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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-74 令嬢救出5

「始、どんな具合だ?」


「……うん、大丈夫そう。カロンさんが言った通り、ここはかなり硬い石で出来てるから崩れたりはしなさそうな感じ」


ヒストリアが穿った岩肌に触れて始が解析結果を悠に伝えた。特化された才能を持つ始はその土地の構成や崩落の予兆を感じ取る事が出来るのだ。土属性と言えばファンタジージャンルではひたすら地味な印象であるが、上手く用いれば非常に役に立つ能力であった。人間の生活に鉱物、金属は欠かせない物であるし、特に冒険者ともなれば採取の依頼も恒常的に存在するので始ほどの力量があれば一生食いっぱぐれる事は無いどころか、巨万の富を築く事も可能であろう。土壌を改良し、効率のいい農業を営むのも手堅い商売だ。人間は生きている以上、地面とは切り離せない関係なのだから。


もっとも、始がその能力を活用しているのは屋敷の庭に植えられている花々に対してであったが。


「当面崩落の危険が無いとなれば、次は……」


そう言って悠は視線をシャロンに向けた。当のシャロンはその視線を受けてビクッと体を強ばらせたが、ぐっと足に力を入れて悠の視線に耐えた。


「私の番、ですね?」


「ああ。その前にヒストリア、もう少し空間を広げてくれ。それと神楽も大気の生成を頼む。ただ広げるとまた水位が上がるのでな」


「うむ、了解だ」


「先に私が『大気生成ジェネレートエアー』を使います~。そのあとはひーちゃんが掘るのに合わせるよ~」


神楽が徐々に大気を生成するのに合わせてヒストリアが慎重に空間を広げていき、最初の倍ほどを掘り進んだ所でシャロンと悠を残して全員水際まで後退した。


それを確認した悠が荷物の中からいつもよりほんの少し濃く希釈した血液の瓶を取り出してシャロンに渡した。


「シャロン、気をしっかり持て。いつも通りにやれば大丈夫だ」


「は、はい……」


頭ではそう思っていても簡単に乗り越えられるものならシャロンは1000年もの間当てもなく放浪しては居なかっただろう。何度も試し、その度に積み重なっていった無力感はそう易々と払拭出来はしなかった。


「……」


その姿は悠の目から見てもいつも通りとは思えなかった。沢山の兵士達を見て来た悠の経験が、これは失敗すると警鐘をかき鳴らす。


シャロンの生真面目さ、それは間違い無く美徳であるが、使命感と相まって極度の緊張をもたらしている現状はいかにも拙い。緊張から逃れるには一定量の緊張を維持したまま同時にそれを緩和する並行作業が必要だが、精神的な器用さは今のシャロンには望めそうもなかった。


だから悠はシャロンに手を差し出した。


「……ユウ様?」


不思議そうにその手を見つめるシャロンに悠が諭す。


「シャロン、絶対に失敗しないようになどと思い詰めても良い成果は得られんぞ。……と、口で言って簡単に改まるものでもあるまい。俺の手を握って意識をそこに集中しろ。意識に蓋をしてはならん」


「えっ!? あ、危ないです!! 暴走したら私、握り潰してしまうかも……!」


首を振るシャロンに悠は淡々と続けた。


「易々と握り潰されるほど柔ではない。まだ自分を信じ切れないのなら、まず俺を信じてみてくれ。きっと受け止めてみせる」


悠の考えは意識を二分化する事による緊張の緩和であった。幾つも考える事があれば、一つ一つに対する思考の深度が下がる理屈である。


悠はそれ以上言葉を紡がず、手を差し出したままじっとシャロンを見下ろした。


端から見ればそれはまるでプレッシャーを掛けている様にしか見えなかったが、当のシャロンは自分の心の重圧が解されていくのをはっきりと感じ取っていた。悠の目には苛立ちや強制の気配は一切存在せず、ただシャロンが踏み出すのをいつまでも待ってくれる慈しみすら感じられたからだ。それは万の言葉よりも雄弁に、悠もまた普段のシャロンなら必ず出来ると信じてくれているのだと伝わってくるようであった。


1分が過ぎる頃、シャロンは自分の手を悠の手に重ねた。


「……少しだけお力添えをお願い致します、ユウ様。きっと一人でも出来るようになりますから」


迷いのない目でそう告げるシャロンに悠は小さく頷き返した。それを合図にシャロンは瓶の蓋を取ると、その中身をぐっと一息に呷った。


「…………ぁ、んっ!」


飲み込んですぐに変化は訪れた。シャロンの髪はザワザワと意志を持った様にうねり、身長が目に見えて伸び始める。体にもメリハリが付き始め、瞳が鮮やかな血の色を映し出した。


「フーッ! フーッ! ガ、ギギ……!」


シャロンは意識を手放さない様に己を保つ事に掛かり切りになった。ほんの少しでも気を緩めれば、あっという間に暴走し、この場に居る者達に無差別に襲いかかってしまいそうだった。


血の色をした瞳に暴力への渇望と隠しようもない欲情が浮かんだかと思うと、その直後に意志を宿した黒瞳に切り替わる。かと思えばまた瞬時に赤い瞳に切り替わったりと、理性と本能が目まぐるしい争いを繰り広げている事を周囲に悟らせた。


それを見ても悠は何の感情も示さない。悠がしている事はただシャロンの手を握り、静謐な視線でそれを余さず見守る事だけであった。しかし、悠以外の誰にそれを成せただろうか。今もシャロンが握る悠の手は骨が軋み、激痛を頭に伝えているはずである。不用意に手を振り解こうともがけば、その刺激でシャロンは瞬く間に正気を失い暴走していただろう。


壊したい。殺したい。血を吸いたい。吸血鬼の本能が激しくシャロンを苛むが、ただ一つ繋がった手がシャロンに暴走を許さなかった。


己の本能を縛る鎖に忌々しそうにシャロンが目を向ける。それはゾッとするほど妖艶で、そして危険な瞳であった。その瞳が己と悠を繋ぐ手を視界に収めた時――不意に表情が抜け落ちた。


「…………チ、ガウ……ワタシ、ハ……チニ飢え、タ……バけ物、じゃ、……ないッ!!!」


シャロンの片目が本来の黒を取り戻し、もう片方の目が真紅に染まる。本能に支配され掛けていた表情に理性が戻り、悠の手を掴んでいる手から締め付けるような力が消え去った。体も幾分か縮み、14,5歳前後にまで戻っていった。


まだ体が時折痙攣を発して震えたが、シャロンは力の無い笑みを悠に向かって浮かべる。


「もウ、だ、大丈ブ、です……。ま、まだ、少シ、い、意識が、はっキりしないの、で、ちょっと、待って」


《あら、器用な真似をするわね。半身だけ覚醒させて意識を保つなんて》


レイラのあらざる目にはシャロンの体を対流する吸血鬼の力の奔流が見えていた。吸血鬼の力を使える様に、しかし理性を手放さない様にシャロンはその力を体の半分に押し留めて自我を保っていたのだ。悠の握っている方の半身が理性の制御下に置かれた事は偶然ではないだろう。


長く吸血鬼として生きたシャロンは慣れ親しみ、疎んで来た本来の力を遂に限定的とは言え制御してみせた。それは1000年願って叶わなかったシャロンの悲願であった。


「……見えます、この上の街に暮ラす沢山の人の命の輝きガ……これが、吸血鬼の目……」


「よくやったシャロン。また一つ乗り越えたな」


「ユウ様、ありが!?」


とう御座いますと続けようとしたシャロンが悠の胸に顔を付けて頬ずりし始めた。本人にとっても全く意識していなかった行動にシャロンは絶句する。


《……えーとね、吸血鬼の力の濃い方の半分が理性じゃなく本能で動いてるわよ? 多分》


「ち、ちチチちち違うんでス!!! 私はたダお礼を言いたくテ……!」


「落ち着け、制御が乱れる」


レイラの指摘に慌てて理性を振り絞るシャロンだったが、そのせいでまた制御が乱れ掛けたので悠は冷静になるように諭した。どれだけ口で否定してもシャロンの赤い瞳は間違いなく欲情で潤み、自分の想いを隠そうとしないのだから傍から見ればレイラでなくても推測は可能だったかもしれない。


「ヤハハ、道のりは険しそうですが、まずは第一歩を祝おうではありませんか。ね、シャロン殿?」


「…………はぃ…………」


ハリハリの言葉にシャロンは蚊の鳴く様な声で答えるのが精一杯であった。

左半身だけ素直! と言うとシャロンが素直じゃないみたいなので、左半身は自重しない、と表現しておきます。

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