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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-72 令嬢救出3

そして迎えたソフィアローゼ救出の決行日。悠はアライアット領の上空を川に沿って侵入していた。当てもなく飛ばずに済むのは時間効率を考えても有り難い事だ。


クリストファーが伝えた渡河地点は元々冬に人が足を踏み入れる場所では無いが、それゆえに目印になるような物も殆ど無いので、いざとなればクリストファーをぶら下げて飛ばねばならない所であった。実は高所恐怖症のクリストファーがそうならなかった事に心底安堵したのは余談である。


さて、上空から川を遡上するとなれば当然ながら途中でアライアットの王都たるフォロスゼータを横切る事になるので、悠は今上空に待機したまま遥か眼下のフォロスゼータの街を観察していた。


(……この結界の気配には覚えがあるな。マッディが用いた『生命結界ライフリンクフィールド』と同じだ)


(へぇ、これがそうなのね?)


悠の言葉にレイラの口調に好奇心が入り混じった。マッディと対峙した時にはレイラは低位活動モードで休眠状態であったのでこれが初見なのだ。


現在の高度は1000メートル超であり、肉眼で目視は可能であるが詳しく分析するには少々距離があり過ぎ、これ以上近付けば発見される危険があるので今は見るだけしか出来ないのは仕方がない事だ。それでも強化された悠の視力であれば街の様子くらいは確認する事が可能であった。


(誰が使っているのかは分からんが、来るかどうかも分からん敵に備えて酔狂な事だ。……概ね街並みに情報との齟齬は無いな。予定通り計画を進めて構わんだろう)


(まだ昼前なのに人通りが少ないわね。クリスが言った通りだわ)


(倫理的の円熟していない時代の宗教など厄介極まりないからな。難癖としか思えん異端審問で犠牲になった者は俺達の世界にも数多い。坊主に無闇に金と権力を持たせるなという教訓だ)


クリストファーから聖神教の実態と苛烈な異端審問について聞いていた悠は蓬莱の歴史を省みてそう答えた。蓬莱では現在、殆どの旧くからの宗教組織は勢力を失ってしまっている。龍の襲来に対して形骸化した宗教も近代兵器も全くの無力であったし、むしろ今蓬莱で宗教と呼べる物があるとするならばそれは悠達を始めとする『竜騎士』信仰、そしてリュウ信仰である。救国の英雄にして絶大な力を持つ異形の騎士は人々の心を掌握するに十分な偶像であったし、何よりその力が人間によって律されているという事実は超人に憧れを持つ者達を深く魅了していた。『竜騎士』は民衆に寄り添い、その恐るべき力はただ外敵を排除する為にのみ用いられる。自分の心を律する事が出来ない様な軟弱な人間が『竜騎士』になる事は無く、善人が害される事の無い清廉な力を崇める人間が出て来る事は何ら不思議な事ではなかったのだ。それは三国時代、蜀の関羽が関帝聖君として神格化され、今もなお崇められている事に近しい。


竜については言わずもがなである。圧倒的な力感と独特の機能美を備えた外観、既存の兵器を逸脱した数々の能力、人間を上回る高い知性は信仰を集めるのに十分な畏敬を兼ね備えていたのだから。何より竜が蓬莱に現れなければ恐らく蓬莱は10日と掛からずに滅び去っていたのは間違いないのだ。信仰の対象としてこれ以上の物はそうそう見つかるはずもない。


そんな信仰に対して『竜騎士』や国家は一定の距離を置いていた。既に人間が幾多の苦い教訓を得て久しい今日、歴史を遡り過去の蛮行を繰り返す愚を避けた彼らは賢明であったが、それらを弾圧する事もまた出来なかった。『竜騎士』に縋る事でしか生きる為の光明を見い出せない者達は多数おり、そんな弱者達から信仰を奪う事は出来なかったのだ。己を鍛えて変革を目指せる様な強者は全体から見ればほんの一握りに過ぎなかった。


悠ですら抗い難いその時代の潮流の中、『竜騎士』と国家は一刻も早い戦争の終結を目指すしかなかった。戦争が終われば良くも悪くもその記憶は時間と共に風化すると考えたのである。戦後、悠が率先して軍職を辞した理由の一端がここにも存在していた。


客観的に考えて、大戦の勲一等は悠の物である。そんな人物が野心を抱けばどうなるか。悠が号令を掛ければ国を得るのも一大宗教組織を作り不可侵の存在になる事も十分に可能であった。それを悠本人が望まなくても、むしろ周囲がそれを望んでいたのだから。


何とかそれを切り抜けたと思えば、今度は神から神候補として指名されるという異次元からの変化球が来る始末である。悠は誰かに尊敬され、崇拝され、畏怖される為に鍛えた訳ではない。ただ一途に己の想いと共に歩んで来ただけなのだが、その苛烈な生き方はどうやら他人の目を惹きつけて止まないものらしかった。


神崎 悠は人間である。少なくとも、生きている間は人間から別の存在になるつもりは悠には無い。現人神として祭り上げられるのは少なくとも悠の望む生き方では無いし、生きるだけ生きたら後は土に還るだけだ。その後に何かあるとしても、それはもはや悠が生きている間に考えるべき話の範疇では無いはずだった。


(そんなにも魅力的な事か? 人の上に立つ事が……)


(義務に目を向けなければ魅力的な事なんでしょ。理解し難いけどね。100年も生きられないのに欲望を満たす事にしか目を向けられないなんて獣以下の生き方にしか思えないけど。あんな金ぴかの建物の中でふんぞり返る事が目的なのなら随分みみっちい人生ねぇ)


レイラの声にはただ呆れの成分しか存在しなかった。長大な寿命と自由に生きる事を尊ぶ竜にとって、豪華な家など豪華な檻と何ら変わりはないのだ。悠にとっても家などは寝起きと食事が出来れば軍官舎で十分である。本当の意味での家は遠い記憶の中にしか存在しないものだ。


(世俗の権力への固執など俺にも理解し難い事だ。……さて、視覚情報の収集はこの辺りでいいだろう。渡河地点へ向かおう)


(そうね、助けを待ってる子が居るんだもの。急ぎましょう)


煌びやかな大聖堂に何ら心動かされる事も無く悠は翼で空を打ち、一路目的地へと向かったのだった。




街を遥か後方に置き去りにして飛ぶ事数分、高地になっていた地面も段々となだらかになり、ようやく地面と川が近い高さになった所で悠は周囲を警戒しつつ地に降り立った。幅も下流では100メートルを超えるほどの大河もここまで上流にくればその幅は精々30メートルといった所であろうか。雪に閉ざされたこの季節でなければ雪解け水でかなり増水するらしいが、未だ春は遠くこの際は有り難い事である。


「クリストファー殿の言った通り、山と川しかないこの場に見張りの兵を置く余裕も必要性もないか」


《早速『虚数拠点イマジナリースペース』を設置して作戦を開始しましょう》


一度も除雪された気配の無い雪は恐らく深さ数メートルはありそうで、川のすぐ側に設置すれば雪に埋もれて発見は困難であろう。念のため悠は今にも壊れそうな橋を慎重に渡り、対岸に着いてから屋敷を出現させると屋敷はズブズブと雪の中に沈み込んだ。結界を作動させている為に敷地内に雪が雪崩れ込む事はない。


そのまま部分的に結界を解いて貰って悠が敷地内へと足を踏み入れると、そこにはもう既に潜入メンバーと残留メンバーが勢揃いして悠を待っていた。


「まさにアライアットで噂される通り、風の如き速さですな」


「なに、クリストファー殿の説明が懇切丁寧であったゆえ迷わずに来れたからだ。この場所で相違無いか?」


「冬にこの場所に来た事はありませんが、所々に見える景色や地形からして間違いはありません。すぐに発たれますか?」


「そうしよう。皆、準備はいいな?」


悠の言葉に潜入メンバーが一斉に頷いた。水中での活動は朱音の魔法で問題は無いが、服は濡れるので皆の着替えも別に用意している。『冒険鞄エクスパンションバック』があれば荷物が嵩張らないのは便利な事である。


「朱音、魔法を頼む」


「はいっ! 皆、私の近くに来て!」


朱音に促されて悠達は朱音を円に囲んで魔法の完成を待った。『水中適性アプティチュード・アクア』は一般的には相当高度な魔法として知られており、それは幾つもの魔法効果からも明らかである。効果を発揮する時間も術者の力量に左右されるが、普通は短くて10分、長くても30分程度のものだ。しかし非常に特化された水属性への適性を持つ朱音であれば一時間はその効果を持続させる事が可能であった。目的地まで5キロ前後あるが、それだけの時間があれば少し早足で歩けば十分に辿り着く事が出来るだろう。


「『水中適性』!」


朱音が魔法を発動させると朱音を中心に薄青い魔力マナの波動が波紋のように周囲に広がっていき、魔法を受け入れる体勢になっていた者達の身をフワリと包み込んだ。


「これで水中でも呼吸は出来ますし、凍える事もありません。水の抵抗も最低限に抑えられますが、陸地と同じというほどではありませんから注意して下さい」


ハリハリの説明に皆真剣な表情で頷いた。人の命が掛かっている状況で気を抜くような者はこの場には存在しない。


「蒼凪、何かあったら俺に『心通話テレパシー』を送れ。ビリー、万一戦闘行為があれば指揮は任せる」


「分かりました」


「俺じゃ役者不足だとは思いますが、精一杯務めます」


「それと神楽、俺達が敷地内から出たら風の魔法で雪を巻き上げて屋敷を隠してくれ。遠目にはただの雪の丘にしか見えんはずだ」


「はい~」


矢継ぎ早に指示を出す悠にギルザードが前に進み出た。


「ユウ、シャロン様を頼む」


「心得ている。シャロンの能力であれば問題は無い。信じて吉報を待て」


この期に及んでまだ反対意見を述べる事は無かったギルザードであるが心配な事に変わりはない。なにしろ1000年の長きに渡り苦楽を共にした主従である。長き時はギルザードの忠節を些かも風化させる事は無かったのだ。


「ギル、心配しないで待っていて。私も精一杯頑張るから……」


ギルザードの気分を解そうとシャロンも言葉を重ねたが、その顔色は普段より更に血の気が引いていて笑顔も固く、無理をしているのが傍目にも丸分かりであったのでどれだけ効果があるかは疑問であったが。


「夕刻までには戻るつもりだが、場合によっては遅れるかもしれん。その場合は蒼凪に連絡を入れるので、臨機応変に対応してくれ。では出発」


こうしてソフィアローゼ救出作戦はアライアット奥地で人知れず開始されたのだった。

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