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神様になる前にもう一つ世界を救って下さい  作者: Gyanbitt
第七章(後) 聖都対決編
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7-67 事後10

ノースハイアからバローの下へ行く前に悠は一度ミーノスへ戻りラグエルの意向を伝える事にした。それを伝えられたルーファウスとローランは共に喜び、ノースハイアの資料に埋もれていたヤールセンを呼び出すと喜々として近日中の出立を告げたのだった。瞬く間に状況がしていく様にヤールセンが悠達を恨みがましい目で見たが、そんな視線如きに誰一人恐れ入る事は無く、ヤールセンは勉強から旅の準備へと忙しく頭を切り替えねばならなかった。


様々な雑事をこなしている間に時間は経過し、悠がノワール領のソリューシャに辿り着いたのは大分日が傾いた頃になってからであった。


「随分遅かったじゃねぇか。てっきり昼にゃあこっちに来るのかと思ってたぜ」


「済まんな、ノースハイアの王宮と冒険者ギルドに行っていたら遅くなってしまった」


「……冒険者ギルドで揉めてねえだろうな?」


「揉めたぞ」


「そうか……って揉めたのかよ!!! サラッと言いやがるから揉めてないのかと思ったじゃねぇか!!」


「男が細かい事に一々突っかかるな。そんな事よりも物資はどこに運び込めばいいのだ?」


「クソ……後で詳細を聞かせろよな!」


今すぐにでも事情を問い質したい気持ちをぐっと堪え、バローは悠を街の備蓄庫群へと案内した。そこはバローの屋敷と併設されており、以前に私物を取りに行った物置などと一緒に建てられた物らしかった。


「一番左が穀物庫、真ん中が生活雑貨に保存食の雑貨倉庫、一番右が武器や防具を収めた武器庫だ。後ろにある一回り小さいのは貴重品や金を保管しておく金庫だぜ」


「ソリューシャに置いていく分は大した量ではないから後回しだな。先にナグーラに運び込みを済ませたい。俺の屋敷に保管してあるゆえ、日が落ちてから街のすぐ近くに設置して運び込むのがいいだろう」


「夜中に倉庫に忍び込んで盗むんじゃなく物資を置いて行ってくれるなんて変な侵入者だよな」


「誰が運ぼうと腹が満ちて温まれれば構わんだろうよ。精々派手に喧伝して住民の心を掴むのだな」


「それについては感謝してるぜ。あんな事があったばかりでまだ貴族に恨みを持ってる住人も多いからな」


ドワイド家からノワール家の物になったナグーラの街であるが、駆け付けたバローが全ての人間から受け入れられた訳ではない。特に身内を殺された者達は貴族に対して深い不信感を抱いており、歓呼の声からは一線引いた態度を崩していなかった。だからこそ新領主となったバローがまずやるべき事はナグーラの住民の心を掌握する事なのだ。足元を見る様な露骨な人気取りであれど、それによって態度が軟化させられるならばバローは構わないと考えていた。


「日が落ちてからって事は、とりあえずメシを食ってからだな。ユウ、今日は俺もそっちで食うぜ。いい加減、ケイの手料理が食いてぇんだよ」


「美味い飯食いたさに領主が街を離れるのも如何なものかと思うが?」


「バカヤロー、領主は激務なんだぞ! メシぐらいいいモン食わねぇと過労でぶっ倒れちまうってんだ!」


バローの言う激務の大半は兵士の訓練であってそれは本来領主の仕事ではない。そして、本来の領主の仕事はレフィーリアが滞りなくこなしているのであった。それは当然悠も知っている。


「それならばまず招待すべきはレフィーリアだな。貴様は干し肉でも齧っていろ」


「こ、この野郎!! そんな事言ったって絶対ケイのメシを食うからな!? 今日の俺の腹はそういう事に決めてんだ!!」


「大の男がメシの事で喚くな、器の小ささが露見するぞ」


「うっせーうっせー!! とにかくそうと決まったらレフィーを連れて来るからな!!」


どうしても恵の夕食を食べたいバローは耳を押さえてそのまま屋敷へと走り去っていった。


《図体は大きいのにまるで子供ねぇ……》


「どうせならクリストファーも誘うか。カロンと情報をすり合わせるのにちょうどいい」


《そうねぇ、早くフォロスゼータの情報は欲しいし、纏められる物は纏めちゃいましょ》


やがて夜の鐘が鳴り、着替えを済ませたレフィーリアを連れてやって来たバローと共に悠は街を出てアライアット兵が詰めている雪塁の中へと向かった。


そこは今ではテントだけでは無く、悠達が校舎建築で培った技術を用いて作った簡単な住居も設けられていた。怪我人や病人に率先して割り当てられており、捕虜としては異例の厚遇にバローに対する信頼感は大きかったのでこうして遅い時間に足を踏み入れても危険な気配は感じられなかった。


「クリスは指揮官だからもっといい場所を用意するって言ってんのに聞かねぇんだよな。堅物というかクソ真面目というか……」


「そんなクリストファーだからこそこうして敗残のアライアット兵を纏める人望があるのだろう。同じ艱難辛苦を共にするからこそ兵士もそれに従うものだ。寒さに飢え凍える中、一人だけ美味い物を食って温かい寝床で眠る指揮官などを尊敬する気になると思うか?」


「そ、そんな事言っても俺は絶対食うからな!! 絶対にだ!!!」


「……兄上、見苦しいですよ……」


別にバローを当て擦った訳ではなかったが、どうやら爪弾きにされる事を恐れるバローは自分に言われたと思ったらしい。それを見たレフィーリアが呆れを滲ませていた。


そんな醜い言い争いをする中、兵士に呼ばれたクリストファーが姿を見せた。


「これはこれはノワール侯、この様な時間に何か御用ですかな?」


「そろそろもっと気さくに呼んでくれてもいいんだぜ?」


「私の元の爵位は子爵ですし、侯爵様にまでなられた方に不躾な言葉遣いは出来ません。こういう性格ですので、何卒ご勘弁下さい」


その生真面目な態度と口調にバローは苦笑して肩を竦めた。


「……ま、お前さんがその方が気楽だって言うならそれでいいさ。俺の方が貴族として間違ってる自覚はあるしな。それで今日ここに来たのは勿論お前さんに用があって来たんだよ。ちょっと顔貸してくれねぇか?」


「今からですかな? 実はこれから兵達と共に食事の準備を致しますので、出来ればそれが終わるまで待って頂きたいのですが……」


「ん? 貴族なのに自分で料理もするのか?」


「私は貴族と言っても貧乏貴族ですから。いつも少ない食料と俸給をどう使ったものかと頭を悩ませておりましたよ。それでも飢えないだけ一般市民の兵達に比べれば天と地ほどの待遇差ですからな。文句を言っては罰が当たります」


微笑むクリストファーに卑屈な翳は感じられない。たとえ下位の貴族であろうとも貧しても鈍せずという本物の高貴な精神の持ち主なのであろう。兵士達が信頼を置くだけの事はある人物であった。


「俺の誘いはまさにその夜メシの事なんだよ。今からこのユウの屋敷でメシにするからお前さんも付いて来ちゃくれねぇか? 色々話したい事もあるしな。酒もあるぜ?」


「……お誘い頂けたのは大変有り難く思いますが、指揮官たる私だけが寒空の下に兵士を置いて高価な食事を頂く訳には参りません。後ほど伺いますので話はその時にでも……」


「頑固だな、強欲な貴族の奴らに見せてやりたいぜ。……だがそれでも来て貰わなけりゃ困るんだ」


バローの言葉にクリストファーは首を傾げた。


「はて、私が知る限りの情報はお渡ししたと認識しておりますが……」


「軍の内訳や聖神教の偉い奴の事はな。今日聞きたいのはそれとはまた違うんだよ。な、ユウ?」


「ああ。……クリストファー殿、カロンの名に聞き覚えはあるかな?」


「!」


クリストファーの目が悠の言葉に見開かれた。間違い無く知っている顔である。


「実はカロンとその娘のカリスは俺が保護しているのだ。その彼らと共にフォロスゼータの事を伺いたい。特に、ロッテローゼ殿の妹御であるソフィアローゼ殿の事をな」


「ソフィアローゼ様の事を!?」


クリストファーの中ではアライアットで高名な鍛冶師であったカロンよりもロッテローゼの妹であるソフィアローゼの事の方が声の調子を乱すほどに重要度が高いらしい。


「死せるロッテローゼと約束したのだ。ソフィアローゼだけは生かしてくれと。だからこそクリストファーにはフォロスゼータの街の構造とソフィアローゼの所在を確認したい。……付いて来てくれるな?」


「ロッテローゼ様が……そうで御座いましたか……」


せり上がって来る熱い物を必死になって堪え、目尻を光らせながらクリストファーは何度も確かめる様に頷いた。


「……私は己の主すら守れぬ不忠者ですが、最後にお一人だけ残されてしまったソフィアローゼ様の事だけはこの命に代えてもお救いしたいと思っております。その手助けになるのならなんであろうとお話しましょう」


「分かってくれて助かるぜ。それと、こっちの鞄2つは兵士に差し入れだ。肉や酒も入ってるから食わせてやってくれよ」


「……敗残者の我々に対する数々のご厚意、決して忘れませんぞ、ノワール侯」


深々と頭を下げるクリストファーにバローは軽く手を振って答えた。


「よせよ、そう畏まられるとケツが痒くなる。どうせ金は王家持ちなんだから俺に感謝なんざいらねえって」


「済みません、ノワール家の人間は代々素直ではありませんので。兄の言葉は下品ですが、要約すると礼は不要と言う事です」


「レフィー!」


「……では、有り難く頂きます」


レフィーに言われ、クリストファーは最低限の礼に留めて鞄を受け取り、近くの兵士に皆に配る様に言い渡した。


「では参りましょうか。今日は長い夜になりそうです……」


そうして、4人は何処とも知れぬ方角を目指してその場を立ち去って行った。

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