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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-86 新しい自分6

その後、休憩を終えたソフィアローゼは再び悠と2人だけでリハビリ再開となった。少し休んだのと特製の飲み物のお陰で少し元気を取り戻したソフィアローゼは何とか2時を過ぎるまでに20回の上体起こしを終える事が出来た。


その頃にはもうソフィアローゼには一切動く元気は残っておらず、体の至る所がビクビクと痙攣するだけだ。


「これでようやくメシが食えるな。明日からはもっと早くこなして欲しいものだ」


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」


「とりあえずメシの前に風呂か。だが恵は鍛練中だからな……仕方が無い、俺が入れるか」


悠の言葉にソフィアローゼの体がビクンと跳ねた。


「ハァ、ハァ…………い、今、なんて、言った、の?」


「風呂に入れると言ったが」


「じ……冗談、よ、ね?」


「俺がそんな物を言うように見えるのか?」


全く見えなかったソフィアローゼは声も嗄れんばかりに絶叫を上げた。


「……い、い、い、イヤーーーーー!!!」


「煩い、元気なら後10回ほど追加してやろうか?」


「どっちもイヤーーーーー!!!」


「何が嫌なのか分からんのだが? お前の体など、それこそ内部に至るまで俺はとっくに見ているのだぞ?」


「思い出させないで!!! う、う、うえええええん!!!」


疲労と羞恥で混乱の極に達したソフィアローゼはそのまま幼子の様に泣き出してしまった。


《ユウ、一応年頃の女の子なんだから、そういうのはダメよ》


「そうか、済まん」


《でも、このままじゃ汗が冷えて体に良く無いからお風呂に入れるのは賛成。要はユウが見えなければいいんだから》


セクシャルな発言にはレイラのお叱りを頂いたが、レイラも相当に突き抜けているので悠が裸体を見なければいいという所に思考が着地したらしい。やはり常識的に見えてこの辺は悠のパートナーである。


「ならば目隠しか」


《ええ、後は私がナビゲートしてあげるから。早く済ませて食事も食べさせてあげないといけないんだし、行きましょ》


「着替えは脱衣所にあったはず。では行くか」


「誰と喋ってるのよぅ!!! ふえええええん!!!」


「泣く元気があるなら次からは昼までに済ませろ。そうすれば誰か他の女子に頼めるのだからな」


「やだあああああっ!!! ケイさん助けてーーー!!!」


「この屋敷は防音だ、外で鍛練中の恵には聞こえん」


嫌がってもソフィアローゼは逃げる事も出来ない状態であり、あっさり悠に捕獲されると、例によって小脇に抱えられて風呂へと連行されて行くのであった。




どうあっても逃げられないと悟り死んだ魚のような目をしたソフィアローゼと悠は女性用の脱衣場に入った。女性用なのは、ここに着替えも完備されているからである。


「葵、風呂は沸いているな?」


《はい、お2人のやり取りは伺っております。いつでもお入り頂けるように適温を保っております》


「助かる」


屋敷の設備は全て葵の管轄下にある。水は大気中の水分を凝縮して蓄えており、乾燥地帯であっても一月ほどであればこの大所帯でも水の備蓄に困る事はない。また完全なリサイクルを実現しており、使用後の水や風呂も自動で濾過・殺菌を行っているので屋敷の中の水は常に清潔かつ安全である。


またしても姿の見えない存在にソフィアローゼが吠え掛かった。


「ねえ、今のは誰よ? 姿が見えない人と喋るなんてやっぱり悪魔だからね!?」


悠がさて何と言って切り捨てようかと考えていると、予想外の所から反論が上がった。


《……申し訳御座いませんが、悪魔呼ばわりは当方にとって非常に不本意ですのでお控え下さい。私はこれでも天界の工房ファクトリーで造られた生粋の『神器アーティファクト』です。自己進化機能による学習能力も備えておりますので、もしご忠告を聞き入れて頂けないと判断した場合、それ相応に対処させて頂きます。なおこれは忠告であると同時に最終通告でもありますので悪しからずご了承下さい》


そんな答えを返したのは葵である。これまでにない葵の反応に、悠は本気の度合いを感じ取って呆気に取られるソフィアローゼに言葉を重ねた。


「小娘、俺の事は何と呼んでも構わんが、葵にはちゃんと敬意を払え。お前が病を気にせず飲み食いしたり、夜に魔物の襲撃に怯える事なく眠れるのも全て葵のお陰なのだからな。葵はこの屋敷そのものであり、機能の全てを統括管理する存在だ。嫌われたらどうなるかは俺にも分からんぞ」


最近では葵にも感情らしきものが垣間見える事があったが、悠にしてもこの葵の反応は初見である。屋敷の住人で葵に敬意を抱いていない者などバローを含めても皆無であり、悪魔呼ばわりは葵の天界の眷属としての矜持を傷付け、「怒り」と「不快感」を獲得させたようだった。


悠の語気がいつもより僅かに強い事でソフィアローゼも自分の不手際を悟ったらしい。


「ご、ごめんなさい……あの、どこに居るんですか?」


素直に謝罪しようとしたソフィアローゼだったが、頭をどこに下げるべきかとキョロキョロと首を巡らせる。


《およそこの屋敷の中であれば私に声は届きます。ハリハリ様が機能を拡張して下さいましたので》


屋敷のどこにいても葵と意思疎通が出来なければ不都合だと考えたハリハリによって、魔石を加工して魔法を付与した音声の出入力が出来る魔道具が屋敷の各所に置かれているのだ。これには悠がフェルゼンから持ち帰った拡声の魔道具の技術が応用されており、まだ各部屋には無いが、葵を必要とする主要な場所では好評稼働中である。


「い、以後気をつけます……」


「さて、謝罪も済んだなら始めるか」


悠は手近にある薄手のタオルを畳むと、鉢巻きのように目に巻き、しっかりと縛って即座に行動を開始した。


「脱がすぞ」


「待っひゃあ!?」


椅子に座らせたソフィアローゼに逡巡する間も与えずに、悠が頭から被るタイプのパジャマを着ていたソフィアローゼの服を引っこ抜いて下着一枚の姿にさせ、自分も上半身の服を脱いでズボンの裾を折り返す。


「何をしている? 下着くらいは椅子に座っていれば自分で脱げるだろう? グズグズしているなら俺が――」


「脱げる!! 自分で脱げるから!!」


初めて見る男性の肉体やその表面を覆う数々の傷に圧倒されたソフィアローゼは一瞬言葉を失ったが、最後の牙城まで悠に浸食されてなるものかと慌てて下着に手を掛けた。


「脱いだな。では入るぞ」


「ちょ、ちょっと!! なんでさっきからそんな正確に分かるのよ!? も、もしかして見えてるんじゃ……」


「目が見えない程度で動けなくなるようでは『竜騎士』は務まらんのだよ。いいから行くぞ」


裸体のソフィアローゼを目が見えないはずの悠がひょいと抱え上げる。それはどう考えても目が見える者の動きにしか思えないが、確かに今悠の目は見えていないのである。


悠の鍛練は単なる技の習得に留まるものではなかった。レイラの『竜ノ微睡オーバードーズ』内部での悠の鍛練は身体各部欠損時にも及び、耳が聞こえない時、右手が無い時、左手が無い時、両手が無い時、足が無い時、目が潰されている時、大量に出血して制限時間がある時など多種多様なシチュエーションに及ぶのだ。悠にとって視界が無い状況は通常に比べて少し不便というレベルでしかなく、空気の動きや音で周囲の状況を探るのはそんなに難しくはない。


更にそこにレイラの助言ナビゲートが加われば悠は盲目状態であろうとも健常者と変わらない働きが可能である。しかしそれは他人から見れば盲目を偽っているようにしか見えないのだった。


ソフィアローゼの裸身が悠の肌に触れると、ソフィアローゼはまるでその部分が火傷しているのではないかと思うほどの熱を感じて身をよじった。こんなに異性と裸で距離を縮めた経験は家族を合わせてもソフィアローゼには皆無だ。


「動くな、落ちたら危ないだろうが」


「くひゅ、んんっ! ……く、くすぐったかったの!!」


悠は行儀が悪い事を承知で足で浴場の扉を開いた。ソフィアローゼに開けて貰おうにも疲労で腕が上がらないので、ここは目を瞑って貰う事にする。


「浴場に入るのは今日が初めてだろう? ここが我が家の風呂だ」


「わぁ……!」


恵に体を拭いて貰うだけしかされていなかったので、初めてこの屋敷の風呂を見たソフィアローゼは思わず感嘆を漏らした。そもそもソフィアローゼはただでさえ病気がちで風呂に入れる事はあまり無く、特に体調が思わしくなかったここ最近は入浴した記憶も無い。しかもこの屋敷の浴場はダーリングベル家に備え付けられているものなど比較にならないほどに立派であった。


「凄く大きい……それに、見た事もない物が一杯ある……」


「悪いが今は満喫させてやる時間は無いぞ。ゆっくり入浴したければまた夜にでも恵に頼むのだな」


湯気で煙る浴場を悠は危なげなく進んでいく。どう考えても見えているとしかソフィアローゼには思えないのだが、試しに舌を出してみても悠からは反応がないのでやはり見えてはいないらしい。


《ユウ、ソフィアローゼが舌を出して挑発してるわ。湯船に叩き込んだら?》


「気配で大体察している。子供の浅はかな抵抗まで潰すのもどうかと思って放置しているだけだ」


「あ、相変わらず性格悪いわね……! それに、今のはアオイさんじゃないんでしょ? 誰なのよ!?」


わざわざ聞こえるように言うレイラと聞こえるように返答する悠にソフィアローゼが憤慨する。そもそもソフィアローゼは自分が助け出された経緯は聞いたが、それ以外の事柄については殆ど何も知らないのである。悠がどうやって自分を治療したのかも分からないし、悠についても冒険者であるという事以外は何も知らない。『竜騎士』がどうとか言っていたが、そもそも『竜騎士』が何なのか分からない。その中で目下ソフィアローゼが一番分からないのは悠がレイラと呼ぶ姿の見えない謎の存在なのである。これまでもたまに声は聞こえていたがどこを見ても見つけられないし、先ほどの葵の声とも違う上、どうにも悠と親しい雰囲気がある。そろそろ放置するのも限界であった。


《私はレイラよ。リュウ……と言っても今のあなたじゃ分からないでしょう。悠の首から下がっているペンダントが見える? それが私。あ、色は赤い方よ。緑色の方はスフィーロだから》


《別に我の事は紹介する必要はなかろう?》


「ペンダントが喋ってる……魔道具?」


《そんな感じの認識でもいいわ。もうちょっと時間がある時に教えてあげる》


また新たな存在が出て来て混乱するソフィアローゼだったが、確かに声は悠のペンダントから発せられている事を確認して納得した。あまりに非常識な事が続くのでソフィアローゼも次第にこの屋敷に慣れつつあるらしい。


「浴場の椅子に背もたれはないので壁を背に下ろすからな」


そう言って悠はソフィアローゼを床に下ろし、壁を背にして座らせた。今のソフィアローゼは背もたれの無い椅子で体を支える事が出来ないからだ。


「今は汗を流すだけにしておくぞ」


「え? 石鹸で洗わないの?」


「洗えるのか?」


「う……ちょっと難しいかも……」


腕を上げようとして、ソフィアローゼは肩まで上げた腕がプルプルと痙攣してそれ以上上がらない事を嘆いた。口は回るが、体はやはり疲労の極にあって限界らしい。


「別に洗ってやってもいいが、そうなれば直接触れるのだから面倒なので目隠しは外すぞ?」


「いい!! 洗わなくていい!!!」


本当は髪も体もしっかりと洗いたいが、色々触れられるのも見られるのもソフィアローゼには御免被りたい事であった。蒼凪であれば喜んで全て見て貰いながら洗って貰う夢の時間であろうが、ソフィアローゼは悠が苦手なのだ。恵に諭されてなるべく控えるようにはしているが、つい売り言葉に買い言葉で憎まれ口も出てしまうし、そう簡単にその意識は払拭出来そうになかった。


結局、5分ほどで風呂の時間は終わってしまったが、汗を流す事が出来てソフィアローゼはさっぱりとした気分で昼食を取る事が出来て幾分か機嫌を直していた。やはり美味しい食事は心を豊かにするものだ。


そんな気分だったせいか、ソフィアローゼは恵が言っていた事を肯定的に捉える気分になっていた。


(……確かに、この人って口も態度も悪いけど、私を運んだりご飯を食べさせてくれたりする時は気を使ってくれてるのよね……。優しい、のかな? でも、私が泣いても止めてくれないし……体、傷だらけだったな……この人、いつもこんな事をしてるのかな……)


どれほど口が悪くても、悠が乱雑に扱わない事にソフィアローゼは気付いていた。先ほどの風呂も目隠しをしていてもソフィアローゼがどこにも体をぶつけたりしなかったのは悠がそう気を付けていたからなのは間違いない。そう考えて悠の行動を振り返れば、恵の言う事も何となくではあるが理解出来る気がしていた。


それでも、いや、そうだからこそソフィアローゼは悠にもう少しだけ優しく接して欲しいと思った。助けてくれて、体を治してくれた事に感謝しているのは本当なのだ。もう少しだけ優しくしてくれたなら、ソフィアローゼも素直に感謝の言葉を口に出来ると思うのだ。


今ソフィアローゼは自室のベッドで悠のマッサージを受けている。もう一度マッサージをすると聞いた時は顔が青ざめたが、今度のマッサージは疲労回復を目的とした非常に心地が良いものだった。


感謝の言葉を伝えるべきか、伝えないべきかと悩んでいたソフィアローゼは疲労、食後、マッサージと畳み掛けられてあっという間に眠りへの坂を転がり落ちていった。


「寝たか。恵の食事も取った事だし、夜までには回復するだろう」


《思ったより頑張るじゃない。途中で泣きべそかいて止めちゃうんじゃないかと思ったけど、どうやら効果はあったみたいね》


「恵が上手くやってくれたらしいな。後で礼を言っておこう」


悠がマッサージを終えてソフィアローゼから手を離し、部屋を去ろうとしたその時にソフィアローゼの口から寝言が漏れた。




「……ありが、と……ユウさ……」




背を向けていた悠の体が刹那の間静止したが、悠は何事もなかったかのようにソフィアローゼの部屋を辞したのであった。

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