1-53 千葉家10
予約投稿をミスりました;;
まだ日も昇らない午前5時。悠はいつもの様に目を覚ました。
「・・・ん。・・・ふう。おはよう、レイラ」
《ええ、おはよう。ユウ》
《おい、マコト、ユウとレイラが起きたぞ。お前も起きろ!》
「寝かせておいてやれ、ガドラス。俺はいつもこの時間に起きる習慣なだけだ。真は軍の仕事の疲れもあるだろう」
《ふん、竜騎士がそんな甘い事でどうする?戦場で敵は起きるのを待ってはくれんのだぞ?》
《もう戦場じゃないわよ。いいから静かにしていなさい》
《むぐ・・・》
レイラには弱いガドラスである。
「さて、俺は裏庭を借りて鍛錬をする。じゃあな」
そう言って悠は素早く服を着替え、ドアをそっと閉めて出て行った。
「すぅ~・・・・はっ!ふっ!」
深く息を吸い、打撃の時に急激に吐き出す呼吸法を繰り返しながら、悠は拳法の型をなぞった。流れるようでいて、強く鋭いその攻撃は、武の心得がある者が見れば、並大抵の使い手では無い事を悟るだろう。
拳、肘、急所への突きから急激にしゃがみ込んでの水面蹴り、その勢いでもう一回転しつつ胴への回し蹴りへと繋げて、正面で蹴り足をぴたりと止めて、そのままゆっくりと足を上に持ち上げて行く。不安定な体勢であるのに、その身体に全くブレは無い。
しばし停止してその姿勢を維持し、すっと下ろして自然体になる。
そこに拍手の音が響いた。
「相変わらず綺麗な型です。私も見習いたいものですね」
「毎日やっていれば自然とこうなる。おはよう、亜梨紗」
「ええ、おはようございます、悠さん」
そこにはタオルとドリンクを持った亜梨紗が控えていた。悠は途中で気付いていたが、特に支障は無いのでそのまま型を続けていたのだ。
「どうぞ」
「ああ、すまんな」
そう言って亜梨紗から渡されたタオルで額を拭い、ドリンクに口を付けて喉を潤した。
「それにしても、悠さんはいくつ格闘技をされているのですか?」
「厳密には解らんな。どの格闘技にも得手不得手があるし、いい所は取り込むようにしているからな」
「だから戦いにくいのですよ、挑む方としましては」
「格闘技に必要なのは、まずは必ず敵を倒せる力を養う事。次はその力を攻撃へと変え、必ず命中させる事だ。沢山の技法を知っておく事はその助けになる。生兵法は怪我の元だがな」
「では、一手ご教授頂けますか?」
「ああ、まだ少し時間はあろうよ」
悠はタオルとドリンクを置くと、亜梨紗の正面に立ち、自然体で構えた。対する亜梨紗もガードを上げて半身になる。
「こい」
「行きます!」
亜梨紗は一瞬で距離を詰めるとそのついでとばかりに左ジャブを悠に当てに行くが、悠は上体を反らして距離を稼いで被弾を防いだ。亜梨紗は更に数発放って距離を測りつつ、ひと際鋭いジャブを引き戻し、その反動を使って右足でローを放つ。対角線の攻撃は目線が遠い為に避け難く、相手に一撃与えるのに有効な手段だった。それにスウェーでかわすと足元が硬直しやすいのも計算に入っている。しかし悠は危なげ無く左足を上げるとそのローを素通りさせた。
「いい組立だが、教科書に忠実過ぎるな。変化やフェイントを混ぜろ」
「はいっ!」
亜梨紗はその回転力を再び加速させてもう一度ロー・・・に見せかけて今度はバックハンドブローで悠の顎を狙ったが、悠は腰を屈めてやり過ごした。と、更に拳をかわされた亜梨紗が回転の最後に宙へと舞い、落ちた悠の頭目がけて飛び膝蹴りを放った。
さすがに被弾するかと思われたが、悠は更に体勢を低くして亜梨紗の下へと潜り込むと、未だ上昇を続ける亜梨紗の脛に足を当て、そしてそのまま押し上げて更に上へと吹き飛ばす。
「くっ!」
亜梨紗は自分の意志に寄らない上昇に混乱しかけたが、なんとか宙で後方回転してそのまま足から地面に着地した。
「本来なら、今ので脛を折られていましたね」
「一連の流れは文句無いな。しかし、捨て身技は余程の事が無い限り使わない事だ。致命的な隙になる事も多い」
悠は先ほどの型でやっていた様に足を大きく高く上げている。今のは相手の足にそっと当てて押しただけだが、本気でやれば脛の開放骨折といった所だっただろう。
「ご教授、ありがとうございました」
「ああ」
そう言って二人はその場で頭を下げ合う。短い攻防だったが、濃密な手合わせに亜梨紗は大量の汗を流している。悠相手に組み手をしたという緊張感からの冷や汗もあった。
・・・ここまでは作戦通りだ。ミッションはここからが本番だった。
「いや、やはりお強いですね、悠さんは。まだまだ敵いません」
「だが亜梨紗も竜騎士になって筋力も反射神経も上がっているな。この間よりも動きが良いぞ」
「でもまだ上手く体の感覚に馴染ませているとは言い難いですね。無駄な動きのせいで汗もかいてしまいましたし・・・ゆ、悠さん、タオルを貸して頂けますか?」
「ん?ああ、ほら」
名前を呼ぶ時に亜梨紗の声が一オクターブほど甲高くなった気がしたが、喉が渇いたのだろうと判断した悠はタオルを放り、まだ残っているドリンクを手渡しした。タオルを頭から被された亜梨紗は深呼吸して呼吸を整えながらドリンクを受け取った。
「す~は~す~は~、えへへ・・・あ、ありがとうございます」
「ああ?」
自分の汗を拭いたタオルを被ったまま深呼吸などしたら汗臭いだろうにと思いながら、『何故か』笑顔の亜梨紗に悠は不審を抱いたが、ドリンクを『まるで天上の甘露の様に』美味しそうに飲む亜梨紗を見て、気のせいかと思って追及しなかった。
「今日はいい一日になりそうです・・・」
「いや、亜梨紗は今日から三日間謹慎だからいい日では無いと思うが・・・」
「うっ!?」
亜梨紗は先日、無断で立ち入り厳禁の部屋に堂々と押し入り、悠に喧嘩を売った懲罰として今日から三日間謹慎なのだ。
「あの時はすいませんでした・・・つい、頭に血が上ってしまって・・・」
「無感情になる必要は無いが、感情は制御しなければ、いざという時に力を発揮出来んぞ。相棒に良く鍛えて貰う事だな」
《ああ、任せておいて?これでも人に教えるのは嫌いじゃ無いからね?》
悠の言葉にウィナスがいつも通りの疑問符で答えた。
「女同士、気も合うようだしな」
「え?」
《え?レイラさんに聞いたの?ユウさん》
悠が自然とウィナスを女扱いした事に亜梨紗もウィナスも驚いたが、レイラから聞いているのなら別におかしな話では無い。しかし、悠は首を横に振った。
「いや、聞いていないが・・・ん?普通は分かるんじゃないのか?」
「いえ・・・私達は全員男の子だと思っていました・・・」
《さっすがユウさんだね!?アリサ、君もこの眼力を見習いたまえよ?》
気にしていないと言いつつも、やはり全く気にせずにいた訳では無いウィナスはいつもよりハイテンションで悠を褒めた。
《ユウは最初に会った時も私が雌だってすぐ気付いたのよ。一種の勘みたいなものかしら?》
「さて、意識した事は無いな」
《これは俄然僕もアリサに協力したくなって来たね?是非ともアリサのパートナーになって貰うからね?ユウさん!》
「それが叶う様に鍛えてやってくれ。亜梨紗、先を楽しみにしている」
「はいっ!不肖千葉 亜梨紗、全身全霊で取り組みます!!」
日の昇った千葉家の裏庭に、亜梨紗の威勢のいい返事が響いたのだった。