は最低でも15人以上で割り振られたのだが、アルト達は半分以上が席次を持つ優秀さから人数的なハンデを課されているのであった。


班長は当然の如くアルトが推薦され、それに異を唱える者はアルト以外誰もいなかった。


「とにかく、せっかく時間を貰えたんだから役割分担をもう一度確認するよ。ジェイとライハンはテントの運搬・設営、エルメリアさんとエクレアさん、ラナティさんは料理担当、ルーレイは器具運搬、そして僕は全体の手伝いと周囲の警戒、食材の確保は全員でね。それと、もしかしたら魔物モンスターと戦う事もあるかもしれないから武器は必ず携帯する事。特にラナティさんの弓は食材になる動物が居たらとても役に立つはずだし」


「おう、任せとけよ」


「むしろちょっとくらいなら魔物が出てくれた方が張り合いがあるぜ!」


「往復30キロの道のりかぁ……荷物もあるし中々骨が折れそうね」


今回の野外実習の内訳はこうだ。


まず朝の鐘(午前六時)を合図に学校を出発。そのまま歩いて15キロ先の実習予定地まで移動。食料は現地調達で現地調理。学校で貸与したテントを自分達で設置し就寝。翌日、昼の鐘(正午)になったら帰還である。


目的らしい目的が無いのはその間のコミュニケーションこそが目的だからである。それでも毎食を自分達で用意しなければならないのは中々骨が折れるはずだ。


これがアルトや教師陣が考えた野外実習の概要である。

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