1-52 千葉家9
真がしばらく自罰的な気持ちのままベットでぼんやりしていると、部屋のドアがノックされた。
「真、私だ。入るぞ」
返事を待たずに入って来たのは千葉家の当主である真和であった。
「・・・何でしょうか、父上」
真は半分自動的に真和の方に目を向けたが、意識はまだ迷走したままだった。
「神崎 悠にぐうの音も出ないくらいに負けたそうだな」
真和の言葉に真は身を固くして、咄嗟に言い訳しようとし・・・何も言える事が無くて沈黙した。
あんなものはまぐれだと言うのか?そうで無い事は自分が一番良く知っている。
自分は本気では無かったと言うのか?この上無く本気だった。
次は必ず倒すと言うのか?どうやって?同じ醜態を晒すのが落ちだ。
真和からの罵声を覚悟して――内心では、今は何も言わないでくれと願いながら――、真は俯いてぎゅっと目を閉じてそれに耐えようとした。
しかし、真を待っていたのは意外に明るい真和の声だった。
「まぁ、今のお前が勝てるはずも無い。竜器使いに竜騎士が負けるようでは困るからな」
「・・・りゅうきし・・・竜騎士!?神崎先輩がですか!?」
「ああ、年齢的な理由で公表されてはおらんが、神崎 悠は16の時、竜騎士に覚醒したそうだ。これは国の上層部しか知らん事だからな。お前もまだ外では言うなよ?」
「16歳で・・・僕と同じ年で、竜騎士に・・・」
真のプライドはこの時粉々に打ち砕かれた。今現在敵わないのでは無い。踏み台にしようとした悠は自分の年には遥かな高みに居たのだ。自分はその高さに気付かずに踏みつけようとして跳ね返された道化者だった。通りで上級生があんな顔をする訳だ。皆本心で真を気の毒に思っていたのだ。
あまりにいたたまれなくて、真は俯いたまま涙を流した。次からどんな顔を下げて皆の前に出れば良いのかと途方に暮れた。
「悔しいのか?真」
「ぐ・・・ぐやじいでず・・・でも、ぞれ以上に・・・はずかじいです・・・」
声に出すまいと必死に答えたが、こうまで鼻声では隠す意味も無かった。
「ああ、大見え切っておいて簡単に伸されて、その上家まで運んで貰って、看病までしてくれたのだ。まぁ、生き恥と言ってもいいな」
真和の言葉に何一つ反論出来る事も無く、真はただただ悔し涙を流し続けた。父は自分を見限ったかと思うと更に涙の勢いは増した。だが、
「涙は今日流しつくしてしまえ、弱い自分ごとな。・・・腕っぷしの事では無いぞ?千葉家の長男としてこうあらねばならないという、お前の固定観念を、だ。今日悠さんに粉々に粉砕されただろう?」
「え?」
真は真和の言っている意味が最初、良く分からなかった。真和はいつも堂々たれ、強くあれと真に言っていた。自分はそれを忠実に実行して来たつもりだったのだ。
「その顔は、やはり私の言った事を勘違いしているな。言葉が足りん私も悪かったか」
そう言って真を見て、真和は語った。
「堂々たれ、強くあれと言ったのは、他人に対してのみの事では無い。まず何よりも自分に対してだ。心になんら恥じる事の無い強さを持て。それが千葉の男だ」
「自分に・・・対して・・・」
「最近のお前は他の人間に攻撃的になり、打ち倒す事でそれが強さだと思い込もうとしておった。それではいかん、いかんのだ、真。それは孤独な強さなのだよ。最後には隣に誰も立っては居まい」
「・・・」
真は最近の己を省みていた。そう言えばいつの間にか、取り巻きは増えたが、心を通わせられる相手が減ってしまった様に思えた。ただ上辺だけの強い者につき従うだけの存在だった。
「真、悠さんに請え。強さの意味を教えて頂くのだ」
「で、でも僕は・・・神崎先輩にあんな態度で・・・どうしたらいいのか・・・」
「素直になれ、真。お前は元々そういう気質の持ち主だったはずだ。今ならそれが出来る。素直に謝り、後輩として先輩に助けて貰え。悠さんはそんな事を気にする人では無い」
真和は真が気絶している間に運んできた悠と話をして、この人物にならば真を預けられると確信していた。まだ青年であるのに、自分の周囲に居る大人達よりも遥かに精神的に高みに居ると話をして分かったのだ。
だからこそ、悠に真を導いて欲しかったが、それを請う真和に悠は言った。
「それは本人が望んでこそ意味があります。あまり親が出しゃばっては、男の成長の妨げです。お慎み下さい」
真和はその言葉に確かに親が出しゃばる事では無いと赤面した。そして尚更悠に惚れ込んだのだった。
「私もまだまだ親として未熟だと教えて頂いた。共に成長しよう、真」
「・・・は、はい、はい、父上・・・」
真の涙はもう悔し涙では無かった。
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「あの後、悠さんに謝って皆に謝って防人教官に謝って・・・何故か西城にも謝って。ついでに真田先輩に丸刈りにされて。おかげで今では竜騎士です。あのまま成長していたと思ったらゾッとしますよ」
「俺は真に絡まれ心配した真和殿に絡まれ亜梨紗に絡まれ・・・ああ、滉にも物理的に絡まれたな。今日は風呂にも侵入された。さて、どちらが苦労したと思う?真」
「ちょ、全員千葉家じゃないですか・・・降参、降参であります!」
「結構。これからも千葉の家はお前が守ってやれ。お前は・・・」
そう言って悠は部屋の照明を落として言った。
「俺の頼りになる後輩なのだからな」
真からの返答は無かった。ただ、口元だけが外の月と同じくきれいな弧を描いていた。
真のは遅い思春期みたいなものです。昔は俺も・・・って感じですね。