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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-87 新しい自分7

その後もソフィアローゼのリハビリは過酷というに相応しい内容であったが、文句や泣き言を言いながらもソフィアローゼはよくそれに耐えた。その根底にはやはり恵の助言があったのは疑いない所である。


密かに行われている食事療法と日々のリハビリによってソフィアローゼが立って歩くのに支障をきたさないレベルになるまでに掛かった時間は僅かに1週間であった。もしこれが何の補助も無い一般人であったとしたならば、歩けるようになるまでで一月以上は掛かったであろう。


何とか人並みの生活を送れるようになったのであれば、考えなければならないのは今後の身の振り方である。そこで悠は再びクリストファーを屋敷に招き、相談を行ったのだった。


「クリストファー殿はいかようにお考えだろうか?」


悠に尋ねられたクリストファーは先ほど見たソフィアローゼの見違えるような生き生きとした様子を見て、迷う事なく口を開いた。


「クリスで結構ですよ、ユウ殿。……私はユウ殿さえ良いと仰って下さるのであればソフィアローゼ様をこの屋敷でお預かり頂けないかと考えております。いずれはアライアットに帰るのが筋なのでしょうが、今のアライアットに帰る場所は無く、異国の地で頼るべき縁故もございません。……いえ、ノワール侯にならばお縋り出来るのかもしれませんが、私はユウ殿にソフィアローゼ様をお任せしたいのです」


「この屋敷はそう簡単には落とせんが、必ずしも戦いに巻き込まれない訳ではない。場合によってはソフィアローゼの身に危険が及ぶかもしれんぞ。俺としてはバローの領地を勧めるが」


「ノワール侯には我ら投降兵を受け入れて下さったご恩がございます。この上、ソフィアローゼ様までと言うのは些か心苦しく……あ、いえ、ユウ殿であれば気兼ねなく頼れるという意味ではございません! ソフィアローゼ様の治療に掛かった費用は必ずや私が此度の戦争で功を成しお支払いを――」


「その様な気遣いこそ無用。金を惜しむならソフィアローゼは助けておらん。……クリスはハリハリの言う通り、人に気を使い過ぎるな。長生き出来んぞ?」


そう窘める悠は詳細には語っていないが、正直に言えばソフィアローゼの治療に値段など付けようがないのだ。精々割り出せるのは使用した薬品の値段くらいであり、それだけでも『万能薬エリクシール』、各種『治癒薬ポーション』、ドラゴンの血肉など、超高級品のオンパレードである。その額は原価計算でも金貨数百枚に及び、更に本命の手術オペレーションは誰一人真似る事が出来ない神業である。残念だがクリストファーが少々戦功を積んだ程度で返せるようなものではなかった。そしてロッテローゼとの約束に悠は金銭的な事情を持ち込むつもりはなかったのだ。


「私もユウ殿と同じくそう簡単に生き方を変えられません。それに、危険を押してでもユウ殿にソフィアローゼ様をお任せしたいと考えるのは、ソフィアローゼ様の今後のご成長の事を考えての事なのです。ソフィアローゼ様はこのごく短い期間で良い意味で変わられました。私にはユウ殿以外にそれが成し得たとは思えません」


「それこそ買い被りと言うものだ。ソフィアローゼは俺が思うよりも性根が据わっていたし、それを支えたのは恵を始めとする子供達の優しさだろう。もうソフィアローゼに俺は必要あるまいよ」


「少なくとも私には出来ない事でした。自分が出来ぬ事が出来る方には素直に頼るべきと心得ております」


「賛辞は有り難く受け取ろう。が、ソフィアローゼの成長を望んでの事ならば、俺にももう一つ心当たりがある。いつかはそこに行くのが良いのではないかとも思っていたのだ」


悠の言葉に思い当たる場所が無いクリストファーは首を傾げ、悠に質問する。


「ふむ? 私にはまるで心当たりがございませんが、それは一体どちらでしょうか?」


悠の返答はクリストファーの範疇に無い地名を紡いだ。


「ミーノスだ。ミーノスの学校にソフィアローゼを預けるべきではないかと考えている。今頃あの場で頑張っている、俺のこの世界での最初の、頼りになる弟子が居るのだよ」




一方、その頃のミーノスの学校では教室内は生徒の様々な感情から漏れ出た声で溢れ返っていた。


「どうだった、アルト? ……って、聞くまでもねぇか」


「僕は一足先にユウ先生やハリハリ先生に習ってたから」


ジェイに問われたアルトは今オランジェから渡された試験結果紙を見直した。そこには10段階評価で表された各教科と総合評価が記されており、アルトの紙にはⅩ以外の評価は存在しなかった。極めつけに上位10名にのみ書かれている席次が追記されており、アルトの席次は1/10、つまり主席である。


「うへ~、文武両道ってのはこういうのを言うのかね。普通は運動か勉強のどっちかに偏るもんだろうに」


「そういう2人は運動系は成績が良かったじゃないか。それに、ジェイだって算術はⅨでしょ? 文武両道って言うならジェイもだよ」


「どうせ俺は勉強は苦手だよ」


「拗ねるなよライハン。ま、俺は家が商売やってるからな、ある程度金を数えるくらいの事は出来るってだけだぜ。とてもアルト大先生とは張り合おうとは思わねぇな。それに、担任のオランジェ先生には悪ぃけど、俺は歴史が苦手だからなぁ……」


今日は先日まで行われていた学期頭の試験結果の授与が行われていたのだ。アルトについては勿論言うまでも無いが、同じく共に鍛練をしていたジェイやライハンも格闘術では相当に上位の成績を修める事が出来ていた。


「ハイ、どうやら皆それなりにいい成績を取れたみたいね。アルト君は別格にして」


「皆で頑張った甲斐があったね」


「その様子だと、エクレアさんやラナティさんもかなり良かったみたいだね」


そこに結果を受け取ったエクレアとラナティもやって来ていた。


「勿論!! ホラホラ」


「あっ、席次が書いてありやがる。チッ、しかも2人共かよ。しっかりしろよなライハン」


「ジェイだって入ってないだろ!?」


「で、でも私はギリギリだったから……」


エクレアの結果表には7/10、ラナティには10/10の数字が記されており、2人共学年で10番以内に入る事が出来たのだった。


「そこで真打ちの俺ちゃん爆誕!!」


「どわっ!? ど、どこから出てきやがる、ルーレイ!!」


ライハンの股の間からぬるっと現れたルーレイは怒鳴るライハンを無視し、良く分からないポーズを決めて結果表をアルトに見せびらかした。


「あ、ルーレイもなんだ。頑張ったね!」


「ふふん、もっと褒めてちょー」


「ルーレイはいかにも運動とか苦手そうなのにな。ちっさいのに案外タフだしよ」


「ちっさいゆーなデカブツがー!!!」


「くっ、私より一個上の6番!!」


サラリと混じっているが、当然皆ルーレイが第二王子だという事は知っているし、アルトと同じく短期入学扱いだと自ら自己紹介も済ませている。最初に教壇に現れたルーレイを見た時、アルトは思わずつんのめってしまったのは記憶に新しい事だった。そしてルーレイもアルトと同じく悠の屋敷で鍛練している身であり、体力も人並み以上にあるし、魔法に関しては知識ならアルトに引けは取らないのである。事実、席次は6番であるが、格闘術以外は殆どの教科で高得点をマークしていた。


特に魔法に関してはアルトとルーレイの実力は教師をも軽く凌いでいるのである。ハリハリから優れた理論と実践を学んでいる2人にとって、学校の試験は少々簡単過ぎて申し訳ないレベルであった。


「やー、アルトはやっぱり1番かぁ~。流石は俺ちゃんのアルト!!」


「オメェのじゃねーっての」


「少し騒ぎ過ぎですわよ、あなた達」


そこに騒がしいグループを見咎めたエルメリアもやって来た。


「あ、エルエルだ、いやっほー」


「……ルーレイ様、仮にも王族なのですからアルト様を見習ってもう少ししゃんとして下さい。それに、私の名前はエルメリアですわ」


「相変わらずおカタいにゃ~」


自由奔放なルーレイはエルメリアにとって苦手とするタイプであった。なにしろこの学校でエルメリアより家格が上なのはアルトとルーレイだけなのである。典型的貴族思考を持つエルメリアにとってルーレイは敬意を払わざるを得ない存在なのであるが、どうにも忠誠心を刺激されない性格と振る舞いに難儀しているのである。


「あ、エルエル2番じゃん、さっすが~」


「このくらいは当然ですわ。貴族とは他の者より優れていなければならないのですから」


エルメリアの結果を覗き込んだルーレイが言う通り、エルメリアの物には2/10の席次が記されていた。エルメリアの成績は全体的にそつがなく、評価がⅧを下回るものも無い。


「流石と言うならアルト様こそ流石ですわ。苦手な教科が無いんですもの。私は格闘の成績が振るいませんでしたし……」


「あ、格闘はエルメリアに勝った!」


「貴族なのに礼儀作法がⅦの人に負けたつもりはありませんわ!」


エルメリアの結果を見たエクレアが得意そうに言うと、エルメリアも反発して言い返す。こうして見れば、エルメリアもアルト達と関わるようになって当初より少し険が取れたようである。


「ここに居る奴らだけで10、7、6、2、1の席次持ちかよ。アルトが居る間は首席は不動だろうな」


「席次に拘るつもりはないけど、学校に居る間も努力を怠るつもりはないよ。オランジェ先生の授業も新鮮で面白いし」


アルトに近しい者達の成績が頭一つ抜けているのは間違いなくアルトから影響を受けているからだろう。席次に入っていないジェイも、ラナティが居なければ実は席次入りしていたのである。ジェイより低いライハンにしても格闘術の成績だけなら10本の指に入る優秀な成績を収めていた。その事に最初に気付いたのは当然結果を記した担任教師である。


「君は周囲に良い影響を振りまいているようだね、アルト君」


「オランジェ先生? すいません、もう少し静かにします」


「いやいや、もうそんなに時間も残っていないし、節度を守ってくれれば構わないよ。……しかし惜しいね、君やルーレイ君が短期入学だなんて。君が居てくれると、私の目の届かない所も安心なんだけれど……。未だに上手く溶け込めていない生徒も多い事だし」


「……」


オランジェの心配するように、未だ学校に上手く馴染めていない生徒は決して少なくはなかった。貴族意識を抑えられない者や、逆に貴族への反感を抑えられない生徒は多く、大小のトラブルは日常茶飯事だ。エルメリアなども分別なく諍いを起こす事は無いが貴族意識を強く持っているし、メルクーリオのように貴族嫌いを公言して憚らない者も居るのだ。


アルトは自分の役割は貴族と庶民の橋渡し役であろうと心得ている。だから率先して多くの人間に関わるようにしてきたし、その甲斐あってアルトを中心に融和の輪は広がりつつあった。


学校でのアルトは限りなく完璧に近い存在である。文武に秀で温和で誠実、眉目秀麗で分け隔てなく、貴族特有の尊大さとは無縁なアルトがそうそう嫌われるはずがないのだ。アルトを嫌う者達は大抵本人が歪んでいるからである。


だがアルトにとって、この程度で驕るなど有り得ない事であった。アルトの師である悠やバロー、ハリハリを思えば、こんな場所で少々煽てられたからと言って図に乗る事など出来ないのである。


しかし一般的に見て優れた能力や容姿はそれだけで嫌われる要因になり得るという事実をアルトは初めて肌で感じ取っていた。アルトにとって容姿は親から与えられたものであって誇るべきものではないし、剣や魔法は汗水垂らして必死に手に入れたものである。容姿はともかく、努力で手に入れたものまで妬まれてはアルトであっても面白くはないが、それが人間なのだとアルトは学校で知る事が出来たのだ。


「もう少し、何かきっかけがあれば仲良く出来ると思うんです。でも僕にはそれが何なのか分からなくて……」


「そんな事は本来私達教師が気にするべきで君に責任を負わせる事ではないんだけれど……力不足で申し訳ない」


「いえ、ユウ先生や父様もきっとそのつもりで僕をここに送り込んだんだと思いますから」


アルトもそろそろ学校を去る時が近づいている事は感じていた。その時までに何とか手応えを掴みたいというのがアルトの偽らざる本音である。


「それについては試してみようと思っている事があってね。来週の頭に発表出来ると思うんだ。後でアルト君の意見も聞かせて欲しいと思うので、放課後に職員室に来てくれるかい?」


「分かりました、遅くなるようなら先に寮に報告を――」


「そのくらい俺が伝えておいてやるよ。リッツのオッサ……寮長もアルトなら文句言わねぇだろうよ」


「ありがとう、じゃあ伝言はお願いするよ」


ジェイもジェイなりにアルトの言葉を聞き入れ、年長者で敬意を払うに値する人物には言葉遣いを注意するようになっており、言い直したジェイにアルトは笑みを向けた。


「なるべく早く終われるようにするから頼んだよ」


……このオランジェ達の計画に、アルトの学校生活最後にして最大の困難が待ち受けている事など、この時はまだ誰も知る由もない未来であった。

アルトも学校で頑張ってます。ルーレイもそれなりに。


話はもう少しソフィアローゼ主体で進みますよ。

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