閑話 血と臓物の狭間で
……んー、載せるべきか、載せないべきか迷ったのですが、読者様と運営様のご判断に委ねましょう。
ハードグロです。一応表現は短縮しマイルドに仕上げましたが、人によっては非常に気分の悪い思いをするかもしれません。
この話は読まなくても次の話に繋がる様に書いて行きますので(もしかしたらダメと言われて削除する可能性もあるので)、血液、臓器、身体欠損に忌避感を持つ方はご遠慮下さい。あと、想像力が豊かな方も気持ち悪いかもしれませんので、読む時はお気を付け下さいね。
ソフィアローゼの意識が消失したのを確認した悠は一旦ソフィアローゼから手を離して『竜騎士』となり、更に深くソフィアローゼに物質体、精神体の両面で干渉し、その体と精神の活動レベルを生存ギリギリのレベルまで低下させていく。つまりは麻酔の代わりである。
《いいわ、これで腹を裂かれても臓器を取り出されても苦痛一つ感じないはずよ。腹圧で臓器が飛び出す事も無いわ》
「うむ、では手術を開始する。胸部付近から始めるぞ。身体状況の監視は頼んだ」
悠は真新しいナイフを手に取り、ソフィアローゼの白い柔肌に滑らせていく。一切の躊躇もなく下腹部まで走らせた肌に赤い珠が浮かび上がっていった。
だがその出血は生きている人間を切ったとは思えないくらいに少ない。体をほぼ仮死状態にする事で出血を極限まで抑えているからだ。
「胸骨、肋骨を取り除き、機能していない右肺、及び気管支を除去再生する」
濡れた音が悠とソフィアローゼしかいない室内に響く。皮膚に近い場所にある血管は糸で縛り、少ないとはいえ術野を見にくくする血液を清潔な布で吸い取り、肺と繋がっている血管や神経などを丁寧に切り離すと、悠は機能していない、変色して萎んだ肺を取り出した。
「肺の摘出完了。このまま『再生』に移る」
《『再生』開始…………『再生』終了。気管支や周辺の血管、神経なんかも繋ぎ直したわ。次に行きましょう》
「了解。出血量が1000ccに近付いたら教えてくれ。『高位治癒薬』で増血を図る」
最先端医学を鼻で笑う速度で悠の手術は続いていく。食道を切り取り『再生』。胃を切り取り再生。そして肝臓を取り出した時にレイラが警告を発した。
《ユウ、出血量900ccオーバー。やっぱり肝臓みたいな大きな臓器を取り出すと出血量が嵩むわねぇ》
「『再生』後、『治癒薬』を投与する」
素早く『再生』を行い、用意しておいた注射器で手製の薬液を吸い上げ、ソフィアローゼに投与してしばらく待つ。と、そこで悠が失念していた事態が起こった。
《ユウ、切開部まで治っちゃうわ!》
「そうか、都合良く増血だけを目的にしても治ってしまうな……。仕方無い、一旦血管も糸を外して回復に任せる。肋骨、胸骨も『再生』してくれ。血液が8割程度回復したら手術を再開するぞ」
悠にとっても長い夜はまだ始まったばかりだった。
手術開始から10時間が経過した頃、悠の横に置かれている銀盆のトレイは凄惨な有り様となっていた。もし地球の医者がそれを見れば、この男は解剖でもしているのかと首を捻っただろう。
そこには人間が生きる上で必要なパーツの大部分が揃っていた。そしてそのどれもが健康な状態とは無縁の代物であった。
脆くなった各部位の骨に始まり、肺、食道、胃、肝臓、腎臓2つ、膵臓、脾臓、十二指腸に小腸大腸と子宮。更には血管や神経、リンパ節、筋肉、そしてどこか分からない部位まで積まれている。これだけの量を一人の人間から取り出せば、その人間の中身は殆どカラッポに近い状態のはずだ。
だが既に血塗れの悠の前で横たわるソフィアローゼにはどこにも欠損など存在しなかった。むしろ、今世界でソフィアローゼ以上に健康な肉体を持っている者は殆ど居ないであろう。瑞々しさを取り戻した、透けるような肌にもかすり傷程度の傷跡すら残っていない。
「……ふむ、これにて手術を終了する。レイラ、見逃しは無いな?」
《ええ、全身隈なく健康体よ。問題があるとすれば私の竜気がギリギリだったっていう事だけね》
《……これだけ切って治してと、よくもまぁ竜気が持ったな。ドラゴンでもここまで切り刻まれればとっくに死んでいるぞ?》
「それでもソフィアローゼは生き延びた。人間の生命力を侮るなよ、スフィーロ」
《肝に銘じよう……》
『竜騎士』化を解いて悠は軽く肩を回した。実の所、悠もこんな手術など初めての事なのである。蓬莱に居た時には悠が貴重な竜気を消費して他の者を治療するような余裕は皆無であり、またもし出来たとしても治療される側がそれを望まなかった。『竜騎士』の力はただ龍を屠る為にのみ使用されなければならない。一時的な感傷に流され、竜気が枯渇して死亡した『竜騎士』すら居たのだ。その結果は惨憺たるもので、治療を施された人間を含めて全員が虐殺されてしまった。それを思えば、今こうして治療を許される余裕がある事はソフィアローゼのみならず負傷した子供達にとっても僥倖であった。
悠は最後に取り出した内臓や骨に手をかざすと、それらは一瞬で燃え上がって灰すら残さずに消滅していった。窓を開ければ部屋に篭った熱気が換気され、冬の朝に相応しい冷気が部屋に清々しい空気をもたらした。
「今なら彼の『竜騎士』の気持ちが少しは理解出来るな……」
全ての治療を終え、悠は独り言のようにそう呟いたのだった。




