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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-98 対談3

「……」


おかしいとは思っていた。この屋敷に入った時から誰とも出会っていない事に。それは悠が事前に人払いをしていたという事なのだろう。


「ユウさん、あの……」


「サリエル、何も言うな。我らには何も言う権利も資格もない。許しを乞う事すら許されん。余はそれだけの所業を彼らにして来たのだ。今更心を入れ替えたからと言って許されると、いや、許されていいと思うのか?」


「……っ!」


悠に謝罪の機会を乞おうとしたサリエルをラグエルが厳しく制した。


ラグエルは自分が許されるべきではないと考えていた。2万に及ぶ子供達を戦場に駆り立て、使い潰してきたのだ。それがごく僅かな生き残りに謝ってどうすると言うのか?


無論、謝りたい気持ちはある。這い蹲って済まなかったと何度頭を擦り付けても一向に構わないとさえ思ってはいる。


だが、それをすれば子供達が苦しまなければならない。許すなら恨みを飲み込まなければならないし、許さないなら消えない憎しみに苦悩せねばならない。ラグエルと子供達が顔を合わせるというのはそういう事なのだ。


「だからこそユウも人払いをしたのだろう。サリエル、彼らに許されたいと思うのならば言葉を用いてはならん。そして言葉を求めてはならん。ノースハイアは自らの行動によってのみ彼らへの贖罪とせねばらなんのだ」


「……はい」


改めて自分にのし掛かる罪と責任の重さにサリエルは泣き出したい気持ちになったが、自らを憐れんで泣く事もサリエルには許されない事なのだ。


「それでも責任の大半は余にある。サリエルは国を統べる者としての覚悟だけを覚えておけばよい」


「話が済んだのなら運び込むぞ。冷めると味が落ちるからな」


ラグエルとサリエルの会話に一切関知せず、悠は部屋を出ていった。


「色々思う所はおありでしょうが、今は食事を楽しみましょう。サリエル殿下、落ち込む気持ちは理解出来ますが、そんなに悲しそうな表情をされてはせっかくの可愛らしいお顔が台無しですよ?」


「ローラン様……」


「悪行を競う訳ではありませんが、我が国もユウが来るまではそれは酷い有り様でした。私腹を肥やす事しか頭にない貴族、自分より弱い者を見つけて奪い取る悪人達、そして……父である王を恐れて何も行動を起こせない王子。もし私がノースハイアに居たとしてもサリエル殿下以上の事は出来なかったでしょう。しかし我々は幸運にも天佑を得ました。ならば立ち止まってはいけないのです。我々は王族、民の先に立ちより良い方向に導いて行かなければならないのですから」


「ルーファウス陛下……」


2人の慰めにサリエルは無理にでも笑顔を浮かべてみせた。今はまだ心から笑えないが、その心遣いだけは有り難く受け止めておこうと思ったからだ。


「ラグエル王もお人が悪い。もう少し柔らかい表現を選んで差し上げては如何ですか?」


「余は言うべき事を言うだけだ。それを受け止め、考えるのはサリエル自身の問題であって、余人にとやかく言われる筋合いの話ではない」


「あんまり厳しくし過ぎると娘が家出しちゃいますよ? サリエル殿下、その際は是非ミーノスにお越し下さい。ミレニアとは知らぬ仲ではないのでしょう?」


悪戯っぽい表情で片目を閉じたローランにサリエルは顔を赤らめた。どうやらミレニアと『心通話テレパシー』で話した事があるのをローランは知っているらしい。


「ローラン殿、余の娘を誑かすのは止めて貰おうか。せっかく品行方正に育った娘が貴公の様な性悪男に引っ掛かったらどうするつもりか?」


「随分な仰りようですね? ご心配なさらずともミーノスの男は女性を悲しませるような不届き者はもうおりませんよ。……もっとも、頑迷なノースハイア人にそれがご理解頂けるとも思えませんが」


いつの間にか両者の顔に先ほどの肉食獣の笑みが戻って来ていた。


「言いよるわ、いかにも軽薄なミーノス人が言いそうな事だ。そういう甘い言葉で女を誑し込むのがミーノスの流儀か?」


「常に優しさを忘れないだけですよ。全く、ノースハイアの女性の寛容さには頭が下がります。ミーノスの女性ならば気の利いた事一つ言えぬ男などサッサと見限られている所です」


「男が優しさなどを売りにするようでは話にならんな。……そういえばミーノスの正騎士団の団長は女性であったか。男が腑抜けではその苦労が忍ばれるわ」


先ほどよりも随分と遠慮のない会話に残りの2人は顔を青くした。不特定多数の人間を指しているようで明らかに相手を当て擦った会話に堪りかね、意を決してルーファウスが果敢にも割り込んでいく。


「そ、そのくらいで良いのではないかな、ローラン? ラグエル王も少し落ち着いて――」


「未だ妻帯もしていない玉無しは黙っていろ。腑抜け代表が」


「ルーファウス、君が婚約もしていないからミーノスが悪し様に言われる事になるんだよ? 王として少しはラグエル王を見習い猛省したまえよ」


「……申し訳ない……」


そして撃沈した。ラグエルはまだしも、何故仲間で親友のはずのローランにまでここまで悪し様に言われなければならないのだろう。王って何だっけとルーファウスはうつろな目で黄昏るしかなかった。


「上流階級の会話とは思えんが、無礼講ゆえ聞かなかった事にしておこう。そろそろ非生産的な事とは別に口を使ってはどうかな?」


一人オロオロと3人の顔を見回すサリエルを救ったのは配膳台を押して入ってきた悠であった。


「ふむ、ならば一時休戦とするか。これ以上続けて小僧に泣かれても困るゆえ」


「そうですね。そろそろ夜も更けて来てご老体の頭も回らなくなって来る時刻です。勝ちの見えた戦いは面白くありません」


「クックックックックッ……」


「ハッハッハッハッハッ……」


声だけの笑いが室内に空しく響くが、他の2人と違い悠は全く気にせずに器を用意し、その中にシチューを流し込んでいく。


「まずはこれを食っていろ。他の料理はこの後纏めて出すからな」


全員に配膳し終えると、悠は食器などを置いてまた部屋の外に歩み去った。


「さて、まずは頂くとしましょうか。……おや?」


乾杯する様な空気でも無かったのでなし崩し的に始まった夕食であったが、最初の皿であるシチューの異変に気が付いたのはローランであった。


恵の料理の腕を知っているローランからすればこのシチューは見た目からして完成度が低いのだ。中に入っている野菜の大きさは揃っておらず不恰好であるし、香りも胃を暴力的に揺すぶるようなインパクトが無いのである。あれから腕を上げたと悠が言っていたのだから、まさかこの程度であるとは思えなかった。そういうどうでもいいお世辞を悠が言うはずが無い。


「毒見も無く食事をするのは久方ぶりだな」


しかし、ラグエルは家庭で作る料理などこのくらいのものだろうと割り切り、まだ湯気の上がるシチューを一匙掬い取って口に運んだ。


「……ふむ」


取り立てて騒ぐほどでは無いが確かに美味かった。若干野菜の火の通りにムラはあるが、それでも生の部分が残っている訳では無い。ホワイトソースも滑らかで丁寧に作っている事が窺えた。


「どんな料理が出て来るかと戦々恐々としておったが、中々美味いではないか。サリエル、お前はどうだ?」


「……美味しいです……でも、何ででしょう? このシチュー……」


サリエルは自分の中の違和感を確かめる様にもう一匙掬って口に含んだ。


「……温かい味がします。これが家庭料理の味なんでしょうか? ……もしお母様が存命でお料理をしてくれたら、こういう温かさだったのかな……」


サリエルの言葉に大人達は意表を突かれていた。皆家庭料理などに縁の無い者達であるが、確かに宮中で食する料理とは根本的に違う何かを感じ取っていたのだ。


ラグエルは自身の時計の針を戻し、遥か昔の幼少の頃の記憶を掘り返した。




ラグエルの幼き日のノースハイアは貧しい国であった。狭い国土に資源に乏しい環境、厳しい冬と隣国各国の脅威に晒されるノースハイアの王である父には家族と団欒する様な贅沢は許されておらず、常に東奔西走して必死に国を支えていた。


王家の一粒種であったラグエルは大切に育てられはしたが、その身は常に孤独であった。石の壁で囲まれた城は幼いラグエルにはまるで自分を逃がさない為の牢獄に思えた。


来る日も来る日も王となる為の学業や剣術、馬術など訓練に明け暮れる生活に嫌気が差し、とうとうストレスが爆発したラグエルはある日夕食をボイコットして部屋に篭城を試みた。


誰の言葉にも耳を貸さず、ひたすらベッドの中で毛布に包まっている内に眠ってしまったラグエルは真夜中に空腹に耐えかねて目を覚ました。とにかく腹が減っていたのだ。厨房に行けば何かあるだろうと考えたラグエルはそっと部屋を抜け出し、忍び足で厨房に侵入した。


さて何を食べようかと心を躍らせるラグエルだったが、そこで愕然とする。食材は多少は置いてあるが、どうやって食べたらいいのか分からないのだ。とりあえず適当に齧ってみた野菜は口の中が痺れるほどに辛く、思わず吐き出してしまった。ラグエルにはまだ料理という知識は備わっていなかった。


半端に味覚を刺激したせいで空腹は益々耐え難くラグエルを苛んだ。舌に走る痛みと空腹で悲しくなって来たラグエルはその場でへたり込んで泣き出した。しかし、泣くと余計に腹が減り、また悲しみが押し寄せるという悪循環であった。


そこに一人の人物が現れた。


「何をしているのです、ラグエル?」


ビクッと体を強張らせたラグエルが振り向くと、そこには眉を顰めた母が立っていた。


もう反抗する気力も失っていたラグエルは正直に全てを話した。毎日やらなければならない事ばかりで辛かった事も、お腹が減ってご飯を食べたいけど食べられない悲しさも全てだ。


「そうですか……」


躾には厳しい母だったので、当然酷く怒られると思っていたラグエルはつかつかと近付いてくる母にぎゅっと目を閉じたが、母はラグエルの横を素通りすると置いてある食材から幾つかを選び、袖を捲くり、水桶から水を汲んで野菜を洗い始めた。


ラグエルは泣いていた事も忘れてぽかんとそれを見ていた。料理をする人間を見た事は無かったが、その知らない事を自分の母がやっているという事がとても不思議に思えたのだ。


気が付けばラグエルは母の隣でその料理を見ていた。悲しみも空腹もどこかへ置き忘れてしまったかのように、食い入るように。


「……ラグエル、あそこにある台を持って来なさい。そこからでは見え難いでしょう?」


そんなラグエルをチラリと横目で確認した母の言いつけに従い、ラグエルは母の隣に台を置き、間近で母の包丁捌きを見た。


それはまるで魔法だった。母が手を動かすと見る見るうちに野菜が形を失い、別の形になっていくのだ。母のこんな姿を見た事が無かったラグエルは興奮で顔を赤くしてそれを見つめていた。


「あなたもやってみますか?」


母の言葉に首がどこかへ行ってしまうのではないかというくらい力強くラグエルは首を振った。


「ではこの小さい包丁を持ちなさい。切りたい物は左手で押さえて、指先はこうやって丸めるの。指を切ったら凄く痛いし血も出るわ。ゆっくり、丁寧に端から中に向けて切るのよ。急いでは駄目」


母の言う通りに切り始めた切り始めたラグエルであったが、どうにも窮屈で上手くいかなかった。全然速く切れないし、形もバラバラで母が切った物と比べれば不恰好この上ない。


やはり魔法なのではないかと思い母に聞いたが、母は微笑んで首を振った。


「いいえ、一杯練習したのよ。私も最初は今のラグエルと同じだったわ。でも、ちゃんと出来る様になりたくて頑張ったの。このくらい出来る様になるまで何年掛かったか……」


その言葉でラグエルは自分自身を省みた。習い事が嫌で逃げ出した自分と母の努力が重なったのだ。だから聞いてみた。何故そんなに頑張れたのかと。


「そうね……ちょっと待っていなさい」


そう言うと母は調理台の魔道具で熱を起こし、平たい鍋に油を引いて具材を手早く炒め始めた。調味料で味を調え、適度に炒められた所で皿に移してテーブルのある方へと移動する。


勧められるままにラグエルはまだ熱く湯気を立ち上らせる料理をそっと口に運んだ。


美味しい!


思わず口から言葉が漏れた。それを見た母は笑みを深くして再び口を開いた。


「そうなの。私は食べる人に美味しいって言って欲しくて頑張ったの。いつか私の愛する人達に、私のお料理を美味しいって言って欲しかったの。忙しくてお料理なんて最近は全然出来なかったけれどね」


そこで母は表情を改めた。


「ラグエル、あなたはいつかこの国の王になるの。それは多くの人の幸せをにもするし不幸せにもするわ。毎日勉強ばかりなのは辛いでしょう。でも、あなたは一人でも多くの人にこの国で生まれて幸せだと思って貰わなくてはならないの。それが王様のお仕事なのよ。だから、頑張って」


母の言葉の全てが理解出来た訳では無かったが、つまりこの国の人に今の自分の様な気持ちになって貰う為なんだと幼いラグエルは理解した。皆に沢山の「美味しい」を届けるのが自分の役割なんだと思うと、少し誇らしい気持ちになった。


それからラグエルは習い事から逃げ出す事は無くなったのであった。




(……結局、母上はあれから間も無く流行り病で亡くなられ、手料理を食したのは一度きりであったな……)


この料理にはあの時の温かさがあった。不揃いの野菜など、自分が最初に切った野菜にそっくりだ。しかし、あの時の料理と変わらずに美味かった。


「どうされましたか、お父様?」


シチューを見てじっと考え込んでいるラグエルにサリエルが声を掛けて来た。


今では自分も人の親である。逃亡中、サリエルと料理をした事を思い出し、ラグエルの顔に薄い笑みが広がった。


「なに、昔の事を思い出していたのだ。ずっと昔の事をな……」


ラグエルは誰がこの料理を作ったのかを漠然と理解した。きっと一生懸命作ってくれたのだ。恨みもあるだろう。殺したいとすら思っているかもしれない。しかし、それを飲み込んでもてなしてくれたのだ。


ラグエルはその味を噛み締める様に一口ずつ丁寧に味わった。この味を忘れはしまいと固く心に刻み込みながら……。

ラグエルにもラグエルなりの過去があるというお話。

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