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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-81 新しい自分1

「…………ん…………」


肌を撫でる冷気にソフィアローゼは小さく呻き声を漏らした。何故だか分からないがいつもより肌の感覚が敏感になっている気がしたソフィアローゼはゆっくりと目を開いていく。


眩しい。


それがソフィアローゼが感じた最初の感想であり、あまりに自然にそう感じた事に驚愕してソフィアローゼの体は硬直し、思考だけが高速回転し始める。


(な、んで……!? 目が覚めて眩しいなんて、そんな事ずっと無かったのに!! これが治療の効果なの!? ……目……目が見える、両方とも目が見える!!! っ、痛い……朝日って、こんなに眩しかったんだ……)


首だけをコテンと窓の方に向けたソフィアローゼは目が痛み涙が滲むのも構わずに外から差し込む光を見つめ続けた。もう一度この目で見る事が叶うとは思ってもいなかった光景に、光の刺激とは別の要因でソフィアローゼの目から涙が流れる。


しばらくそうして感動を味わったソフィアローゼはふと首を逆側にコテンと倒した。


「……」


そこには恐ろしいほどに無表情な悠が椅子に座っており、温度の無い目でソフィアローゼを見下ろしていた。


「おはよう」


「……」


「……」


「……」


「おい、貴族の娘の癖に朝の挨拶も満足に出来んのか?」


「失礼な事言わないでよ!! 挨拶くらいちゃんと出来るわ!!! あ……」


悠の小馬鹿にした口調に怒ったソフィアローゼは自分の口から出た声量に驚いて言葉を止めた。それは昨日までの病人らしいか細い物では無く、しっかりと張りのある声であった。


「悪態は吐けるらしいな。それに両目も問題ないか。挨拶が出来んのは歪んだ性格の問題で俺の範疇では無いから手の施しようが無いが……」


「歪んでるのはあなたの性格でしょう!?」


「元気そうならこれ以上心温まらぬ会話を続ける必要もあるまい」


ソフィアローゼの剣幕に構わず、悠は腰掛けていた椅子から立ち上がると踵を返した。


「ま、待って!! ねぇ、待ってって言ってるでしょ!? う~~~~~~!!!」


それでも振り返らずにノブに手を掛けた悠を見てソフィアローゼは叫んだ。


「お、おはようございます!!! そ、それと!!! …………た、助けてくれて、ありがとう……」


後半部分だけ蚊の鳴くような声で言ったソフィアローゼは毛布で顔の半分を隠し、真っ赤になりながらも悠に礼の言葉を口にした。


それを聞いた悠は振り返ると何か不審な物でも見たかのように首を傾げた。


「おかしいな、頭は何も弄ってはおらんのだが……」


「どういう意味!? ねえ、どういう意味よ!!!」


「朝っぱらから煩い小娘だな。聞けば何でも答えが得られるなどと思うな」


「キーーーーー!!! う、生まれてからこれまででこんなに人に馬鹿にされたのは初めてだわ!!!」


「俺も頭に血が上って獣の様に叫ぶ貴族の令嬢を見たのは初めてだ。いくら縁が薄いからといってもそろそろ淑女の嗜みを身に付けてもいい頃合いではないかと思うが?」


残念ながら狭い世界でしか生きて来れなかったソフィアローゼでは雪人との舌戦で鍛えられた悠の毒舌を上回る事は出来ないようだ。




グゴギュルルルルル……。




それでも更に言葉を返そうとするソフィアローゼの腹部から凄まじい音が部屋に鳴り響き、沈黙の帳が下りた。


「……」


「……」


「……」


「……」


《……腹ペコ令嬢……》


「ちっ、ちがっ!?」


レイラの的確過ぎる表現にソフィアローゼが慌てて否定するが、悠とソフィアローゼしか居ない室内で否定しても何の意味も無かった。あまりに恥ずかし過ぎて今のが女性の声だった事にすら気が付いていないようだ。


「……まぁ、当然だな。胃はおろか、小腸も大腸も新品で空っぽなのだから腹も減るだろう。今朝食を用意してやるから待っていろ。どうせ動けんとは思うがな」


反論出来ないソフィアローゼを尻目に、今度こそ悠は部屋を後にしたのだった。




この屋敷の者達の朝は早い。今日に限っては悠の集中を乱さない為に朝の訓練は見送っていたが、それでも空いた時間で惰眠を貪るような者はこの屋敷には居なかった。


悠が広間のドアを開くと、シャロンとギルザード以外の全員がその場で朝食を準備して待っていた。


「おはよう」


「「「おはようございます!」」」


「ユウ殿!! ソフィアローゼ様の具合は!?」


悠の姿を認めると、椅子に座って心ここにあらずといった風であったクリストファーが駆け寄ってきた。その目の下には隈が出来ており、昨夜は一睡もしていないのがありありと窺えた。


「特に問題らしい問題は無い。むしろ大変なのはこれからだからな。恵、済まんが粥を作って貰えるか? 俺も朝食はソフィアローゼの部屋で一緒に取る事にする」


「はい、分かりました。すぐに準備しますから、それまで待っていて下さい」


「ユウ殿、これからが大変とは一体……」


「また後で全員が揃ってから説明させて貰う。クリストファー殿も朝食を取って少し休まれるといい」


含みのある悠の言葉に不安を隠せないクリストファーだったが、ともかくソフィアローゼが無事ならと自分を納得させ、席に戻っていった。


「お疲れ様です、ユウ殿。また随分と無茶をなさったんでしょう?」


「慣れない事をしたのは確かだが、出来ない事をしたつもりはないぞ?」


「ヤハハ、まぁ、ユウ殿が請け負ったからには確実な勝算があるのだとは思っていましたけどね。ただ、どんな事をしたのかについてはワタクシも興味があります。後で教えて下さいませんか?」


ハリハリの言葉を悠は部分的に拒否した。


「教えられる事だけな。仮にも若い娘の体の事だ、言えん事もある」


「勿論ですとも。ワタクシが興味を抱くのはソフィアローゼ殿のお体では無く、ユウ殿が何を施されたのかですからね。トモキ殿は何となく分かっているようなのですが……」


「すいません、僕の知っている医療知識と悠先生のやっている事の桁が違い過ぎて……」


智樹と神奈の世界では医療はこの中で一番進んでおり、万能細胞による四肢欠損からの回復や臓器の培養すら可能としていたが、何も無い所から即座に欠損を取り戻す『再生リジェネレーション』などはもはや医療では無く神の奇跡の領域であった。


「構いませんよ。魔法の創造には閃きが必要でしてね。新しい知識はワタクシにその閃きを与えてくれます。楽しみに待つ事に致しましょう」


ハリハリがそう締め括った時、恵が鍋と食器を盆に乗せて戻って来た。


「出来ましたよ、悠さん。パンでお粥を作るのは初めてですけど、美味しく出来たと思います」


「恵の腕前は疑っておらんよ。事実美味しいのだろう。手間を掛けさせて済まなかったな。俺が作っても恵ほど上手くは作れんから頼ってしまった」


「そ、そんな、このくらいはお安い御用です! ……ハッ!?」


甘い雰囲気を醸し出す(恵の主観)恵は殺気に似た視線を感じ取り振り向くと、そこには半目で睨む女性陣の姿があった。


「いいわねぇ恵は、お料理が上手で……」


「むぐ~~~、あたしだって一生懸命勉強してるのに~~~!!」


「料理は愛情。極限まで悠先生を飢えさせてから食べて貰えば私の料理が一番のはず……」


「仕方無いじゃない……冒険者なんてやってたら手の込んだ料理を覚える時間なんて無かったもの……」


ちなみに、料理など切る、焼く、食べるしか出来ないシュルツは最初から参加していない。


「では俺は失礼する。それと、食事が終わったら話があるのでしばらくここに留まってくれ」


そう悠は言い置いて食事の乗った盆を片手に広間からソフィアローゼの居る部屋に戻ったのだった。




グルルルル……ギュルルルル……ゴギュルルル……


獣の様な音を立てる空きっ腹を押さえながらソフィアローゼは空腹に耐えていた。とにかく何か食べる物が欲しい。スープを一口、パンを一かけらでいいからお腹に入れたい。


こんなに強烈な空腹を覚えたのは初めての事だ。普段はお腹が減っても耐えられる程度でしか無いし、どうせ数回口に運べば許容量に達してしまう食事量だ。舌の感覚も鈍っていて、スープを飲もうが泥水を飲もうが特に違いは分からなかっただろう。強い味付けにすればそれだけで体が拒否し戻してしまうのだから、食に対する期待などソフィアローゼの中では爪の先ほどの関心事でしか無かった。


それが今はどうだろう。頭の中は9割方食に関する事で埋め尽くされている。そんな事よりももっと重大な事がいくつもあったはずなのに、そこに思考を割く余裕が無い。蒼凪と違い、ソフィアローゼの拒食は精神に依存するものでは無かった為に一旦健康を取り戻せば体は素直に食事を欲するのだ。


とにかく飢えに飢えたソフィアローゼはベッドの横に水差しがある事に気が付いた。この際、水でも構わないとベッドに肘を付いて体を起こそうとしたソフィアローゼは立てた肘がカクンと力を失い、まるで体重を支えられない事に愕然とした。


「え? ……な、なんで!?」


「体が慣れておらんのだよ」


独り言のはずの言葉に返答があった。


「キャアアアアア!?」


「お前は騒がないと死ぬ病でも罹患しているのか?」


「そ、そっちがビックリさせるからでしょ!! そ、それより体が慣れてないって……」


いつの間にか部屋に入って来ていた悠にソフィアローゼが問うと、悠が答えを返した。


「最初に説明した通り、お前の体は大半が新しく作り直した物だ。臓器はおろか、骨や肉までな。通常、一部分しか行わない『再生リジェネレーション』を体の大部分に施せば、その違和感は膨大なものになろう。しばらくはまともに動けないと思っておいた方がいいぞ」


『再生』は時間を巻き戻す技ではなく、文字通り再生させる技である。悠も『再生』を行えばその部位の筋力は落ち、元通りにするにはまた鍛えなければならないのだ。それが全く鍛えていない病人で、尚且つ全身に施されていたとすればその影響は計り知れない。そして悠はその事を既に予見していた。


「今日はやらんが数日経過したら体を元に戻す為の訓練を受けて貰うぞ。まずは食って体力をつける事だな」


そう言って椅子に腰掛けた悠は盆をベッド脇のサイドテーブルに乗せ、深皿にパン粥を盛り付けるとソフィアローゼの上体を引き起こした。そしてベッドに腰掛け、皿にスプーンを沈ませて一口掬い取り、ソフィアローゼの口に運ぶ。


「食え」


「ちょ、ちょっと、そのくらい出来るわよ!!」


「いいから食えと言っている。自分で体も起こせずにいる今のお前では皿をひっくり返すのがオチだ。幼子の様な駄々を捏ねるのなら下げるぞ。と言っても幼子の様な愛嬌は無いが」


ギリギリと歯軋りするソフィアローゼだったが、鼻先に漂ってくるパン粥の甘い香りは暴力的なまでに食欲を刺激し、遂にはソフィアローゼのプライドに全面降伏を強いた。


「…………あ、あーん……」


「声に出すな、恥ずかしい奴だな」


どうして今自分の体は上手く動かないんだろう、動くならこの憎たらしい横顔に思いっきり拳を叩き込めるのにと世を儚んだソフィアローゼだったが、そんな怒りも口の中に滑り込んだパン粥を味わった瞬間、地平線の遥か彼方まで吹き飛んでしまった。


美味い。否、美味過ぎる。信じてはいないが神に誓ってこんなに美味しいものをソフィアローゼは食べた記憶が無かった。


口の中に広がるまろやかな甘みと旨味がソフィアローゼの意識を半ば消失させる。しっとりとした粥を飲み込むと食べた食物が今自分の体のどこを通っているのかが知覚出来るような気がした。そしてその粥が通った場所には幸福が訪れるのだ。この食事は生きとし生ける者全てに福音をもたらす神聖さに溢れていた。


「……これが神々の食事……」


「いや、パン粥だ。訳の分からん事を言っていないで食え」


結局、ソフィアローゼは3杯もおかわりするまでその口が休む事は無かった。

若干、掛け合いがコメディーに寄り過ぎかなと思いましたが、重い話のあとという事で。


何気に今日三話目ですね。

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