7-75 令嬢救出6
気を取り直して『生命探知』を行ったシャロンが横から見たフォロスゼータの見取り図を自分の目に見える情報と照らし合わせ、ダーリングベル家に当たる部分にも生きている誰かが居る事を突き止めた。しかし、シャロンが入手した情報はそれだけに留まらなかった。
「……あの、ユウ様、幾つかお伝えしておいた方が良さそうな情報を見つケましたけど……」
「ふむ、聞こうか」
シャロンの表情からそれが良い知らせではないと悠は感づいたが、だからといって無視出来る物ではない。元より出来る限りの情報収集はするつもりだったのだから、分かった事は全て持ち帰るべきであった。
「お伝えしたい事は3つで、まず一つはダーリングベル家の生命反応が非常に弱々しい事です。『生命探知』を理性のある状態で使うのは初めてですが、他の反応に比べて明らかに生命の輝きが鈍っています。あまり美味しソウじゃなイ……ではなくて!」
吸血鬼の能力に傾倒し過ぎると本能に引っ張られるらしく、言動が乱れたシャロンは気を引き締め直した。
「つまり、今現在あまり健康な状態ではないと予測出来る訳だな。次は?」
「2つ目は……お城の直下40メートルくらいの場所に一つだけ離れて生命反応があります。周りには誰もいません。恐らくですけど、幽閉されているのではないかと……」
「……ビリーとミリーの両親のどちらかの可能性があるな……」
殆ど人のいないはずの城に、しかも人目に付かない場所に閉じ込められている者と言えば、真っ先に思い浮かぶのはビリー達の両親である国王夫妻しか該当する存在がない。しかし気になるのは一人しか居ないという情報であった。
「周囲には誰も居ないのだな? 他に孤立した反応は無いか?」
「ありません。他の反応は動いていて、孤立した物もありません」
シャロンがそう言い切るのであればそれは真実なのだろう。奪い返されるのを警戒して片方はどこか別の場所に幽閉されているのかもしれないと悠は考えた。
「となると、片方だけを連れて逃げるともう片方が見せしめに害されるかもしれん。迂闊に連れ出す事は出来んな……」
あわよくば王夫妻も助け出そうと考えていたが、作戦を修正する必要がありそうだ。
「それで、あの、3つ目なんですけれど……」
シャロンは眦を下げて言葉を紡いだ。
「……大聖堂の真下にも反応があります。それは地下10メートルくらいのそんなに深くない場所なんですけど……反応が変なんです。黒く光っている、って言っていいのかどうか……何だか胸がムカムカして苛つくヨウな黒い塊が7ツ……くっ!」
長くその反応に注視すると意識が引っ張られそうになるのを感じてシャロンは意識を逸らした。吸血鬼の本能が不快を訴えているのだ。
「……どうやら碌でもないモノを用意しているようだな。『殺戮人形』の類か?」
「あの頃はまだシャロン殿も居ませんでしたし、同じ物がどうかは分かりかねますが……聖神教絡みなら間違い無く世界平和に貢献する様な代物では無いと断言出来ますね。どうしますユウ殿?」
ハリハリの質問は全てを含んだ質問であった。即ち、この街での戦闘行為すら視野に入れた問い掛けである。
ハリハリは別に好戦的な人物ではない。むしろメンバーの中では、特に大人の中では一番の穏健派と言ってもいい。だがそれは不戦を意味するものではない。戦わなければならないならば迷い無く戦う為の心構えが出来ているからこその穏健派なのだ。
悠は現状の戦力と目標を瞬時に並べ立て、即断に近い早さで結論を出した。
「今はやらん。不確定要素が多過ぎる。俺達の最優先目標はソフィアローゼ、次点が王夫妻の救出だ。討ち入るならばシュルツやギルザードも必要な上、子供に殺し合いをさせるのは大人が能動的促すべき事ではない。ヒストリア、シャロンの指示に従ってダーリングベル家まで掘削を始めてくれ。始は土地に軟弱な部分が無いか警戒、神楽は洞窟内部の大気調整、朱音は侵入してきた場所の水を凍らせて栓をしてくれ。上に行っている間に水が上がらんようにな。樹里亜は実働部隊の指揮を任せる。俺とハリハリ、クリストファー殿は周囲への警戒を維持したまま待機」
今この場で決戦に望むのは得策ではないと悠は判断を下した。並大抵の戦力であれば悠とハリハリ、ヒストリアが居れば何が出て来ようとも大抵はどうにでもなるだろうが、クリストファーやソフィアローゼが『殺戮人形』に抗し得るとは思えない。乱戦になれば2人に危険が及ぶ可能性が大であるとなれば、やはり当初の予定通り事を押し進めるべきであろう。悠の指示を受けた者達は頷いてすぐにその言葉を実行に移した。
「ユウ殿がそう判断されたなら結構です。しかし……『殺戮人形』クラスが7体も居るのならばバラバラに行動されると面倒ですねぇ。ユウ殿、ワタクシ、バロー殿、シュルツ殿、ギルザード殿、サイサリス殿、そしてヒストリア殿。全員が出撃する必要があります。屋敷に警戒要員を置いておけないのは些かならず悪手です」
両手を使ってピコピコと七本目の指を振りながらハリハリが悠に語り掛けた。ビリーやミリーでは人格的な面では申し分ないが、戦力的には十分とは言えなかった。
その意見に割り込む声は意外な所から上がった。
「ハリハリ様、私が居ます。私が皆さんを守ります」
「シャロン殿? ……いえ、そうでした。ワタクシとした事がシャロン殿を頭数に入れるのを忘れるとは。申し訳ありません、もしもの時はお願いしますよ?」
「はい、お任せ下さい! ……ヒストリア様、もう少し右上の方向にお願いします」
「うむ、分かったぞ」
シャロンはこの一件で僅かでも自信と言える物を手に入れたようだった。その意志を色違いの瞳から読み取ったハリハリは素直にシャロンに謝罪を口にした。
「俺達以外で勝てると断言出来るとすれば……コロッサス、アイオーン、アランくらいか。ベルトルーゼでは怪しいな。リーンに鍛えられてはいれば以前よりマシだろうが。それに……サイコ、ミロ」
続けて上げた名前にハリハリは虚を突かれた表情になった。
「まさかユウ殿、彼らと和解出来ると?」
「不可能とは言えん。ミロは限りなくそれに近いが、サイコは気紛れで味方するかもしれんぞ。……信頼出来ん味方など敵より始末に負えんが」
「あー……味方殺しの噂もありましたっけ。後ろから斬られるのはちょっとご勘弁願いたいですねぇ……」
頬を掻くハリハリを見て悠はふと気が付いた事を口に出した。
「そう言えば、五強の最後の一人はどこに居るのだ? 確かバルバドスとか言ったか?」
「はて、特に情報収集した事がありませんでしたので名前以外はワタクシにも――」
「バルバドスですと!?」
悠とハリハリの会話に反応したのは、それまでヒストリアの掘削を感心しながら眺めていたクリストファーであった。その顔には珍しく怒りの感情が浮かんでいる。
「知っているのか?」
「……彼奴は今、聖神教の幹部です。異端審問部統括官及び聖神教大神官というのがバルバドスの肩書きであり、その苛烈な取り締まりと流した血によって瞬く間に栄達を果たしました。『狂笑の修道僧』の二つ名が示す通り、笑いながら引き裂いた者達の血で奴は肥え太っておるのです!!」
「あ、修道僧ってもしかして聖神教のですか? それはまた……」
歯軋りせんばかりの口調で捲くし立てるクリストファーから察するに、どうやら僧侶といえど尊敬出来る人柄では無いらしい。
「強いのか?」
「無論です。危険の伴う異端審問の任務を笑ってこなせる程度には。伊達に五強の一角に数えられている訳ではありません。私ではどこまでの強さなのかは計り知れませんが……」
「少なくとも、他の4人と同じくらいであると見積もっておいた方がいいでしょう。ベルトルーゼ殿くらいの実力はあるのでは?」
「さて、五強と言えど、オリビアはそれほどでも無かったぞ。俺の見立てではヒストリアが攻守共に一番強いと思えるが、サイコは奸智に長けているし、暗殺であればミロに敵う者はおらんだろう。どちらも油断ならん相手だった」
「そのいずれもユウ殿が退けていますけどね」
「お噂は本当だったのですか……」
悠本人の口から肯定された事で、クリストファーは悠にまつわる噂が真実なのだと悟った。悠の性格ならば、偽りの噂なら否定しただろうという事くらいはクリストファーにも分かる出来る程度には悠の人間性を理解し始めていたのだ。
「じゃあここでバルバドス殿を倒せば五強完全制覇で名実共にユウ殿が新生五強第一位という事になりますか」
「そんな有り難い称号はバローにでもくれてやれ。俺は興味が無い」
「ワタクシの予測では次にアライアットと事を構える時はきっとバロー殿が将軍に将軍に叙されると思いますよ。何しろ今のノースハイアでバロー殿以上の武名をお持ちの方はいらっしゃいませんし。アグニエル殿はすっかりバロー殿の弟子の様な立場に落ち着いていますからね」
「武名を上げるのがあいつの当面の目標だったのだから立派に務めを果たすべきだ。五強の動向は探らせておけばよかろう。今日収集した情報はラグエルやルーファウスにも届ければ、彼らなりに善後策を練るはずだ」
「人間同士が争うのはこれが最後にしたいものですね」
「全くだ。……よし、掘削は順調だな。俺達も奥へ行くぞ」
「はい、参りましょう」
順調に穴を掘り進むヒストリアの姿が見えなくなった所で悠達もその場から穴の奥へと進んで行った。
最後の一人はやはり敵でした。他の人間五強も後々登場予定です。




