7-91 新しい自分11
「やっぱり増えた……」
悠の横で顔を赤らめたまま広間に現れたソフィアローゼを見た蒼凪がボソッと呟いた。女の勘が告げている。あれは間違いなくオチていると。
「今日からソフィアローゼもしばらくの間ここで暮らす事になった。ゆえに、客扱いは今日までだ」
「よろしくお願いします。私の事は今後ソフィアとお呼び下さい。親しい人は皆そう呼んでいましたから」
「では悠先生、ソフィアロー……ソフィアも明日からは鍛練に参加するんですか?」
樹里亜の質問に悠は頷いた。
「ああ、と言っても最初からお前達に付いては行けまい。しばらくは体力作りと魔法の基礎を行う。ハリハリ、『覚醒儀式』は頼むぞ」
「お任せを。どこに出しても恥ずかしくない大魔法使いにしてご覧に入れましょう!」
「せんでいい。お前が控え目だと思う辺りが世間一般のやり過ぎだ」
「おおっと、ワタクシの魔法もユウ殿の鍛練も同じくらいだと思いますがねぇ~」
(((確かに……)))
そのハリハリの意見には割と全員賛成なのだった。
「く、クソったれ……せっかくいい口実を見つけて逃げ出して来たってのに何なんだよ……!」
そこに頭を抑えたバローがやって来た。蒼凪の一撃がよほどいい位置に決まったのか、それとも疲労が溜まっていたせいか、おそらくその両方の理由でやっと今起きたのだ。
「バロー、貴様ソフィアに話したらしいな?」
「え……? あ、待てよ、俺はそんな話聞いてねぇんだぞ!? ちょ、こっちくんな!!」
ズンズンと近付いてくる悠に危険を感じたバローは急いでテーブルの反対側へと避難していった。
「何故逃げる? 疚しい事がないのなら逃げる必要はなかろう?」
「お前が無表情で近付いてくるからだよ!!」
もうこれ以上痛い目に遭うのはゴメンとばかりにバローは必死に逃げ惑った。その情け無い姿はバローが大国ノースハイアでも片手の指に入る重要人物であるとはとても思えないものであった。
「また捕まえる?」
「屋内じゃ始の操れる植物の規模が足りないわね。神楽の《窒息》じゃ他の人が危ないし、朱音に氷漬けにして貰って……」
「お前のその発想が一番アブネェんだよ!!」
恐るべき捕獲計画(抹殺計画?)を立案する樹里亜にバローが決死の叫びを上げる。用事ついでにちょっと休みに来ただけなのに、何故今自分が死に掛けているのかバローには理解不能であった。誰かの呪いかもしれない。
と、そこでバローはこの屋敷に来たもう一つの目的を思い出した。
「用事……? そうだ、俺は用事でここに来たんだよ!! ユウ、お前に客が2人来てるんだ!! だからそのおっかない気配を引っ込めろ!!!」
「客? ……この場を逃れる為に嘘を吐いているのではなかろうな?」
「んな事やったら後でお前にボコボコにされるじゃねぇか!? 俺はそんなに刹那的な嘘なんか吐かねぇよ!!」
一応筋の通った言い分に悠は足を止め、当事者であるソフィアローゼに視線を送った。
「ユウさん、私は本当に気にしていませんから!」
ショックを受けたソフィアローゼもそう言ってバローを庇うので、悠はこの辺りで矛を収める事にした。元々半分はただの脅しだったのだ。
「……で、その客とは誰だ?」
「ふぅ、やれやれ…………それが変な客でな? どこかから俺とユウが親しいって聞きつけてきたらしいんだが、自分達の正体が分かったらユウは会ってくれないかもしれないから言えないが、決して妙な真似はしないから何とか取り次いでくれないかってよ。怪しい事甚だしいが、殺気もねぇし、妙に哀れを誘う爺さんでな。一度会ってやってみてくれねぇか?」
「老人でノースハイアの者に知り合いは殆どおらんが……もう一人は?」
「ワカンね。ずっと爺さんの隣でボロボロのローブのフードを被ったまんま俯いてるだけだ。殺気どころか生気もねぇよ。体格からして女かなと思うが、どうにも問い詰める気になれなくてな」
ガリガリと頭を掻いてそう語るバローにビリーが渋面で割り込んだ。
「アニキ、アニキは今じゃ大貴族なんですから、もうちょっと身の回りに気を付けて下さいよ。そんな得体の知れない人間、普通は貴族の家に訪ねて来ても門前払いするモンですよ?」
「や、何と言うか……今日の俺は少々寛大な気分だったというか……」
答え辛そうにそんな言葉を口にするバローだが、真実はこうだ。レフィーリアに過剰な執務を割り振られたバローは早々にギブアップして脱出の機会を窺い、そこに丁度来客として現れた2人組を利用したのだった。止めるレフィーリアを振り切り、一目散に悠の屋敷へと駆け込んで来たのだ。
「貴様がそんなタマか。大方、机仕事が面倒で逃げ出す口実にでも使ったのだろう」
「み、見てきたような事を言うんじゃねぇ!!」
「バローの処置はレフィーリアに任せるとして、来客の話は本当らしいな。大分待たせてしまったが……」
《我が主、こちらに近付いてくる一団があります。人数は4人。レフィーリア様、パストール様、残り2名は不明ですが、老人と女性です》
丁度その時、葵が報告をもたらした。
「どうやらバローがいつまで経っても帰って来ないから迎えに来たらしいな。しかも客も一緒か」
「うげっ、じ、じゃあ俺はそろそろ退散……」
「待たんかバカ者が。貴様はレフィーリア達と帰るんだ」
そっとその場を後にしようとしたバローの肩を悠がガッチリと掴んだ。バローは知っている、ここで妙な動きをすれば、この手が肩を粉砕するであろう事を。
「はぁ……短い余暇だった……ケイのメシも食いそびれるし……」
「大人ならばやる事を済ませてから来い。子供の様に気分で動くな」
「はいはい、わーかりましたよ」
バローは両手を上げて降参のポーズを取った。とりあえず昼寝が出来ただけでも上等と思わなければならないだろう。
「おそらく危険は無いが、皆はこの場で待機していてくれ。俺は来客とやらの正体を確かめてくる」
「お気を付けて。何かあればすぐに駆けつけます」
悠とバローは他の者を広間に残して玄関へと移動すると丁度レフィーリア達が屋敷に到着した所であった。
「兄上! ただの伝言に何時間掛かっているのですか!?」
「ワリィ、ちょっと色々あったんだよ。ユウ、あれがさっき話してた来客ってやつだ」
その2人の姿はみすぼらしく、フードに隠れていて顔は分からないが疲弊した雰囲気だけは伝わって来た。薄汚れたローブは所々解れていて冬に旅をするには少々寒いであろうと思われるが、そんな余裕すらないのかもしれない。そしてレイラを擁する悠にはその2人の正体がすぐに察せられた。
「ふむ……。バロー、お前は帰れ。客は俺が預かる」
「知り合いか、ユウ?」
「ああ、親しいとは言えんが、知り合いである事は確かだな。お前も名前くらいは聞いた事があるはずだ。仮にも五強の一角とその師匠なのだからな」
「あん? ……まさか、この落ちぶれたのがマーヴィンギルド長とオリビアか!?」
驚きの声を発するバローの前で、老人がフードを後ろに引いて顔を晒し、頷いた。
「いかにも、儂はマーヴィンです。……もっとも、もうギルド長ではありませんが……」
そう言って頭を下げるマーヴィンには最初に会った時の覇気や傲慢さは全く失われており、目は落ち窪み頬は血色悪くこけ、今にも死に掛けの老人にしか見えなかった。
「詳しい話は中で伺おう。付いて来られよ」
「さ、兄上、帰りますよ!」
「ちぇ、ちょっと面白そうなのによ。じゃあな、ユウ。後で話を聞かせろよ!」
「それでは失礼致します」
バロー達が帰って行き、その場に残された悠達も広間に向かって移動して行った。しかし、マーヴィンはともかく、オリビアは先ほどから一言も発せずフードも取らず、トボトボと付いてくるだけだ。マーヴィンもそれなりに酷い状態だが、オリビアはそれら生きる輝きとも言えるものが根こそぎ失われてしまったかのように見えた。
2人を連れて広間に入った悠はそのまま応接室を目指した。その途中、恵に茶を頼む事も忘れない。
「師よ、その者達は?」
「ノースハイア冒険者ギルド元ギルド長、マーヴィン殿とその弟子オリビア殿だ。どうやら俺に話があるらしいのでな、応接室を使うぞ」
「マーヴィン殿にオリビア殿と言えば……ユウ殿と諍いを起こした張本人ではありませんか? 随分ときな臭い話に思えるのですがね?」
ハリハリの言葉に広間に友好的では無い空気が漂い始めた。冒険者ギルドでの顛末は既に皆周知しており、その相手がマーヴィンとオリビアだった事は記憶に新しいのだ。
「済んだ事だ。それに、だからこそ危険な事は無いとも言える。変心して襲い掛かって来ても退けるのは容易だ。そんな下らん用事でわざわざここまでくるまい」
「それもそうですか。まぁ、何かあったらお呼び下さいね」
何でもない事のように言って空気を変えたハリハリが椅子に座り直した。今のやり取りで2人に危険が無いと周りに分からせる為に敢えて危険を説いたのだろう。流石に卒がない人心掌握術であった。
一応皆が納得した事を感じ取り、悠達はそのまま応接室へと入ったのだった。
再登場の2人ですが落ちぶれてしまっています。何故こうなったのかは次回をお待ち下さい。
ついでに今日からまた東京出張で、帰りは6日夜の予定です。ホテルにPCが無いと更新が遅れるかもしれません。




