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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-73 令嬢救出4

冬で水量が落ちているとはいえ、目の前にある川はかなりの勢いで流れ続け、とても子供が入って無事に済むとは思えなかった。特に泳げない始とシャロンは傍目にも顔色が悪い。逆に目を輝かせているのは朱音である。


「悠先生!! 入ってもいいですか!?」


「待て、朱音。念の為にまず俺から入るので、その後危険が無ければ順次入ってくれ。寒中水泳の経験は幾度かあるのでな」


「アカネ殿の魔法ならワタクシが保証してもいいですが、それが無難でしょうね。お願いします」


指輪を外してエルフに戻っているハリハリに頷くと、悠は服の上半身を脱ぎ去ってそのまま川へと侵入していった。しっかり踏ん張ろうとしていた足には小川ほどの抵抗しか感じられず、水というよりは風に吹かれているという感覚に近かった。また、染みて来た水も肌に纏わり付いてくる感触は僅かにあるが、肌を刺す様な冷気が襲ってくる事も無い。つくづく魔法とは汎用性に富んだ技術だなと少し感心していた。


悠は別に魔法が無くてもレイラが居れば水中での活動にも支障は無いが、無駄に竜気プラーナを消耗する事もないので助けを得られる所では子供達の経験の為にもこれからも魔法は上手く運用していこうと考えていた。


そのまま悠は深みに潜り、言葉や呼吸に問題は無いか確かめたが、多少くぐもって聞こえる以外に特に問題は無かった。試しに武術の型をなぞってみたが、1割ほど動きが鈍っている事を除けば十分に戦闘行為も行えそうだ。そこは水の中というよりも重力が軽減された空間という方がしっくりくるように思えた。


一通り確かめた後、悠は地面を蹴って水面から飛び出し、岸に両足を着いて着地する。


「……うむ、概ね問題は無い。多少動きが鈍るが、逆に体への負担は軽減されているようだ。追い風に吹かれている様な感覚だな」


「では参りましょうか。クリストファー殿、少し急ぎますが足に自信は?」


「これでも人並みに鍛えてはいるので心配はご無用。……おお、冷たくない水とは何とも不思議な感触ですな」


「ワタクシは皆さんほど体力に自信が無いので魔法で補助させて頂きますよ。『軽身ライトウェイト』」


そう言ってハリハリは自らの体重を軽減させる魔法を唱えた。これにより、更に足への負担を減らそうという魂胆である。


「……んー……せっかく泳げるかと思ったけど、濡れはしても体が浮かないわ」


「変な感じだね~。水の中に居るとは思えないな~」


「良かった……僕、あんまり泳ぎが得意じゃないから……」


「わ、私もです。吸血鬼バンパイアは水を渡れないと聞いた事があってから入る気になれなくて……。後で聞いた話だと眷族化した吸血鬼は渡れないんですけど真祖トゥルーバンパイアは問題無かったんですが、何となく苦手意識が……一度追っ手を撒く為に滝から落ちた事が原因だと思いますけど……」


「あらあら、これは帰ったら泳ぎの練習が必要かしら?」


「ひーも久しく泳いだ記憶が無いな。ゆー、今度泳ぎに行こう」


「水練か? まぁ、考えておこう」


残念ながら悠に遊びで泳ぎに行くという感覚は無かった。


そのまま全員に問題が無い事を確認し、一行は下流へと向けて川底を進み始めたのだった。




「な、なんと健脚な……これが若さか……!」


「いえ、皆ユウ殿に散々走らされましたから。若さとかは全然関係ありませんね、ヤハハ」


川底を走り始めて遅れそうになったのは体力を誇示していたクリストファーであった。幼い子供にすら置いていかれそうになって凹んでいたが、残念ながら比べる基準が悪過ぎたのだ。子供達は悠の課した厳しい鍛練をこなしてきた強者であり、ドラゴンの血肉を己の血肉へと変えて今も日々の鍛練を欠かしていないのである。体力だけとっても既に熟練の兵士すら凌駕しており、魔法や戦闘技術を加えれば既に高位冒険者と比べてもなんら遜色は無い。貴族として「ある程度」鍛えているクリストファーとは悪いがモノが違うのだ。


「……ハリハリ殿、一度断っておいて申し訳ないのだが、私にもハリハリ殿の魔法を掛けて頂けるだろうか? これでは私が足を引っ張ってしまう」


「勿論構いませんよ。私もあの子達とは体力勝負出来るほど体が丈夫ではありませんからねぇ。はいどうぞ」


律儀なクリストファーに軽く苦笑しつつ、ハリハリは『軽身』をクリストファーに施した。負担を軽減されてようやくクリストファーも速度を保つ事が出来る様になり、ホッと胸を撫で下ろす。


「しかしユウ殿は教師・教官としても優れた手腕をお持ちのようだ。アライアットの兵士教育は厳しさでは群を抜いていると思っていたのだが、あの子らに比べればとても張り合えたものではあるまいて……」


「あの子達は自分達の意志でユウ殿に教わる事を決めましたからね。無理矢理やらされている者達とでは比べ物になりませんよ。それこそがワタクシが惹かれた人間の輝きというものです。そしてそんな鍛練をこなしつつもあの子達には常に笑顔がある。それを守っているのがユウ殿だと考えれば、なるほど大した教師なのかもしれませんね」


「……後に続く者への慈しみを忘れぬ事。アライアットでは失われて久しい物です。いつかそれを取り戻せるならばこの老骨の命など惜しくはないというのに、若い命ばかりが無駄に散っていく……と、いけませんな、年寄りは愚痴が多くて」


「なぁに、クリス殿もワタクシに比べればまだ子供の様な年ですよ。それに近い内にアライアットは劇的に生まれ変わるのです。苦労したクリス殿には是非その国の姿を見届けてもらわなければならないのですから、老け込んでいる暇などありませんよ?」


ハリハリに諭されてクリストファーは顔を綻ばせた。


「エルフ相手に年寄りぶっても笑い話にしかなりませんな。分かりました、その日が訪れるのを楽しみに致しましょう。まずはその手始めとしてソフィアローゼ様の救出ですな」


「その意気ですよ、クリス殿」


後方でそんなしんみりとした会話がなされているかと思えば、前方では子供達が軽重力の世界を軽快にひた走っていた。


「凄いわ~、ほら朱音ちゃん、お魚さんが浮いてるよ~」


「なんだか水族館の水槽の中に入ったみたいな気分ね!」


「幻想的な光景ですね」


「うん、ちょっと暗いけど、普通に生きてたらこんなの見られなかったなぁ」


「水と『自在奈落ムービングアビス』は相性が悪いからあまり入った事が無かったが、これは中々良いものだな」


「ほらほら、隊列を乱さない様に気をつけてね」


深く大きな川が隠密行動を助けてくれるので、その系統の鍛練を積んでいない子供達でも自由に動けるのは有り難い事であった。それに加えてハリハリが魔法を施した事で行軍速度は更に上がり、結局30分もしない内に一行は目的地へと辿り着く事が出来たのである。




「この辺りがフォロスゼータの直下です、ユウ殿」


「うむ、ヒストリア、壁を穿ってくれ」


「任された。だが水中で『自在奈落』を使うのは少々危険を伴うのだ。しばらくひーから離れていてくれ」」


「了解した」


ヒストリアに促されて悠達は壁際に立つヒストリアから距離を取った。『自在奈落』の特性を把握している悠にはその危険について心当たりがあったのだ。


「全員俺の後ろで待機だ。掴まっていても構わんぞ」


悠の言葉に子供達は喜々としてその腕や明日にしがみついた。シャロンも少し迷ったが、悠の指示だという事で(建て前で)自分を納得させ、顔を赤らめながら二の腕をそっと掴んだ。


「行くぞ、『奈落崩腕アビスアームズ』!」


ヒストリアが腕を交差させ全ての色を吸い込む虚無の如き黒腕を呼び出すと、周囲に劇的な変化が巻き起こった。激しく流れていた川の水が一斉にヒストリアへと集中し始めたのだ。


「……なるほど、失念していましたが当然こうなりますか」


「ああ、ヒストリアの『自在奈落』に周囲の水が喰われているのだ」


ヒストリアの『自在奈落』は底のない穴の様な物であり、そんな物が突如水中に現れれば水の流れは一気にヒストリアに殺到するのは当然である。それゆえにヒストリアは一本の黒腕で壁に穴を穿ち、もう一本の黒腕で周囲の潮流から自分自身への影響を抑えていた。それでも『水中適性』の効力が無ければヒストリアの軽い身体は水流に流されていただろう。


壁を穿つ黒腕から破壊音は一切発生しない。ヒストリアはその黒腕を器用に動かし、川底から水中洞窟を掘り進んでいった。


しばらく真っ直ぐに掘り進み、川から10メートルほど掘った所で今度は全員が待機出来る空間を形成し、ヒストリアは『奈落崩腕』を解除した。


「ここから掘れるのはここまでだ。後は中に空気を入れれば上陸出来るぞ」


「ご苦労だった。次は神楽だな」


「は~い」


クランク型に掘った水中洞窟は現在は当然みっちりと水で満たされていて、空気が存在しないので『水中適性』が切れれば全員が溺れる事になる。それを防ぐ為の神楽の魔法である。


「まずは『光源(ライト~)』。そして~、『大気生成(ジェネレートエア~)』」


急拵えの洞窟の奥で神楽が些か気の抜けた声で魔法を発動させると、作り出された空気の力で洞窟内の水はジリジリと排出されていった。


「すーーー……はーーー。うん、もう大丈夫~」


「よし、まずは女性陣から着替えだ。男は水の中で待機」


「お先に失礼します。……それと、ハリハリ先生、ヘンな魔法で覗かないで下さいね……」


「じゅ、ジュリア殿!? ワタクシはワザとやった訳ではないとあれほど言ったではありませんか!!!」


しっかり根に持たれていた魔法の失敗を掘り起こされてハリハリがその場で慌てふためいた。


「ハリハリ殿……」


「や、止めて下さいクリス殿!! そんな目でワタクシを見ないで下さい!!」


沈痛な面持ちでクリストファーがハリハリの肩に手を置き、力なく首を振った。


「大丈夫だ樹里亜。ハリハリは俺が見張っておく。終わったら合図してくれ」


「あ、それなら大丈夫ですね」


「そうじゃなくても大丈夫ですよ!? 酷い!! ユウ殿もジュリア殿も酷い!!! これは善良なエルフを貶める一種の迫害ですよ!!! ワタクシは断固としてエルフの自由と尊厳を守る為に一戦も辞さぬ覚悟でこの件に全力で立ち向かって行きたいと――」


地団駄を踏みながら熱烈に反論するハリハリを悠は冷たく切り捨てた。


「煩い。大人しくしていないと次にアリーシアに会った時に全て報告するぞ」


「――と、思いましたが、話し合いで解決出来たのでこれまでにしましょう。……あの、だからシアには言わないで……」


今までの威勢はどこに霧散したのかと思えるほどの変わり身でハリハリは小声で悠に懇願した。覚悟していたとはいえ、以前散々ド突き回されたのがトラウマになっているらしい。


そんな漫才をしている間に樹里亜達はさっさと着替え始めていた。


「あら朱音ったら、服の下に水着を着てたの?」


「だって、せっかく恵さんが作ってくれたんだもの! あーあ、どこかで泳ぎたいなー」


「お風呂があるじゃない~」


「お風呂じゃみんなの迷惑になるでしょ! それにのぼせちゃうじゃない!!」


「泳ぎの練習、した方がいいのかなぁ……」


「ゆーにさっき頼んだから、その内連れて行ってくれるはずだぞ。ゆーは約束を破らん」


「そうね、楽しみにしていましょう」


女性というのは幼くても大人でも集まれば姦しくなるものらしい。着替えや髪の手入れなども男性より時間が掛かるのも必然であり、シャロンなどは髪が長いので水分を拭き取るのも大変であった。本当はしっかり乾かして丁寧に髪を梳かしたいくらいだったが、今は緊急時なので必要最低限で済ませるしかなかった。その必要最低限も気になる男性が側に居るとなれば自然とハードルが上がるのだが。


なんとか納得の行くレベルに仕上がったあと、ハリハリが『乾燥ドライ』という魔法で速乾しているのを知った女性陣は大いに不平を訴えたものだ。『乾燥』は触れた物の水気を飛ばす魔法であり、スライムのような水分が主体となっている魔物モンスターに対しても効果があるが、接近戦が苦手な魔法使いとは相性が悪く、また普通の魔法使いは魔法の構築や詠唱に時間が掛かる為に殆ど活用される事はない不人気魔法である。雨や風呂上がりにこれを使うくらいならタオルでさっさと拭いてしまっても大差がないのだから。ハリハリほどのレベルでなければ有効活用出来ないのだ。


「さっきからワタクシの扱いが酷い……」


「あ、あの、凄く助かりましたよ? 私髪が長いから拭き取るのが大変でしたし!」


わざとらしく両手で顔を覆うハリハリだったが、チラチラと指の間から様子を窺っているのが他の者にはバレバレだったのでシャロン以外誰も騙されなかったのは特に深く語る必要はないだろう。

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