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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-83 新しい自分3

部屋を飛び出した蒼凪は適当な部屋に飛び込み、ベッドに身を投げると、枕を抱いて顔を覆った。


(なんで悠先生ばかり苦労しなくちゃならないの!! もう助けてあげたんだからクリストファーさんに任せて放っておけばいいのに!!)


蒼凪はいつになく憤っていた。悠に助けられたのに悠が嫌われるように仕向けている事についてもそうだが、前々から蒼凪は悠に対してたった一つだけ大きな不満を抱えていた。


悠が何も求めず、自分を蔑ろにし過ぎる事だ。どんなに苦労しても、或いは傷付いても悠はその事について要求したりする事は無い。それが蒼凪には不満なのだ。


蒼凪は親の愛という、無条件の愛を失ってしまった苦い経験がある。


だから蒼凪は恐れるのだ。今悠から与えられている慈愛もいつか失われてしまうのではないかと。事ある毎に蒼凪が悠に自分は役に立っているかと尋ねるのはそれが原因であった。悠は絶対にそんな事は言わないだろうが、それは蒼凪にとって自分の命を失うよりもずっと辛い妄想であった。


蒼凪にとって、悠は最愛を超えた至上の存在である。こんな事を悠に言えばきつく叱られるだろうが、悠が死ねと言うなら蒼凪は即座に自分の心臓に刃を埋め込むだろうし、体を開けと言われればむしろ喜んで差し出す所存である。


悠の役に立ちたい。肉の盾だって構いはしない。だが悠は決して自分達に安全マージンを大きく取れないような要求をして来る事はない。


どれほど強くても悠だって怪我をすれば赤い血を流す人間なのだ。万が一、いや、それが億が一であろうと一敗地に塗れ死んでしまう事だって無いとは言えない。


究極的には悠は誰の力も必要としていないと蒼凪は考えていた。今回の件も何人かの手を借りはしたが、悠ならば独力でも成し得たはずだ。そうしなかったのは戦う為に行ったのではなく救出作戦だったからであり、皆を成長させる為であったからだ。


悠と、この屋敷に居る他の全ての者が戦っても、恐らくは悠が勝つと蒼凪は信じていた。悠にとって他人とは足手纏いにしかならないはずだ。それなのに悠はいつも自分達を気に掛けてくれる。食事を用意し、教育を施し、仕事をして金銭を稼ぎ養ってくれる。その心遣いは嬉しい。しかし、蒼凪は悠に付いていくと言った身の上であるのだから、もっと頼って欲しいのだ。辛くても厳しくても痛い目に遭っても構わないから「蒼凪、付いて来い」と言って欲しいのだ。


悠が蒼凪を頼らない理由は2つ。蒼凪が子供だから。そして、弱いから。


毎日鍛練は欠かしていない。魔法だってどんどん上達はしている。しかし、そんな強さは悠にとって些事であり、頼るべき存在とは見なされない。


だからいつも辛い役目を自分で引き受けている。その事で傷を負ったりしても誰のせいにする事も無い。一番頑張っている人間が一番報われて欲しいと思う事はいけない事なのだろうか? いい人間はずっと誰かの為に報われなくても苦労しなければならないのか? どうしても蒼凪には納得が出来ない事であった。


――不意に、蒼凪の部屋のドアがノックされた。


「蒼凪、悠だ。入ってもいいか?」


ベッドの上の蒼凪の体が強張った。今悠とは話したくないという気持ちと、追いかけて来てくれた喜びとが相反して体の動きを止めていたのだ。しかし、本心は決まっている。本気で悠から逃げ出すつもりなら屋敷を飛び出しているはずだし、そもそも部屋の鍵すら閉めていないのだから。


「…………どうぞ」


不貞腐れた様な小声で、しかも枕でくぐもっていたはずの声なのに悠にはしっかりと聞こえたらしく、ノブを捻る音がして悠の気配が部屋に移動する。


顔を上げない蒼凪を見て、悠はそのままベッドまでやって来て腰を下ろした。


「……俺のやり方は気に入らないか?」


「……悠先生が意味も無く嫌われるのは、嫌です。あの子はもっと悠先生に感謝するべきなんです」


蒼凪は正直に答えた。元より悠に問われて偽りを述べる気など蒼凪にはさらさら無いのだ。


「それを強要するのは傲慢だとは思わんか?」


「それだけの事を悠先生はなさっています。……私だって、悠先生がお求めなら、たとえどんな事だって……」


「俺がそんな下心で動く人間ならお前もソフィアローゼも助けてはいなかっただろう。ノースハイアを潰し、ミーノスを潰し、アライアットを潰し、エルフを、ドワーフを、ドラゴンを、獣人を、そして魔族を磨り潰してさっさと蓬莱に帰っただろう。だが俺はお前達を連れ帰った。その時に俺の進むべき道はもう決まったのだ。理解してはくれんかな?」


「全部分かっています!! でも、分かっている事と平気に思う事は別なんです!!」


蒼凪がバッと体を起こし、そのまま悠に背中から抱き付いた。


「なんで悠先生は人の事ばかり考えているんですか……なんでもっと我儘に振舞ってくれないんですか……たまにはお酒を飲んで酔っ払ってもいいし、何もしないでぼんやり過ごしたっていいじゃないですか……。それに、私を抱くのが嫌なら外で女の人を抱いて来たっていいんです。…………ごめんなさい、今のは言い過ぎました。やっぱり女の人が必要なら私を抱いて欲しいです……」


熱く語り掛ける蒼凪の頭に悠の手が乗せられた。


「どうにも誤解されがちだが、俺は自分がやりたいようにやっているし、別に何も我慢しているつもりはないんだぞ? 単に酒には酔わん体質なだけで美味い酒は飲むし、女は……正直そんなに性欲が無くてな。年頃の娘に聞かせるのもどうかと思うが」


《本当にね》


デリカシーを欠く発言に対するレイラの突っ込みは厳しい。


「回りに居る、悠先生を大切に思う人間にとってはそれでも嫌なんです。いつもいつも悠先生ばかり面倒な事をさせられて、それが当然だと思ってるのが許せないんです。……もっと、頼って欲しいんです。自分が力不足なのは分かっていても、それでも私は……!」


それ以上蒼凪の口からは言う事が出来なかった。力不足で足手纏いな上、我儘を言ってるのは自分だという認識が痛いほどに胸を締め付けたから。こんな時、やはり自分は子供なのだと思い知らされ、蒼凪は自己嫌悪に陥った。


そんな蒼凪の涙を背中に感じながら、悠は自分の心の中から言葉を探して口を開いた。


「……俺は本当にしたいようにしているだけで無理はしていないのだが、それでは蒼凪は嫌なんだな……。その気持ちは、分からなくは無いんだ。戦争中、俺の力を温存する為に道を切り開いてくれた者達の事を思うと、俺もすぐに飛び出して彼らを手伝いたい気持ちになった。……自分の為に、誰かが苦労するのが蒼凪には辛いのだな……」


「ひっ……くっ……」


悠の背に顔を預けたまま、蒼凪は必死に頷いた。


「そうだな、それは辛いな……だがな蒼凪、実際にその立場になってみると俺は思うのだ。たとえ見えなくても、どこかでお前達が元気でいてくれるという事が、どれだけ俺を勇気付けてくれる事か。お前達が居るからこそ俺は決して負けられないと思えるのだ。必ず勝ってここに帰って来なければならないと力が湧いてくるのだ。俺を生かしてくれた者達はもっと悲壮な決意で戦ったに違いない。それに比べれば、俺は何と幸せな理由で戦っているのだろうかと、そう思うのだ。……結局、それが俺の我儘になる訳だが、それで蒼凪を悲しませてしまった事は俺の不徳ゆえだな、許してくれ」


「……本当は、分かってるんです。我儘なのは私の方だって。今だって、こんな事を言って悠先生を困らせてる……。私は、リュウに生まれたかった。そうしたらレイラさんみたいにずっと、どこにでも悠先生と一緒に行けるのに……!」


《ソーナ……》


それはずっと蒼凪の心にあった願いである。悠と最も分かち難く繋がってるレイラの存在は蒼凪にとって憧れを抱くに足る在り方であった。そうすればずっと悠と一緒に居られるのだ。たとえ戦場で果てるとしても一緒である。死が2人を別つ事は無い。


しかし、当のレイラはナターリアと出会った頃から抱き続けている別の思いがある。肉の体を持つ者達への羨望だ。ずっと魂で繋がっていても、レイラは悠に触れられない。抱き寄せる手も無く、交わすべき唇も無い。それは肉体を持つ者達だけが成しえる事なのだ。


「人には人の、竜には竜の苦悩がある。そこは分かってくれ。……だが、付いてくると明言している蒼凪を放っておいたのは俺の不明か……。蒼凪」


悠に呼びかけられ、蒼凪が泣き腫らした顔をそっと上げた。


「今のままではお前を連れて行く事は出来ん。だが、そうだな……バロー、シュルツ、ハリハリ、ギルザードのいずれかから一本取れるくらいにお前が強くなったら、その時はお前を連れて行こう。約束する」


「本当ですか!?」


「本当だとも。彼らに抗し得るならば俺にも文句のつけようが無い。俺が約束を破るのが嫌いな事は知っているだろう?」


「はい!」


悠がこういう事で嘘を吐かないと知っているはずの蒼凪でも俄かに信じる事が出来ないほどの悠の言葉であった。いずれも劣らぬ強者だが、悠を倒せと言われるよりもずっと現実的なハードルである。必死に努力を重ねれば、もしかしたら届くかもしれない高さのハードルだ。


「ソフィアローゼの件はそれで了承してくれ。彼女には彼女の辛さがある。出来れば仲良くしてやってくれると俺は嬉しいな」


「……あの子が悠先生の悪口を言ったりするのは嫌ですけど、凄く嫌ですけど!! でも、どうしても必要な事だと悠先生が仰るのなら、頑張って我慢します……なるべく……」


「それで十分だ。……実は樹里亜と恵にも怒られてしまってな。自分達も蒼凪と気持ちは同じだと」


「皆悠先生が大好きなんです。大好きな人が意味も無く嫌われるのが嫌なのは当然です。……悠先生の事だから、きっとなんで自分が好かれているのかはご理解頂けないでしょうけど」


「……済まん、まるで理解出来ん」


「ふふ、やっぱり」


無表情だが、どことなく途方に暮れた気配を醸し出す悠に、ようやく蒼凪は笑う事が出来たのだった。

一番狙い目なのは当然……


「うおっ!? 何だか知らねぇがスゲェ悪寒がしやがる!!」

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