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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-82 新しい自分2

ソフィアローゼに食事を取らせた後、悠も自分の食事に取り掛かった。すっかり冷めてしまっているが、それでも恵の作る食事は他では味わえない逸品である。明らかに以前より腕前が上がっており、今では恵に次いで料理が出来る悠でも迂闊に手を出せないほどだ。別に何も失敗している訳では無いのに、単純に恵が関わる手順を少なくすると料理の味が落ちてしまうのだ。同じ物を同じ時間で同じ手順で作っても味の差が顕著に現れるのでは下拵えくらいしか手が出せないのである。


悠が食事を腹に収めていると、余韻に浸っていたソフィアローゼがチラチラと悠を盗み見ていた。


「……やらんぞ」


「だから卑しい子扱いしないで!!」


失礼な嫌疑に憤慨するソフィアローゼだったが、すぐに何かを思い出したのかシュンと萎れた。


「……ねえ悪魔さん」


「なんだ小娘」


「どうして私を助けてくれたの? 私、お礼になるものなんて持ってないよ?」


空腹が去った事でソフィアローゼの頭も少しずつ回転し始めたらしい。姉であるロッテローゼの事や毒の話もまだ詳しく聞いていないが、何より危険を冒してまで自分を救い、更には健康な体になるまで治療を施してくれた事が納得いかないのである。


「ロッテローゼとの約定だからだ。礼が欲しくてわざわざ危険を冒す事は無い」


「本当にそれだけ? ロッテお姉様とは親しかったの?」


「ロッテローゼが果てた戦場で初めて知った仲だ」


「じゃあもしかしてロッテお姉様に一目惚れ……」


「実に子供らしい浅はかな想像だが、男女の恋愛感情と言う意味において俺はロッテローゼに何の感情も抱いてはおらん。お前に語っても理解出来んよ」


「意味分かんない……」


「下心がなければ末期の願いを叶えるはずがないと考えるそちらの方が俺には意味不明だ」


そう言われてしまうといかにも自分の思考が浅薄な子供の物に思えてきてソフィアローゼとしても面白くない。


「……約束って、そんなに大切なものなの?」


「俺にとってはな。特に、死にかけている時に自分ではなく他人の心配が出来る人間は多くない。お前の姉は最期まで誇り高く生きた。その願いを叶えてやりたいと思うのがおかしいとは俺には思えん」


「……」


それきり、悠とソフィアローゼの間に会話が絶えた。やがて悠が食事を終える頃になるとソフィアローゼに睡魔が襲い掛かってくる。まだまだ聞きたい事はあったが、これ以上は耐えられそうになかった。


「しばらく眠る事だ。何か用があれば呼ぶがいい。幸い、声だけは不自由なく出るのだからな」


「……ん……そうする……」


重そうな瞼で答えるソフィアローゼの上体を支え、悠はそっとベッドに寝かせた。先ほどの食事の時もそうだが、これ以上ないくらい口は悪いのに、世話をする手はどうしてこんなに優しいんだろうと思い、ソフィアローゼは毛布を掛け直す悠を見る。


「何を睨んでいる? 子供はさっさと寝ろ」


前言撤回。やはり嫌な人だとソフィアローゼは心の中で舌を出し、そのまま眠りについた。




「悠先生、お話っていうのは何でしょうか?」


全員を集めた広間でまずは樹里亜が悠に問い掛けた。


「ああ、ソフィアローゼの事だ。智樹なら知っていると思うが、普通は重体の者に治療を施し、体が治ったら何をする?」


「治ったらする事、ですか? えーと…………あっ、リハビリ!!」


「うむ、その通りだ」


智樹の導き出した答えは悠の思惑と同じであった。だが、アーヴェルカイン出身者にはピンと来なかったらしい。


「リハビリ? あの、それは何でしょうか?」


クリストファーの質問に悠が答える。


「簡潔に言えば機能回復の為に行う行動だ。病気の後、治ったら軽い運動から始めて体力を徐々に戻していく作業などがそれに当たる。ソフィアローゼの場合はもっと厳しくなるが」


「厳しく? と言ってもソフィアローゼ殿はユウ殿が治したのですよね?」


「体は健康体になった。が、『再生リジェネレーション』で筋力は取り戻せん。ハリハリに言っても分からん部分もあるだろうが、神経系まで入れ替えたからな。一番動かしていた手は辛うじて動くが、それ以外は手を入れていない頭部以外は殆ど動かす事は出来ないだろう。今のソフィアローゼの体は産まれたばかりの赤子に近いのだ」


ソフィアローゼの体は八割ほどが悠の作り直したものであり、またソフィアローゼは長い間寝たきりの生活を送っていたので体の筋力が極端に落ちていた。その為今のソフィアローゼの身体能力は幼児以下まで低下してしまっているのだ。


「だからリハビリが必要なんですね?」


「そうだ。それで皆に先に言っておくが、俺はソフィアローゼに辛く当たろうと思っている。それゆえソフィアローゼは俺を嫌うだろうが、その事に関してソフィアローゼに何も言わぬように。皆は普通に接してやってくれ」


悠の言わんとする事が理解出来ずに広間に疑問の波が広がった。そこへ蒼凪が代表して挙手する。


「質問してもいいですか、悠先生」


「構わんぞ」


「どうしてそんな事をするんですか? 私の時は……」


「蒼凪の時とは事情が異なる。あの時の蒼凪には信頼出来る人間の存在が何よりも必要だった。そして事実それが蒼凪の回復に繋がるものだった。また、怪我の度合いでは神奈が一番ソフィアローゼの状態に近いが、神奈には回復しようというしっかりとした意志があった。だがソフィアローゼにはそれが無い」


悠は黙って耳を傾ける一同を見渡しながら話を続けた。


「今のソフィアローゼは怒りで辛うじて辛い現状を抑え込んでいるが、捌け口を失くせばそれは甘えに取って代わるものだ。それに、年頃の思考だけが健常な娘にとって、自分の体が上手く動かせないという状況は日を追う毎に己を苛むだろう。簡単に健常な体を取り戻せないとなれば尚更な。それは蒼凪にも理解出来るはずだ」


「……」


悠の言葉は蒼凪にも大いに思い当たる事であった。誰かの背に負われていなければ移動すらままならないあの情けなさは筆舌に尽くし難いものだ。


「……それなら悠先生じゃなくて、私がその役をやってもいいですか?」


強い意志でそう口にする蒼凪だったが、悠は首を縦に振らなかった。


「もう遅い。既にそれを前提として状況は動いている。その節はクリストファー殿にも無礼を働いてしまったが、緊急時ゆえご容赦願いたい」


「そのような意図があってあんな態度を取ってらっしゃったのですか……私こそ状況に流されてとんだ粗相をしてしまいました。お許し下さい」


急に硬化した悠に戸惑いを覚えていたクリストファーもようやく合点がいった様子で答えた。だが、悠はそれに更に言葉を付け加える。


「しかし、ソフィアローゼに優しくするのは結構だが、甘えさせる事は厳に慎んで頂きたい。貴族の子弟は甘やかされて育った者が多いせいで自意識ばかり肥大して己の責任を他者に転嫁する者がやたらと多く見受けられる。ソフィアローゼを立派な大人にしたいのなら俺のやらせる事に決して口は出さないと誓って頂きたい。よろしいか?」


悠の口調は反論を許さぬ厳しさでクリストファーを打ち据え、自分の性格を熟知するクリストファーは苦悩の表情で悠の言葉に頷き返した。


「……分かりました。私ではどうしてもソフィアローゼ様を甘やかしてしまうと思います。この件に関して私は口を挟まぬとこの場で誓わせて頂きましょう」


「私は納得出来ません。苦労して助けた悠先生が嫌な人だって思われるのは我慢出来ません!」


「蒼凪、別に俺だけが苦労して助けた訳ではないぞ。クリストファー殿を始めとして皆の力で助けたのだ。俺はそれに少し力を添えただけに過ぎん」


「ここに居る皆は全員悠先生が居たから集まったんです! それに、治療は悠先生が居ないと出来なかったじゃないですか!! 悠先生がそこまで心を砕く必要があるとは私には思えません!!」


「俺は必要だと感じている。要はソフィアローゼが一人でも生きていけるようになればその過程がどうであろうと構わん。俺の事など些事だ」


「っ!」


蒼凪は悠の言葉に堪え切れなくなって席を立ち、涙目のまま部屋の外へと走り去っていった。


「蒼凪!」


「俺が行く。樹里亜、恵、今言った事をくれぐれもよろしく頼む」


「分かりました。……でも悠先生、一つだけ言わせて貰えれば、私も蒼凪と同じ気持ちです」


「私もです」


「ユウ殿、この子達の気持ちも汲んであげて下さいね。皆あなたの事を敬愛していますが、それだけにユウ殿が誰かに謂れも無く一方的に憎まれるのが嫌なのです。たとえそれが理屈では効果的であったとしても。それだけは分かってあげて下さい」


樹里亜も恵も心情は蒼凪と等しかった。わざわざ助けた相手に恨まれるなど、あまりにも悠が浮かばれないというのは2人のみならず全員の総意であり、それはパトリシアの件で効果があると認めるハリハリも同じであった。


「とても有り難い言葉だと思う。だが、俺もそう簡単には自分の生き方を変えられぬ。心配させて済まないが、どうか協力して欲しい」


悠は頭を下げると、そのまま蒼凪の後を追って部屋を出て行った。


「……ふぅ、何とも不器用にしか生きられない方ですね、ユウ殿は」


「申し訳ありません、本来は私がせねばならない事をユウ殿に押し付けてしまい……」


深々と頭を下げるクリストファーにハリハリが苦笑する。


「あなたも大概苦労人ですよ、クリス殿。もう少し肩の力をお抜きなさい。……さて、ユウ殿が方針を示されたのなら、我々はそれを全力で後押しするだけです。皆さんも気持ちを切り替えて事に当たって下さい。そろそろ今日の講義を始めますよ!」


どことなく重い空気を振り払うようにハリハリは手を叩き、そう促したのだった。

と、いうのが悠の真意です。でも蒼凪の気持ちも当然のもので、どちらも人を思いやっての事ですが、対象が違うだけで齟齬を生んでしまうというのは切ない事ですね。

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