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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-93 新しい自分13

「ユウ殿、もう2人ほど増えるのですか?」


悠が広間に戻ると、ニヤリと笑いながら開口一番ハリハリが悠に尋ねて来た。どうやら事情は分からなくともそうなるのではないかと既に察していたらしい。


「オリビアだけな。マーヴィンはバローの所で働かせようと思う。領土が広がった今、人手はいくらあっても困らんだろう。罪滅ぼしに働いていた方が世の為人の為になるはずだ」


「そうですか。まぁ、仮にもギルド長を務めていた経験があるのですから何とかなるでしょうね」


納得するハリハリの隣で成り行きを見守っていたソフィアローゼの方に視点を変えた悠はオリビアの処遇についても付け加えた。


「それとオリビアに関してはソフィアと同様に基礎からやり直してくれ。幸いとは言えんが、今オリビアは喉を潰されていて声が出せん。一から学び直す機会は今しかない。その他の損傷については今日中に治すつもりだ」


「喉は治してあげないんですか?」


ソフィアローゼが気遣わしげに悠に尋ねたが、悠には考えがあった。


「オリビアは仮にも五強に数えられていた人間だ。そんな人間が拠り所としていた魔法を一からやり直すのは辛かろうし固定観念もある。少し不自由なくらいがちょうどいいんだ。魔法の勉強中に不自由しているようならソフィア、君が助けてやってくれ」


「そ、そんな凄い人に私が助けられる事なんてあるかどうか分かりませんけど……ユウさんがそう仰るなら……」


「少々人間不信気味だからな、優しくしてやってくれ。ハリハリや俺は物を教える立場上余り甘い事は言えんのだ」


要は悠がソフィアローゼにやっていた事を客観視する立場になったという事だろうとソフィアローゼは苦笑した。


「なるほど、こんな感じだったんですね」


「状況に合わせて多少対応に変化は付けてはいるがな。今のオリビアには確固たる目的がある。そう努力を怠る事もあるまいよ」


「ちゃんと言っても伝わると思いますよ。ユウさんは見かけに寄らず、ちょっと心配性ですね」


「その者の人生を左右する事になるからな。それに、見かけに寄らんと言うならソフィアこそそうだろう。病弱だというから深窓の令嬢を想定していたのに予想外に気が強く――」


「わわーーーっ!! もう、人前でバラさないで下さい!!」


こうして冗談を言い合える程度にはソフィアローゼも悠と打ち解けたという事だろう。


「マーヴィンとオリビアは今日はここに泊まらせる事にする。ギルド長をやっていたマーヴィンだ、何かしら目新しい話が聞けるかもしれんしな。恵、軽く腹に入れられる物があったら用意してくれ。どうも2人共、ここ最近まともに食っていないようだ。その後部屋で休ませるなり、風呂に入らせるなりは自由にしてくれて構わない」


「お出かけですか、悠さん?」


言付けをしていく悠の気配を察して恵が尋ねた。


「ああ、2人の紹介が済んだらちょっとノワール家に行ってくる。レフィーリアにマーヴィンの事を頼んで来ようと思ってな」


「ヤハハ、バロー殿に頼むのではないのですね?」


「当然だ、バローなんぞにそんな事を言えば嬉々として仕事を丸投げするに決まっている。別に奴をサボらせる為に紹介するのでは無いのだぞ」


「目に浮かびますねぇ……先ほど脱走していただけに説得力があります。分かりました、こちらはお任せ下さい。上手く取り計らっておきますよ」


皆に話をしている内にマーヴィンとオリビアの準備も整ったらしく、応接室から2人が戻って来た。死人のような顔色だったマーヴィンも心労が晴れたお陰か多少顔色も持ち直し、目に生気が戻っていた。ただ、やはりオリビアはまだフードを被り直している所から察するに、火傷は治ってはいないようだ。


「お待たせ致しました、ユウ様」


「来たか。オリビアの火傷はやはり薬だけでは厳しいか?」


「はい……大分具合はいいのですが……」


実際『高位治癒薬』の効果は素晴らしく、かなり綺麗な肌を取り戻してはいたのだが、瞼が癒着するほどの火傷を完治させるには至らなかった。女として傷の残る顔を見せたくないというオリビアの気持ちは理解出来るものだ。


俯いたままのオリビアの肩に悠の手が掛けられた。


「オリビア、下を向いて生きるな。顔が下を向くと、心まで下を向く事になるぞ。真っ直ぐに俺を見ろ」


その言葉でオリビアはゆっくりとではあったが顔を上げた。


「ふむ……レイラ、眼球は使い物にならんか?」


《無理ね、眼球の半分まで火が通ってるわ。丸ごといきましょ》


どこからか聞こえて来た声にオリビアは不思議そうな顔をしたが、そのオリビアの手をソフィアローゼがそっと握り締めた。


「大丈夫です、ユウさんに任せておけばすぐに治してくれますから。でも、ちょっと最初だけ痛いので、我慢して下さいね?」


「……」


ソフィアローゼの説明は具体性を欠いていたが、染みる薬か何かだろうと考えたオリビアは小さく首を振った。


「説明感謝する。しばらくじっとして動くなよ。ソフィア、手は放しておけ。無意識の握力は想像以上に強いからな」


「ユウ様、オリビアに何を……?」


「良く効く治療を施す。差し当たって目だけは治しておかんと遠近感が取れんからな、いくぞ」


不安げなマーヴィンに短く説明し悠はオリビアの顔の左側に手を当てた。


「『再生リジェネレーション』」


脳を直撃する顔面の灼熱感にオリビアの体に痙攣が走るが、事前に痛むと予告されていたオリビアは必死にその痛みに耐えた。声を出せない状態でなければそれでも叫んでいただろうが。


耐えた時間は五秒に満たなかっただろう。だが、甚大な痛みにオリビアの視界が涙に滲んだ。


そしてふと違和感を抱いた。視界がおかしい? それにオリビアが気付いたのはその範囲ゆえだ。明るい範囲が広いのだ。まるで今までの倍はあるような……いや違う、本来は視界はこのくらいはあったはずなのだ。つまりは……


「治ったな。こちら側の目も反応しているようだし、もう心配はいらんだろう。む?」


マーヴィンが今起きた事が理解出来ずにその場で腰を抜かしたが、オリビアの反応は更に劇的であった。その場に両膝を付いたオリビアは手を組み、ただ一心に悠を拝み始めたのだ。


「……何をしている?」


「感謝……かな?」


《もっと視野狭窄な何かに見えるけど……気絶させてから治せば良かったかしら》


この世の春を謳歌していた所から最底辺に叩き落とされ、オリビアの精神は既に崩壊寸前であった。そこにもたらされた救いによる多幸感はオリビアの精神を完全に塗り替えてしまったのだ。『殲滅魔女』オリビアが真の意味で死んだのはまさにこの時であったかもしれない。


後日、オリビアは違う二つ名で呼ばれる事になる。




「ああ、『沈黙サイレント聖女シスター』様かい? 助けて頂いた事があるよ。聖話をされる時以外は殆どお話にならなかったけど、とにかく滅法強かったね! 昔は冒険者でいい所までいったって噂は本当じゃないかな? あれ以来、俺も静神教に入信したよ。神に祈るのに言葉はいらないっていう教えだから祈りの時間は静かなもんさ。前にあった聖神教とかいう似非宗教と違って無茶な寄進を求められる事もないし、穏やかないい宗教だよ。何故か静神様は立派な鎧を身に纏った騎士のお姿をしていらっしゃるけど、オリビア様はその時ばかりは静神様はこの姿ですって熱弁されるから俺も段々そうなんじゃないかって思えてきたね。オリビア様もお強いし、それで俺達が困る事も無いから別にどんなお姿でもいいと思うよ、俺は」




この日、静神教がアーヴェルカインにて産声を上げた瞬間であった。

神様になる前に祀られる事になりました(笑)


静神教が登場するのはもう少し後になりますけどね。

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