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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-97 対談2

「そうなると、その使者が問題だな。普通の官吏など送れば胴と首が離れて帰ってくるかもしれん。アライアットが要求を拒絶するにしても、その返答を持ち帰って貰わねばならん」


「だからといって軍を動かせばあからさまな恫喝に取られかねませんからね。腕利きの護衛を付ける事で無事に帰らせますよ。……ユウ」


「承知している。護衛には俺がつこう。ミーノス、アライアットはそれぞれ代表者を選出して貰いたい」


悠が護衛に付くのであれば、これ以上の安全の保証は無いだろう。


「さて、私が行ってもいいのだけれど、流石に一国の宰相が行くのも格好がつかないか。ヤールセン君だな」


「ノースハイアは――」


「陛下!! 私に行かせて下さい!!」


「サリエル?」


ラグエルが皆まで言う前に、サリエルが挙手して名乗り出た。


「返書を預かる事が出来れば良いですが、向こうが強硬な態度に出たならば言質をもってそれを証明とせねばなりません。ならば、それなりの役職にある者が行くのが肝要かと存じます」


「……その言や良し。だが、いくらユウが護衛に付いているからといって無傷で帰られるとは限らんぞ? 恐ろしい目に遭うかもしれん。それでも行くか?」


「はい、覚悟は出来ています」


少しでも役に立ちたいと意気込むサリエルの気持ちを汲み、ラグエルは反対したい思いを胸に押し留めて頷いた。


「よし、ならばノースハイアの代表としてサリエルを遣わそう。ユウ、サリエルに怪我などさせるなよ」


「承知した。こちらも万全の体勢で臨もう」


こうして抗議の使者としてミーノスはヤールセンが、ノースハイアはサリエルがそれぞれ派遣される事に決定した。


「この決定は明日の公式な対談で発表するとしよう。文面を考える為にミーノスの聖神教への抗議内容も持参して貰いたいが……」


「既に用意出来ております、陛下」


鞄から作成済みの抗議文章を取り出したローランにラグエルが口の端を吊り上げる。


「まこと能吏よな。ミーノスの宰相でなければノースハイアで宰相をやって欲しいくらいだ」


「困りますよラグエル王。我が国も深刻な人手不足なのですから。学校の卒業生が行き渡るまではローランには頑張って貰わなくてはなりません」


「学校か……報告では聞いていたが、果たして上手く行く物か? 貴族と平民を同じ場所に押し込めれば軋轢も大きかろう?」


人材育成が急務であるのはノースハイアも同じである。いや、国土が広い分ノースハイアの方がより深刻であるとすら言えるのだ。ゆえにラグエルはミーノスの学校という新制度に熱視線を注いでいた。


「正直に申しまして順風満帆とはいきません。ですが、試行錯誤してなんとかやっておりますよ。かくいううちの息子やルーファウス王の弟君のルーレイ殿下も短期的に通学しております」


「公爵や王族の子弟までもか? それは些か危険ではないのか?」


ラグエルの懸念に答えたのは悠であった。


「アルトとルーレイは俺が鍛練を施している。同年代の者に遅れは取らんよ。特にアルトは今すぐに騎士団に入っても部隊長くらいは十分に務まるだろう。それに気性もいいし頭もいい。必ずや貴族と庶民の架け橋となってくれるはずだ」


「貴様が他人をそこまで手放しに褒めるのは初めて聞いたな」


「事実だからな。だからこそアルトを学校に行かせたのだ。それに、鍛練ばかりで俺の様になっても困る。同年代の友人が居る事はアルトの人生を豊かにしてくれるはずだ」


悠の屋敷の子供達とは親しくしているアルトであるが、やがては皆自分の世界へ帰る事を目標にしているので、悠はアルトにその機会を作ってやりたいと考えていたのだった。アルトの性格であれば機会さえあれば友人には困らないというその考えは間違っていなかったのだ。


(すごいなぁ……ユウさんにこんなに褒めて貰える子が居るなんて。どんな子なのかな……? 私なんて最初から怒られちゃったし……)


サリエルはそこまで悠に認められているアルトに対して興味を持ったらしい。省みれば、自分達兄弟はどう考えても悠に褒めて貰える様な生き方をして来なかった事を思い出し、少し落ち込んでしまった。


「明日の議題にはその学校の事も含めたいが構わんか? ノースハイアでも次世代の育成は重要課題なのでな」


「構いませんよ。ノースハイアにも学校が出来たなら、ミーノスの学生と交流を図る機会を設けるのも面白いかもしれません。いっそアライアットも聖神教からの解放後には学校を作って貰って3校で交流する様になれば気心も知れて平和を維持出来るかもしれませんね」


「知らぬがゆえに恐れるならば、知ってしまえばよいという事だな」


ローランやラグエルは既に戦後の世界に目を向けていた。手に入れた平和を維持するのも国を司る者達の義務だからだ。


「ユウ、パトリシア王妃から具体的な行軍の日程なんかは聞けたかい?」


「まだ判明しておらん。そもそも、この時期に軍用の糧秣を集めるのは難しい上、アライアットは殆ど他国と交流しておらん。まだ幾ばくかの時は掛かるだろう。早ければ3月中、遅くとも4月には動き出すと思われるが」


「半月から一月か。では明日の対談の後、すぐにアライアットへは使者を出した方がいいかな。進軍を開始した後では大義名分が曖昧になってしまう」


「それがよかろう。サリエル、準備しておくのだぞ」


「はい、陛下」


差し当たっての対応が決まり、悠は自分の考えを語った。


「人間と人間が殺し合う戦はなるべく小規模に済ませたい。それよりも俺はアライアットの衆人環視の中で徹底的に聖神教の権威を失墜させ、人民と聖神教を分離させる事を考えている。威張り散らしていた聖職者共が天佑なく蹂躙される有り様を見れば、聖神教など従うに値せぬ邪教だと皆見限るだろう」


「それが出来れば私達も軍の消耗が避けられて願ったり叶ったりだけど、そう上手くいくものかな?」


「野戦では無理だろう。そんな場所に生臭坊主共が出て来るとは思えんからな」


悠は応接室のホワイトボードを引き出し、フォロスゼータ周辺を描き始めた。


「アライアットの総兵力は多く見積もっても6万、少なければ3万といった所であろう。国内各所の防備に半分兵力を割くとして、首都の防備は多くても3万。拠点としての防衛能力は高いが背後が切り立った崖になっている為、一旦形勢が傾けば逃亡は不可能だ。ならば防衛戦力は徹底した籠城を選ぶはず。時を稼いでいる内に各地の戦力を結集し、侵攻戦力の背後から挟み撃ちにしてくると考えられる」


「まぁ、籠城は援軍ありきの作戦だからね。でもそうなればかなりこちらにも被害が出る事になる」


「それに敵が出て来ないとは限らんぞ? 『天使』とかいう切り札を盾に打って出るかもしれん」


それぞれの懸念に悠は答えを返した。


「地上の戦力は無理な攻撃はする必要はない。逃げ場を塞ぎ、援軍を寄せ付けない事を主として動いてくれ。その間に俺達がフォロスゼータに侵入し少人数の精鋭にて大聖堂を落とす。また、『天使』が戦線に出て来るならもっと簡単で、侵入するまでもなく野戦で討ち取ってしまえばいい。そして切り札を潰せばもはや兵も抗えまい。詳しい策は雪人にでも練らせるさ」


「敵の本拠地に10人に満たない人数で斬り込むのかい? 我々は助かるけど、ユウ達は危険が大きいんじゃ……」


「これが最も人死にが少ない方法だ。2国の大兵力と資金力をもって侵攻すれば一月かからずアライアットを落とせるかもしれんが、その場合アライアットは回復困難な損傷と、深い憎悪をミーノスとノースハイアに持ち続ける事になるだろう。戦後を考えるなら巧遅より拙速が求められる」


悠の計画に他の者達は一様に考え込んだ。その考えは様々だが、一番現実的なのはやはりラグエルであった。


「確実に大聖堂を落とせるのだな?」


「いざとなれば大聖堂ごと吹き飛ばす。そこは信用してくれ」


「ならばノースハイアは承認する。ルーファウス王、戦に私情は無用だぞ?」


「……ユウ達の負担を抜きにすれば、我々にも否はない。大聖堂は任せるよ」


ラグエルに厳しく諭され、ルーファウスも決断を下した。友人たる悠に負担を押し付けるのは本意ではないが、だからと言って損耗を抑えられる策があるなら、自国の兵を無駄死にさせる訳にはいかないのだ。


「了承する。派遣する兵力は?」


「フォロスゼータを兵力だけで攻め落とすなら10倍の20万は必要だろうが、殲滅が目的では無いのだから5、6万も居れば良かろう」


「ならばノースハイアは3万出す。ミーノスは残り2万と物資の面で協力して貰うのが適当ではないかと思うが?」


「……流石ラグエル王、計算がお速い。ミーノスはその条件で構いません」


ラグエルの決断の速さにルーファウスは内心で臍を噛んだ。ラグエルはミーノスの現在の国力を完璧に把握しており、かつ頷けるギリギリのラインを瞬時に提示して来た。また、2万であれば万一ミーノスが変心しても対応出来る兵力である。既にこの事態を想定して答えを用意していたのだろうが、その自然な口調はそんな周到さなど全く感じさせないさりげなさであった。


(これが隣国にして世界一の大国の王……まだ私一人ではとても太刀打ち出来る気がしない。王としての格の違いか……!)


表面上は微笑みを浮かべているルーファウスだったが、ラグエルはその僅かな動揺すら読み取ったと言わんばかりに目を細めた。


(まだまだ小僧よの。しかし、心根は悪くない。経験を積めば良き王になるであろうな。この宰相が付いておれば……)


ラグエルが気付いている事はローランも気付いているが、あえてローランは口を出さすに茶など啜って寛いでいた。王としての経験を積ませるのも宰相の務めであり、決断はルーファウスの役割なのだ。これ以上無いくらい優秀なお手本があるのなら、ローランの手に収まっている内は授業料と割り切る算段であった。


「さて、こんな所かな。後は後に正式な対談を経てまみえると致しましょう」


「……いい性格をしておるわ。まぁよい、今日はこれまでだ。有意義な時間であった」


「いやいや。ラグエル王、何を仰いますか? ユウの屋敷に来たからにはこれからが本番ですよ」


「何?」


ローランの言葉にラグエルの頭に疑問符が浮かんだ。確かに語るべき事は山の様にあるが、一番の議題はこれで終了したはずである。この上何があるというのか?


それを察する事が出来ないラグエルはどことなく悔しそうだったが、ローランはしてやったりと悪い笑顔を浮かべ、悠に話し掛けた。


「ユウ、こんな時間に私達を呼んだんだ。当然用意してるよね?」


「客を空腹で帰すほど礼儀知らずではないぞ。そろそろ準備が整っている頃だ」


「空腹……夕餉か?」


「ご明察で御座います、陛下」


恭しく下げた頭をラグエルは殴ってやりたかったが、そこはぐっと堪える。ここで激昂してはローランの思う壺だからだ。この一連の流れは先ほどのルーファウスの意趣返しであろう。


「ふん……余の口に合う料理が出てくるとは思えんがな」


「お料理かぁ……最近してないなぁ……」


「さ、サリエル、王女たるもの無闇に刃物を持つものではない。お前はまずは政治を身に着けるのだ!」


「はぁ?」


「口に合うか合わないかは召し上がってみませんとね。ふふ、久しぶりのケイの手料理を存分に楽しませて貰おうか」


この中で恵の料理をまともに食べた事があるのは悠とローランだけなのだ。ルーファウスは毒の耐性を手に入れる為にほんの少し食べた事があるだけであったし、ラグエルとサリエルは当然恵とは面識が無い。


「あの頃より遥かに腕を上げているぞ。楽しみにしておくんだな。俺は厨房に行って来る」


「ん? 皆と食べないのかい?」


「忘れたか? ラグエルは子供達を使い潰して来た張本人だぞ。共に食卓を囲む様な仲ではない」


室内がしんと静まり返った。

場を凍らせる一言。お忘れかもしれませんが、ラグエルは子供達を召喚させていた人間なのです。その確執たるやバローの比ではありません。

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